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2010年3月 9日 (火)

高良山十景歌 2  

前回よりずいぶん間があいてしまいましたね。でも、つづきをやりましょう。
番号はふりません。(じつは、わからなくなりました。 )               

         日野中納言弘資
くるゝ夜はほたる涼しく河風にみだれ橋てふ名も朽ずして

これは難しくありません。そのまま意味が通じます。
歌をよんだ人は公家で、その三代前の血脈の中には「女子
(後鳥羽院按察使典侍)」という人がいるのを見つけました。
資料1http://www.geocities.jp/okugesan_com/hino2.htm
また、同時代の公家に、大徳寺や鷹司といった姓を見出します。
資料2http://www.daito.ac.jp/~hama/gallery/syo-tekagami-36kasen000.html
大東文化大学 浜口俊裕電子ギャラリー
資料3http://www.shibunkaku.co.jp/biography/search_biography_number.php?number=26017
ネットでは弘資自身の手蹟は拾えませんでした。子の日野資茂も歌人。

さて、歌ですが。

くるる夜は。という歌いだし、さすがに詠みなれた人だと感じます。
蛍という題材は、古来、恋とからめてよまれることが多いですよね。
和泉式部の歌に代表されるように。
この「くるる」は、樞(とぼそ)とも書く、ちいさな棒で扉を開け閉めする日本建築の仕掛けです。我が家にも昔、これが厠(かわや)の戸についていました。風流でした。
くるるは暮るるなんですが、一瞬、そういうイメージが胸をよぎるのです。
日が暮れて、とは野暮な歌人はよまない。くるる夜は、なんです。
そして、次にでてくる、みだれ橋。
これはもう、もろ、恋の縁語です。じっさいにあったのかもしれませんが。
みだれ橋。おそらく、暴れ川、筑後川にかかる橋だったのではないか。

と、かささぎは考えた。そこで、久留米、みだれ橋、で検索。

一件ヒット。http://homepage1.nifty.com/tuboyan/report040429a.htm
みだれ橋三兄弟を渡って、どうの。とブラウザはでますが、かささぎ探し出せず。目がくらくらします。どなたかご存知でしたら、おしえてください。

連句をやっていますと、恋の呼び出しのところなどに、よく「みだれ籠」がでますが、それと一脈通じる。

疑問がむくむくとわいてきます。

むかしの、17世紀ころの筑後川のイメージがつかめません。
この日野弘資とおっしゃる公家は、高良山へ過去にきたことがあったのでしょうか。
それとも、当時の名ある歌人として、寂源に頼まれたので(題詠かなにかで)歌を詠んだのでしょうか。背景がまださっぱりなにもみえない。

だけど、つづけます。良い加減に、そして、真剣に。

ちなみに、ここでつけておきたい。
かささぎの知っている昔の筑後川をよんだ歌ふたつ。
一つは歌、一つは句ですが。


一    立春

君が代のためしにすめる千年川
かはらぬたねに春や立つらむ

もう一つは、
『九州俳句』に連載した『暦論』の7で引用した句です。

元禄十一年七月二十日久留米
名月はふたつこそあれ一夜川   各務支考

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/cat30917950/index.html

 次回につづく。

(八女戦国百首http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/cat33636509/index.html

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コメント

字の大きさ、制御不能。なぜか戦国百首は大きくなりたがる。それにしてもでかい。

cloudこんにちは 寒くなりましたねmist
昔の筑後川>>「くるめうす」はどうかしら?
古い地図が貼ってあったでしょう。 
あそこはいいですね♪人も少ないし^^

えめさん。こんばんは。ちょうどよかった。
ぼんのところで書いたのですが、呂伊利さんが21日の筑後川菜の花マラソンに出られるそうです。おいごさんと。心配な母親の様子をみに月に一回帰省していると前に書かれていましたので、春休みではあり、28日の連句会にどうですかとお誘いしたところ、前の週にマラソンのため帰省し、春休みは時間割作りと私的な旅行であそべない。との返事がきました。こういう返事をもらいますと、ああそうか。この方は高校の先生だったんだな。とびっくりしてしまうのでした。
ぼんはなぜ応援にはいけない、と書いていたんだっけかな。うーん。おもいだせん。どうも短期的な記憶力がわるくなりました。おそろしー!ぼけそうだよ。
もしエメさんがいかれるのであれば、私もいきたいと思いますが、ひとりならいきません。一人ではるばると眼下をうごめくマラソンとかみた日には超さびしい。一日で三年峠になってしまう。苦笑
どなたかいかれませんか、マラソン見学。
お天気がよければ、いいきもちですよ、きっと。

この中に、「高良山?乱橋」というのがあります。
   ↓

おつしろう。どうも大失敗しました。
それ、ただしいです、きっと、高良山のなかのこながれだったんじゃないかな。というのも、一首だけとりあげたからわからなくなっていた。これが全体のかたまりです。御手洗という地名があったのでしょうね。下の方に、あったような気も。そこがきっと水前寺のりがとれる川だったんじゃないかな。筑後川でほたるがという話、そういえば一度もききませんものね。笑
御手洗の蛍
                         柳原大納言資行
玉垂在昔斯水に臨む 神迹芳を流す橋上の名
御手洗の余滴散るかと疑ふ 光を凝し矜り照して宵行を作す
                         日野中納言弘資
くるゝ夜は ほたる涼しく 河風に みだれ橋てふ名も朽ずして
                         源寂
千古の霊神垂降の日 渓流手洗小橋の名
丹良今昏衢の燭を秉て 山僧に分与し夜を照て行しむ

暮るゝより 蛍涼しく みだれ橋の した行く水に かげをうつして

乙さんご紹介の久留米人ブログを覗かせていただきました。
B級グルメのキューピーさん。かわいい。ほしい。どこで売っているのだろうか。左手に焼き鳥の串、頭はラーメン鉢、久留米絣のたすきをかけてくるんとしたお目目で久留米をアピール。文化センターの売店にあるとやろか。

非売品みたいです。
   ↓

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