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2010年3月11日 (木)

平成22年度診療報酬改定(27)          うつ病の評価の新設と精神障害者の地域移行を促す

保健医療経営大学学長
 橋爪 章
2010 年 3 月 11 日 平成22年度診療報酬改定(27)

地域における精神医療についての改定です。

1.精神科専門療法の見直し

(1) 精神科専門療法について、病院と診療所で異なる評価となっている点が見直され、長時間に及ぶものについては評価が引き上げられます。

通院・在宅精神療法(1日につき)

初診日に精神保健指定医が通院精神療法を行った場合、5千円

それ以外の場合、

30分以上3600円→4千円

30分未満3300円(病院)、3500円(診療所)→3300円

(2) 気分障害(うつ病)に対する認知療法・認知行動療法についての評価が新設されます。

認知療法・認知行動療法1日につき4200円

2.精神科デイ・ケア等の見直し

精神障害者の地域移行を推進するため、早期の地域移行を促す加算が新設されます。

精神科ショート・ケア

小規模なもの1日につき2750円(変更なし)

大規模なもの1日につき3300円(変更なし)

※算定開始日から1年以内に行われる場合、さらに200円が加算されます。

精神科デイ・ケア

小規模なもの1日につき5500円→5900円

大規模なもの1日につき6600円→7000円

※算定開始日から1年以内に行われる場合、さらに500円が加算されます。

精神科ナイト・ケア1日につき5000円→5400円

※算定開始日から1年以内に行われる場合、さらに500円が加算されます。

精神科デイ・ナイト・ケア1日につき10000円→10400円

※算定開始日から1年以内に行われる場合、さらに500円が加算されます。

重度認知症患者デイ・ケア料1日につき10000円→10400円

※算定開始日から1年以内に行われる場合、さらに500円が加算されます。

(保健医療経営大学「学長のひとりごと」)

▼かささぎの独り言

精神障害者の地域への移行を推進するために、という言葉の意味が、かささぎには今ひとつよく理解できていません。
それは、都心部の大病院へ偏ってしまうことへの見直しだろうか。

コメント

地域移行というのは、病院に長期入院して治療するのではなく、地域社会での共同生活しながら自らの治癒力を高めつつ治療するということではないかしら?

近くにある精神的障害をもった方たちの入所施設。
数年前、社会復帰支援として、数人で一軒家に暮すという試験的なこころみが行なわれていたように思います。夕方、授産施設から歩いて帰宅される姿を見かけました。4人で歌を歌いながら帰宅されていたのが印象的でしたが、いまは空家になってるようです。

偏見をなくす取り組みでもあろうと思います。
地域住民との相互理解。
それが、社会復帰のための不可欠要素。

診療報酬とありますから、この場合は入院されているかたたちの地域社会への移行ということですよね。

せいこさん。コメントありがとう。
そういうこともふくむのでしょうね。
乙四郎の仕事を紹介することで、学ばされることは多いのですが、知れば知るほど暗くなります、重くなります。あまりにも複雑だからです。利害が激しくぶつかりあい、それを調整するのは容易ではない。ということが、今日たまたま出合った中医協のサイトで知ることが出来た。以下は小児救急についての議論の一部。http://lohasmedical.jp/news/2009/11/03133131.php?page=2
精神科については。
こんな記事が胸にいたかった。
うつの治療をしてもしなくても、死ぬ人は死ぬ。
死者のドクターであったら、もっと責任を感じるべきだ。また、統計上、自殺者の数はゆらぐ。死の扱いがあいまいにぼかされることが多いからである。したがって、精神科医は自分が担当した患者が非業の死を遂げても、それすら知ることなく済むことも往々にしてある。不名誉な話だが、本当だ。
それを思うとき、現代の医療の限界を思い知らされる。病気のどうのと病名をつけまわるのも結構だが、そんな浅い思慮をはるかにこえたところに、現代の病根は、ある。(これ、はんぶん以上、かささぎの声ですけど。かいてみました。あまりにもむなしくて)

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コメント

地域移行というのは、病院に長期入院して治療するのではなく、地域社会での共同生活しながら自らの治癒力を高めつつ治療するということではないかしら?

近くにある精神的障害をもった方たちの入所施設。
数年前、社会復帰支援として、数人で一軒家に暮すという試験的なこころみが行なわれていたように思います。夕方、授産施設から歩いて帰宅される姿を見かけました。4人で歌を歌いながら帰宅されていたのが印象的でしたが、いまは空家になってるようです。

偏見をなくす取り組みでもあろうと思います。
地域住民との相互理解。
それが、社会復帰のための不可欠要素。

診療報酬とありますから、この場合は入院されているかたたちの地域社会への移行ということですよね。

せいこさん。コメントありがとう。
そういうこともふくむのでしょうね。
乙四郎の仕事を紹介することで、学ばされることは多いのですが、知れば知るほど暗くなります、重くなります。あまりにも複雑だからです。利害が激しくぶつかりあい、それを調整するのは容易ではない。ということが、今日たまたま出合った中医協のサイトで知ることが出来た。以下は小児救急についての議論の一部。
精神科については。
こんな記事が胸にいたかった。
うつの治療をしてもしなくても、死ぬ人は死ぬ。
死者のドクターであったら、もっと責任を感じるべきだ。また、統計上、自殺者の数はゆらぐ。死の扱いがあいまいにぼかされることが多いからである。したがって、精神科医は自分が担当した患者が非業の死を遂げても、それすら知ることなく済むことも往々にしてある。不名誉な話だが、本当だ。
それを思うとき、現代の医療の限界を思い知らされる。病気のどうのと病名をつけまわるのも結構だが、そんな浅い思慮をはるかにこえたところに、現代の病根は、ある。(これ、はんぶん以上、かささぎの声ですけど。かいてみました。あまりにもむなしくて)

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