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2010年3月11日 (木)

現代川柳『点鐘』139号より

墨作二郎先生が堺市南旅籠町から隔月発行されている息の長い柳誌です。

心にのこる句がいつも沢山あるのですが、このところ他のことにかまけていて、ご紹介を怠っておりました。先生、皆様、お元気でしょうか。腰がお悪いとのこと、どうぞお大事になさってください。

高齢の同人の死去が続いたことを手短に報じてあります。
かささぎは誌面をみるだけで、お会いしたことがございません。
ですから、作品だけで存じ上げているという関係なんですが、だからこそということもあるかもしれません。

(故)  名古屋市  神谷三八朗

責任上腹切る首を撫でている
人に返えす嘘を少しは持っている
見て来たことには触れぬブーメラン
思いを積んで流れのままの笹の舟
ライバルの片減りの靴見てしまう
渡る世に仮面を着けぬ鬼も居る
君が代の要らぬ余生になりまして
考えて解るような人生じゃなかった
敵か味方か ブランコ待っている (特選)

スミサク寸評;
明治四十三年生れで享年百歳。一月七日の死を悼むばかりである。
二十四歳で川柳を知り七十五年の柳歴に教えられることが多かった。
そして最後まで、この瑞々しさに敬服する。

かささぎ寸評;
全く同感でございます。かささぎはこのお方のお名前を、こんなふうに覚えていました。
神屋 宗湛(かみや そうたん、天文20年1月1日(1551年2月6日) - 寛永12年10月28日となぜかリンクさせて、かみや・さんぱちろうさんって。それは神屋そうたんが神谷とも書かれることがあるからなんですが。福岡県若宮町の友達にも、少女時代ソフトボール部でバッテリーを組んでいた友がいますが彼女は結婚して神谷かみたに、となりました。それで、もしや一族かな。と思って勝手に親近感を抱いてました。(長々と私的なことかいてすみません。)

考えて解るような人生じゃなかった   三八朗

これ。おかしくて、だけど、けったいで。確かな重量感があります。
なんともいえないペーソスがあります。
それはこの年代の方々がむごい戦争をくぐりぬけてみえてるから。

死に際に一言なんかどうぞ。といわれたら。
こんなふうにいえるだろうか。百歳で。
これはすごいです。
川柳人の姿勢をおしえてくれる一句。

過去の点鐘誌。さんぱちろうさんの作品をとりあげているもの:
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/117_1498.html
(年寄りになろう庭箒を持って)
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_91a1.html
(大根を白の基準にしてよいか )

たくさん引きたいのですが。
かささぎの旗より、神谷さんのご冥福をお祈り申し上げます。合掌

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ライバルの片減りの靴見てしまう

これが印象に残りました。

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ライバルの片減りの靴見てしまう

これが印象に残りました。

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