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2010年1月 6日 (水)

米府 矢野一貞

米府 矢野一貞

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コメント

米府、よみがわかりました。「べいふ」だそうです。
意味は大きく久留米をさします。
もっと厳密には久留米城下町をさす、そうです。
これ、昼に古賀の音彦さんが下さったメール。
おとひこさん。これからもおしえてくだされ。らんちゃんにばっかおあいそふりまかないでね。笑
市の文化財担当者はいい仕事をしますね。
(ここでおあいそのひとつも言ってないと。)

 「米府」という文字を見て私が迷ったこと、それは「甲斐」の国の府中(今で言う県庁所在地)が「甲府」、「駿河」の国の府中が「駿府」、しかし「久留米」というのは国名でないのになぜ「米府」なのかということでした。しかし、江戸時代には、府中というのがその地域の中心という意味で使われたのならそれも納得、だがそこでまた考える。だったら柳川の城下町を柳府と言ったのだろうか?熊本の城下町を熊府と言ったのだろうか~つまりそういう例が他にもあるのだろうかということを。

それ、私も思いました。
久留米府が米府となるなら、福島府は島府っていうか、いわん。熊本府は本府っていうか。いわん。
府は、乙四郎さんが以前府中市って地名を出したとき、大阪だと勘違いしたことがあり、それは東京だっていうので、なんでかな。と思っていた。これ、けっこう深い問題でしたね。

それと、石碑の文字がよくよめなかったけど、米府の文字の下に数名の名前があったのですが、桃青霊を勧請した人たち、筑後の俳人とおぼしき、は、かささぎの記憶では田主丸の岡良山が代表者です。
諸九尼が出ている田主丸は昔から米府だったんですかね?これは文化財担当の古賀の音彦さんにも聞きたい。地域の境、行政の境目って時によって移動するからややこしい。

かささぎは、九州俳句誌に一ページの連載を持たせてもらっているのです。これは無学の私には過ぎてたる責務でございまして、以前はそういうこと何も思わず書きたいことを書きたいように書き飛ばしていたのですけれども、これじゃいかんと思いなおし、この正月、買い求めていた「「秋風の記」をゆく」平島愛子著を読みました。諸九という女流俳人が18世紀の筑後に出ています。田主丸の竹野郡って地に生まれた人。竹野はたかの。
自然な時の流れのなかで、この諸九という俳人に出会い、高良山を中心にすえた筑後の俳諧と神道との結びつきみたいなもの、日本文化の真髄にあるもの、にふれてきているな、とのおもいがある。

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