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2010年1月30日 (土)

「死亡退院」ということば  乙四郎元官僚語録        

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2010 年 1 月 30 日 土曜日

死亡数が毎年2万人増えてゆくということは、医療機関の「死亡退院」が増えてゆくということです。

退院にはいろんな形態がありますが、代表的な退院形態は「治癒退院」「軽快退院」「死亡退院」です。

医学の進歩やクリティカルパスの普及により、「治癒退院」あるいは「軽快退院」に至るまでの平均在院日数を短くすることができます。

人口構造の高齢化に伴い患者の絶対数が増えているにかかわらず病床数が抑制できているのは、平均在院日数が短縮化されてきているからです。

診療報酬上、在院日数が短いほど医療機関の収益性が向上するように政策誘導されるようになって久しく、医療機関にとって、「治癒退院」「軽快退院」へのパスが期待される患者は、在院日数を短くできる余地があるので大歓迎です。

ところが、「死亡退院」が運命づけられている患者については、進歩した医療を適用すればするほど在院日数が長くなります。

意図的に在院日数を短くすることは許されません。

1995年は総病床数193万床に対し、死亡数は92万人。

2008年は総病床数176万床に対し、死亡数は114万人。

死亡数は15年後には150万人を突破します。

在院日数短縮の政策誘導と、死亡退院の増加とが相容れなくなる時代がすぐそこへと迫っています。

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』転載)

▼かささぎの独り言

あたしはね。テレビ見てると無性にかみつきたくなるときがあるのよ。でもテレビはきんぞくだから噛み付いたら歯がもげるんでかみつかんけどもさ。
それはどんなときかというとね。たとえば、○○光とかが出てるせいじ番組。親たちがみてるのをうしろからちょっとだけみた。ああいやだいやだよう。あほづらさらすなっての。(そういうあんたがいちばんあほじゃん、っていわれそうだがな。この際それはおく)。
あのさ。政権交代で一番声高にいわれたのが、官僚の悪口。
でも、実際問題、官僚じゃなければわからないことってのが厳然とあって、それの一つがこういう厚生行政のことだろうと思う。
この上記の橋爪章学長の文章で、あたしはまだよく意味がわからない。

死亡退院」が運命づけられている患者については、進歩した医療を適用すればするほど在院日数が長くなります。・・・・在院日数短縮の政策誘導と、死亡退院の増加とが相容れなくなる時代がすぐそこへと迫っています。

(あとで、またじっくりかんがえてみます。)

▼コメント

コメント

息子が1歳前に水疱瘡でマリアに入院したときのこと。
なかなか熱が引かず気弱になっていたとき、先生の机の上で「死亡退院」と書かれた書類を見ました。・・・見てはいけないものを見たようで、直ぐその場を外れました。
おかげさまで無事に退院できましたが、退院できるってことはすばらしいことなんだと改めて思ったことでした。

去年、東妙寺らんと話していて、私の弟が急性中毒で運び込まれ息をひきとったうしじま医院のうしじま先生が亡くなったことを偶然知りました。正確にかけば、救急車のなかでもう息をひきとっていたらしく、看取ったのは島貞女。(わたしの従兄の嫁にあたります。元看護士ですが、このときはたまたま付き添ってくれていた)。とてもいい先生だったとらんさんは言っていた。行員だったから付き合いが少しあったようで。でも私は一度もあったことがないのです。せめて一度、話をききにいけばよかった。生前いちどもおせわになったことのない医院で死亡証明書をかいてもらうはめになった弟。
この記事をよんで、そんなことを思い出しました。

>在院日数短縮の政策誘導と、死亡退院の増加とが相容れなくなる時代

このフレーズがきになって、検索かけたら、このブログと学長ブログがそれぞれ1,2番目に出たよ。こと医療現場のことはわたしなんか門前外でひめどんよりもずっとずっと疎い。
医療費抑制のための在院日数が政策的に短縮されると死亡退院が増加するということでしょうか?高齢者家族を抱えるものにとって大変気になる記事です。もう少し噛み砕いて教えてもらえませんか?

それと亡くなられたうしじま先生って、土橋近くの牛島外科の院長先生のこと?あの先生にはとてもお世話になりました。長女が生後五ヶ月のころ、太ももに出来た腫れ物を血管腫の疑いがあると言って、みずから医大まで誘導してくださったのです。あまりに急なことで、あのときはよくお礼も申し上げなかった。そのことが、ずっと気になっていました。こころからご冥福をお祈りいたします。

死亡退院しか退院する道がない症状の患者にとって、在院日数短縮化が政策的に行なわれたとしてもなんの意味も成さないのではないのでしょうか?むしろ患者家族をいたずらに混乱させることになりかねないのではないかと思うのですが・・・。

皆さん、そんなに深読みせずに。
死に行く人へ、誠心誠意、治療をすれば、それだけ延命できるということ。
昔だったら入院して間もなくお迎えが来ていたようなおじいちゃん、おばあちゃんも、現代医療では何ヶ月でもお迎えを先延ばしできます。
入院期間が短かろうが長かろうが死亡退院数が増えるわけではありませんが、治療を放棄すれば入院期間が短くなります。
入院期間を短くしよう、という悪魔の囁きが医療現場に出てきかねない政策誘導はいかがなものか、という趣旨です。

ちなみに。
延命医療にはネガティブな側面もポジティブな側面もあります。
家族や親戚との最後のひとときを、より意識を鮮明に保ちながら、少しでも長く過ごしていただくことも、医療の役割です。
乙も、心停止状態の患者さんを、遠方から身内の方が駆けつけてこられるまで、ずっと心臓マッサージをし続けた経験があります。
意識を取り戻すことはできませんでしたが、身内の方が最後の声を掛け、手足をさすっていただくまで、身体のぬくもりを保つことができ、いいお見送りができました。

そういう意味でしたか。よくわかりました。
「いいお見送り」とは、なんとゆかしいことばでしょう。こんど連句で使おう。

おつしろう先生。
今日、堺屋に調べものにいった。そしたら意外な発見をした。
メールが届かないので、ここに書きます。
石橋貞吉の系図。いちばん奥に、小野篁がいるのはしっていましたが、その途中をよくみてなかった。よくみたら、一番上に、中島さんと橋爪さんがいらっしゃる。中島さんはあの中島一族らしいので、いずれにしろ、乙四郎とは二重につながってくるようです。ちなみに、たかむらは閻魔庁の役人だったよね。篁は竹群のことだし、どっちにしても文芸から足はぬけられんてことでしょう。

うん、せいこさん、うしじま先生って、その牛島先生です。
一回も受診したことはなかったのですよ。わたしはそこに、おとうとのしたいをたしかめにいきました。死亡証明書をかいてもらわねば、連れて帰れないのですね。

投稿: ひめの | 2010年1月30日 (土) 20時36分

ああ、そういう意味合いでしたか。

実家の母がね、いつも言うのよ。
「わたしゃ、無用な延命治療はいらんけん。子ども全員に言うとくばってん、万が一のときには、長女のあんたが責任持って医者に言うてくれやんばい。意識もなかとに何ヶ月でん生きらにゃならんとか、わたしゃは、いやじゃけんね」
ことあるごとにこういった話題を出しておくというのも、大切かなと思うきょうこのごろであります。

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コメント

息子が1歳前に水疱瘡でマリアに入院したときのこと。
なかなか熱が引かず気弱になっていたとき、先生の机の上で「死亡退院」と書かれた書類を見ました。・・・見てはいけないものを見たようで、直ぐその場を外れました。
おかげさまで無事に退院できましたが、退院できるってことはすばらしいことなんだと改めて思ったことでした。

去年、東妙寺らんと話していて、私の弟が急性中毒で運び込まれ息をひきとったうしじま医院のうしじま先生が亡くなったことを偶然知りました。正確にかけば、救急車のなかでもう息をひきとっていたらしく、看取ったのは島貞女。(わたしの従兄の嫁にあたります。元看護士ですが、このときはたまたま付き添ってくれていた)。とてもいい先生だったとらんさんは言っていた。行員だったから付き合いが少しあったようで。でも私は一度もあったことがないのです。せめて一度、話をききにいけばよかった。生前いちどもおせわになったことのない医院で死亡証明書をかいてもらうはめになった弟。
この記事をよんで、そんなことを思い出しました。

>在院日数短縮の政策誘導と、死亡退院の増加とが相容れなくなる時代

このフレーズがきになって、検索かけたら、このブログと学長ブログがそれぞれ1,2番目に出たよ。こと医療現場のことはわたしなんか門前外でひめどんよりもずっとずっと疎い。
医療費抑制のための在院日数が政策的に短縮されると死亡退院が増加するということでしょうか?高齢者家族を抱えるものにとって大変気になる記事です。もう少し噛み砕いて教えてもらえませんか?

それと亡くなられたうしじま先生って、土橋近くの牛島外科の院長先生のこと?あの先生にはとてもお世話になりました。長女が生後五ヶ月のころ、太ももに出来た腫れ物を血管腫の疑いがあると言って、みずから医大まで誘導してくださったのです。あまりに急なことで、あのときはよくお礼も申し上げなかった。そのことが、ずっと気になっていました。こころからご冥福をお祈りいたします。

死亡退院しか退院する道がない症状の患者にとって、在院日数短縮化が政策的に行なわれたとしてもなんの意味も成さないのではないのでしょうか?むしろ患者家族をいたずらに混乱させることになりかねないのではないかと思うのですが・・・。

皆さん、そんなに深読みせずに。
死に行く人へ、誠心誠意、治療をすれば、それだけ延命できるということ。
昔だったら入院して間もなくお迎えが来ていたようなおじいちゃん、おばあちゃんも、現代医療では何ヶ月でもお迎えを先延ばしできます。
入院期間が短かろうが長かろうが死亡退院数が増えるわけではありませんが、治療を放棄すれば入院期間が短くなります。
入院期間を短くしよう、という悪魔の囁きが医療現場に出てきかねない政策誘導はいかがなものか、という趣旨です。

ちなみに。
延命医療にはネガティブな側面もポジティブな側面もあります。
家族や親戚との最後のひとときを、より意識を鮮明に保ちながら、少しでも長く過ごしていただくことも、医療の役割です。
乙も、心停止状態の患者さんを、遠方から身内の方が駆けつけてこられるまで、ずっと心臓マッサージをし続けた経験があります。
意識を取り戻すことはできませんでしたが、身内の方が最後の声を掛け、手足をさすっていただくまで、身体のぬくもりを保つことができ、いいお見送りができました。

そういう意味でしたか。よくわかりました。
「いいお見送り」とは、なんとゆかしいことばでしょう。こんど連句で使おう。

おつしろう。先生。敬称をつけちゃるたい。
今日、堺屋に調べものにいった。そしたら意外な発見をした。メールが届かないので、ここに書きます。
石橋貞吉の系図。いちばん奥に、おののたかむらがいるのはしっていましたが、その途中をよくみてなかった。よくみたら、まんなからへんに、中島さんと橋爪さんがいらっしゃる。中島さんはあの中島一族らしいので、いずれにしろ、乙四郎とは二重につながってくるようです。ちなみに、たかむらは閻魔庁の役人だったよね。それに竹群のことだし、ま、どっちしてん、文芸から足はぬけられんてことじゃないの。

うん、せいこさん、うしじま先生って、その牛島先生です。一回も受診したことはなかったのですよ。わたしはそこに、おとうとのしたいをたしかめにいきました。おやはふたりともたびにでてるすだった。しょっくでなみだもでなかったのだけはおぼえてる。

ああ、そういう意味合いでしたか。

実家の母がね、いつも言うのよ。
「わたしゃ、無用な延命治療はいらんけん。子ども全員に言うとくばってん、万が一のときには、長女のあんたが責任持って医者に言うてくれやんばい。意識もなかとに何ヶ月でん生きらにゃならんとか、わたしゃは、いやじゃけんね」
ことあるごとにこういった話題を出しておくというのも、大切かなと思うきょうこのごろであります。

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