無料ブログはココログ

« 『フローズン・リバー』がみたいぞ。 | トップページ | 『特攻第一号のはずの久納中尉』  八女老連広報第42号より »

2010年1月25日 (月)

自、他、自他半が一句の中にある恋句

さて、またまたかささぎは頭を抱えています。
こんどの悩みはこう。
連句文音の恋句。
じぶんとしては、遠いところまで人を訪ねていったが、あえなかった。というきもちをよみたい。で、前句と付句初案。
  乳離れせぬ赤子抱へて     
 はるかにも尋めきて逢へず海の宿 
逢へずは逢はず、でも面白いかも、と思った。
前田師の意見、とめきて、は、尋め行き、じゃないとおかしいのでは。はるかにも、も、はるけくも、はるばると。ではないか。と。
2はるけくも尋め行き逢へず島の宿
確かにこちらからあちらへ行くのであるから、言葉の用い方は2が正しいのです。
でも、読みくだした時にぐっとくるのは、ふしぎと1なんですよね。
でも、以下のようにさしかえられた。
はるばると尋めども逢へぬ島の宿
嗚呼。われ思うに初案が百倍いい。
韻文の世界には「思いの丈の世界」があって、それは易々と文法や意味性を超越する。
短い一句の中で主客のスイッチが入れ替わるんです。
はるかにも(の主体は自)尋めきて(ここで主体は他にすり替わる)逢へず(自他半)って風に三層の切れがある。うん、これだ。これをなんとかして説明せんば。しょげていたけど、おらはちょっと師と格闘してみる。いやよかった。まとまった。ありがとございました。

« 『フローズン・リバー』がみたいぞ。 | トップページ | 『特攻第一号のはずの久納中尉』  八女老連広報第42号より »

コメント

ここんとこからぜんぜんすすんでいない。ってわけじゃありません。でもずうっと考えている。いいかげんしつこいかささぎ。どうでもいいじゃん。って思えなくて。素直に脱帽する時の方が多いのですが、そうではないときだってあるよ。そんなときは捌きにも異議をとなえるし、ちゃんと自分の考えを説明します。
リアルってことでいえば、とめゆき、と、とめきて、は、今ここに来ている、こんなに遠いところまで尋ねてきているんだ。って思いがこもってるのは、来て。の方だと思うんです。行き、は、もと居た位置を動かないで人事みたいに詠んでいる、だからそのぶん薄い。・・・これ、屁理屈とは思わない。一応、今日かんがえたことはそんなことです。くるといく、その違い。自分がいくのでも、今ついたばかりであれば、きたよ。っていうでしょう。行ったよ、とはいいません。それとおんなじ使い方かも。おお。だんだん近づいてきた。


連句、がば面白いよね。
と、こういうのを読み返しても、
そう思う。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自、他、自他半が一句の中にある恋句:

« 『フローズン・リバー』がみたいぞ。 | トップページ | 『特攻第一号のはずの久納中尉』  八女老連広報第42号より »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29