無料ブログはココログ

« 昨日は雪でした | トップページ | ヤツデの花 »

2009年12月20日 (日)

昨日は雪

昨日は雪

« 昨日は雪でした | トップページ | ヤツデの花 »

コメント

八女市横町町屋交流館の企画展「上妻歳時記」に母と行ってきました。
企画された橋本長年(平田在住)氏が丁寧に解説くださいました。
たまたま松田久彦氏もおられたので、お話することができました。
高橋昇氏関連展示の前に長くいたのを観察しておられたらしく、松田氏曰く、
「高橋昇博士だけでも企画展を開く価値がある」
寺田天満宮の広田弘毅の揮毫の写真もありました。
橋本「いろんな人に訊ねたのですが、なぜ広田弘毅がここに揮毫しているのか謎なのです」
母「渡辺鉄工所の重役だった室園さんが口利きして依頼したんでしょ?」
橋本「ありがとうございます。調べてみます」
お礼にカレンダーをくださいました。
母は生き字引です。

上妻歳時記の企画展にさりげなく置いてあった文献ファイルをぱらぱら捲っていたら、福岡県の「庚申講」について書いてあるページが飛び込んできました。
琵琶法師を招いて庚申を通夜で過ごすような風習が福岡の各地にあったらしい。
室町時代頃から。
庚申塔、というのもあるらしい。「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が彫られることが多いとか。
いろんなものが連句的に繋がってきました。

企画展は24日までです。

さっきバイト先から大むすこがケーキを二個もって帰ってきました。四千円分も買わされて。雪のおうちみたいなケーキ、二切れできもちわるくなった。クリーム多すぎ。これでクリスマスには何もないぞ・・。ひ~

土曜のキャンドルナイトはいかがでしたか。
こちら、朝は母たちを院へ送迎し、昼は三者面談、院の忘年会が夕方からでした。大むすこはバイト、小も用事があり、とうとう参加できませんでした。
ぼんやせいこさんやえめさんまりさんたちと、来年こそは参加したいです。

ひるに乙四郎母上のお顔がふっと浮かびました。
去年は何度か姫野農園の野菜を届けましたが、今年はなんにも届けていません。乙四郎には連句会場を何回もただで使わせてもらうなど大変お世話になっており、心苦しい限りですが、すみません。よろしくお伝えください。そうですか、寺田村のむかしのこともご存知なのですね。長生きしてもらわないと。

甲四郎先生にもずいぶんご無沙汰してます。
ひとつ聞きたいこともあるのです農学博士高橋昇のことで。蝶の学者の話。
以前ブログで紹介した乙骨一族の江崎悌三博士のことで、さる方からお尋ねがあり、また聞きの又聞きみたいなお話でしたので、どうしたものかと気にかけながら、そのままにしていました。が、昨夜と今日と再び依頼の電話があり、お話をよく整理しますと、こういうことでございました。
戦時中、江崎悌三博士はシンガポールの植物園か博物館におられたことがあったらしい。そのとき、懇意になられたのがイギリス人のコーナーさんとおっしゃるかたで、その方は回想録をのこしておられる。その父上のことを伝記に書きたい息子さんがいらして、その方は、オーストラリア在住のイギリス人、ジョン・コーナーさんとおっしゃいます。
コーナーさんは名古屋の明石陽至とおっしゃる先生を通じて、悌三博士のご家族にお話をお聞きになりたいそうです。
かささぎはこのことをふせていようかとも思いましたが、ちょうど高橋昇博士と同じ時代のことだし、なにかつながっていそうでもあり、ここにも書きます。
かささぎにご連絡くださったのは、明石氏の教え子さんでございました。(かささぎは明石氏を全くぞんじあげませんし、ジョン・コーナーさんも知りません。しかし、君が代を国歌にした乙骨太郎乙の直系の子孫である、九大の昆虫学者・江崎悌三博士のことをもっと知りたいとおっしゃる方、それも外国の方がおられますなら、できるだけ力になりたいと思いました。あまりにも茫漠とした話でしたので、最初戸惑って、さくらさんへも相談しました。さくらさんは、このような返信をくださいました。ありがとうございました。

姫野様

こんばんは
メールありがとうございました。
下記の内容ですが、姫野さんの文章にしてはぜんぜん意味がわかりません。
誰が誰のことを知りたいのか理解できないのです。

昆虫学者江崎悌三博士の遺族のかたから
名古屋の方から
・・・・とおぼしき方の教え子さん(筑紫野在住)から

書きながら件名を見て、知りたいのは「明石陽至さん」のことだとわかりました。
軍人なのか学者なのか?
当時その方面に行っていた日本人は無数にいますので、その名前は知りません。
今中国にどんどん支店や工場を移して、中国駐在員としてたくさんの日本人が行ってるのと
同じ状況だと思います。
今中国に行っている誰々さんを知っていますか?と聞くのと同じよなもの。 

>当時日本の委託統治領であった南洋諸島にも・・・・・
占領政策というとよっぽど悪いことのように教育されていますが国際条約です。
第一次世界大戦では日本は戦勝国ですから、そのときの国際条約で
日本が統治するように決まったのです。
第二次大戦でに日本は負けたので、条約によりアメリカ軍がいるのと同じなんですよ。
またそれらの国(南方の)の人たちは日本人をとても尊敬して好きでいてくれる人が多いのですよ。
今も日本を占領してる(ようなもの)アメリカを、日本人はみな嫌いかというとそうじゃないのと同じです。
嫌いな人も好きな人もいるのに嫌いな人ばかりのように教育・報道するのを偏向教育・報道といいます。

この前長崎カステラの話をちょっとしましたが、おじいさんの戦死について調べ、それを題材にして
小説を書いた青年に今日会ってきました。
小説フリマーというのがあるんですね。
http://bunfree.net/
なかなか奥が深く今日の私はちょっと感傷的になっています。
日本中からたくさんの表現者が集まって盛況でした。
訴えたい、聞いてほしい、自己表現したい・・・・生きていくのは大変だ。
かける人はまだ幸せかも知れないが。

その青年の小説は帰りの駅のカフェで一気に読んでしまいました。
おじいさんが海軍で、1年に1回船が佐世保に入港すると、南洋からバナナをいっぱい持ってくるの
が子供にとってものすごく楽しみだった場面が生き生きと書かれていました。
バナナと一緒にデパートからカステラも買ってきた。
バナナとカステラを楽しみに待っていた女の子は、今日会った青年のお母さんなわけです。
病床のお母さんにその思い出を忘れないために、姉妹から今も定期的にカステラが届けられる
ことに疑問を持ったことから、この青年は「知ろう」と思ったそうです。

姫野さんのこのメールがそのバナナが豊富な南洋の島に関係してるのがとても不思議です。

では、    神崎さくら

蝶といえば、上妻小学校の小川先生を思い出します。
ご存命でしたら、何か手掛かりをご存知だったかも。

おっとっと、ここで2度読んでやっと人脈がわかりました。
小さな(これから大きくなるかもしれない)国際交流のひとつとして尽力するのもいいことですね。
上の理由ならば、永井菊枝さんにお尋ねするのは大いに理由がありますね。
ところで最近利華さんは永井先生に三鷹で会われたようですね。
そのコンサートのことは見逃して知りませんでした。
知ってれば私も永井先生に会えたのに。

高橋博士のことといい、いろいろとつながりますね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 昨日は雪:

« 昨日は雪でした | トップページ | ヤツデの花 »

最近のトラックバック

2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31