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2009年12月16日 (水)

小侍従の歌と矢野の考察   『筑後将士軍談』

矢野一貞『筑後國史ー筑後将士軍談』巻之三十五より
(きのうの続きです)

小侍従は八幡にて終りけるにや、小侍従の妹に、後鳥羽帝の愛妃美濃局と聞えし男山の末美濃山に住りしなり、扨(さて)この人の事は助能が井て下りたりと、昔よりこちたく云もてはやす事なれど、更に弁へあげつらふ人も少ければ、今かく驚かし置なりけり猶彼が歌の勅撰集に見えたるは新古今六に題知らず、

「かき曇りあまぎる雪の故郷を積らぬさきに問ふ人もがな」

又十三

「つらきをも恨ぬ我にならふなようき身をしらぬ人もこそあれ」

又十七 山家のこころを、

「しきみ摘山路の露に濡にけり暁起の墨染の袖」、

又二十心経の心を読る、

「色にのみ染し心の悔しきをむなしととける法の嬉しさ」

新勅撰四に和歌所の歌合に、海辺の秋月と云る心を読み侍りける、

「沖つ風ふけひの浦に寄浪のよるともみえず秋の夜の月」

又五 京極摂政百首歌よませ侍けるに、

「おきて行秋のかたみや是ならん見るもあだなる露の白玉」

又十三  後京極、云々同上

「雲となり雨となりても身に添はば空き空を形見とやみん」

読後撰集四に、

正治百首哥(うた)奉る時、

「さのみやは山井の清水涼しとてかへさもしらず日を暮すべき」

又十三題しらず、

「待も見よ逢夜を頼む命にて我もしばしの心づよさを」

続古今三正治二年百首歌に、

「咲にけりをち方人にこととひてなをしり初めし夕顔の花」

又十三

「諸共にあかぬ別れのきぬぎぬに何れの袖かぬれ勝るらん」

又十四

「思ひあまりみつのかしはに問事の沈にうくは涙なりけり」

又十五 後京極摂政百首歌に

「何事も夢と聞世に覚やらで現に人を恨みつる哉」

(あしたにつづけます)

かきうつしながら、矢野一貞もいろんな疑惑がわいてきたのでしょう。
かなり詳細に調べたあとがみえます。黒木氏蔵の文書がどこからどこまでなのかが、さっぱりわかりません。ここにかささぎが引いているのは、矢野の長い考察文の一部だろうと思います。
目下かささぎにわかるのはそのことだけです。
ありがたいとおもいます。そのまま和歌のお勉強になりますから。

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コメント

よく解らぬままに読み進めております。

すこし「和歌って良いな」と思えるようになって来ました。でも、恋人との間で文を和歌でやり取りするのは、難儀やねえと思います。自分の都合のよいように解釈してしまいそう。また、お互いに言葉の持つ意味が共通していないといけませんから、教養がとてもいりますね。
先日の忘年会でまりさんが言われていたように、女性の学問、教養は早くから鍛えられていたと思われます。それがどの時代からか男尊女卑みたいになってしまって。
何を書きたいのかわからなくなったのでここでやめます。

打ち込んでいる者自身もよくわかりません。

野風のことはよくわかりませんが、花魁は高い教養を持った人でないと務まらないようですね。大店の主人や高級官僚とかの接待をする花魁。もちろん和歌にも通じていなければならなかったとか。
何時の時代もトップにいる人は努力をしなければならないようです。トップにいなくても、現状を維持するためにはそれなりに努力が・・・
小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言」という漫画の本を借りてきました。が、難しくてぜんぜんわからん。漫画だからサーッと読めるかとおもとったのに。

こんにちは。
小侍従と徳大寺。。確かにこれら和歌のやりとりを第三者がみたら客観的に思い人とのやりとりに思えるでしょうね。。ただ、私には小侍従が遠い京の世界に通じる一本の細い糸としてこのやり取りをできる唯一の人物だったように思います。平安から当時は和歌や舞、雅曲等々は殿上人のみの世界で独特の共通の世界観を持つ言語と言ったほうが捉えやすいかもしれません。後に地下人から武士社会と次第に広がり鎌倉、室町、戦国、江戸時代初期も基本的に当時限られた身分制度上位の人間が教養として身に付け、女性、男性も分け隔てありません。一般の人々に少しずつ開放され始めたのは江戸後期から明治くらいからではないでしょうか。現在の男尊女卑の名残は人民平等をうたい始めた頃、明治の一般社会から派生した儒学の曲解から浸透した賜物と考えます。それほど明治維新は歴史的に大変革だったのでしょう。。本当に優れた偉人は幕末に皆亡くなってしまった。。。

私が「仁」を別の視点で感慨深く見ているのも、ちょうどこの頃先祖が医術の一員として歴史に関わっていた部分もあるからです。

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