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2009年12月28日 (月)

むかしのきおく

大掃除で窓ガラスを外から拭くときしか通らぬ家の東側。
となりとの境界はごらんのように軒を接しています。
むかし、隣はとうふやでした。なので、父は今も豆腐屋とうふやと呼んでいる。
寺田村には姫野姓は多いのですが、うちと隣とが同じ家紋で、隣の薬やにつとめていた佐賀の子孫のかたがあるとき調べてこられておっしゃるには、甘木家家老の家に連なる家紋だったと。そういえば矢野一貞の筑後国史をみると、ちらりと姫野が出てきますが、そのようなことが書かれていた。でもその甘木家って何かさっぱり知らない。山下整子がいつかコメントしてくれた中では甘木ってのは広川町の地名のようです。朝倉の近くの甘木ではないのか。いなかざむらいの親分の家の家来だったってことなんでしょか?どうもよくわからないです。

なんだかわからないけど、今急にこういうことを書いているのは、今日さっき、次男がふっと朝倉へ行きたい、一人で行ってくる。といって出て行ったから。あれも妙な子です。黒門がみたいらしくて。なんなんでしょうね。

それはともかく、かささぎの知る範囲何代かはずっとお百姓。家紋が同じってことは隣とは何代かを遡れば兄弟くらいの近い親戚だった模様。

家の土台は100年以上、たぶん110年はたっているとおもう。
杉の木を数本軒の下に抱え込んでいる。これはなんで?
家を修理するのにとっておいているのだろうか。
いつ台風がきてもいいように、瓦をとっているように。

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