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2009年11月 9日 (月)

山下整子の歌一首

日焼けせし若き農夫は
雨音のやうに素朴な相槌を打つ 
 
       山下整子

読んですぐ心に浮かんだのは、歌仙にとり損ねた故・貞永まことの初折裏立句でした。
日灼けした若き漁師に南風(夏の季語)だけを一句に詠んで、見事にほかにはなにもない句だった。さわりがあって取れず、十年たった今でも未練がましく残っています。これは、それとまっすぐ繋がる回路を持った天然色の歌です。

 雨音のやうに素朴な相槌を打つ

こんな魅力的なフレーズ、誰も思いつかないです。
しゃべっているのは筆者。耳を傾けているのは若き農夫。
飛び交っている話題は農政のことや市場出しの野菜の安さのこと、あるいは辛らつな世間話かもしれません。その話し声が聞こえてきます、雨音のように激しく、ときにひそやかに。そして農夫はといえば。
彼は無口で、なにも言いません。ハウス園芸で身を養っている彼は、土をいじる手を休めずに筆者に耳だけを傾けています。
そして、ただ笑って日に焼けた顔をしきりと上下させ、相槌を打ちます。
「そうじゃんの」「うんうん、そげんたい」
ときに口をあければごく短い返事、それも諾うことばのみ。
ねえちょっと、ちゃんと聞いてんの。と思うくらいにです。
だけども筆者は農夫が何もしゃべってくれなくても、笑顔返しだけであっても、心伝わるので、それでもうじゅうぶん満足なのです。

相槌を打つという行為を言葉によって雨音に転じる技。
これは暗喩と直喩との中間をいく詩的営為であります。
雨はどこにも降っていないのに、一首よみくだせば、あたりにはまるでさみだれがふるときのような豊かな大地の響き合いが生まれます。
さすればこそ、一人の若き日に焼けた農夫が、大地にすっくと立ちあがるのです。
さすればこそ、明日の農業を担う若き農夫が天と地を雨のように行き来する悠久の営みの内燃機関そのものとなって立ち上がるのです。

わたしは、この歌でまなうらにぼうっとうかびあがってくる苺作りのある男をおもいださずにはおれませんでした。
かれは、41で脱サラして苺農民になった、農協から資材費を借りて、だけどうまくいかず、48で亡くなりました。かれはまさにこんなふうに雨音のやうに素朴な相槌を会話中になんども打ちました。愛嬌のあるまっくろな顔をくしゃくしゃにして。

日焼けせし若き農夫は
雨音のやうに素朴な相槌を打つ 
 
       山下整子

飾り気のない実直な農夫の姿が目に浮かぶようではありませんか。
また、地べたを打つなつかしい雨音が耳に聴こえるようではありませんか。

これまで心におもうだけで、なかなか追悼文がかけませんでした。
それは彼の死が自殺であったからです。
ここに山下整子の歌を添えて、氏のご冥福をお祈り申し上げます。   

           合掌

(これは山下整子ブログ「31文字倉庫」への投稿文です。)

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コメント

レーシングサーキット内は公道ではないので自動車保険がききません。事故に備えての保険は生命保険が頼りなのですが、サーキット内での事故死は、一般的な生命保険では自殺扱いなのだそうです。
なぜこんなことを書くのかというと、この週末、レーシングサーキット場の医療応援に駆り出されるという貴重な経験をしたため。
八女から日向方面へ2時間弱で、西日本一の規模のサーキット場「AUTOPOLIS」があります。(週末早朝に442号線が五月蠅いのはそのせいです。)
今回は二輪車走行レースで、四輪車レースの場合よりもメディカルセンターが多忙になることが予想され、医師も複数配置されることになり、友人のツテで応援依頼があり、個人的興味もあって現場体験に至ったというわけです。
当日、会場のメディカルセンター脇には、救急ヘリコプターがスタンバイ。救急搬送車も複数台スタンバイさせていました。
メディカルセンター内には、ありとあらゆる救急救命用の装備が備わっていました。
気軽に引き受けたものの、たいへんなところへ来てしまった、と不安がいっぱい。
何も事故が起きなければ一日中暇なのでしょうが、四六時中、レースを映し出すカメラ映像に目が釘付けでした。
サーキット内のカメラが瞬時にして事故現場を映し出します。
人が横たわっていたり、マシンの下敷きになったりしている映像です。
事故が起きると、レスキューが救出に向かい、ライダーはメディカルセンターへ運び込まれてきます。
たいてい、時速200キロ以上での接触や転倒です。
ヘルメットが割れていても、そのおかげで頭は割れずにすみ、防護服がズタズタに破れていても、そのおかげで傷は浅くてすみます。
ヘルメットや防護服がなければ、皆、即死でしょう。
この日、結果として、9人がメディカルセンターのお世話になりました。
1人ずつ時間を空けてやってきてくれれば、落ち着いて手当ができるのですが、事故の時には、2~3人がまとめてやってきます。医師複数配置の理由がよくわかりました。
医師1人が救急ヘリで飛んで行ってしまえば、1人だけ残されることになりますが、幸いにして、ヘリの出番はなしでした。
この日は、最も重いものでも骨折どまり。めでたしめでたし。
9人の中に八女の人が複数いました。八女人は事故に遭いやすいのか向こう見ずなのか。
骨折の治療に○○整形外科を紹介しようかと思いましたが、お休みを邪魔してもいけないので○○病院にしました。
この日のような、事故が多発することが予想されるレースの日は医師が敬遠して医師確保難ということでしたので、今後も協力してほしいと頼まれ、応援要員として登録しちゃいました。これで、自分の履歴に「レース・ドクター」が加わることになります。
なお、一年を通して、最もメディカルセンターが忙しくなるレースは、「お買い物自転車耐久レース」なのだそうです。ヘルメットがフルフェイスではなく、防護服もないので、重傷者が続出するのだとか。今度のママチャリの日には、「レースドクター」として活躍することでしょう。皆さん、安心してママチャリレースに参加登録してください!
サーキット専属レースクィーンもいます。
   ↓

ほんとだ。れーすくいーん。いつもおもうんだけど、もしあれがよ、おてもやんみたいなおばさん連中だったら・・・事故死続出だろか。
おつしろう、このわくわくの体験談はこないだの土曜の勤務ですか。なんで怪我する、ひょっとしたら死ぬかもしれん、ってわかっていてみんなしゃかりき走るのだろう。いのちがけの人の顔というのは普段みることないですから、その緊張感をみたくて人があつまるのでしょうか。
しかし、よかったですね。骨折くらいで。
まったく怪我人がでなければ、それはそれで退屈だったろうし、救急ヘリ出動までいけば、緊張できつかったろうし。
おつしろうのようなおいしゃさんって、そうそう滅多にいるもんじゃないです、たのしそう。

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