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2009年11月 2日 (月)

くるめの床屋の倅、ろいりーさんと世間話をしようよ。

ねえ、鈴木先生ってまんが読んだ。
こんな話よ。
班でむかいあって給食をたべている。ある男子が突如カレーをたべているときに、くそとか、げろとか女子の前で大声でさけび、ごはんをまずくしてしまう。女子は怒り、鈴木先生に相談する。それには実は裏にひめられた事情があった。その事情とは・・・
食事中に言ってはいけないことを叫んでめしをまずくした男子は、とてもしつけの厳格な家に育ったまじめ少年である。それなのに、なぜ。という疑問。その理由を考えていた先生は、給食時間中の観察を通して、ある事実にきづく。
さあ、こっから、おもしろいよお!!
展開はおしえないどこ。笑
行儀というものはじつにさりげないものだから、それを当然として育ったかどうかで許容範囲が狭まりも広がりもする。その男子は向かいの席の女子のひじつき食事が許せなかった。断固。それをずうっと抑圧していたけど、あるときついに我慢できなくなって食事のとき決して言ってはいけないことばをまきちらして復讐した、ってわけです。
これ、だれが悪いとか、いいとかの問題とはまったく次元のちがう話でしょう。これ、とってもよくわかる。

こどものころ。いちばんうるさくしつけられたのは、音をたてるな。ということだった。口をあけてたべたらいけない。でもともだちにはぺちゃぺちゃと音をたててものをたべる子が必ず一人はいた。それ、いやでいやで。でもいえない。いえないということが、小さな子どもごころにもなぜかわかった。
そういうことを漫画にしたてるなんて、すごかろ?

こんばんわ
遅くなったので、今日の夕ご飯は刺身のある定食屋にしました。
わが家の終わりかけごろ作業着の若者が入ってきて4人だと伝え靴を脱ぎました。
彼は普通に上がったあと屈んで靴を前向きにきれいにそろえました。
「ほぉ~☆すばらし~☆」
あとの3人は上がりながら初めから前向きに脱いであがりました。
家庭の躾とはそれぞれに特徴を作りますね^^

 同じ久留米の、歩いて20分ぐらいの距離の所に生まれ育ち、しかも親の職業はどちらもいわゆる商売人、それなのになぜこんなに生活習慣が違うのだろう~と結婚で思い知らされた。うちは比較的自由、それなのに相方は、あ~だこ~だとうるさくて。特にここで話題になっている食べる時のマナーです。いっそ、外国人みたいに異文化関係だったら、お互妥協しあえるかなと思いました。いやはや、今でも「しぇからしかね」と思いつつ、口には出さず、ただ忍耐の日々。
 かささぎさん気になる、中学校での給食の件、私は以下の2つのどちらか、あるいは両方が原因かなと推測しました。正しいかどうかはわからんよ。
①久留米(の中心部)は大規模校が多く、体育館または講堂らしきものさえなく、本来室内でやる運動部も外でだし、剣道・柔道などは近くの公的施設を使ってやり、あまつさえ、入学式・卒業式でさえ、当時近くにあった久商の講堂借りてやった記憶がある。つまり、給食関連設備を作る場所がなかった。同じ久留米市立中なのに、あそこにはあるけどあそこにはない、というわけにもいかなかった。
②給食がなければパン販売が必要になるが、八女では全中学校に販売業者を配置するのが難しかった。

えめさんところのおまごさんをみて感じました。
小さいときからさりげなく仕込まれておられるのだと。お茶にしましても、あんなに小さなときから自然に触れ合わせておけば、お茶独特の異空間ポケットがあたまにできますよね。連句もそうですよ、前田先生のお孫さん、あかちゃんのときから連句にふれておられた。ゆきちゃん、あかんぼのころ、八女の堺屋でのぼんぼり連句にきてくれた。お母さんの前田亜弥さん(西鶴研究家、連句もさすがにうまい。とても美人であります)次に久留米耳納連山のふもとのスパリゾートでの合宿にも来てくださったのですが、そのときゆきちゃんはちょうどえめさんちのお孫ちゃんくらいで、おかあさんのおひざから連衆のおひざにきて、お絵かきをしていました。大人が必死で句をつくっているとき。こういうのが無言の教育だろうとおもった。その座のくうきにふれていた、ってことが。

ろいりーさん。商売人の子ってそうなんでしょうね。
奥様との食事のときの場面が浮かぶようです。
と同時に、山本健吉の妻だった石橋秀野の昭和二十三年に出た句文集の随筆を連想しました。新婚のころの妻の心理。お料理学校でならった最新の自信作を必死で作ってたべさせても夫がよろこぶとは限らない。味噌汁も辛いとかいわれ口をつけよううとしない。新妻はこまってしまって、泣きたくなり、手持ち無沙汰でいつしか新聞をひろげたりするようになった。というようなことが書いてありました。

そろそろ色づき始めましたね♪

食事>>わが家は自営だったので、家族揃って食べるのは元旦だけで、ほかの日のほとんどは祖父母と食事をしていました。
明治生まれの二人はやはり食事中のマナーには厳しかったです。
姿勢、ひじ、お茶碗の抱え方、箸使いの色々、、でもそれができていれば特にうるさいわけではなかったです。嫌いなものもなかったしね。
叔母はハンバーグの時、私と弟を相手にナイフとフォークの使い方をよく特訓したがりました。その時は鬼軍曹の叔母でした(爆)

給食>>学校をお休みしたきお友達にパンだけを届けていなかった?
プリント用の紙に包んで。
今も届けるのかな?

ゑ目さん、届けないと思う、今は。ぱんのゆくえやいかに・・。あのそっけない色気のないぱんがすきだった。で、今も食ぱんはやかないのがいい。なにもつけないの、禁欲的なあじがするから。だんだんそうなってきた。これはなんだろ、って自分がふしぎ。
そりゃそうと。
うちのちびと今夜this is itをみにいってきます。ミッドナイト上映。なかよし友達もつれて。わたしもみるけど、おかあさんは離れて座ってって。苦笑。
どっちかというと、沈まぬ太陽のほうがみたいけど、

いってきました。深夜なのに350席ほどのスタジオ1がほぼ満杯でした。
むすこの友人の少年たち5人もいっしょ、言われたとおりうんと離れて座った。
しごとにきびしく、完全主義のマイケル。
こどものころのかおとまったくちがうおとなのマイケル。でもどっちもマイケルなんだよね。じぶんのもとめるものがはっきりしていた。えられるまで妥協はしなかった。
イントロダクションのバックダンサーズオーデションから一気でしたね。少年たちも面白かった、と言ってた。

評判のいい映画だと聞いています。満席でしたか☆
高校生のころ持ってたモータウン全集にマイケル少年の顔がありました。
きれいな伸びやかな声でした☆彡

 「味噌汁も辛いとかいわれ口をつけようとしない」、
そんな大それたことは1回も言ったことないでございます。
自分が作ったものを、「これおいしかね」とも言わず食っているので不満言われる。
そんなこと一々言わずただバリバリと完食するのが食事に対する満足の表現だったので、一言言えば良いとわかっていながら、却ってわざとらしくて言いきらん、でもしょんなかけん、時々言うちゃる。
新聞読みながらどころか、テレビ見ながらでさえ許してもらえん。
 子どもの頃は、わが家もほとんど祖父母と食事をしていました。明治生まれの2人は全然厳しくなかった~やはり人それぞれですね。

明治生まれのばあちゃんと子ども時代を過ごしました。食事のしつけはばあちゃんよりも、母の方が厳しかった。でも、洗濯に関してはばあちゃんはことのほかうるさかった。洗濯機がわが家に来てから、タオルや下着がいっしょに洗われるのが、それはそれは許されなかったみたいで、小学生のころから、風呂場で自分の下着と靴下を洗わされ、タオルはタオルだけ洗濯していました。そんなばあちゃんの影響なのでしょうね、いまもって、タオルはタオルだけしか洗濯しない(できない?)わたしです。

えめさん、マイケルさんはほんとにきれいですみきって少しビブラートがかった声でした。踊りもまったく静かでスムーズ、ほかのきんにくもりもりの人たちとはまったく違っていた。一人特別な存在でした。孤独だったろう。スーパースターは早く死ぬのですね。

ろいりーさんのおよめさん、かっこいい。普通の家庭は、すでに堕落している。うち、ながら食事を厳しく言っていたのに、当のおとうちゃんおかあちゃんがテレビみながら食べている。だから、そんだけ厳しく言えるってことは、当然自分もそのおきてをいまだに厳守しているってことで、とてもうつくしいです。
えっとかささぎは、ひとりでたべるときには、本をひろげたまま食べたりもします。最低です。笑
しかも、通勤の運転中に片手でりんごやジャムぱんをたべるので、とってもあぶないしきたないです。これはよいこのみんなはけっしてまねしないでね。(するか!

せいこさん。
お姑さんがすこし心配ですね。
うちの場合、わたしが炊事洗濯をすべてやっていたころ、そうなりかけました。(馬場先生にアルツなりかけ、といわれた)。その後、くすり服用で、食い止めている。一時期は、自分の妹より年をわかくいったり、ものわすれがひどかった。それを救ったのは、わたしの再就職で再びの家事担当となったことではないかとおもいます。

ひめどん。
あなたが言うとおり。
わたしが意地になってなんでも、自分でやりすぎたんだと思う。自分でも可愛げがない嫁だなあと思うけれど、「これ以上、このひとに借りをつくりたくない」という一念で、仕事前に掃除も洗濯も炊事もこなして、残業のときは夕食を準備して仕事に行ってた。勝気といえば、勝気。根性もんといえば根性もん。笑
いまはね、おばあちゃんに食器を洗ってもらってる。自分が食べた分だけね。あとから洗いなおしたくなる状況だけど、ま、よかたいと思って。早くにこんな大らかな気持ちになってたらよかったのにね。

やっぱりなあ。同居の嫁ってそうなるのでしょうね。
母と祖母の関係をずうっと見て育ちました。いえることは、嫁と姑って、愛情ではないけど義務感でびちっとつながっているんだなということです。愛情を無理してもたなくてもしてあげていることが愛情の行為なのだから。母も必死でつくしていました、姑に。
せいこはとってもりっぱです。
おかあさんもあなたを頼ってらっしゃる。
年をとることは、なんとこころぼそいことだろうか。
夫を独り暮らしの母のもとへ返してよかったと思う。

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