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2009年11月28日 (土)

八女福島のからくり人形と犬山祭りのからくり人形との接点 2

犬山のようなからくり人形を乗せた山車の祭りは現在でも愛知県と岐阜県にたくさんあります。山車の形はそれぞれ違いますが、からくり人形の形態や操作の仕方はほぼ同じです。岐阜羽島の近くの竹鼻という所にもそんな山車を曳き回す祭りがあります。関東や東北にあるという話は今まで聞いたことがありません。

八女福島のからくり人形は初めて知りました。どのようなものか一度観てみたいですね。九州にもそのようなからくり人形の祭りは他にあるのでしょうか?

ようこそいらっしゃいました。
どうぞ来年はおいでください。祭りの日は秋、数日あります。詳しいご案内はかささぎにはできませんが、いずれ調べてまいります。いらっしゃる場合は、ビジネスホテルもございますし、ほかにもいろいろ見るべきところがございますので、かささぎツアーかなんかをブログでいつか組んでみたいなあとおもっているところでした。冗談ですが。笑
と、そのまえにもう一度「日本のまつり」東海編(岐阜静岡愛知三重)をみて、確認します。なにしろぼけえと見てたので。犬山祭りははじめから二番目にでましたが、ユーチューブの紹介と少し違うものがあったとおもう。それ、確認します。
それと。
かささぎのひとりごとです。
十五年ほど前田圭衛子先生のところのれぎおんで俳諧を学んでいまして、いつのれぎおんで読んだか、本屋良子さんとおっしゃる美濃派の俳諧師のかたが書かれていた文章でこの祭りを読んでいたようにばくぜんと記憶します。この人形からくりの祭り。あっ、ここにもあったんだ。とそのときには思っただけで、深くは追求しませんでした。
その後、自分で暦論という随想を「九州俳句」という俳句誌に連載していた五~六年前、高良山に芭蕉をまつる神霊社があることを知りました。といいましても小さな小さな祠ですが。
それを追いかける過程で、芭蕉はこの地へはこれなかったけど、弟子である俳人が二人来ていることを知った。においづけまでいれればもっと多く。来た俳人の一人に美濃派の元祖、かがみしこうがいます。
各務支考。久留米、柳川、へ来ているし、句を詠んでもいる。
ああ、そうだ、さっき、書いた芭蕉をおいかける過程で、というのは、実はそうじゃなく、八女戦国百首和歌をおいかける過程で、というのが正しいかもしれません。どっちもです。美濃守、と書かれていましたので、さばき役の源鑑述さんには。だから美濃を追いかけていた。
八女の本では八女のあかりとちゃっぽんぽん祭りのからくり人形は江戸なかばじゃなかったかと思います、福島の庄屋の倅だった松延貫嵐が職をなげうち大坂へ出奔、そこで人形浄瑠璃にとりつかれて台本かきとして成功し、晩年に故郷へ帰ってきて広めた・・・というようなことだったとおもいます。ですが、犬山祭りをしってしまった今、ほんとうはもっとさかのぼるのかもしれない。とおもいはじめました。「犬山」という地名が八女にはあることも今おもいだしましたし。関係ないかもしれませんが。
もっと詳しく知りたいものです。つながっているのかもしれません。
この社団法人地域伝統芸能活用センターの「日本のまつり」東海編のdvd一本のなかにはまつりが13収められていますが、人形からくりは犬山祭りだけです。すごく立派な人形と装置でした。八女の者は、必見です。また、まつりの車山(やま)をかく場面が、麒麟麦酒のコマーシャルにつかわれ、イチローが出てるのを動画でみました。

「九州にもそのようなからくり人形の祭りは他にあるのでしょうか?」
かささぎの知っているのは、ここだけですが。
どなたかご存知のかたがあれば、お教えください。

もう一度みてみました。祭りの車山にからくり人形がついていますが、宵になると提灯にろうそくのあかりがともされて、365個の提灯が山の上でゆれます。ときには火がついて燃え上がる提灯もある。どこの提灯祭りも電球になる中、ここはかたくなにろうそくの火を守り続けているとのこと。
365個の火!ということは、提灯一個は一日の太陽の暗喩ですね。戦国百首和歌の24人の連衆は天文24年の一年ごとの太陽の暗喩だったのだと思いたい。一世紀くらいしか離れていません。ずっとむかしはたいまつだったのかもしれない。八女も提灯の産地です。たぶん岐阜につぐんじゃないかな。
また、こういうことも出てきました。
金色のきものを着たこども(男児ばかり)を肩車して大人のおとこたちが車山につれてゆきます。そのとき、決して地に足をつかせないという決まりがある。こどもたちはやまの上に飾られる。(まつりに出演する)。
二年前だったと記憶するのですが、一度だけ祭り行列の警固をしたことがあります。わずか三時間半の仕事でしたが、二キロ近くの道を練り歩くんです、稚児風流の一連隊が。水田天満宮のお祭りでした。ブログ内を探せばあります、仕事中最後尾にいたからできたことですが。名前にはりつけ。五枚かそこらあります。ごらん下されば解りますが、稚児はみな、男児です。それも十歳以下、が多い。例外的に十一歳の子もいましたが。

名古屋弁と八女弁に共通の語尾があります。
にゃあという。ねこ族だったのかもしれません。

からくり人形とはちょっと違いますが、八女郡黒木町にいわゆる人形浄瑠璃というのがございます。たしか町の重要文化財指定であったと記憶しています。後継者育成ということで、地域の若者に継承するとりくみが行なわれていると聞きました。蛇足ながら、黒木町の文化財担当はオーシマ君というよかオトコです。

http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/e_mingei/detail.asp?id=69-1

あ、ごめんなさい。
県指定重要無形民俗文化財だそうです。

みてみました。ありがとう。例の鰐八のですね。
黒木の山奥のそのまた奥の・・というところでした。今年よばれたようにして行った六地蔵、その道中にありました、この建物がひっそりと。
なにかドラマがあるのではなかったですか。
もう放映されたのでしょうか?

かささぎ様、seiko様、とても興味深い話をありがとうございます。

ユーチューブで八女の燈籠人形を観ました。なるほど、動きなどは東海地方のからくり人形によく似ていますね。

九州は八女にしかからくり人形が無いとしたら、それがどのようにして発展したのか、遠く離れた愛知や岐阜とはたして繋がりがあるのかどうか、その辺を詳しく調べてみたいような気持ちになります。

九州は一度も訪れたことがありませんが、将来行く機会があれば是非八女に足を運ぼうと思います。

各務支考が久留米、柳川を訪ねたことがあるとは初めて知りました。因みに、尾張(愛知)地方のからくり人形山車を奨励し広めたのは芭蕉や支考が活躍していた頃の尾張徳川家の殿様です。そして、そのからくり人形を作ったのは大阪の浄瑠璃人形を作った人たちでした。

八女も提灯の産地ということは支考の出身地の岐阜と共通なものがありますね。

かささぎ様のおっしゃるように犬山では山車に乗って太鼓を叩くのは稚児の役目ですが、最近は少子化ということで女の子も許されています。(ああ、それも同じです。せいこさんのところの祭りでも同じことをいっていました。そして水田天満宮のご神幸祭でもおなじです。姫野・注)

>名古屋弁と八女弁に共通の語尾があります。にゃあという。

それは非常に興味深いですね。(笑)

愛知や岐阜のからくり人形がお知りになりたければ「尾張の山車まつり」というサイトが詳しいです。そのサイトの「地区別山車の詳細」というところをクリックしていただければ人形の全てをご覧になることができます。「尾張の山車まつり」で検索していただければ直ぐに判ると思います。

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コメント

犬山 人形

検索での四位くらい。
なんとなく結び付けたいかささぎの旗。

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