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2009年11月30日 (月)

俳諧がもたらす「人和」2~支考俳論の魅力を探る~岩倉さやか

芭蕉が見つめた「虚」へ自他共に還りゆく感動

  岩倉さやか:文章

 支考を始祖とする俳系である美濃派(獅子門)は、芭蕉時代からの伝統を今に至るまで守り伝えている。彼らにあって、複数の作者が句を連ねてゆく「連句」という形式が重視されていることは、支考が俳諧を通して人の和を説いたことと無関係ではあるまい。では、そこでの「人和」とは、どのような意味を持つのであろうか。それを解く鍵が、支考俳論の看板ともいうべき、「虚実論」に隠されている。

    ◇

 支考は俳諧の本質を、「虚実の自在より、言語に遊ぶもの」であるとする。ここに「虚」とは、物・事が形成される以前の、万物の根拠を意味し、「実」とは、この世界に現れたあらゆる事象を指し示す言葉である。
 少し難しいようだが、これは「美しいもの」と「美」そのものの関係を思い起こせば理解しやすい。人はたとえば、萌(もえ)出る若葉や崇高な芸術作品に、さまざまな「美しいもの」を見る。が、「美」そのものは、それら「美しいもの」の存在を根底で支えつつ、われわれの目からは隠されているのだ。
 そして、支考の論の眼目は、そうした無限なるもの・「虚」が、この世に「実」として現れてくる「媒(なかだち)」を、「心」と「言葉」に見いだしたところにある。支考はいう、「もとより虚実は心より出て、おこなふ所は言語ならんをや」。つまり、人は日々、一瞬一瞬、「虚」の働きを何らかの形で心に受けているのだが、その驚きは言葉となって外に現れる。そして、この世にぼんやりとしてあったもろもろの事象は、言葉によって区切られ、はっきりとした形をとって、「実」として現れてくるのだ。

    ◇

 人は「虚」の働きをいっぱいに受けてその表れとしてのさまざまな「よい表現」を、そしていきていくことの証しを生み出そうとする。だが、「実」は限定を負った「実」である以上、決して完全なものではあり得ない。だからこそ、われわれは「虚」に向かって心披(ひら)き、日々新しい言葉を紡いでゆくのだ。こうして、支考は、表現するということの難しさと面白さとを、まことに的確に捉えてみせたのである。
 そして、「虚」に対して心が披かれたとき、己れの心が和らいだとき、そこに自ずから「人と人との和」も生じる、と支考は考えていた。われわれが一輪の花・一人の人を言葉によって捉えようとするとき、それをはじめから固定された、自分の外にある存在だと見るならば、そこには真の交わり・和は存在しない。だが、眼前にあるものを、まさに今、「虚」の働きによって新たに生れてきたものとして、驚きを以て受けとめたとき、わたしと他者とは、「虚」へと共に還りゆくという形で、一つの「和」を形成することができるのではなかろうか。美濃派の人々が連句を尊重したのも、句に句を「付ける」という営みが、「虚」への共なる眼差しと信を持って初めて成り立つことを知っていたからなのだろう。

    ◇

 支考の俳論はこれまで、衒学的な文章で、芭蕉の説を歪曲したとして、敬遠される傾向にあった。だが、支考の右のような俳諧観は、ほかでもない、芭蕉という偉大な師の姿を見つめていたからこそ生まれたものではなかったか。
 ものの生命を、その一瞬の煌(きら)めきを捉えようとした芭蕉は、なおざりの和など入る隙間もない、孤独で険しい道を歩んだ。しかし、だからこそ、われわれは彼の見つめた「虚」に自らも立ち合い、そこに連なってゆく感動を覚えるのだ。これが、すぐれた「人和」でなくてなんだろう。
 翻って今、個性尊重の時代である。だが、いたずらに自らを閉じ、他者との差異ばかりを強調する世界とは、案外に寒々しいものなのではあるまいか。支考の俳論は、個我を超えたより深い世界を、そしてそこに自他ともに与(あずか)りゆく可能性を、われわれに披いてくれているのである。

(西日本新聞2002年6・12(水)朝刊文化面より引用)

▼いわくら・さやか
1977生まれ。九州大学大学院人文学科学府博士課程1年。
国文学専攻。福岡市在住。(紹介文は新聞紙面掲載当時のもの。)

かささぎはこれを新聞で読んだときの感動をいまだに忘れずにいます。

絶望的な俳壇の状況のなか、こんなに若い人がものごとの本質を的確に据えた文章を書いておられることに胸の高鳴りを感じ、また文中の「媒(なかだち)」という特殊な用語に、十年前日本青年館で講演なさった光田和伸氏の『芭蕉俳諧の真価』のなかで聞いた、平安時代の連歌師二条良基の連歌式目のカテゴリーを連想せざるをえませんでした。それを詳しく引用した文章がかささぎの『暦論』にあるのですが、九州俳句のカテゴリーにひょっとしたら打ち込んでいたかもしれず、あとで暇なときに探してみます。それを覚えるとほぼ物・事の分類ができるようになる。いちばん古い式目の原型みたいです。

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コメント

カテゴリーから「暦論」をひらき、その真ん中ほどにでてきました。平安時代二条良基の部立。戦国百首恋の部をあつかったときに引用していました。以下のとおりです。(光田和伸先生資料より引きます)。

天然界

1 天・・・光物(日月星)と時分

2 地・・・山類、水辺(海や川)

3 媒(なかだち)・・聳物(そびきもの。霞霧等)
     降物(ふりもの。雨雪等)

4 飾・・・動物(うごきもの。獣鳥虫)植物(うえもの)

人倫・・・・我汝君人身友父母主誰彼某関守等

人間界

1 天・・・神祇(神事)と釈教(仏教)

2 地・・・旅と名所(などころ) 

3 媒・・・恋と述懐(しゅっかい。懐旧、無常等)

4 飾・・・居所(家)と衣裳

なかだちの項をみますと、自然界ではふりものとそびきもの、人間界では恋と述懐・無常とに分類されています。これらはとりわけたいせつなものとされます。
なかだちは、天と地を結ぶものという意味ですが、岩倉さやかさんの文では心で受けて言葉で表すというふうに書かれています。
それにしても、このシンプルな森羅万象の分類法。
ずばり、かざりということばですまいと着るものを言い表しているのがすごい。

資料をはりつけました。どうもネット時代黎明期にかかれたものらしいです。これに良基も後鳥羽院もちゃんと手を振って登場します。ひまなひとは目をながしてください。いずれにしても、こういう知識は系統立てて覚えてゆくにはあまりにも広範囲でどこから手をつけていいものかさっぱりわかりませんよね。ですから、自分がぶつかった順番に気のむくまま取り入れるというスタイルでいいんじゃないでしょうか。
かささぎは常にそうしてきました。


ふと気になり、いまの岩倉さんを検索しましたら、静岡大学の先生になっておられるようです。
「草枕」(漱石)をよむ、という大学生向けの文章をよむことができます。なにかしら豊かでおおらかなゆとりある文章です。いまも岩倉ということは、独身でしょうか?とてもさわやかできれいなかたです。(新聞には顔写真がついてました。)

「振り返れば、私が「美しさ」ということを考えるとき、意識の底にはいつも、『草枕』のあらゆる文章が、揺るぎ無い規範として厳然と存在していました。私がこれから踏み出す一歩は、果たして美しいのか、否か。日常の、小さな岐れ路の一つ一つで、余の言葉を、那美さんの所作を、想起し、見つめ、そうすることで実は見守られ、自ずと次の一歩が定まってゆく、そういうことをくり返してきました。踏み迷うことの多いこの世で、心から拠り頼むことのできる道標を得られたことは幸福であったと、いま改めて思うのです。 」
(上記文章の最後のほうを引用)
これはまさに「客観写生の思想」そのものだというように感じました。対象をよく見ることによって対象に見まもられる。なんと深いことばでありましょうか。

では、きょうも元気でいってまいります。

検索サイト Yahoo  検索ワード 虚実論 俳諧

8位かな9位かな

山本健吉が妻を亡くして書いた、虚構の衰退、読み直したい。衰退は別の字でした。

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