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2009年11月28日 (土)

邪馬台国畿内説と九州説その他ごちゃごちゃ談義 2

石人山古墳は鉄格子に囲まれているんですか、今は?
中学校の卒業式が終わった後、希望者だけ石人山古墳に集まりお別れ会がありました。あの時皆で石棺に登りました。少し離れたところから走ってきて、「えいっ」と。あれは罰当たりな行為だったんですね。笑  
知らないとはいえ、ごめんなさいね昔の皆さん。

現代で古墳と言われているものに人が埋葬されているとは限りません。が、場合によっては危険です。

ぼん、わたしも記憶にあるのよ。石人山古墳のあの石棺がむきだしのころ、よじ登って遊んだ記憶が。あのころ、文化財保護なんて観点も保護するための財源もなかったでありましょうから。石棺を囲む石垣はぼろぼろ。石棺自体に落書きも施されております。

こんにちは。ちょっとブレイクがてら横から少し。。

私は卑弥呼(何か違う名前・・)なる人物と国は九州だと。。
倭は連合国(協議制みたいな総称)、卑弥呼はその長で強力な呪術師でもあり(古代シュメール→環太平洋に散らばる南方海人族系一族→後に後裔が熊襲とか物部氏の一部氏族と融合して土蜘蛛とか称される)物部氏(シュメール→大陸半島系で元々九州で天皇の大本)に滅されます。※卑弥呼は謀略で殺される
そのすぐ後に形成する大物国の出雲(シュメール→ヒッタイト分派→半島経由)も謀略で滅ぼされ(おおくにぬし殺される)物部氏が畿内(飛鳥)に統一王朝持ってくる反発防ぐ象徴として卑弥呼の後継者(呪術師)トヨか?を畿内に連れてくる。
その後独裁独善的な思想国家を危険視した蘇我氏(シュメール→ユダヤ分派→中華大陸経由)が物部氏を滅ぼし国の基盤を制定、が基礎が出来た段階でその配下であった中臣(藤原)氏(半島系で元は物部の配下氏族)が横取りで滅ぼす。
このあとからは大体史実でご存知でしょう。

謎の全ての鍵は物部氏です。

落ち:
証拠ですか??ありません。全て感覚。(笑
失礼しました。 

spadeろいりさんお疲れ様です。 腰痛はもう大丈夫ですか?
まだこちらでしたら、かささぎ整骨院に行かれるといいですね。
東遷都説があったのですか? そうですか^^
天皇家はこちら出発からされたましからね♪
fullmoonうたまるさん、卑弥呼は天皇系とかの説はありますか?なんとなく☆
シュメール文明>>惑星ニビルが浮かびます。
宇宙から地球に降りた人たち☆
ほんまに空想とは楽しいものですよねempty

club↑訂正・こちらから出発されましたからね(あわてて・・sweat01

私がこそっと大宰府に行って九州博物館に立ち寄ったのをみられたばいね。
古代博を確かにやっていました。

母の法事とおばの見舞い以外どこにも行きたくなかったのに、帰りに二日市に途中下車して大宰府へ足が向きました。
ここの皆さんにおびき寄せられた。

うたまるさんとえめさんはどこか似た感性の通路みたいなものがありますね。
うたまるさんが黒木のグリーンピアのロビーで帰りぎわにみせてくださった史料のなかに、えめさんの本名とまったく同じなまえがありましたね。古い系図のなかに。あれはなにだったんだろうか。きになっている。
うたまるさんをすこししかしりませんが、かなりへんなひとですよね。そうでしたか、九州説ですか。笑
きのう、書棚にとりみきの石神伝説を探したけど2と3巻しかなかった。一巻だった八女の古墳がでていて、現地取材したんだな。とわかる描きかただったから、今それをたしかめようとおもったんです。
どっちの古墳をかいていたんだったかと。柵があったように記憶。

さくらさんまでが行かれたとは。
やはりいかずばなるまいて。笑

 seikoはん、内田康夫の「箸墓古墳」を舞台にした推理小説、題名教えて下さい。この人の作品は「鞆の浦殺人事件」しか読んだことがないけど。最近、埋め立て問題とか、「崖の上のポニョ」関係で話題になった鞆の浦は、15年ぐらい前に行ったことあります。小説読んだからではなく、江戸時代の朝鮮通信使に関係が深く、彼らをして「日東第一形勝」と言わしめた所、こりゃあ、どう考えても景観を破壊すべきではないでしょう。ちなみに榎木孝明が浅見光彦役をやってる時、よく似ていると言われました~もっとも、同じような帽子被って髪が薄いのを誤魔化していたからでもあるが。ああ、その通り、あげんよか男じゃなかたい。
 うたまるさんのビックリ古代史について。歴史学的、かつ現代語的に言うと、中臣・物部が民族派で蘇我・厩戸皇子=聖徳太子が国際派だと思うのですが。そして国際派が勝利し、朝鮮系渡来人によって新しい国作りが…とも簡単にはいかず、紆余曲折、これは長くなるのでまたの機会に。

ろいりーさん。内田康夫さんの作品はデビュー作品「死者の木霊」がいちばんよかった。あとは似たり寄ったりで、すでに食指が動きません。くれぐれも言うときますが、歴史の先生が読むような作品ではなかです。でも、いちおう教えちゃるたい。笑
確か「箸墓伝説」というタイトルでした。上下巻あってけっこう長い。
ゴールドハンド?でしたっけ。ゴッドハンドでしたっけ?ほら、あったじゃないですか。発掘現場の捏造事件。全国的に有名な発掘調査の学芸員さんが自分で埋めていかにも自分が発見した、みたいな事件を起こしたことが。それも、歴史の教科書を塗り替えるようなぶったまげた事件を起こしたことが。あれが下敷きになってます。
で、言うまでもないことですが、ろいりーさん、あくまでも娯楽書としてお読みくださいね。

失礼。
内田康夫ファンのために補足いたします。
他の作品は似たり寄ったりで食指は動かないといいつつ、わたしはたぶん内田さんの全作品を読んでいると思います。

爆笑。いいおちだよ。

さて、ろいりーさんの容姿について。
榎本孝明に似ているといえば似ている。ろいりさんはぎょろめでほりのふかいかおをされていますから。かささぎのようにはにわ顔ではありません。
写真がこのブログ内にあります。あれはいい写真でした。ぼんのご主人も男前ですが、かささぎがアップした写真はろいりー仕様になっていて、彦山は横向きになってます。彦山ごめんなさい。
ほかに竹橋乙四郎と中山そらんを撮った写真もございます。これもとってもいい写真です。乙四郎ファンの方々、どうぞごらんくださんし。また、そらんファンのかたがた、どうにかしてさがしだしてごらんくださんし。二人とも実物より数段よく写っています。あのときはまだ若かったよね。まだ一年しかたっていないのか。ときはまってくれないね。どんどん日がおちる。
スナップ写真ていいなあ。
あと、かささぎは函館の杉作先生を写しにいきたいのですが、まだ北海道まで出向くことができません。できればあちらからこちらへおでかけ願いたいのでごぜえやすが、最近は何か手術もなさったご様子で、とても忙しそうです。遠巻きにみているだけです。
福岡の東のほうのばどさんも最近は生きているのか死んでござるのかわかりません。縁があればまた連句につきあってくださることもあるでしょう。
いつか調うたまるさんを撮らねば。この人はとっても温顔です。どこか東妙寺らんの顔とにているのです。姉弟みたいに似てる。
それと丸山一族の丸山消挙も撮りたい。この人はしぶい。こないだの高校時代のマフラー歌をよんだときにそれを感じた。
ということで。
音彦さんはもういいですからね。ぱす。お仕事がんばってください。笑(はくじょう)

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