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2009年11月10日 (火)

人形原 五首

人形原五首

   姫野恭子

入口も出口もなければただの池
  人形原に午後の雨降る

往古より人形原と呼ばれたる
  丘の塘(つつみ)の深き眼差し

静かなる塘めぐれば地の下に
  聲なきものの立ちさはぐかも

古の筑紫の君の怒りもて
  水底にあるもの掻き出(いだ)せ

暁闇も薄暮もおなじ赫ならむ
  つつみのみづの灯す月影
   

かささぎは「31文字倉庫」にいき、山下整子のことばに触れているとなぜか歌が詠みたくてたまらなくなる。これもそうしてできた歌。ことに一首目冒頭一行はせいこの言葉の引用です。せいこ、いつもありがとう。
かきたてるんだもの、こころがざわめくんだよ。
まるでみなもをかぜがゆきすぎるように。
・・・韻文の正体はかげだ。

人形原(ひとかたばる)・・・八女市街を見下ろす丘陵の古墳ベルト地帯のなかでも、筑紫の君磐井のかげが色濃くのこる場所。江戸末期まではたくさんの石人石馬が荒れ果てた磐井の丘一面をおおっていたという。ここを詠んだ句に、芭蕉門の俳人で芭蕉との連句にも優れた句を残している向井去来のつぎの一句がある。

稲妻や人形原のたまよばい*    向井去来

* 旧かなでは「よばひ」が正しく、しかしながら原句はこれが正しい。
ということをかささぎは以前杉山洋おんじいに教えてもらったことがある。
そういうときの扱いは、むやみに今の価値観でもって「正す」ことをしない。
青木繁のうたを坂本繁二郎がけしけし山の歌碑に残して顕彰したときも、すべてひらかなでその一首はほられたが、坂本の手になるそのうたの手跡には旧かなのまちがいが確か一つあった、とおもう。こういう無意識の世界のことはとてもとおとい。

うたのうまれたところ:

山下整子「31文字倉庫」
http://tanka-souko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-944c.html

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コメント

心に響いてくるような短歌です。 ひめさんはやはりすばらしい歌人ですね
それも「いにしえ」から時空を超えて現世を生きている歌人。
初対面の日のお互いの印象をここに書きましたね。
えめ←ひめ「エスティローダー」
ひめ←えめ「遠くを見つめながら和歌を詠んでいる歌人」

人形原>>伝説を読みました。 
先日の博物館で正福寺所蔵の石人石馬の本物を見てきました。
石人の目は窪みで出来ていましたが、澄んでいましたよ☆何世紀も超えて、こちらも今に居るのですよね

えめさん、そのエスティローダーですがね。人のなまえだろうか。エスティローダー。すごくひびきのいいことばですよね。まいんまいんまいんシュローダー!マインシュローダーはロックだぜ。

たちきをやめて月に五句ださなくていい生活になったら俳句一切つくらない。歌ならでてくる。んが、和歌やると反動ではいかいしたくなる。
そこに連句があるわけです。連句にはすべてある。
たぶんね、せいこと逆、せいこは俳句向きなのに短歌やってる。ま、人生なんてららーらららららーら。こんな矛盾にみちたもんなんだよな。

マイン シュローダー

3位

.>塘(トモ)とはそのような氾濫原野起源の土地であり、自然堤防の時代にはなかなか定着できなかった土地だったと思われるのです。

この「塘(つつみ)」という漢字をおしえてくれたのは、熊本出身の俳人中村汀女の句だった。
洪水をくぐった漢字だったのですね。

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