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2009年11月15日 (日)

政権交代と医療(61)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

行政刷新会議ワーキンググループ(WG)の診療報酬に関する11日の事業仕分けの際、評決結果は中央社会保険医療協議会(中医協)へ伝えられることになっていました。

中医協が13日に開催され、そこで報告されたのですが、委員から激しい反応があったようです。

<診療報酬が伸びたから下げよう、という議論はあまりにも乱暴である>

<中医協は専門家が毎週2回、3時間以上、計数百時間にわたって膨大な資料を見ながら議論を重ねて結論を生み出そうとしているが、医療関係者なしで短時間、資料もほとんどない中で決められたものに拘束されるのはおかしい>

<政権公約の中に医療費のある程度の引き上げは必要だろうという考えがあったはずだが、事業仕分けの結果は政権公約と乖離しているのでは>

これらがちゃんと説明されない限り、診療報酬の行方は迷走することでしょう。

「学長のひとりごと」11月15日 日曜日

▼ かささぎのひとりごと

新聞が旧聞となる明暮に紅葉且つ散る高牟礼の宮
             (かささぎの詠める)

新聞は新聞ではなく旧聞になりさがった。とは言いえて妙。
あべしげさんの最近のブログコメントであります。

日々乙四郎日記を読んでから新聞を読みますと、最近は既視感を感じるようになってきました。

では新聞の役割は。なんでありましょう。
広告をはさむ紙。てんぷらを揚げたときのあぶら切り紙。
雨ぶりのとき濡れた靴の下に敷く湿気とり。

ああそれで連句的に思い出した。「黒木物語」の扉に猫尾城山とその左後ろに高牟礼山城が描かれています。あれ?高牟礼山って高良山のことだけど、黒木の後ろだったとは!!と、あの絵をみて、とっても驚いてしまいました。つまり、かささぎのあたまは、今現在の道路地図風の方位感覚しかなかったわけです。久留米高良山へは三号線を通って・・と思い込んでいるため、実際の方位がまったくつかめていませんでした。山と山、谷と谷。県境も町境もなにもそんなよぶんなものはない。人の意識などという余分なものには一切しばられていない。まっすぐじぶんをみてほしい。と、やまによびかけられた気がしました。

ついでに仕入れた知識で、「不濡山」ぬれせぬやま=高良山、これは樹木が鬱蒼と茂っているので雨が降っても濡れないという意味だと勝手に思い込んでいましたが、そうではなくて、世の汚濁に濡れない染まないという高尚な意味があったそうです。
いやあ、そうだったのですね。さすが筑後一の宮です。

きのうのつづき欄外コメント:

沖縄にはずいぶんと痛みを、戦後の痛みを諾ってもらいました。基地を県外へ、という切実な声も良く理解できます。佐賀空港はひろびろとした平野の中にある赤字空港なので、候補地にあがったと聞いてもそう驚きません。が、現実のものとして考えると国内のどこにも移転できないだろうと思うのです。あの爆音がわたしたちの身近にひがな聞こえる状況を思い浮かべてごらんなさい。諾えますか?現実問題として。さりとて、基地をなくすこともできない。なぜなら、日本の平和はアメリカの軍事力に頼らねば自力では保持できないからです。言うまでも無いことですが。

アメリカよ、日本よ。さあ、力を結集して、人工島をつくりましょう。アクセス道路をこさえて、海の中に基地をつくるのです。移転費用は高くつきます。しかし、これしかないでしょう。

 空港についてチョコッと調べていたら、国が管理する空港で、昨年一番赤字を出したのは福岡空港だとさ。こりゃ意外だった、と感じたついでに思い出したのが、そういや糸島あたりに新福岡空港を作るという話はどげんなったと?最近、全く話題にのぼらんし。seikoさんの意見を取り入れると、これを米軍・日本民間の共同空港にすれば万事解決ではないか。板付にはまだ米軍基地が残っているらしいから、それもふくめてそちらに移転し、板付にあり交通の便もいい現福岡空港は拡大によって更なる国際化を目指すのもいい。やがて九州独立国を目指す~後者は半分冗談だが。とにかく今回多少わかったことは、日本にいかに無駄な空港が多いかということ(関空と伊丹、羽田と成田の併存も無駄)と、ハブ空港は原則1ヵ国1つでいいということ。ただし中国や米国みたいに面積の広い国は別。

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コメント

我々が小さい頃は、福岡にも「基地の街」がありました。
板付基地です。
昭和19年に旧陸軍が建設した席田(むしろだ)飛行場が、1945年に米軍に接収され板付基地となり、朝鮮戦争時には前線出撃基地となっていました。
昭和43年、ファントム偵察機が九州大学に墜落炎上しました。
昭和45年のよど号事件の頃も、空港名は板付空港でした。
返還されたのは昭和47年4月で一部占有地域(西側の格納庫周辺)を除き返還されました。
場内誘導路、滑走路は日米共同使用で、米軍佐世保基地への軍用物資輸送の中継基地になっていますが、日米地位協定により、米軍機は、日本政府管轄下の飛行場であればどこでも着陸1時間前に管制塔に通知すれば利用できますので福岡空港だけのことではありません。
なお、敷地の一角には航空自衛隊春日基地板付地区、海上保安庁第七管区海上保安本部福岡航空基地、福岡県警察航空隊、福岡市消防局航空隊があるので、「基地」の雰囲気はいまだ漂っています。
さて、なぜ板付基地については「返還」が実現できたのでしょうか?
経緯は、国家総動員法による強制収用を理由に、旧地主から返還要求があったため。
軍に小作権放棄を僅かな離作料で迫られて離農させられた耕作者組合も小作権存在確認の訴訟を起こしました。最高裁判所の判決要旨は、軍の離作補償が1年分の農作物価格であり、補償金としては低額で補償としては認め難いというものでした。
空港告示面積353haのうち、116ha(109haが民有地、7haが福岡市の所有)は空港が借り受け、借地料が歳出の3分の1を占めています。また、住宅防音対策工事・テレビ受信障害対策などの環境対策費も他の空港より格段に多いようです。福岡空港が利用度の割に採算が悪いのはこれらのせいです。
普天間飛行場も、本土の飛行場と同様の理由で「返還」されるべきところ、本土との扱いが違うようです。

では、いつごろ福岡空港という名前になったのでしょう。よど号事件のときはまだ板付空港だったのですか。へえー。覚えていません。が、じぶんがあの空港に就職した昭和五十年には福岡空港でした。
福岡空港は一般住宅地の上を旋回しての離発着がありますので、あぶないものがあります。
ひさしぶりに席田と書いてむしろだ、という地名をみました。むしろだしょうがっこうってあった。長男はその隣のつきぐま小学校に三年生になるまで通いました。一年生にあがる前のプレお遊戯会は弥生小学校で、板付小学校の隣でした。あのあたりは日本最古の稲作跡の遺跡が残っているところで、だからこその弥生というなまえなのですが、水田地帯だったところを埋め立ててできた街ですから、土地が低く、雨がふればすぐに道路が冠水していました。

 板付空港というのは、米軍&自衛隊の基地・空港としての呼び名で、民間人のための空港としてはよど号事件の頃から既に、福岡空港だと思いますよ。自信はなかばってん。ちなみに今の正式名称は福岡国際空港。そして羽田空港は東京国際空港、成田空港は新東京国際空港、伊丹空港は大阪国際空港、あ~、ややこしか。第一、成田は千葉県じゃろもん、東京ディズニーランドもほんなこつは千葉ディズニーランドたい。私の同級生は大学の頃、羽田で「板付空港まで」と言って、怪訝な顔をされた経験があるらしい。
 ついでに板付遺跡についてのうんちくを少し。ここは日本最古の稲作跡というより(佐賀の菜畑のほうがもっと古いらしい)、弥生初期の遺跡のすぐ下の土層から初めて水田耕作を伴う縄文末期の遺跡が発掘されたところ=縄文時代にも水稲栽培があったというのが初めて証明されたところです。つまり縄文時代の遺跡の上に弥生時代の遺跡が重なっているという意味でも希有な遺跡なのです。

 あ、続けてもう1つ。新福岡国際空港構想は、いつの間にか白紙に戻っているらしい。そりゃよかった。たまにはましな航空行政?もある。
 韓国に仁川空港ができると聞いた時、金浦空港があんな便利なところにあるのに、どうして?と思ったが、結果的には正解でしたね。金浦空港そのものがソウルの西のはずれだから、仁川ー金浦間のアクセスもいいし、もちろんソウル市内とのアクセスも充実。そりゃ、成田や関空じゃかなわんわ。そのための環境破壊は別として。

本日の時事通信より。
<首相は同日夜、記者団に「沖縄県民の(県外移設への)期待感も高まっているとオバマ大統領に申し上げ、その理解の中で作業グループをつくろうということになった」と述べ、県外移設の選択肢も排除せずに議論する方針を重ねて強調した。>
やっぱり佐賀空港でしょうか。

ひー!!ろいりさんは歴史の先生でありましたなあ。あそこは最古じゃなかったのですか。弥生の下に縄文のもあったのか。小学校のサイトをひらいてみたら、こどものあしあとまでのこっていた。と書かれていたけど、それ、古代のろいりさんかも。
仁川空港とかいて、なんとよむのかな。にんちょん?じんせん?今帰仁村とかいてなきじんそん。

おつしろう。そんなに佐賀空港可能性ありそう?
たしかにまわりはたんぼだけではありますが・・・。

県外移設で米側が寝耳に水でないのは佐賀と苫小牧だけ。
苫小牧は論外でしょう。
ロシアを刺激しすぎる。

今にして思えば、羽田離陸後にハイジャックされて平壌行きを強要された「よど号」が、航路を変えずに米軍基地である板付空港に降り、次に米軍基地隣接の金浦空港へ偽装着陸したのは、米軍の指示だったのではなかろうか。
解放された乗客の数が1人足りず、CIA関係の米国人だったらしい。金浦空港で密かに脱出した模様。
この米国人がたまたま搭乗していなかったら、犯人たちの指示通りに北へ向かい、38°線を越えたあたりで撃墜されていたかも。
そしたら、犯人たちが関与したとされる数々の日本人拉致事件も起きていなかったかも。
今頃は日朝関係も改善していたかも。
歴史のちょっとした歯車。
なお、犯人たちのほとんどは、この日が初めての飛行機搭乗だったらしい。
そんな時代。

「苫小牧は論外でしょう。
ロシアを刺激しすぎる。」

上記の乙四郎の論法でいけばよ、
佐賀なら北をもっとうんと刺激するじゃろう。
それでも佐賀にこだわる乙四郎のきもちがおれはよくわからん。この人のセンスは独特やけね。(やきね、というのが大分弁、やけんね、がくるめ弁、やけね、というのはちょっときどったときの八女弁たい)。

ただ、追記されたよど号の真実、なるほどそうだったか!とやっと腑におちました。よど号機長がなくなったときにさえ、なにかおおきなものが隠されたままだな。という印象がぬぐいえなかったからです。ありがとう。あんた、やっぱただもんじゃねえな。
あとでさがしだして、資料をつけます。よど号事件、かささぎの旗版。なんだかなあー。妙な因縁なんだよな。なんともことばをなくすようなさ。

よど号事件の犯人の一人が現在どこかの駐車場の警備員をしていると、確かたかじんでいっていた。そして「始めて労働と呼べることをしている。これが労働ということなんですね。」と言ったそうだ。
理想と現実が違う事に早く気づいてほしかったね。

 北朝鮮を刺激するという観点からすると、沖縄でも佐賀でもたいした違いはないと思いますよ。米軍が沖縄の基地を手放したくない理由も、別に肩を持つ気はないが北朝鮮の危機感も、地図を逆さにして見るとわかるそうな。で、北を刺激するのは、福井~新潟という日本海沿いだろうと思う。船舶が常に監視されるようになるわけだから。

ぼん、コメントありがとう。たかじんさん、おもしろいですね。あのひとは歌手だったのね。むかし、夫がなにかあの人の歌のテープをもっていた記憶あり。

ろいりさんも乙四郎とおなじでありますか。へえー。
では、なぜにわたしはこうも佐賀空港案がいやなのか、それをじっくり考えてみました。付近の住民ではないので、騒音公害に対するおもいは、沖縄だろうと佐賀だろうとおなじ、人事です。しかし、じぶんのなかに、もし佐賀となると沖縄よりずっと近いので、万一のときに危ない。という業腹な思いが、ひとすじふたすじ、たしかにあることにきづきました。

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