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2009年11月29日 (日)

太宰府天満宮二の鳥居に伊藤傳右衛門の銘

参道入口から数えて二番目にある新しい方の鳥居です。
一の鳥居は古くぐるっと左右回ってみましたが、何の刻印もありませんでした。

伊藤傳右衛門は筑豊の石炭王と呼ばれた裕福な人。
歌人柳原白蓮の元夫だった人。

ちょうどえめさんブログでこの人の記事をよんだばかりでした。
ここです!

http://hatue62.seesaa.net/article/133868901.html
伊藤傳右衛門が福銀の祖~?そ~かそ~か

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コメント

こんばんわ 昨夜はお疲れさまでした☆
私、今朝の夢の中でもみなさんといっしょでした^^

なるほど、ほんとに伝右衛門さんですね。
今度行った時にチエックしてきます。
わが家は大宰府に行くと、一番奥のお石茶屋で梅が枝餅を食べます。
煉瓦作りのおいしっしゃんトンネルは同じ炭鉱王の麻生太吉さんのプレゼントですね。
当時の炭鉱王は太っ腹な人達が多いですね。
賑やかな時代だったのでしょうね~☆彡

そうか。今日、ここへ「大宰府天満宮 二の鳥居」で何回も訪問がありました。だれもかいてないことだったのだねえ。かささぎすごい。暇というか、なんというか。
はりつけておきましょうね。らんちゃんとおとひこさんのおひなさま一対。
でも、おかげで気づけた。なぜあそうたろうなのか。
いとうでんえもんとは、仕事上のつきあいがあったのですね。あそうけといとうけ。ようしらんのですが。おなじ土建関係ってことかしらね。

今日はお疲れ様でした。
楽しい一日でしたね。
今日myページへのリンク元がこちらでした。かささぎさん?
お石さん、幸せな女性ですね、ファンもたくさんだったのでしょうね。

えめさん、きのうは丸一日お世話になりました。
無料送迎、それから観世音寺までもめぐれたこと、たいへん嬉しかった。ありがとうございました。
あんなにすばらしい仏像がひしめいているのに、あまり人に知られていないことが常常惜しいなあと思っていました。たぶん、きのうの壇上人も宝蔵まではめぐれなかったのではと思われ残念に思います。
自分ひとりで回るのと、人とまわるのでは知識の量も倍加する。あらたな気づきもあります。

きのうは冷凍庫みたいに寒くて、風邪ひきそうでした。番組中も途中眠っていた(たいくつだったからではござんせん、あったかい部屋静かな環境だと即ねむる芸能人体質)、となりにらんさんがいたけど、その向こうのセイコがこれまた風邪で熱っぽかったみたいで眠っている。苦笑。
らんさんは眠り姫に囲まれていたわけで、カメラ向けられなかっただだろうと思われます。ほんなこて、すんまっせん。せっかく編み込みヘアが素敵だったのにね。

ちなみに私ではありませぬ。

えめさん、ここのコメント、最初から今読み直しました。
きのう、さいごに案内してくれたのが、おいしトンネルだったのですね。えめさんがどうして知っているのかしりませんが、麻生太郎と伊藤伝右衛門ラインははっきり見えました。
つながりましたね。ありがとうございました。

あと、梵鐘、日本最古の、あれについて書いてる文章が太宰府人の方のたいへん写真がすばらしいブログにあります。宝蔵内部の仏像を許可を得て撮影されてる。はりつけておきます。

コメント


去年読んだ本に「金属の旅」(石野亨・著)がある。こども向けのおもしろい本で、鐘の鋳造の話が印象的でした。
「金属を溶かして鋳型に流し込むと鐘の形に固まるのですが、金属は固まるとちぢむので、生まれたばかりの鐘にはむりな力がのこっています。これをひずみ(歪ー鋳造内応力)と呼んでいます。むりな力がかかっているので鐘の音はよいとはいえません。この期間は鐘の幼年期です。
何回も撞木でつかれているうち、このひずみはうたれた衝撃と鐘の振動でだんだんなくなり、二~三年でその鐘のもつ本来の音がでるようになります。鐘は壮年期に入ったのです。
何千回、何万回とついているうちに、こんどは鐘にこまかいひび割れができて音がにごり、これが目に見えるような大きな割れ目になると、鐘は老年期を経て一生を終るのです。
京都妙心寺鐘(698年作)や奈良東大寺鐘(752年作)は、こうして千年以上つかれつづけ、いまは余生をしずかに送っているといえます。
しかし鐘によっては、江戸時代末の黒船来航や第二次大戦でむりにこわされ、大砲や軍艦につくりかえられたものもあります。それぞれの鐘のおいたちをしらべてみると、人の一生と同じでいろいろ考えさせられます。」 石野 亨『鐘をつくる』小峰書店、1984・5

投稿: 姫野 | 2008年1月 2日 (水) 12時28分

これ、引用したときはあまりなにも考えていなかったんですが、なかなかウンチクがありますね。ふたたびはりつけておきます。

そうでしたか。 あまりのタイミングのよさに驚いています。 トンネル、麻生太吉でしたね、現場で頭に出てこなかった。

梵鐘よかったです。 りっぱでした。
巨大仏像、再び拝めてよかったです。 昔見たときは板の間に座ってさらに見上げて観た記憶があります。 説明はお寺の方がされました。 あの建物ではなかったような・・

仏像鑑賞はひっそりのほうがいいかもしれません。 あまりに有名になって博物館などに運ばれたらいけません^^☆

ドラマのでんえもん、想像より繊細

今月、これは14位です
びっくりした

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