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2009年10月 6日 (火)

過疎法と時限立法  元官僚vs元市職員  乙四郎語録

コメント

新過疎法の制定については野田代議士が頑張ってくれると思います。
八女市の合併の「命綱」であるという認識でした。

平成19年第7回八女市議会(11月臨時会)会議録

(松崎辰義君)
 それから、合併の状況ですが、さきの6月議会の中で市長は懸念材料として幾つか上げられております。これは私も当然のことだと思いますし、特に今度の合併というのは立花町以外は過疎地域指定市町村であります。それから、立花町を含め、すべての2町2村が特定農山村地域であり、辺地所在市町村ということになっておりますから、非常に福岡県内でも厳しい合併、また、県内でも異質というか、先ほど言いましたように非常に厳しい合併だろうと思います。
 ですから、さきの6月議会に言われた市長のいわゆる懸念材料といいますか、問題とされている部分に、特に限界集落と言われる地域への交通移動手段の確保や集落の維持対策、それから無医地区ですね、医療がない無医地区解消を初めとする保健医療体制の整備、さらには学校施設などの統廃合、現在建設中及び合併成就前後に完成する予定の新たな公共施設及び既存の公共施設の維持管理、さらには高齢化の進行による扶助費、医療費の増加、これらのことを新たな財政需要が見込まれるということで、懸念される問題として上げられております。やっぱりどうこれらを払拭していくかが今度の合併の大きなかぎになるのではないかということで、私もさきの全協の中でこういうものをやはり払拭していく必要があろうと申し上げたところですけれども、この点、払拭するための努力というものをどうされてこられたのかお願いします。

市長(野田国義君)
 これまでも私は再三述べてまいりましたように、昭和の大合併におきましては右肩上がりの日本経済が続くということでございまして、非常にバラ色の合併であったかと思っております。しかしながら、この平成の大合併を見てみますと、どこの市町村、全国の市町村だと思いますけれども、バラ色とは言えない、本当に生き残りをかけた合併であるということが言えるのではなかろうかと思っております。
 それで、当然懸念といたしましては、今、松崎議員が再度述べていただきましたように、非常に財政的にも厳しい地域を抱えておるということで、いろいろな諸条件を見ても大変厳しい町村であるということは間違いない、否めない事実であろうと私も認識をしておるところでございます。
 それで、じゃ今後はどうしていかなくちゃいけないかと申しますと、今まで過疎債ということでいろいろな事業が展開をされてきたということも事実でありますので、本当にちゃんと地域住民が望んでいる事業なのか、そういうものをセレクトしてやっていかなくちゃいけないということであろうし、また国、あるいは県の支援なしにはやっていけない、これまでも多くのそういった支援があったからこそ、そういった小さな町、村の自治体は運営ができておったということでありますので、そのあたりのところも、県知事なり、この間からお願いに行ったということでありますし、また過疎債におきましても、この間からも私は国のほうにお願いをしたところでもありますけれども、当然また新過疎法をつくっていただいて、今、都市と地方の格差ということもクローズアップされておりますので、そういった財政力の低い町や村に対しての、また、そういったふるさとを守るという観点からも、しっかりとした支援をお願いしたい。そしてまた、今まで以上のソフトなんかにも活用できる支援策をお願いしていかなくてはいけない。
 方向としては、恐らく新過疎法がまたできるという方向で国のほうも考えておるようでございますので、これは今後そういう地域と八女市が合併していく上では非常に力強い命綱になっていくのではなかろうかと考えているところでございます。

わたしは長いあいだ、過疎債という制度そのものを疑問視してきたひとりです。これまで過疎債に頼りすぎていた山間部の首長の責務を問いたいくらいです。過疎債は借金でありますが、過疎債で活用度の少ない施設をばんばん建てたことを手柄であるかのような発言をされた首長もおられました。たとえ建設費は過疎債でまかなえたとしても、建設後の維持管理費はただではありません。本当に住民にとって必要な箱物であるのが十分な吟味もなく、返済額が交付税でまかなってもらえるからと安易につくった箱物のいかに多いことか。

過疎法の時限立法。
わたしは当然、このような日がくるべきであると思います。

補足します。
山間部への財政的支援が不要であるという考えではありません。格差是正という面では、手厚いてこ入れを願っています。無医村対策、介護保険事業者の撤退など、福祉や教育の面では都市部との格差が大きすぎて、国民として当然受けるられるべきサービスが受けられませんから。ただ、むやみに箱物をつくって後人にツケ、マイナスの財産を残したことについては、猛省を促したい。という意見です。

本来、時限立法というのは、投資を短期集中して目的を達成するものなので、期限が来たら終了するのが筋ですね。
しかし、実際は延長に延長を重ねて50年なんてのもザラ。最初から延長を織り込み済みで法を作っている節もあります。
時限立法には議員立法(政府=官僚が作成して提案するのではなく、国会議員が提案する法案)が多いようです。官僚作成のものと違って、制度間調整が未然のまま、すなわちいくばくかの制度矛盾を抱えたまま提案されることが多いので、期間限定の法にするから多少の制度矛盾は許してくだされ、という体裁で国会審議に諮られるというわけです。
法の名称も「特別措置法」みたいなのが一般的で、特別の措置なんだから法の下の平等なんて固いこと言わないでよ、の世界。

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コメント

ここで初めて野田前市長が登場しました。
よかったよかった。
かれはずっとお金のない市政でからだをいためるほど苦労なさってきた人ですし、心中にはさまざまな思いがおありになることでしょう。乙四郎がひいてくれたんで市民としてはじめて議事録をみました。すんません、これまで一度もみたことがなかったもので。合併に関するアンケートが何度か市から届きましたが、私に限っては回答したこともありませんでした。だってそんなことを思う余裕もなかったしわからないから。
せいこさん、あなたはしっかりと物事を考えておられる。同感です、箱物はもううんざりです。中には口あんぐりするようなんがあるものね、すべて木製という豪華な校舎を建てわずか数年後に廃校、という小学校が奥八女にありました。今は別のことに使われているようですが。
でも箱物じゃなく絶対必要なものもあるだろうしね。
こんなふうに、これまで全く関心すらもてなかった私のような者もちょっとだけ世界がひらけたかんじになれるという意味で、政権交代はよかったとおもう。日曜夜の国民放送の討論会もみましたが、わかりやすかった。
橋爪章学長の社会保障の歴史っていう講座も、併せて読んでいますが、まだ日が浅いんですね。だけど「民主主義って何」ということのこたえみたいなかんじでこれがある。

今日の分の冒頭。
<日本の社会保障制度の歴史 1>

日本の社会保障は、第二次世界大戦前にドイツに倣って作られました。

1927年に労働者を主な対象とした健康保険法が施行されました。

1938年に農民を主な対象とした国民健康保険法が制定された。

1941年に労働者年金保険法が創設され、1944年に対象を拡大した厚生年金保険法が制定されました。

第二次世界大戦後は引揚者や失業者など生活困窮者に対する生活援護施策と栄養改善、伝染病予防が緊急対策として行われました。

日本国憲法が制定されると、1946年に生活保護法が制定され、国家責任の原理、無差別平等の原理、最低生活保障の原理に基づく公的扶助制度が確立しました。

(あ、雨がふってきた。やはり秋梅雨。)

あららー。
改めて、おのれのこのコメントを読んでみたら、これってねたみ根性丸出しよねえ。Y郡の中でH町だけが、この手の起債や補助金がなにもなかったわけ。おなじ田舎町なのに、H町には文化的施設も体育施設も、めぼしい箱物がない。ま、結果的には、だから、なんとか合併せんでもやっていけるのかも知れませんがね。結果オーライってとこでしょうか。

seiko
わたしがわからないのは、(って全く興味もなかったから知ろうともしてこなかったんですが)、どっちが本当?広川町ってお金持ちなの、それともびんぼ?
じぶんは広川町って工業団地もあることだし、八女市よりもずっと裕福と思っていたんだよね。ところがヨガにいってたころ、さるおかたがおっしゃるに、広川はたくさん負債を抱えている、破産するかもしれない、その理由は、広川インターを造ったとき、上津と接する一帯の丘陵地帯を開発して売りに出したけど、久留米市のぶんはささっと売れた、でも広川側は売れ残った。その理由は久留米側は下水がついていたが広川にはついていなかったから、買った場合ぜんぶ自分でしなきゃいけないから。というものでした。
へえーとおもって。いったいどっちがほんとなんだ。と思ってさ。
あたしゃいまだに合併のことは少しもわっかんね。てか、みうちがごたごたするの、みたくないっていうかさ。
あたしは、やっぱ、とおくからみてるわ。笑

ひめどん。ずいぶんはっきりといいにくいこと聞いてくれるね。笑

古い資料しかないんで、今現在はわからんけど、平成16年度、つまり八女市との合併話が進んでいた頃はね、高齢化率も広川町のほうが低かったし、市町村の懐具合を示す財政力指数も、八女と広川はほとんど大差がなかったよ。つまり、びんぼう度はかわらんったい。もちろん、借金(公債費)もあったけど(一番大きな返済は小学校建築費だったと記憶してる)、山場は越えてるはずだと思う。
ただ、これからはどうしても、八女市のほうが不利になると思うよ。合併して高齢化率も上昇するし、面積もひろくなって人口密度もぐっと低くなって、色んな管理コストが高くなるんじゃない?きつかろうと思うよ、新八女市のスタートも。


売れ残ってるというのは、久留米市と合同で開発した新産業団地のことですね。久留米市の住所地番の団地から売れたのは事実ですが、理由は下水道うんぬんではありませんよ。最初は企業誘致のための助成金の金額の大差でありましたが、これじゃいかんと久留米市と同等の助成金を条例化しました。それでも、久留米市から売れるのはなぜか。それは、住所地番が久留米市だから・・・なのです。企業の方から直接聞いた話です。事業所の住所が「久留米市」なのか「八女郡広川町」なのかってとても重要であるらしいのですよ。どげんこげん言うても、八女郡じゃあねえ。っとことじゃないの?

あ、ちなみに、広川町も企業誘致にチカラをそそぎましたゆえ、すでに半分は売れたようですよ。法人税と固定資産税は町の財政を支えてくれる貴重な財源でありますから、町にとっても最優先の主力事業なんじゃないの、いまも。

せいこさんありがとう、ちゃんと答えてくれて。
その会社の所在地がステイタスになるっての、わかる。どんな会社も東京本社ってやりたがるのと同じよね。
八女市が山間地もとりこんで広くなるのはいいことだ。そうおもうよとにかくなんとなくなんにもわからんけど。

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