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2009年10月16日 (金)

「こんにゃくばかりのこる名月」 連句へのご招待

「こんにゃくばかりのこる名月     芭蕉」

整骨院の先生がこんな話を患者さんとしておられた。
「ひいじいさんが骨継ぎの名人で、ずいぶん遠方からも尋ねて見えたらしい。
むかしは何も道具がなかったんで、いまで言うホットパックみたいなかんじで、こんにゃくをゆがいて熱くしたのを患部にあてがっていました。」
へーえ。
ってことは、この句はそういう付けだったんだ。
前句は、

「よもすがら尼の持病を押へける   野坡」

ついでのことに、芭蕉七部集『炭俵』のこの巻(『梅が香に』のまき)からその句のあたりを拾ってみました。
本当にすばらしい。以下、初折裏1からの12句。

御頭へ菊もらはるゝめいわくさ  野坡 (秋・恋前)
 娘を堅う人にあはせぬ  芭蕉  (恋)
奈良がよひおなじつらなる細基手  野坡(恋)
 ことしは雨のふらぬ六月  芭蕉 (夏・恋離れ)
預けたるみそとりにやる向河岸  野坡(雑)
 ひたといひ出すお袋の事  芭蕉 (雑)
終宵(夜もすがら)尼の持病を押へける  野坡(雑・釈教)
 こんにやくばかりのこる名月  芭蕉(秋・月)
はつ雁に乗懸下地敷て見る  野坡(秋)
 露を相手に居合ひとぬき  芭蕉(秋*)
町衆のつらりと酔て花の陰  野坡(春・しおりの花の座)
 門(かど)で押るゝ壬生の念仏  芭蕉(春)

おかしらへ菊もらわるるめいわくさ。
菊は実際の菊でありつつ、むすめごの名前でもあるわけで、ということは初折りに入ってすぐ恋前句を出しています。
それをうけた芭蕉の
「娘をかとう人にあわせぬ」ってにくいよこんちくしょうってな付句、ほんまに芭蕉は恋がお上手です。
背景がぜんぶみえるような。わずか七七音の句なのに。
つぎのやば句の
奈良がよい、「ほそもとで」は零細商人だとわかりますが、なんで奈良?
なじみの面々が奈良へ何かをさばきに行く。
ついでに娘もさばけますように。
前句とあわせてよみますと、硬いおやじさんが丹精こめて育てた箱入り娘を、これとおぼしき仕事仲間の男にさりげなくあわせている様子がうかびます。
奈良通いは、かよっていくんだね、奈良にいる娘のところに。
そうかそうか。いくえにもかけているんだ。

ほんっとに連句ってすごい文芸だなあ。
芭蕉ってすばらしい俳諧師だなあ。

*

露は本来秋の季語ですが、芭蕉さばきの座でいくつか露を軸にそれを春の露として転じている付け合いが見受けられます。秋と春の句のあいだに一句の雑句もはさまないで。

「六月」(つきなみの月)と「名月」と三句はさんでありますが、今の連句界はこれを嫌います。それだけ狭量になっている。つまりそれだけ式目にがんじがらめになって動脈硬化をおこしている。ご苦労なこっですね。

この文章は「みやま市食の祭典とありあけ連句興行のご案内」に付け足して今朝かいたものですが、こんにゃくの句の解釈がこれまでにないもののようで、といいますのは、これまでの連句のよみを網羅してさらに渾身の自分のよみを加えて書かれたあんつぐさんの「連句の読み方」(思潮社刊)にこの読みは載っていないってことに気づいたからです。
ここは一つきっちりとかいて、おとしまえをつけておかねばなるまい。
と思って、あらためてここにアップいたしました。
先日はじまったばかりのテレビドラマ『仁』で、麻酔なしの手術場面が出ました。
そんなふうに昔はなにも道具がなかったんですよね。
でもそれにかわるものがちゃんとあった。(ドラマではこどもが枕元でいってくれた呪文)

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コメント

早暁ここへおいでくださった方、ありがとうございました。
おかげで山口連句会の動向を知ることが出来ました。すごい会ですね。↓

ここ数日、ここへ
やばの次の句の検索でいらした方、ありがとうございました。

 預けたるみそとりにやる向河岸  野坡(雑)

そういえば、わたしも味噌をあずけたのを取りにいく句をよんだことがあったっけな。
筑後の味噌やさんにいつもコメをあずけて味噌をつくってもらいます。ときには大豆も自家製ので。

我が家も筑後の味噌やさんとこです。

農家がコメを糀屋にもちこみ、みそに仕立ててもらうのは自分ちでみそを仕込まなくなって以来、普通のことなんですが、農家じゃない、ふつうの家庭でも、おなじことをやっていたのでしょうか。
ふつうのいえでは、スーパーなどでちまちまと一キロ入りとかを買うのかと思っていた。

今年は雨の降らぬ六月、芭蕉をうけての、やばの句、人を遣わして、向河岸(むこうがし)へ味噌をとりにゆく。雑となっていますが、季節感は夏。ひたといいだすおふくろのこと、とうけた芭蕉、ひたとということばは今のひたとではなくて、ふいにというようなニュアンスですよね。
昔の味噌はなにに入っていたのだろうか。
甕だろうとおもう。味噌甕。ということは、すばらしく重い。いまはビニール袋で軽い、といえど三十キロもあれば重いですが。

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