無料ブログはココログ

« 政権交代と医療(46)  乙四郎元官僚語録 | トップページ | 乙四郎元官僚語録とファクタあべしげさんの記事 »

2009年10月19日 (月)

追悼 加藤和彦 その2

コメント


十数年前、奥様の安井かずみさんを亡くされたときのとても憔悴されていたお顔が、今でも印象的に残っています。
お仕事も順調で忙しく、賑やかなまわりといらしていても、どこか孤独だったのでしょうか。。
偶然ですが、夫がここ1週間ほどやたらと[イムジン河]をyoutubeで聞いていました。
なので、この訃報を聞いた時不思議な感じがしました。
加藤氏のご冥福をお祈り致します☆

青春時代をフォークと過ごしたといっても過言ではない世代のわたしたちです。
同世代のだれもが多かれ少なかれ、加藤和彦さんの楽曲を口ずさんだ経験があるのではないでしょうか。

吉田拓郎をこの世にだした「結婚しようよ」だって、加藤さんの作曲だったと記憶しています。

早すぎる死ですね。
マイケルの死よりも、清志郎さんの死よりも、わたしにとってはショックです。こころからご冥福をお祈りいたします。

 こんな時に何ですが、「結婚しようよ」は吉田拓郎の自作です。
私はそれ以前の「イメージの詩」「青春の詩」「今日までそして明日から」「ともだち」が好きだった~特に「イメージの詩」は、歌詞の1節1節が当時の私の胸にしみ入る思いだった。
その後はポップ路線に走ってしまったようで…拓郎ファンの人ごめんなさい。
そう言えば2人とも3回結婚している、結婚って1回で懲りないのか、せめて2回までだよなと思っていたが、加藤和彦の3回目の結婚が妻からの別れ話で終わったというのをニュースで知って、彼らは誰かと暮らしをともにしないとやっていけない、(友達・恋人という関係だけでは物足りない)「寂しがり屋」なのかなと思いました。
 「あの素晴らしい愛をもう一度」は、加藤氏の最初の結婚の時、北山氏が贈った歌詞だったと記憶している。考えてみりゃ皮肉な歌だった。加藤和彦は常に「素晴らしい愛をもう一度」と求め続けたのでしょうか。

コンナトキニナンデスガ。笑
ろいりーさん。
吉田拓郎さんの「結婚しようよ」は確かに吉田拓郎さんの作曲でした。が、時期的にはデビュー当時ではなかったかも知れませんが、編曲という形で加藤和彦さんがバックアップしておられたのではなかったでしょうか。そんな話をテレビで聴いた記憶があるのですが。
それと、吉田拓郎さんの詩シリーズで、自殺の詩というのがなかったですか?「ばいばい、ばいばい」という歌詞のヤツ。唄いだしの歌詞が思い出せないのですが、わたしが17歳くらいのころに聴いた記憶があるのです。

思い出しました。
あるきつかれてしまいました。で始まるものでしたね。
ばいばい、ばいばい、きょうのすべて、ばいばい。

« 政権交代と医療(46)  乙四郎元官僚語録 | トップページ | 乙四郎元官僚語録とファクタあべしげさんの記事 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 追悼 加藤和彦 その2:

« 政権交代と医療(46)  乙四郎元官僚語録 | トップページ | 乙四郎元官僚語録とファクタあべしげさんの記事 »

最近のトラックバック

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31