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2009年10月21日 (水)

追悼 加藤和彦 3

思い出しました。
あるきつかれてしまいました。で始まるものでしたね。
ばいばい、ばいばい、きょうのすべて、ばいばい。

 う~ん、聴いたことあるようなないような。「結婚しようよ」後の拓郎の歌で私が好きだったのは、「生きていくのは、あーみっともないさ、あいつが死んだ時も、おいらは飲んだくれてた…」というので、タイトルは忘れました。その頃既に坂口安吾の洗礼を受けていた私は、みっともなくとも「生きよ!堕ち延びよ!」(だったかな?)と思い、結局あまり堕落もできず、中途半端に生き延びている。
 あ、「落陽」も好きです。

あ、はい。落陽、わたしも大好きです。
この曲は吉田拓郎さんの数多い楽曲のなかでも、名曲の部類に入ると思ってます。

幸か不幸か、坂口安吾さんの堕落論に影響されなかったわたしは、このあと、健全な精神のまま、井上陽水にまっしぐらに傾倒していくのでした。笑

映画『イマジン』(ジョンレノン)をつい最近みたんです。三潴図書館から借りて。薬をやっていた時期があったんだね。かおみたらすぐわかる。それでしんだスターたち、おおいし。
ろいりさん、せいこさん。加藤和彦追悼なのに時代の追悼みたいになりますよね。
吉田拓郎、いつのまにかポップスターになってしまって。という呂いりーさん。ほんにほんにのう。そげなかんじ。「これこそはと信じれるものが、この世にあるだろか」ってころがいっちゃんよかった。からだもやせっぽちだったころ。
三回も結婚したー最初の妻、おけいさん。だったっけ。つぎがみよちゃんで、いまのひと。いまの人、かんじいい。なまえでてこなくてごめんなさい。おとといドラマにでていらした。
加藤和彦、最初の奥さんをよくしりません。安井かずみは知ってる。肺がんで55でなくなった。最近わかれた妻がオペラ歌手だった人ですか。オペラってなんであんなに高いの。ぼったくり。あら。またはなしがそれてゆく。ごめーん。

ひとつ呂いりさんに賛成。結婚は一回で十分っす。

 「自殺の詩」を調べたら、アルバム「人間なんて」に入ってる曲なんですね。拓郎でもう1曲好きな、マイ・カラオケ・レパートリーがあった~ただしモップス版の「たどりついたらいつも雨降り」、転勤するたびにこの心境になります、今年もそうだった。陽水って健全かな?あ、seikoさんが健全なのか。
 かささぎさん、「イメージの詩」知っとらしゃったね、そりゃうれしか。拓郎の最初の妻おけいさんは、第2次六文銭の2代目ボーカリストで、第2次六文銭の初代女性ボーカルは小室等の奥さんだったけど、子どもができて替わったのだったと覚えてます。初代六文銭は男性4人グループで、URC時代のLPを今でも持ってます。谷川俊太郎や松岡正剛の詩に曲をつけて歌ってました。拓郎の今の奥さんは元女優の森下愛子、「サード」「もっとしなやかに、もっとしたたかに」などに出演、後者には無名時代の奥田瑛二が主演しています。一応日活ロマンポルノ系作品じゃなかったかな?

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コメント

 しつこくてすんまへん。昨日忘れたこと、加藤和彦の最初の奥さんは、アマチュア時代の京都のフォーク・サークル仲間にいたミカさんという人、「帰ってきたヨッパライ」以前から交際してたんですね。ところがゴシップ的に言うと、「みんな夢の中」でプロデビューし唯一のヒット曲を出した高田恭子という歌手も、京都時代はそのフォーク・サークル仲間の1人で、加藤氏のその前の交際相手とか。そして高田恭子はその他の仲間たちと一緒に、フォークルよりも一足早く自主製作LPを発表していた。その中に「竹田の子守歌」も入っていました。私は大学時代に先輩が持っていたその実物LPを見たことがある。でも加藤和彦が一番愛した女性は、やはり安井かずみだったんでしょうね。
 松岡正剛については、いろんなことやってるような人なので私もよく知らんけど、初代六文銭が歌った「それから」という詩は好きだった。谷川俊太郎はみなさん御存じでしょうが、高石友也ファーストLPに入っている、武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」は、さっきの「それから」とともに私の大事な弾き語りナンバー。
 昨日の夕刊で吉田拓郎が仕事に復帰と書いてあった。そういや彼も数年前肺ガンが見つかったんでしたね。いや、もっとやれるだけやってほしい。そして今彼に一番歌って欲しいのが「青春の詩」をパロディ化した「老人の詩」の2009年バージョン。昨日「吉田拓郎 老人の詩」で検索したら、こんな面白いのが出てきました。坂崎幸之助がやりそうな感じ。
 ↓

 あ、しつこいついでにもう1つ。日活ロマンポルノは1970年代日本映画に咲いた大輪の1つ、ここから多くの映画監督、桃井かおりなどの女優はもちろん、風間杜夫・奥田瑛二などの男優も成長していきました。「日活ロマンポルノ」ち言わんで、作品名を言うたらよかでしょうが。あ、それでも女性には言いにくいタイトルがちとあるけど。
 みなさんたぶんおきらいな元文部官僚寺脇研も、私にとっては同世代の、日活ロマンポルノをはじめとする当時の「青春映画」を愛したアマチュア投稿者から、プロ級になった映画評論家なのです。

私、坂崎さんの大ファンです♪ 彼がいなかったら往年のフォークスター達の今はありません^^☆

冥福・加藤和彦氏>>今夜の夕刊に、北山修氏の追悼文が載っていました・・☆

カメラや骨董品収集家の坂崎さん、近くの阿佐ヶ谷の神社の骨董市でオールドカメラを売っているのに出会いました。
買っているんじゃなくて売っているんです。
確かひとことふたこと話したと思います。
自慢です。
彼の骨董品収集、半端じゃないですね。

へえー。へえー。へえー。笑
みんなよくいろんなことをごぞんじですね。
私はとし上のともだちを持てなかったので、同年代の話題しか知りません。年代が少しあがったりさがったりするだけで、だいぶ印象が違ってきます。
昨日、歌番組があっていて、昭和のヒット平成のヒット曲というのをやっていた。なんだったと思います平成一位。巣マップの世界に一つだけの花。だーれがえらんだよと思った。
選ぶ年代で違ってくるにちがいない。

ろいりさん。
高田恭子は加藤さんの恋人でしたか。へーえ。そんなことよりじぶんがへんだとおもうのは、フォークソングになぜ「ど」がつく「竹田の子守唄」が入り込んできたんでありましょうか。ってことです。
当時もね、なんかへんだなあ。と感じたのを覚えている。ちゃらちゃらした歌ばかり(あいだのこいだのの)の中でとっても異色でした。
「死んだ男の残したものは」「それから」がろいりさんのおはこ、では、機会がありましたらみんなにおきかせくださいませ。

ロマンポルノ、えめさん借りれる。よう借りれん。
では、題名を教えてください。これだけは見といた方がいいというの、くましろかんとくのがいいです。
いつか借りてみれるときがあるかもしれないから。

おはようございます。
ろまんぽるの>>私みたことはありませんそれに私もきっと借りれないと思う^^
神代監督はテレビ時代のドラマで気に入ってました。

さくらさん、坂崎さんとお話されたのですか! いいですね~☆ 
あの方は色んな才能をお持ちですね。
彼は私達より年下ですが、フォーク界の生き字引きですよね。
すべての方の歌が弾けて歌えて、、またそれがそっくりに真似できるという才能は天才的でほんとにすばらしいです^^☆ 

えめさん。そのことば、さりえりを連想。子がおととい横であまでうすみてた。
さくらさん。都会はそういうことがひんぱんにあるんでしょね。すがおのすたあにでくわす。ところで坂崎さんとお花作家の人と混同してしまいませんか。

さとえりじゃなくてさりえりね^^(さとえりファン♪)
アマデウス>>よい映画でした。
この映画はサリエリがいたからこその映画だと思いました。 ぴったりの役者さんでした☆

サトエリなら知ってますが、サリエリってなにもの?とうきぺでぃあ君にたずねたら、教えてもらいましたが、知りませんでした。笑

坂崎さんが骨董収集家であって骨董市でカメラを売ってたのに遭遇したさくらさんといい、渡邉けんさんが、新聞に投稿していたのを見たかささぎどんといいい、へえ~っと感心させられるばかりです。

坂崎さんのすごいところは若い世代のアーティストと往年のフォーク時代のスターの架け橋になってくれているところ。坂崎さんがいなかったら、吉田拓郎がキンキキッズとタッグを組む番組なんて実現しなかったんじゃないかと思います。

坂崎さんの骨董品の本出てるよ。
明治大正時代のガラスのお皿とか素敵なものばかり。

歴史の道具ということで、靖国神社のミュージアムでも売っています。

子供のころから回りに音楽やものづくりなどが好きな兄弟や親戚のおじさんとかいっぱいいたから・・・・と言ってましたよね。

 高田恭子が加藤和彦の恋人だったかどうかは、単なる噂話ですよ、関西フォーク関係者の。どっちみち「恋は短い夢のようなものだから…」。で、「ど」がつくという意味はわからんけど、「竹田の子守唄」がフォークソング化したのはちっとも変ではありませぬ(この歌はアマチュア時代の高田恭子らの自主製作LPにも入ってた)。そもそもFolk songのルーツは米国白人の民謡で、だから日本にもこんないいFolk song=民謡がありまっせ、というわけで、フォークルも「ソーラン節」や「こきりこ節」をフォークソング風にアレンジして歌ってたし、五つの赤い風船は「貝殻節」を、山田パンダやイルカの夫らがメンバーだったシュリークスは「からめ節」を(ちなみに森繁節の「知床旅情」を最初にレコード化したのもこのグループ)…と、数え上げれば結構ある。で、拓郎・陽水・かぐや姫あたりから、日本のフォークソング・シーンは売れ線狙いが増えて、こんなのフォークじゃないという反発もあって、ユーミンの別にフォークソングじゃなくてもいいよなんて発言もあり、いつしかニュー・ミュージックなる言葉がそれに替わっていって、というのが1970年代の流れ。
 神代辰巳が、そして日活ロマンポルノが初めてキネマ旬報ベストテンに現れたのが「一条さゆり 濡れた欲情」、その後、「四畳半襖の裏張り」(かの谷崎潤一郎が書いたのではないかと言われている「…下張り」が原作)など続々と傑作・佳作が出てきたが、ちょっとタイトルがね。「青春の蹉跌」も良かったけどこれは一般映画だし。私が個人的に好きなのは「赫い髪の女」、これがいいのでは?日活ロマンポルノと言わずに、映画通のふりして神代辰巳監督の、と言えばいいし。私が好きだった憂歌団が音楽やってるし。おっと、今調べたら、原作は中上健次だったのか。ま、レンタルとかで見つかるかどうかがまず問題ですね。こないだ書いた元文部官僚もたぶん推薦すると思います。

おお。そうだったんですかい。いろいろと知らなかったことを教えて下さって、ろいりさんかたじけないです。さすが底意地の人ろいりーさんですね。

映画の題名を教えてくださったのは有難いのですが、八女にはなかろう。ドヌーヴのインドシナやシェルブールの雨傘さえなかったし、そんなマニアックなのが置いてあるとは思えません。
題名、赤い髪の女、赤赤ですね。中上健次原作。はいわかりました。意識のすみにおいておきます。

ほかに長男に頼む、という手も考え付きました。
でも断られました。
「張形としての俳句」を書いていたころ、江戸の春画の本をどうしても読む必要に駆られ、買ってきてと長男に頼みましたときは、いやな顔もせず買ってきてくれましたが。

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