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2009年10月11日 (日)

筑後川マラソン大会

天気は絶好のマラソン日和みたいです。

神津島に赴任されていたころに坂本繁二郎と丸星ラーメンのだるまの絵でコメントを下さった久留米出身の関東人ろいりさんが、筑後川マラソン大会に今日出場される予定です。

筑後川マラソン大会:コース紹介http://npoaiai.jp/

ろいりさんの最近のコメント抄:

オバマ大統領へ平和賞、まったくすごいね。

なにもわからないけど、オバマ大統領へのノーベル賞がきまったのが、ジョンレノンの命日だったことがかささぎは妙に気になる。アメリカでのオバマ神通力の失墜が懸念されているときに、こころなしか最近のオバマさんの表情には力がなくなっているような気がしていました。希望さんちでいろいろ読んだからかな。ふと、ばくぜんと、しんぱいなんだよ。(かささぎ)

ジョンレノンの命日?
命日は12月8日やろもん。

奥さんが日本人→太平洋戦争の開戦日→暗殺
私はこれに引っかかってるけど。

 さくらさん、日付変更線ちゅうもんがありまして、真珠湾攻撃は、日本人にとっては12/8未明だが、米国人にとっては12/7日曜日のアメリカ東部時間午後2時20分(ハワイ時間午前8時50分)、ということはハワイの人たちが教会に向かう時間?これも米国人の怒りをかき立てた要素の1つでしょう。どっちにしろ米国人にとっての対日開戦日は12/7、そしてジョン・レノン暗殺の日は、米国東部時間の午後10時50分頃なので、日本時間では12/9昼頃?~詳しい人は計算してください。
 というわけで、米国人は、両者の日付をあまり関連づけて考えていないでしょう、おそらく。あ、ほんでオバマのノーベル賞受賞とジョン・レノン暗殺は同一日になるのかな?これも誰か計算して。私は今日の午後便で久留米に帰ります。

 帰り支度も出来たので話題をもう1つ。
佐藤栄作が昔ノーベル平和賞を受賞したのは(40代後半以上の人は?)みんな知っとらっしゃるけど、どういう理由で受賞したか知ってる人は少ない。
10年ぐらい前に同年代の同僚に聞いたが、半分以上は知らないか、間違っていた。
予備校の先生も間違って教えていたらしい。それほどいい加減な受賞理由だったのですが、さて答はおわかりでしょうか~前述の通りなので、知らなくても恥ではない、なお間違ってる人は「沖縄返還」と答えています。

昨日から今日、その佐藤えいさく総理の受賞理由、何回か仕事先で話題になった。
沖縄返還かなとも思ったけど、もしや非核三原則?患者さんが言っていた、なんで核兵器いっぱいのアメリカ大統領が平和賞なんだ。と。日本の長崎市長とかのほうがよほど平和賞だ。って。笑

あれージョンレノンの命日は十二月なの。
じゃきのうは。あ、レノンと息子の誕生日だった。

投稿: ひめの
| 2009年10月10日 (土) 13時33分

ミュージシャン野田かつひこ氏について:

そのおっさん、ちょっとだけ知っとります、と言っても知り合いではない。
このブログに投稿し始めた頃、いろいろ久留米のこと調べていたら、たまたまこの人のブログで、次のような記事を見かけました。

 終戦後翁さんが文化で街を元気にしたいと「文化会堂」という映画街をオ―プン~ 現在は800軒が並ぶ繁華街。文化街の名前の由来は 「文化会堂」から来ていたんです。

 この人のブログは以下の通り。
1965年生まれ、ゲゲ!一回りも違う!!これがおっさんなら、わしゃもう、じっちゃんや。
なお上記の記事は2008年01月20日の分に載っています。
 話は変わって、私のゼッケン引換券、手違いがあってやっと今日送ってきました。番号は「901 L」です。フルマラソンは9:30スタート、甥が出るハーフマラソンは10:20スタート。先週風邪引いて、数日で治ったたと思ったら連日の雨、もう10日も練習しとらん、しかも明日は台風直撃の予報、福岡県は無事だったようで、良かったですね。
 ↓

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コメント

今朝は「どうらいご」で溝さらいがあったのです。長男は深夜バイトでいず、父が出るというので父にまかせたら、ちょうど私がマラソン応援にでかけようとしてるときに、下半身ずぶぬれで帰ってきました。
溝に入って大量の藻を揚げたという。
いくらなんでも手術をうけてまだ三ヶ月もたたない身でよくもそんなことをしたものだ。とかわいそうでかわいそうで、自分はなんと親不孝だろうとおもった。
みなさんも川に入らないでいいよ、とおっしゃってくださったみたいですが、これが性分というのでしょう、川に入らずにはおれなくなったようです。
それだけ元気だともいえる。以前ほどではありませんが、ふつうに食事はします。ちょこまかちょこまかと。でも、うちは来年はもう米作りはしません。

きょうは、結局、ぼんと約束したとおり、九時半にくるめウスに行き、車をとめて筑後川マラソン大会本部までおりて行ってコース表をもらいました。それから車で折り返し地点まで四キロの地点まで行き、川の土手に腰をかけて呂伊利さんが走って見えるのを待ちました。ぼんとりんごをまるかじりしながら。
とってもいいおてんきで、きもちのいい日でした。
千五百人の走者が目の前を通り過ぎていった。
ろいりさん、元気に走ってみえましたよ。少しも苦しそうではなかった。平常。ひょうひょうとした走り。
青いシャツに青い短パン。白い帽子。だったよね。
目の前を通り過ぎていかれ、折り返し点の朝羽大橋から四キロくだった地点でこんどは戻っていかれるのを見届けてから、帰りました。ぼんが声をかけたのに気づかれました。ゼッケンは901、ろいりさん、完走されたでしょうか。最後まで見届けられずごめんなさい。
十二時をすぎていたので、ぼんと丸星ラーメンをたべて帰りました。ろいりさんもいっしょにたべられたらよかったね。といいながら。
丸星はかつてないほど混んでいました。
列が店の外まであふれていました!

ろいりさん、かささぎさんお疲れ様でした。

1500人の中には70代と思われるような人も混じってました。その後に若者がてれんぱれんで走っているのを見ると、しっかり走れ!と喝を入れたくなります。
どなたも一生懸命走っておられました。自分は走れないからうらやましかったです。

ろいりさんお疲れ様でした。よいお天気でよかったですね。
観戦、応援のお二人もお疲れ様でした。
今日はあちこちでスポーツ大会やイベントがあってたようでしたね☆

 かささぎさん、ぼんさん、応援どうもありがとうございました。おかげで35㎞あたりまでは絶好調だったけど、あと5㎞ぐらいのところで急に肉離れのような前兆が(肉離れの経験ないけど)して、ペース・ダウン、それでもゴール寸前また異変で、おまけにあの暑さ、もう足も頭もヘロヘロ。しかもゴール後、足が2回もつり、2回目は両足同時で思わず倒れ込んでしまうほど。年のせいか?いやいやまだまだ。というわけで、稚拙なマラソン7首。
 
①ふるさとの千歳の清き流れ見て 号砲待つかマラソン人(ビト)よ
   ※スタートの号砲鳴ったかどうか?いつの間にか始まってた
②高牟礼の山中に見ゆ大社(オオヤシロ) 走り登らんと誓いしはいつ?
   ※ホントは高良大社は見えまへん
③幼き日疲れ歩きし放水路 いま軽々と走り過ぎゆく
④ふと空を見上げてみれば鰯雲 俺と一緒にどこまで続く
⑤筑後路を走りつ願ういつまでも 山よ田畑よ緑豊かに
⑥寛文の五庄屋伝説残る堰 この辺りかと見れどわからず
⑦若者を抜けば翁に追い越され 人はそれぞれ「keep my pace」

 高校1年以来、41年ぶりの真面目な短歌です。いや、お恥ずかしいがこれも愛嬌?もっとひどいのは後日紹介~いらんてか?
 

わお!ろいりーさん。相良さんに勝るとも劣らない短歌群ではないですか。なんだなんだ!能在る鷹は爪かくすって、これまで隠していたのか~!?
個人的にいいますと、7番がいっちゃーん好き。
過酷なマラソンへの挑戦。おつかれさまでしたぁ。

①と②は、諏訪中の校歌のパクリなんじゃねえの?いえ、参考になさったのですね。
私は暇な時、金丸小や広中や諏訪中の校歌なんぞを、時々思い出して風呂の中でうとうとります。1番は全て歌えます。ははは・・・
短歌、お上手だと思いますよ。これからも時々作ってください。

マラソン、完走できたのですね。よかった。最後まで見ていたかったけど、勤務がありましたので見れませんでした。朝も彦山を送っていかなくてはならず、スタートに間に合わなかった。
体、大丈夫ですか?お大事に。

マラソン、最後までみているべきでした。ほんとに薄情でした。
フルマラソンの一部をちょこっとみて、応援したなんていうのは恥ですね。来年は最後までみます。

悠久の川の流れを溯るマラソン人は点描となり
橋毎に応援人が待ち受ける風爽やかな十月の原
梶原の呂伊利さんがあらはれて一瞥くれて去っていく間を
老若男女がろうにゃくなんにょ走るを見てゐるあちこち太き玉になりて
はるかなる黄の花叢に漱石の不濡山の句碑思はるる

にくばなれでしたか。そんなら整骨院にくればよかった。先生それが専門ってくらいに上手です。競輪選手や高校生がたくさんみえます。


はるかなる黄の花叢はなんてことはない、せいたかあわだちそう、みたいでした。

 はは、諏訪中校歌バレたか!卒業生でさえ忘れてる歌を、ぼんさんなよう覚えとんなさる。歌詞は「高牟礼の山の気は澄み 水清き千歳の流れ…」で、全くのパクりではないので御容赦を。①は最初「…千歳の流れも目に入れず…」だったけど、諏訪中校歌を思い出して変えました。ちなみに旧制明善中校歌の最初の歌詞は「遠く流るる千歳川 高くそびゆる高良山…」です。
 ここで図に乗ってマラソンと人生2首

 人生はマラソンにあらずそのゴール 見えずに日々は矢の如く過ぎ
 マラソンは人生にあらず折り返し のちの苦しさ道の遠さよ 

 こりゃいかん、人生訓みたいになってにやがりもんの私には似あわん。しかし恥かきついでに、石川啄木と寺山修司の出来損ないのような2首も。

 ふるさとの訛り残しつ共通語 使う友等のほほえましさよ
 ふるさとの訛り残れど若者の 筑後の言葉知らぬさみしさ

 「豚もおだてりゃ木に登る」のもこれぐらいにしとかんと。かささぎさん、肉離れもどきで、足が攣った=こむら返りなので大丈夫です。あの時、両親と、ハーフを走った甥の家族も来ていたので、一種の大家族孝行ができました。
 キャロルについては、またそのコーナーで。

ふるさとの訛り残れど若者の 筑後の言葉知らぬさみしさ

これ、いい歌ですね。

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