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2009年10月25日 (日)

結城登美雄氏講演会

第一回みやま「食の祭典」記念講演

「地域で支え合う食と農~みやまの食文化で安心の地域づくり」

結城登美雄(ゆうきとみお)氏ご紹介

1945年旧満州生まれ。民俗研究家。
宮城県仙台市在住。山形大学卒業後、広告デザイン業界に。地域資源を活かしたまちづくりを説く「地元学」や、「食の文化祭」の提唱者。東北地域を中心に幅広いフィールドワークを行い、執筆活動はもとより各地の地域づくりにも関わる。2004年芸術選奨文部科学大臣賞受賞。宮城教育大学非常勤講師なども務める。

「結城登美雄氏からのメッセージ」

これからの地域の最大のインフラは、「食の安定」です。
たとえ小さな農業生産であろうと、それは何組かの家族の生活を支えてくれます。大規模農業もよいけれど、これからの地域の幸せは、身近に食を支えてくれる人々(農家)がいること。それを食べる側がどう支えていけるか、よい地域であるために食(農)が果たす役割はこれから益々大きくなると予想されます(海外食料に頼れなくなる日本)。
その意味をみんなで共有できる場にするための話を、各地の事例を交えてお話したいと思います。

以上、案内パンフレットでした。-

氏は連句に大変興味をお持ちで、講演の五分前まで、わたしたちが巻いている会場に来て熱心にごらんになっていました。しかも、講演が終了するやまた興行中の教室においでくださり、最後の一句(挙句の果てに、の挙句です)をつけてくださったのでした。
いやあ、世の中はおもしろい縁がいっぱいだ!

おはなしでは、山形の農村には前句付けというスタイルで、まだ連句が生きているのだそうです。農作業の合間になおらい文化としての連句があった。というのです。
ひやー、やはり地方は歴史学を生きて学べるから素敵だ。
三百五十年前芭蕉がまいた種がまだのこっていたのですね。

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コメント

きょうは、早めに退席させていただきましたが、満尾できましたか?後の片付けも大変だったことでしょう。お世話かけました。

山形からお見えになったという、この講演会の講師、結城先生の前句付けのお話、大変興味深かった。この方からの句がいただけたらありがったかったのにねえ。今後、おつきあいできるといいなあと思わされたヒトコマでした。

学長、盛会でよかったですね。
お世話になりました。

そらんさん、遠くからありがとう。
たからさん、またお会いしましょう。
エメさん、おじょうさんにも、よろしくね。
ぼんさん、らんちゃん、お世話掛けました。
そして、かささぎどん。
お世話様でした。小郡軍団の対応もあわせて感謝します。

結城先生から一句、いただきましたよ。かなり強引に。先生のおじいさんが作られたと言う句に、捌きが手を加えて・・・
後、整子句に、宿題が出ています。後ほどお達しがあると思います。よろしく。

このセンセ、絶対にテレビで見た人だったと思ってたら、やっぱり、食の偽装問題のときにどこかの番組でコメントしていた人だったみたい。インターネットで調べたら、けっこうな有名人みたいです。
連句の場でのあの話。一期一会ではありますが、
なんか、えにしを感じたよ、わたし。

先生は講演開始ぎりぎりまで連句興行会場にいらして、講演担当者一同、はらはらしていました。
講演会場に見えられるや、ここには連句文化がある、嬉しい、みたいなことをおっしゃって、講演中にも連句の話題を何度か織り込まれました。

結城先生の「連句」への関心
   ↓

乙さん。
まさしく結城先生が連句の場でおっしゃったのは、この農村における連句のことでしたよ。
あのままだったら、先生はたぶん講演に遅刻されるところでした。ぼんさんが、「先生五分前になってますよ」と教えてくれなかったら、あの場で熱のこもった話が続いたことでしょう。学長にご心配かけましたとお伝えください。笑

きょうの連句でいちばんうれしかったのは、先生の「ここで連句と出会うとは思わなかった」という正直な驚きの声でした。わたしのブログにアップしたい一言でしたね。

どなたさまも大変お疲れ様でした。

いくつかさわりがありましたが最後までいけたのは大変よかった。出来は二の次です。
意外な展開でしたね。
飛び入り参加してくださった結城登美雄氏でありますが、私が数年前京都をたずねたときお会いした、山形出身の農業ルポライター菊池昌治氏とおなじ匂いがしました。もっと時間があればよかった。講演が十五分くらいしか聴けなかったのが心残りでした。

せいこさん、理由をきけば、ばりばりご多忙なときに、よくぞかけつけてくださったことと有難く思います。客人にもおせわになりました。tomoさんとdragonさんお二人には月と花の句をいただけましたし、ごはんをたべにいきましたら、同じ卓で「まあちゃん」さまがいれてくださったお茶をのむことができました。おそれいりました。さすが山下、中島一族のパワーのみなもとをかんじましたよ。付け句は、あとでメールしますね。

中山宙虫さん。
熊本から40分もかけておいでくださって、たくさん付け句だしてくれてありがとう。おかえりなさい、とみんなが迎えてくれたのがうれしかったですよね。いったいだれのせいなんだよってつっこまれそうだけど、。笑。かささぎも謝れたことですし、これからもまた暇をつくって連句におでかけください。みんなしてかわいがりまする。
そらんカラーがあるんですよね。どの句にも。叙情的です。

青翠えめさん。始まりの時間から参加してくださって、ありがとうございました。きれいな娘さんがいらっしゃるのですね。かわいいお孫さんが二人。とてもきれいなえめさん、すっと句がでるのはすごいことなんですよ。数回いい付け句がとれずにがっかりさせました。意外なものが季語でいやになりますね。今日のそれは、またたび(恋句)と土俵(相撲は秋)でした。

ぼん、ほんとにきっちり片付けていってくれてありがとう。
付け句、いいのがでていましたね。私はまてがいの句がすきでした。いつも何かしら助けてくれてありがと。たすかっていますから。青いずぼんもにあっていたよ。せいらじゃなく、横笛を吹く少年って感じだったがな。

らんちゃん、
きょうはごっそさーん。ねこにまたたびあなたに私。ぼつになりざんねんでした。笑
しあわせのおすそわけをいただいてにこにこです。

澄たからさん。
九時半すぎにちゃんときてくれて、うれしかった。
電話しようかな。と思った矢先、きてくれた。

どこまでが本当の嘘五月闇 

これはこわい句だった。おもわずそらんさんが

にらめっこなら勝機は近い

とつけたのもうなずけるはなしで、結局あそこのところが一番のネックだったようにおもいます。
ほんとうのうそ、っていいかた、はじめてきいた。
あんがいおもい句だよねえ。
そらんさんは軽くしてあげたくてにらめっこ句をだしたのでしょう。でも逃げないほうをえらんだ。停滞は停滞でいいじゃないかと。これからも折に触れおもいだす付け合いです。
連句は行間をよむものですから、ひとりひとり感じ取ることは違っていてもいいのです。正解はないから。

飛び入り参加のかたが、五名いらっしゃいました。
和久光陰さん、三枝凛さん、龍ハルさん、中島倶子さん、結城登さん。
どなたもこころのかよった句をだしていただきまして、ありがとうございました。ご縁に感謝いたします。
さしあいなど見直ししましたのち、ブログアップしたいと思います。

ありゃ。だいじなひとをわすれていた。
竹橋乙四郎学長。
朝もはよから連句連衆一同お世話になりました。
おかげさまで楽しい一日がすごせました。
お茶席にも座れていいお点前でしたし、てんこもりバイキングの白和えもすごくおいしかった。さぞお疲れのことでしょう。二千人の人たちが来てくださったそうで、ほんとうによかったですね。午後雨はふったけど午前中はもってくれてよかった。

おはようございます。
ひめさん、みなさん、数日のご準備と当日の実行を大変お疲れ様でした。 
当方、娘や孫までやってきて何かとお騒がせしました。 とても楽しかったようでした。 感謝。
講演の結城先生は私も覚えがありました。 有名な方だったのですね。 ゆっくり聞けなかったのでまた読ませていただこうと思います。


おお、とっても懐かしいぞ。

いや、またなんでこんなとこ開いたかといいますと。
こないだの池田郷記者がまだ尾をひいている。
池田郷記者と結城登美雄氏とその他一座して歌仙をまかれています。というのは真っ赤なうそで、本を出されていました。それがこれ。↓
限界集落。いや~びっくりした!つながってた!

数日前の西日本新聞に結城氏の発言が引用してありましたが、その記事を書いたのも池田さんでしょうか。

あのう。あの日、結城さんがゲストだったのは、学長の采配だったのですか。
つくづく、不思議でしたね。

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