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2009年10月17日 (土)

八女吉田の地

この長い車の列をたどって、七百メートルほど東へいけば、かささぎの住む上妻の寺田村があります。

くらのすけ翁の遺骨はお墓にはありません。人柱にたたれたからです。

遺言のひとつは、吉田の地がみはらせる地にお墓をたててください。

だったそうです(長峰小学校児童の紙芝居より)。
そのお墓からみえる景色です。

当日はたくさんの地区の米つくり農家のかたも参拝されていました。
米をつくるということは、水なしにはできない。
お百姓は水路のすみずみまで、自分の足で知っています。
かささぎが一度だけ川浚いをしたときできた句。

ふるさとのクリーク地図は足で描く   恭子

くらのすけ翁のまつりの日にできた句。

水神を鎮めし翁や日本晴れ      恭子

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