無料ブログはココログ

« 政権交代と医療(18) 乙四郎元官僚語録 | トップページ | 政権交代と医療(19)  乙四郎元官僚語録 »

2009年9月17日 (木)

圭衛子師の大阪弁「いちびる」

前田圭衛子師から電話がありました。
俳号のことについてです。

「恭子さん、なんでこの調さんは“しらべ歌丸”なんていちびった名前にしはったん?」

「いちびる?うーん・・たしかにふざけた名前ですよね。半分お遊びが入っていますよね。でももしかしたら、いや、たぶん、自分の血の中には伝説の通り後鳥羽院と待宵の小侍従がいると思えば、歌を意識せざるを得ないし、それと星野調一族ってことで、星野に来たかもしれない柿本人麻呂も意識して人丸のむこうをはって歌丸にしたのかもしれません。」

「そうでっかー。あたしら歌丸いうたら、あの落語家のあたまつるんの歌丸しか思い浮かばんわ~。なんかもったいないわね。ぜんぜん歌丸ってかんじじゃない人なのにねえ。」

「そうですねえ。もう一度たしかめてみましょうか。」

「最初に俳号はよく考えてつけないとあとでたびたびは変えるものじゃないからね。ふつうは姓だけは自分の姓を残しておいて、名前だけを変える場合が俳人は多いです。ところで、この連衆のなかの乙四郎さんはどうして竹橋ですか?」

「ああそれは。うーん。もともと高校の先生だった高橋甲四郎先生の名前の向こうをはって乙四郎と名乗ったらしいですよ。で、竹橋はじぶんの本名に橋があるからなんじゃないですか」

「ははあ高橋をいちびったわけですか」

「先生さっきから、そのいちびるっていうのは何ですか」

「あら、知らんの。大阪と京都ではよおく使いますがな。いちびる。ひとりでうれしがるみたいな、おちょくるみたいな、そんなんですわ。これ、深いんですよ、語源。光田和伸先生がれぎおんに芭蕉の冬の日歌仙を連載されていたとき、書いてはったんですわ。ほら、昔は市で振り売りをして歩いたでしょう。天秤棒をもって。それから来たことばですねん。市で振る、いちふる、いちぶる、いちびる。ってなまってきたことばだということでっしゃ。

「へーえ。すごいもんですねえ。さっすが上方文化!でも、先生がいくら私たちを歯に衣着せず叱られても、あんまり応えないのはそのことばのおかしみのせいですよね。あとで考えたらかなりきついことをいっぱいいわれているのに、ちいとも腹がたたないっちゃん。これはみんなそう思っているんじゃないかなあ。

「そうですか。ちょっと言い過ぎたかなと反省してるとこですがな。でもあの山での二日間、まわりはみな特徴的な九州弁の嵐のなか、ほんまにおもろいなあ!と思うて過ごさせてもらいましたわ。」

「ありがとうございました。こんな山の中まできていただいて、手をとって教えていただいて」

« 政権交代と医療(18) 乙四郎元官僚語録 | トップページ | 政権交代と医療(19)  乙四郎元官僚語録 »

コメント

「いちびる」には笑った。
マイブームになりそう。初めて聞いたよね。
宗匠の関西弁はいいですよね。辛らつなことを言われても、関西弁だとあたりがやわらかくなるもん。

しらべさん。こうおっしゃってました。
かささぎどんの感想。
ブログでのかささぎどんの印象は、べらんめえで、勢いがあって、どんな女性なんだろうかと思っていたら、とてもおだやかで物腰もやわらかい人で、拍子抜けしました、って。むしろ、せーこさんの物言いの方がブログでのかささぎどんのイメージに近いって。はい?それって褒め言葉じゃなかでしょが。笑

前田先生が、九州弁は早い。っていわれてました。スピードが速いし、強いって。がるる!

こんにちは。
久しぶりにここを覗いてみたら。。

先生さすがです。ずばり「いちびってました」。。
歌丸の流れとしては
「ひとまろ→う~ん。そのままでつまらんな~
→歌仙?そうだ。うたまろ!。ん?うたまろはなんかまずいだろ。。う~ん。→歌丸→う~ん。どっかで聞いた名前だけど面白くていいか。。」
といった流れでした。

なので、早速改名します(笑
みなさん大変失礼しました。<_(_ _)_>

ふうん。そうだったのか。
歌丸は落語家のイメージが強すぎるって前田先生から聞いて、では何がと思っていて、今日うたまろってのをおもいついたのに。笑。

俳句には人の忌日をよみこむ式の季語があるのですが、人丸忌っても人麻呂の忌のこと。そんならその逆で歌丸→歌麻呂→歌麿とすればかたづくんじゃないかなとおもった。それから全く関係ないけど、私的なことをだんだらとかきますと、

長崎原爆忌の俳句大会へ投句した「雪に焚く牡丹の如き業火かな」って気色悪い句について、自分でもわからない部分があったので、牡丹の焚き火を検索していたら、「草思堂からー牡丹の焚火」という吉川英治資料館の学芸員ブログにぶつかりました。そこで数日うろうろしているうちに、宮本武蔵とも吉田初三郎っていう明治大正の鳥瞰画家とも出会いました。
しらべさんとは一週間遅れでこのブログにコメントをいただいた天文年間の武士24人による百首和歌=ほんとは99首、の実物を所有している八女本籍の中島氏からの情報をすぐ思い出し、吉田初三郎をおっかけたくなった自分がいました。なぜならば、中島氏は旧吉田氏だからです。なにかの理由で古い時代に中島へ改姓したと書かれていました。
じぶんの父方の先祖ともひょっとしたらかかわってくるかもしれず、どうでもいいことなのに気になり、といいますのも、この画家の最後の仕事は広島の原爆惨禍の鳥瞰図だったようで、すこし、この人についての本をよんでみたいとおもっている。かささぎがおもうに、この画家と中島くらのすけ一族は同族です。それとね。鳥瞰図っていうのは、ずばり連句の思想そのものなんです。

しらべさんとなかしまくらのすけ一族との接点、いまのところわかりませんけど、なにか一本の細い絹糸がみえている。みえそうなんです。五輪の書。五輪の塔。
ろいりさんも、「琵琶法師手さぐりで知るびわの形」って句を書いた時点で、強引にこの潜在意識の深い輪のなかにいます。かささぎはそうおもう。
めちゃくちゃ意味不明、でもめちゃくちゃおもしろい。
もうひとつ、おまけ。
親鸞を書いていたんだって、吉川英治は。
知らなかったよ。
その親鸞だけど、幼名は十八公麿っていうんですね。よめますか。
ほら、いつか書いたよ。お能のところで。十八公は松の字を分解したもの。だから、十八公麿で、まつまろ。
これもまた、まろだった。
いっそ、最初御自分でおもわれたとおり、しらべさんは歌麿にしたらどうでしょう。インパクトあります。ありすぎ?

再び。。

歌麿(ウタマロ)はやばくないですかね。
特に外国人から変な誤解を受けそうで。
でも音的には気に入っているんですよ。歌麿。

話は変わって長崎原爆のキーワードでは「調来助」さんを検索してみてください。
私は中島一族との接点がまだわからないですが、ひょっとしてつながる何かがあるかもしれません。


しらべさん。
しらべらいすけはかせをけんさくし、はりつけました。
はじめてしりました。朝倉出身だったとあります、一族の方でしたか。

星野村の泊られたホテルの下のほうにある広場で例年原爆の火をまつる催しがあっていますよね。
http://www.union-net.or.jp/cu-cap/heiwanohi0516.htm

俳号がきまりました。
表記、「調うたまる」です。
ではいってきます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 圭衛子師の大阪弁「いちびる」:

« 政権交代と医療(18) 乙四郎元官僚語録 | トップページ | 政権交代と医療(19)  乙四郎元官僚語録 »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31