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2009年9月 3日 (木)

政権交代と医療(4)  乙四郎元官僚語録

政権交代と医療(4)

保健医療経営大学学長  橋爪 章 

政権公約(マニフェスト)は、これまでの政権でも100%実現できたわけではありません。

マニフェストに書かれている個々の公約については、これまでは、諸般の事情(たとえば野党の抵抗など)で実現できなかった、という言い訳も寛容されてきました。

法的拘束力はありません。

公約を実現するかしないかは政権の信用度のモノサシですので、実現率が低ければ次の選挙で信用してもらえないだけのことです。

医療については、マニフェストには何十項目もの記載があります。

実現可能性が疑われる項目もありますが、結果として実現できなかった場合、これまで同様、世間は寛容してくれるでしょうか。

新政権は、財源の不明確さからマニフェストの実現可能性が問われ、そのたびにマニフェストを必ず実現すると声高に応戦を続けた末、圧倒的多数の支持を勝ち得ています。

すなわち、「マニフェストを実現する」こと自体が、事実上、最も重要な政権公約となっています。

こういう経緯で誕生した新政権ですので、マニフェストに記載した項目のひとつひとつに重みがあります。

新政権は野党の抵抗を理由にできないくらいの議席数を確保しましたので、実現できなかった場合の言い訳も苦しくなることでしょう。

選挙のたびに、政権は誰がとっても同じ、という醒めた声が巷に囁かれてきましたが、新政権が提示した画期的なマニフェストが実現されるとなると、この選挙結果で国民生活には画期的な変化が訪れることになります。

首相直属機関として設置される「国家戦略局」も、財務省と他省庁との関係を根本から変えようというもので、日本で独自に発展してきた議院内閣制そのものが揺らぎかねない革命的要素を孕んでいます。

行政権の行使に責任を負う、行政権の最高機関は内閣です。

戦前の大日本帝国憲法下では内閣の地位は不安定でした。

外部(枢密院や軍部)の圧力に国政が導かれることもしばしばでした。

そのようなことにならないよう、内閣の地位を確固たるものにしたのが日本国憲法です。

戦後の日本においては、内閣を構成する国務大臣が調整を重ねながら国家戦略を練ってきました。

国家戦略の権限が内閣以外に設けられ、国務大臣間の調整が封じられるようなことがあってはなりません。

厚生労働大臣はしばしば財務大臣と対立します。

マニフェストの記載事項の中には、厚生労働大臣が財務大臣を論駁できなかったような事項も多々あります。

「国家戦略局」の圧力で、財源に責任を持つ財務大臣の発言が封じられ、そのような事項が実現できるようになれば厚生労働大臣としては願ったり叶ったりですが、内閣のありようとしては危険な道に踏み出すことになります。

「学長のひとりごと」九月三日付:

http://www.healthcare-m.ac.jp/app/gm/archives/category/health-m

コメント

>はたして、大臣が掌握できるものでありましょうか。

「大臣」というのはポストの名称で、個人の能力如何を問わず、省庁を代表した最高責任者です。
大臣自身が大臣としての職責を果たすのが理想ですが、個人の能力で大臣の重責を全うできるようなスーパーマンはいるはずがなく、大臣をとりまく補佐者集団の総合力が、その大臣の力量ということになります。
補佐者集団というのが、官僚です。
大臣の個人的資質があまりに頼りないと、ほぼ100%、官僚の言うなりに大臣が動くことになります。
これが、いわゆる官僚主導、官僚支配です。
官僚の言うなり大臣を無能呼ばわりする人もいますが、自分の能力のなさを自覚して官僚の言うことに謙虚に耳を傾ける大臣を無能であるとは思いません。
官僚が上げてきた起案書を、ろくに話も聞かずにゴミ箱へ投げ捨てた大臣がいましたが、このような大臣のほうが無能だと思います。この元大臣の所属政党が、今回、政権をとりました。
官僚主導は、制度上のものではなく、結果論だと思います。
制度上は、国会議員であるところの大臣、副大臣、政務官に各省庁の主導権限が与えられていますので、力量があれば政治主導となるはずです。
脱官僚、政治主導を唱える以上は、官僚と渡り合えるくらいの勉強が必要です。
行政の仕組みを勉強したような形跡もない新人議員を大量に抱えた政党が、官僚の力を借りずに行政権を掌握することができるとは思いませんが、圧倒的多数の国民が「官僚主導から政治主導へ」のスローガンに賛同している事実は受け入れなければなりません。
世の中の期待が失われゆく職は、職としての魅力も失われます。
将来有望とされていた中堅官僚が続々と退官しています。
彼らの退官は老練な政治家の落選よりも国家にとって損失かもしれませんが、報道されることもなく、霞ヶ関は崩壊への道を歩んでいます。
政治主導は民主主義社会が目指すべき理想だと思いますが、政治主導の意味をはき違えると、日本は崩壊します。
学長が、明日のブログに、国務大臣の地位に関する重大な警告を書くみたいです。
誰かが書くだろうと期待していたけど誰も書かないので痺れを切らしたようです。
政治だけではなく、この国の言論界もどうなっているのやら。

とりまきさん、とてもわかり易い解説ありがとうございます。一番知りたい部分でした。

要するに政治主導ということは自分たちが(政治家が)がんばるということなんですね。
がんばっていただきましょう。

それぞれが勉強して内容を掌握し官僚と政治家がともに切磋琢磨してより良い方向に進んでいただきたいものです。

>将来有望とされていた中堅官僚が続々と退官し>ています。

これはどうしてですか?
早期退職みたいな、自主退官ということですか?
素人集団みたいな人達にかき回されるのがいやでですか?
こわいことですね。
その隙に外国に占領されたりして。

こんばんは。
とりまきさん、ご多忙ななか、きちんとしたわかりやすい説明をしてくださってありがとうございました。わたしにも、すっと腑に落ちました。

新しい条例が制定されると、判で押したように聞かれるのが机上でしか物を考えたことがない役人がつくった血の通わないもの。といった批判です。わたしも長いことそう思っていました。でも、乙さんの役人現場報告を聞くと、ああ、役人も人の子、捨てたもんじゃない(ごめんなさい、失礼を承知で言わせていただきます)じゃないのと思うのでした。

ではなぜ、脱官僚がもてはやされるのか。
今度はこの点についてわたしなりに考えてみようと思います。
とりあえず、お礼まで。感謝しつつ。

おつしろう、さくらさん、せいこはん。
むずかしいおはなしをなさっておりますね。
去年乙四郎大学へ行ったとき、どなたかお偉いお役人さん(乙四郎は先輩だっていっていた)が現代の医療の問題点を詳しく説明なさいました。
ところが、かささぎはかささぎ頭であったので、さっぱり話が見えずわからず閉口しました。別の言葉でいいますと、そのときはまったく興味がわかなかった。
保健医療経営大学の開学の根幹に関わることであるのに、なんでこうも面白くないんだろうか。
と、かささぎはうんざりしたのをおぼえています。
(ごめん、正直にいわせてよ。)

かように、現代の医療制度の話も理屈もわからない者が巷にはあふれていて、わかる努力など何ひとつせずに、すべてやってくれている官僚の非難をしています。
なぜこんなふうになってしまったのだろうか。
それはきっと毎日みんな自分の生活を守ることに追われて、ほかのことを何もかえりみるゆとりがないからだろうと思います。
新聞もテレビも雑誌もみんないっしょ、わかっていないのに、紋切り型の非難の台詞をならべてはそれを連呼する。
楽ですからね、わが身はちっとも傷つかないし。
思考は浅いは、人への信頼は浅いは、ころころめざましく変わる総理や大臣、すこしくらいがたがたしたって辛抱して待ってくれるようだといいのですが、だれも待ってはくれないし、ただただ不平不満をいうだけ。
わかっていない。
かささぎはおつしろうブログをよむようになって、じぶんが何一つわかっていなかったな。ということがわかるようになりました。まいにち少しずつ、これがポイントです。

政治の話はそれまでにしよう。
今日、自分の脇句をわかってもらえませんでした。
それが悲しかった。
こんな句です。
発句
ゆうるりと神の旅路か今日の月
脇句 
露ひとつぶの宿す大空
いわく、大空に露が宿るのはちょっと無理、昼間の空を思わす語感ですし。と
露ひとつぶを宿す萩叢
と差し替えられました。
少々むかついた。
だれが空に露が宿ると書いた。ちがうでしょう。
露のひとつぶにも月の光の大空が宿っている、映っている。と書いたんです。
萩や草が露を宿すのは当たり前のことです。
わたしは、
雨だれは目を見開いて落ちるなり
と書いた折笠美秋をひびかせたつもりだった。

この無念のおもいを勝手に句をいじった俳人へいいたい。次に回ってきたとき、言うかもしれないけど、けっきょく感性は一人ひとり違うんだな。と思って断念するのでありましょう。
きっと乙四郎もせいこもぼんもばどさんも、あたしが自分勝手にばっさばっさとあなたたちのだいじな原句に手をいれたことをうらんでいたろうなあ。と、しみじみ思ったことでした。

あ、かささぎどん。
おかえりー。
新しい職場でのおしごと、おつかれさま。
気をつかって疲れたんじゃないかと案じておりました。(え?そんなことはねえ?)あ、そ。笑

>露ひとつぶの宿す大空
あやういところですなあ。
つゆのひとつぶがやどっているおおぞら
であるのか、
つゆのひとつぶがやどしている おおぞら
なのか。
宿すでなくてはならなかったのか?
映すにしたら、一挙解決なんだろうけどね。
>露ひとつぶの映す大空

>きっと乙四郎もせいこもぼんもばどさんも、あたしが自分勝手にばっさばっさとあなたたちのだいじな原句に手をいれたことをうらんでいたろうなあ。と、しみじみ思ったことでした。

そうね。数年前ならね、むかついたかも。わたしだって。
いま?
ふん。なれっこだわよ。そうやって、気を遣われるほうがよっぽど気色んわるか。

本日、三度目の投稿です。
たびたびお邪魔してもうしわけありません。
今回は乙さんにではなく、学長に。
あのブログ、完全に一方通行なので、言いたいことがあっても言えなくって、たまにストレスになるっちゃん。で、ここで、発散させてください、かささぎどん。

生活保護世帯への母子加算手当、民主政権は本気で復活させる気でしょうか。
子どもとふたり世帯で、210000円の生活費が支給されているとして、うちの息子の手取りをすでにこえています。来春、転職が確定した次女の夫、いまは基本給240000円ですが、転職後は前歴換算があったとしても200000円程度のものと見込まれます。妻子をかかえた三人暮らしです。

なにも、生活保護費が高すぎると申しているのではありません。ぎりぎりの生活を余儀なくされている世帯は、かくも多いのだということを申し上げたい。ぎりぎりの生活をしてる若者が身近にごろごろしてるいまだからこそ、たった10万人のためにではない、フラットに生きるお金を投入してほしいのです。敵対する政党が音頭を取った施策にも残すべき有効なものがあるということを念頭において改革に臨んでいただきたいと思います。

私もさっき母子加算とはなんぞや?と検索してみました。
seikoさん同様の感想を持ちました。
私の娘夫婦も孫を8ヶ月から保育園に預けて必死で働いています。
単純に言うなら、離婚して働らかないで子育てしたほうがいい暮らしということ。

生活保護を脱して就労したほうが所得が低くなる、という逆転現象。
それじゃ就労の動機付けができない。
母子加算はそのままににして、何百万、何千万の就労者の所得をぐぐーっと上げるのが理想でしょうが、そんな財源はさすがにないので、官僚たちが長年智恵を絞って各方面を調整してやっとの思いで出来上がった策が、母子加算の廃止と見返り制度の創設でした。
マニフェストに明記してあるので、新政権は母子加算を復活させるはずです。
これでまた、有能な官僚が退官するかも。
やってられんわ。

そうだった。弱者保護のジレンマってのがあって、それは就労意欲をなくさせてしまうことなんだと聞いたことがある。県のケースワーカーだったまきぐっちゃん女史に。

働けば保護費が減るので働かないのだと公言して憚らなかった夫婦がいた。彼らの子どもが成人して、年老いた両親への仕送りを助言したら、「俺達は生活保護に育てられたのであって、親に育ててもらってはいない。だから仕送りをする気持ちはない」と答えたんだと。昭和50年初めの頃の話だった。

でも、みんながみんなそうではなかった。
わたしの知人も母子家庭で生活保護を受けておられたが、彼女の口癖は「子どもが肩身の狭い思いをするので、はやくお上の世話にならなくていいようになりたい」だった。そして事実、子どもが高校生になるころには、辞退された。ケースワーカーが「まだ暮らしがきついからもう少し受けていなさい」というにもかかわらず。

そう。まったくあほらしくてやってられんわ。
なーにが母子家庭保護だろうか。偽装離婚組があふれているじゃないの。かれらははるかにかささぎたちより豊かだ。外車はのってる、習い事もたくさんさせてる。別れてなんかいないし、一緒に住んでいるのに、なんで母子家庭なんだよ。そんな夫婦をたくさん知っている。でもいわないだけだ。
二年間働かないから、と夫が言ったとき、離婚手続きして母子家庭したら楽になれるな。などとは少しも思わなかった。そんないやしい考えにだけはなるまい。とはがみしておもうよ。でも、でもね。税金、はらいたくなくなってきたよ。
去年はたくさん払った。七万近くを何回も。退職金があったから、なんとか払えた。
今年はゼロとおもいきや、やっぱり払えって請求書がきて、夫が一回につき1万五千円ほど、かささぎは一回につき四千円。夫の収入がゼロで、妻が十万以下でも、こんなに払わねばならないなんて。
ひどすぎる。国民をやめたい。

あーだから偽装離婚が多いのね。噂には聞いていたけど。
で、給食費払わないのね。たち悪いね。まじめに働きまじめに納税している事がばからしくなってくる。
いかんいかん、まじめを継続してこそ日本人だ。人が見ていようといまいと。12000円もらっても罰は当たらないんだ。
でも、あん人たちにはそれ以上の金額が行っているのよね。むなしくなるね。

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コメント

おはようございます。 今日はもんぺスタイルで頑張ります♪
☆★☆
消費税を払い始めてからかなりの金額をみんなで国に納めてきたけど、ちゃんと使われてきたのでしょうね?
介護保険料と毎日払う消費税、各種税金・・所得に対する%って全部あわせるとどのくらいあるんだろうね。
本来、介護保険と消費税はなかったものなのにね。。

税金の無駄遣いをなくして財源にする、という政権党には、その財源を別の無駄遣いに振り替えるようなことはやってほしくないですね。
母子加算の扱いが、まずはお手並み拝見の試金石。
今日のニュース。
マニフェストの目玉のひとつ、「子ども手当」は、関連法案を今秋の臨時国会で成立させる方針だそうです。
秋に成立すれば、制度を来年度当初から開始でき、来年度予算成立が年度明けにずれこんでも、来年4~6月分(子供1人当たり3万9千円)を来年6月にまとめて支給することができます。
参院選は、来年7月です。
なお、子ども手当の財源に充当するとしていた、配偶者・扶養控除の廃止については、来年の通常国会以降に提出する方針だそうです。
子供のいない専業主婦世帯への大打撃が実感できるのは7月以降。

>配偶者・扶養控除の廃止については

永年給与計算にはつきものだったこれが全廃になるとは、画期的な転換ですよね。
(こういうとき、パソコンシステム会社は改変の仕事が発生し、売り上げとなります。)
今までこういうのは、そっと税金から引いてあげるね・・・みたいなつつましい国のおもいやりみたいに感じていたけど、子供手当て3万9千円は露骨なプレゼントのようだ。
採算が合えばこれにこしたことはありませんが。

政治が右傾化しようが左傾化しようが、官僚は自らの意志を貫いてきました。政権党に迎合する人も多いですが、少なくとも意志を主張する自由だけは与えられていました。
政府(官僚)と与党が対立することもしばしばで、そのような場合、官僚は足繁く与党議員の説得に通い、理解を取り付けています(このような現状が「官僚支配」と揶揄されるゆえんです)。
官僚の中には、辞職して政治家に転身する人もいますが、その所属政党はまちまちです。これも官僚の精神的自由度のあらわれでしょう。

民主党の政権構想では、この官僚のありようが激変します。
政権構想の5原則のうちのひとつにこんなのがあります。

原則2 政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下の政策決定に一元化へ。

何のことかわかりにくいと思いますが、一元化ということは、政府(官僚)が与党に迎合するか、与党が政府に迎合するかです。後者ではないみたいなので、新政権では官僚は与党に迎合しなければなりません。

原則を実現するための5策は次の通りです。

第1策 政府に国会議員約100人を配置し、政治主導で政策を立案、調整、決定する。
第2策 事務次官会議は廃止し、意思決定は政治家が行う。
第3策 総理直属の「国家戦略局」を設置し、政治主導で予算の骨格を策定する。
第4策 政府の幹部職員の行動規範を定める。幹部人事は政治主導。
第5策 天下り、渡りの斡旋を全面的に禁止する。

第1策で、政府の立案、調整、決定する政策は、与党べったりのものとなります。
第2策で、省庁間の調整機能が政府から奪われます。
第3策で、政府予算づくりの主導権が政府から奪われます。
第4策で、与党に迎合しない官僚ははじかれます。
第5策で、有能な官僚は自力で再就職できますが、そうでない官僚が重要ポストに居座り、官僚組織が老齢化してゆきます。

こうまで右傾化や左傾化へのブレーキが利きにくい仕組みになってしまっていいものでしょうか。
このような仕組みの国が滅びなくてもすむ唯一の道は、政治家が有能であることです。

ここで閑話休題。
おつしろうが今も官僚だとして、どっちの政治家とくみたい。どっちがくみしやすい。またはどっちが得意なタイプですか。まことちゃん。or くによしさん。
くによしさんはああみえて、呑めば楽しいらしい。
よめさんがとびきり強い女性らしいけど。笑
そんなことより、乙四郎自身は、なぜ中途半端な時期に官僚をやめて学長になったの。天下りっていうのでしょう。官僚のあちらがわの政治家になりたくはなかったの。あーでもあれだな。想像したくない。おつしろうが政治家になった姿なんて。
かささぎは古賀のまことちゃんに興味がある。それは以前からあって、戦争体験などを聞いてみたいのだけど。父上の。


えめさん。消費税、半年分ずつ納めますか。ざっといかないですね。一年分ともなればかなりの金額になりますものね。
例年ボスがお金をかき集めて、にがいカオをして納めにいってました。
○○データシステムって名前の信用調査機関であちこちの受託先を調べてもらいましたが、幾社か消費税を納めていないところがありました。消費税を納めていなければ、入札の資格が得られません。だから必死でお金をかき集めて、ボスは支払っていました。りっぱな中小企業のボスでありましたね、専務は。(社長はじっさいは雇われ社長で、かげの社長はマイボスの専務でした。おんなながらも、度量の広いたいした人物でした。政治家を父にもつってことはすごいことだな。とかささぎは感じていた。)

有能な官僚は自力で再就職できますが


これか。

かささぎには一種のテレパシーが搭載されていて、ちょうどのときにボスに首をきってもらい、ちょうどのときに一つ空いたポストにつくことができました。

案内状はありがとうございます。

消費税>>個人もしっかり取られるけど、仕事の分もかなり大変です。
同じくかき集める感じ★ 
今はきっとどこの事業所も同じだと思います。
よっぽど上手にしてるか景気のいいところではない限り。
結局、経済対策(緊急融資)で得をしたところは、大きい会社か中小でもあるていど社員をやとっているところだけじゃないでしょうか。。
ま、、極小にはまったく縁のなかったお話で・・・(^_^;)
ええい!忘れようっと

今日は映画を1本借りてきました。
見ようか、いずれにしようかと、迷っているところです

政党じゃなくて人物ですね。
仕事の説明で、数多くの政治家と協議した経験があります。
社会保障の見識において官僚を凌駕していたのは橋本総理(自)。
こんな若造役人へも、説得力ある丁寧な切り返し。
教育的配慮もしてくれていたのでしょう。
その後、消費税導入を主張して失脚されました。
社会保障の哲学が言葉の端々に滲み出していたのは村山総理(社)。
どこまでも気持ちよく議論を展開できたのは坂口大臣(公)。
やはり、上に立つ人は違います。
ほとんど説明を聞いてくれなかったNK氏(民・元大臣)。
上に立つ人でも尊敬できない人もいます。

>政党じゃなくて人物ですね

行き着くところは、そこですね。政治屋ではなく、政治家。この国は政治家が少ない。だから優秀な官僚ばかりがめだって、外の国から政治家がみえない。大臣はみえるでしょうけど、政治家の姿はみえない。


もともと、民主党に脱官僚をマニフェストにさせたのは、財務省の裏金事件やタクシーチケット事件、社会保険事務所の年金記録放置事件など、国民、いえ庶民の感情を逆撫でするような無神経ともいえる所業がつづいたことだったのではなかったでしょうか。
優秀であるはずの官僚の一部が、「われわれがこの国を主導しているのだから、こんくらいのことは許されていいはずだ」という、つまり驕りたかぶりにとりつかれ、ついには国民視線や生活感覚の違いを失念した結果、国民から信頼を失わざるをえなかった。結局ここも、官僚も「人物しだい」ってことになるのかな。

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