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2009年9月13日 (日)

黒木の旭  歌仙『ときにヘレナは』

黒木の旭

亜の会歌仙  『ときにヘレナは』

    捌・前田 圭衛子

満月や黒木に平家物語           姫野恭子
   紅葉且つ散る矢部のせゝらぎ    前田圭衛子
秋惜しむ歩道橋より手を振りて       山下整子
   手柄話と柚餅子みやげに       東妙寺らん
さりげなく百歳になるめでたさよ      澄 たから
   遠く近くに息寒々と           調 うたまる

いづこより跳ねて来しやら雪兎       竹橋乙四郎
   見える見えないそこが狙ひ目     八山呆夢
まったりと重く背を押し添ひ遂げな        呆夢
   恋しかるらんむかし翁も           乙四郎
釣忍・・・愛の終りを告げてゐた       古賀音彦
   軍艦島に降る夏の霜             たから
錫杖の影落したり峡の道              うたまる
   病も酒の肴ともなり               たから
急げども辿りつけない夢なりし           呆夢
   おほみたからと百姓を呼ぶ          恭子
いつの世も布に包みし花の魂           うたまる
  つちふるもよし雨降るもよし          整子


ままごとの皿に糸遊・わらべ唄        青翠えめ
   猫の品格天下とるなり             らん
哀しきを畳む新聞紙のゆがみ           整子
   ときにヘレナは元気でゐるかい?      整子
共寝して地平かなたの的を射る          乙四郎
   君のぬくもりこの腕の中            えめ
流れゆくものの速さと数へ日と           恭子
   初鶏出づる伊勢の玉垣            呆夢
しんしんとうすむらさきに山明けて         恭子
   孫に教はる鉄道模型              えめ
東京の映画館(シネマ)で知ったペーパームーン  
                              丸山消挙
   裂(きれ)縫ふ夜は鳥渡るころ         たから


新ちぢり落つる音する寓居なり          呆夢
  万屋で買ふマイルドセブン           恭子
いつみても二分遅れの水時計          整子
  潮騒聞くや砂のはまぐり            うたまる
花ふゞきお国の為に散りぬるを          えめ
   親展とどくてふてふの里            らん
   
      

平成21年9月12日~13日
於・八女郡黒木町・グリーンピア八女
   研修室「蹴洞(けほぎ)の間」

捌: 前田圭衛子師(神戸市在住)

連衆:

調 うたまる
丸山消挙(投句)
古賀音彦
竹橋乙四郎
青翠えめ
澄 たから
東妙寺らん
八山呆夢
山下整子
姫野恭子

「楽しくて充実した山の二日間、有り難うございました。満尾しました『ときにヘレナは』の巻、加筆はほんの少し、・・・皆様の御力のたまもので実に素晴らしい歌仙一巻となりました(「兵六玉」を超えたかも)。心からなる感謝を捧げます。また会いましょう!」
       前田圭衛子    

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コメント

こんばんは。
昨日から今日にかけての連句合宿お疲れ様でした。いろいろと前準備、お手数をかけました。ありがとう。
宗匠の手厳しいお言葉もありがたかった。
先生も帰りの車の中で、思った以上に、手ごたえのあった一座であったと感想をおっしゃってましたよ。いい作品になるといいですね。
らんちゃんにも、お世話をかけました。
よろしくおっしゃってください。

せいこ。ありがとう、こちらこそ。
よかったーぶじおわったー
本当にうれしかった。
横浜のしらべさんもえめさんも、それから午後から参加されたにたばるさんもつきあしさんも、はじめてなのにとっても上手でしたね。深いところから句をだしていただいて、むねがじいんときました。おつしろうも忙しいのに、昨日と今日のおわりがけと二度もきてくれて、うれしかった。それからたからさんも昨日夜のわずかな時間だけだったけど、参加していい句をだしてくれたのは、うれしかった。今回の作品にはそらんさんの句は一句も入ってないけど、俳句参加はありがとう。丸山消挙もありがとう。消挙さんの句は一句連句にとられましたよ。ペーパームーンの。

先生が歯に衣着せぬことばで批評してくださるのはとてもありがたかった。
おつかれさまでした。
会計をやってくれたらんちゃん、あとでお礼をつたえておきます。今朝早く、繁二郎展のために帰られた音彦さんへもありがとう。
又来月の日曜にやるよ、連句会。いつがいいかな。

おはようございます。
昨日は大変お世話になりました。
スピードになかなかついていけませんでしたが、とても楽しかったです^^
では今日もお気をつけて

皆さん、お疲れ様でした。
男性人の参加が少ないと予想されていたにもかかわらず、3人の出席があり、本当に嬉しかった。男性ならではの発想が出来の良し悪しに、大きく作用するから。
先生がかなり一直されましたが、マイナスにとらえる事無く、これからにつなげたいと思います。
課題も明確になりました。次を楽しみにしています。
ありがとうございました。

本当にお疲れ様でした。色々ありがとう。行くまではびびってたんですけど(笑)先生が優しくてうれしかった。
皆さんにも会えてよかった。お世話になりました。
私方、13日の祖母の100歳のお祝いも無事終わりました。少しお化粧をして昨日は特にしゃきーんとしていて、「まだまだ生きるよ!」と言ってました。明治女は強い。祖母の生まれた年は、伊藤博文が暗殺された年です。すごいでしょ。
私たちもまだ折り返し地点。がんばろうね!

みなさんほんまにいそがしいのに、きてくれてありがとう。
たのしかったね。うれしかったね。
それから、黒木が思いのほかすばらしかった。
温泉、なんと畳よ、たたみ!畳敷きのおふろなんて入ったことなかった。めいどのみやげができてよかった・・・笑
たからさん。きけば、とってもめでたい話で、しかもそれを歌仙の一句におりこめて本当にぐっタイミング!おめでとうございます。よろしくおつたえください。お写真でいつぞや拝見した、おばあさまのかくしゃくとしたおかおがうかんでまいります。こちらまで何かすごい生命力にあやかれるかんじよ。

改めて見てみると、良いねえ、この歌仙。
黒木で巻いたことが刺激になったのかも。世俗を忘れて気持ちがまっすぐ連句に向いて。
合宿の話が出たとき、私は参加しないことにしていた。自分はへただから皆の足を引っ張るんじゃないかと思って。
連句は俳句と違って周りの人と作り上げるものだから、上手い下手は関係ないってことがよくわかった。平凡な句も前後の句に生かされ、また「て、に、を、は」を変えるだけで大きく変化する。
この面白さは参加してみないとわからない。
きつい言葉も受けるけど、「よーし」と気合も入る。

ひめのさん、貴方が言っていたのはこれだったんですね。参加してよかったと今は思っています。
「かささぎの旗」ごらんになっている方。
ぜひ一度参加してみませんか。
初めての方でもだいじょうぶですよ。

そうなんです。やってみればわかる。
前田圭衛子先生がいらしてくださる。それがどれほどありがたいことかとずっと思っています。
隣にいて師のさばきをみておりましたが、目配りとか気配りとかとはもうひとつ違う次元のものを常に働かせておられます。
師はこれは何に分類されるから使ったらだめ、なんていうような野暮なことはおっしゃいません。
それだけ核心をつく捌手であるということです。

ときにヘレナは誰のことかい?

いなかったので背景わからず。
原子力潜水艦ヘレナだったら元気にどこかの海底に潜んでいるみたいです。

おつしろう。
ヘレナは誰か。それは想像するっきゃない。いきのいい、ちょっと身持ちの悪い中年おんな。そんなかんじがします。「ジョニーへの伝言」を歌ったらはまり役のような女性をおもいうかべるなあ。
このヘレナ句をだしたせいこはへレンにしようと思ったけど、ありふれているかとヘレナにかえた由。
前田師に、この二句で恋でしょうか。とたずねたら、恋ですよ。とおっしゃいました。次をもうかんがえておられたってことです。物語をつくる才能。つぎつぎに素材をつなげる、でも前句とヘレナ句だけでは恋には弱い。そこで、なんで受けると恋の座としての骨格がしっかりと構築されるか。
もちろん、それは百首和歌でも学びましたように、恋とは共寝することでありました。(かのえさる、庚申の恋の歌)だから、連衆のなかでもっとも恋から遠い位置におられる(苦笑)おつしろう先生の弓張り月の句の中七以下のフレーズが前田師の目に留まったのは、なんとも皮肉な、悲壮なともいえる逆説ではございましたが、でも、「共寝して」という措辞の確かさには、すごいものがありました。
「恋句のマエダ」と連句界で喧伝されるゆえんです。

ところで、乙四郎にたずねたいことがある。
堅い話です。
日本は非核三原則をうたっていますが、最近そうではなかった、という話が外務省から出ています。私もそうだろうと思う。
原子力潜水艦へレナが日本にも来たかどうか知りませんが、だけれど日本は米国の核の傘の下で安眠をむさぼってきたのはたしかだと感じています。

学長の名誉を守るため(?)以下、前田捌の手で恋句にアレンジされたおつしろう先生の元の月句をかいておきます。

弓張りて地平はるかの的を射る  乙四郎

ときにヘレナは誰のことかい?


>原子力潜水艦ヘレナだったら元気にどこかの海底に潜んでいるみたいです

このヘレナにしてくださいっ。
ばり面白い!


沈没した原子力潜水艦の名前がヘレナだとはねえ。いまも、どこかの海底に潜んでるんだ。いやー、これ短歌にできんかなあ。

この乙さんのコメントを踏まえて、
この二句を逆に読んでみてん。

  共寝して地平かなたの的を射る
   ときにヘレナは元気でゐるかい?

どこかの深い深い、暗いくらい無音の海底に眠ってる潜水艦が浮かんできたよ、わたしには。知識ってすごいね。また句の読みを深めさせてくれた。ま、恋句には関係ないよみだけどね。

     

うん。たぶんそのためにヘレナがここにきたんだとわたしもおもう。
ずっときになっていることがある。
それはね、澁谷幽斎師を偲ぶ。って本から一部引用した部分に、いつになったら日本が普通の国になるのだろうか。というようなことが書かれていた。
その意味するところはよくわかります。
で、おつしろうがそれにふれたくない理由もわかる。
さくらさんへも、いつか聞いてみたいよ。かささぎはね。

>澁谷幽斎師を偲ぶ・・・・

この文字をはじめ読んだとき、かささぎさんの勘にびっくり仰天した。

その本、一年前からニューヨークに行っていましたが9月15日に東京に帰ってきました。
この投稿が15日だったから驚いたのです。

明日、うけとりに行ってきます。

さくらさん、ごめんなさい。また私は間違えていました。そらんさんのところでも間違えた。幽斎ではなく、幽哉なんです。細川幽斎もいまだに幽斎か幽斉のどっちが正しいかつきつめていないのですが。

で、そのゆうさいさんのお寺は熊本の葦北にある。その葦北に戦時中一時疎開してたのが、きのう調さんのところで連句的に出てきた鳥瞰画家の吉田初三郎でした。たしかそうでした。

たったいま、気づいたのですが、ポストに前田センセからの返信がとどいておりまして、この巻を大変褒めていただいておりました。

改めてこの歌仙を読み直しましたが、ここで再び気づいたこと。たからさんが付けた月の句の静かな存在感。これはおおきい。寡黙ながらしかし雄弁に多くを物語っていることに今さらながら、深く感動します。

軍艦島にふるこうこうとした月明かり。
鮮やかに光景がうかぶ。
寂寥感とともに。

うわっ、seikoさん、あんがと。照れますがな。(汗)

月、三題。

発句の月は原句では「残月や」。それを座で前田師は月代(つきしろ)という月の出のころの空の明るさに一直されたのですが、理由は残月と黒木に伝わる貴種流離伝説とがつきすぎているからでした。
しかし最終チェックでほかのふたつの月が「夏の霜」=夏の月光、ペーパームーン=虚の月である紙の月であったため、月代では月の座が心もとないと、満月にかえられた次第です。
軍艦島=端島。はりつけました。

幽哉さんの本日本に無事帰ってきました。
本を受け取りに行って一日ニューヨークさんと九段あたりで過ごしました。
金融関係の仕事をしてるニューヨークさん、アメリカの現状やアメリカから見た日本の姿など、17歳から一人でニューヨークに住み自立してる女性の話は面白くてたまりませんでした。
これに幽哉さんの本が介在してることを思うと感慨深いです。
かささぎさんの存在も、乙さんの存在も。

せいこさん、ぼん、まりさんへ。
この歌仙、とてもめりはりがあるよね。
さいしょ、私はにおいの花句、座五が少々きわどいのではと感じていた。

花ふぶきお国のために散りぬるを  えめ

けれども前後とあわせてよむと、それが少しも気にならないどころか、余情さえただよってくる。これぞ連句力といわずしてなんといおうか。
軍艦島の句も、うたまる句のさりげない錫杖の釈教句がしっかり前句を支えていて、このあたりのなんともいえない流れはすごい。
一巻のなかで、もっとも能天気にいきおいがあって、なおかつ生活のにおいを感じさせる「ときにヘレナは元気でいるかい?」、これはほんとうに名句だった。せいこさんのすべてがでている句。
前田さばきだからとれたのであって、じぶんならとり損ねていただろうな。と思わせられた付合でした。

さくらさん。さくらさんのお付き合いは多岐にわたりますね。
生き馬の目をぬくニューヨークに単身渡って十七歳から一人暮らし・・・ですか?
どういう夢をおいかけていた女性なんでしょうね。
さくらさんのブログにのったお写真でそのおすがたをちらりと垣間見ることができますが、じつに颯爽となさっていますね。わたしも横にいて、おはなしをお聞きしたかった・・・。そういう話、めったにきけないですし。よろしくお伝えください。

益田啓一郎の「美しき九州」って本(海鳥社)をみてたら、やっぱ、佐敷って書かれていました。芦北の。昭和17年から23年の4月に京都に戻るまで、熊本の芦北佐敷にいていろんなことをやっていたようです、鳥瞰地図画家の吉田初三郎。
なんかふしぎだなー

って意味は、澁谷ゆうさいさんのお寺があるところがその佐敷だったからです。なんというぐうぜんだろ。


あーはらへった。けさからなにもたべてない。
いやまじで。かささぎは原稿をかいていた。一円にもならない原稿であるが。でもおかげでわかったことがある。健吉が書いていた武田泰淳の司馬遷についての文章を読んでいて。

佐敷はのどかでいい所です。

ところでサモア島でマグニチュード8の地震と津波。
サモア島も仕事で訪問したことがあります。
知り合った人々が犠牲になっていないことを祈りつつ。

こんな島でした。
   ↓

あ、やっぱり。
夕方のニュースで、ジャイカのサモア局長というかたのコメントが出ていたので、ひょっとしたら、乙さん、ここにも行ったことがあるんじゃないのかなーと思ったところでした。

ここ、きれいな島ですが、
地震が多いらしいですね。
被害にあわれたかたのご冥福をいのりつつ。

うーねむい。なのにまだまだすることが残っている。朝、昼とくいっぱぐれ、夜は夜で月末の三十分残業、帰りついたら体力がのこっていない。バッテリー残量ゼロ。ぴこんぴこんってうるとらまんみたいな音。んーなんか げえのおじん なみじゃね~

サモアの島の地震被害のおみまいを、申し上げます。
そのうた、はめはめは、の歌と雰囲気にてますね。

サモアの薀蓄
(こういう時しか勉強しない・・・)
サモアは、西経171線の西側の「サモア独立国」と東側の「米領サモア」とがある。
サモア諸島は1899年のベルリン条約で東西に分割され、アメリカは東側を、ドイツは西側を占領。後年、西側が紆余曲折の末、独立。
独立国側は2944km²(鳥取県より少し小さい)で人口18万人。
国家元首は、大首長。4つの大首長家から選挙で選ばれる。
米領側は199km²で人口7万人。
国家元首は、バラク・オバマ
どちらも居住人口が少ないが、独立国人は、ニュージーランド、ハワイ、カリフォルニアに国内人口をはるかに上回る移民が居住し、国家経済は彼らからの送金が支えている。
米領も、第二次世界大戦中は、軍人数が人口をはるかに上回っていた。
文化は、東西で異なる。米領はアメリカナイズ。
独立国は、3週間前(9月7日)、車の通行が左側通行に変更された。
以下、Wiki引用の国民性。
「女性は多産で子供は家事を手伝いしつけは厳しく、母親となると絶大な権力を持つ。子は独立するまで家事を助け、長女が夫を迎え、同居する形が多くみられる。食事は、客や主人が先に食べ、その間、子供は蝿を追ったり飲み物を用意したりで、幼児を除き食物を口にすることはない。残された食事を子供や同居人が食べ、最後は豚や犬、鶏が食べ、残飯はなく合理的である。母系社会で、村落ではマタイ(村落の首長)を除けば父親の権限は強くない。夫婦の絆は一夫一婦制を堅持して、不倫は少ない。いやなら潔く夫を変えてしまう。近年、貨幣経済の浸透でモラルは欧化している。」

ときにヘレナは元気でいるかい?

地震と関係深い、海底のマグマのかたまり。
「ホットスポット」と呼ばれるマグマ上昇地点が地球上にいくつかあり、太平洋ではサモアがそのひとつ。
そして・・・大西洋では、セント「ヘレナ」島!
ヘレナはまだ静かです。

一・一七の無音アーチのように煮え 圭衛子

この句、阪神淡路大震災のときのものです。

 地の底ひからこみあげる雪  恭子

脇をつけて倉本朝世さんにも入ってもらって連句を巻いた記憶がまだあたらしい。
前田先生の句は非常に霊的で考えてもわからないすごさがある。わたしにとっては、この句の「アーチ」がおそろしくて、聖なるものと俗臭との止揚をぎりぎりでふんばったものとして認識される。おぼろ大橋のアーチなんぞもおもわれて。

地震でまだ生き埋めのうめき声がきこえるとき、のほほんとしていていいんだろうか、というか。そんな
宙吊り感もあるなあ。

乙四郎が解説してくれたサモア島のことや源泉間へレナのこと、これらの膨大なコメント郡を編集してアップしたいけど、ちょっと舞ってね。

大地震>>最近は多いですね★
阪神淡路震災をテレビで見て翌日、娘と二人で献血にいきました(アーケードの献血ルーム)
着いて驚きました!
ほとんどが高校生や20才前後の若い人たちで占められていて、部屋はいっぱいでした。
その風景にはほんとに感動しました☆
かなり順番を待ちました。
やっと血液を検査してもらいました。
ら、、残念ながら二人とも比重不足ではねられました。
4軒の叔父達家族の安否は大丈夫でしたが、、あの時何のお役にも立てなかったと、今でも思っています。

地震>>刻々と被害状況が写されていますね。
心配ですね。。


 サモアについては、小林信彦の小説「サモアンサマーの悪夢」ぐらいしか知らなかったが、舞台は米領サモアだったか、サモア独立国のほうだったかは忘れてしまった。最近読んだ本に、「軍隊のない国」の1つとして出てきた。
 国の安全や経済生活が脅かされたり…ようするに国家が非常事態の時は、国家元首が非常事態宣言を行い(30日間)、非常事態命令を出して、必要な措置をとるのだそうである。ということは、今それが実行されているのだろうか?
 ちなみに軍隊は保有していないがニュージーランドとの友好協約に基づき、有事の際はニュージーランドが支援してくれるのだそうです。まあ軍隊持たないといっても、他の国に守ってもらう国から、国土警備隊程度のものは持ってる国まで、いろいろあるそうだ。自衛隊は、ありゃどう見ても軍隊でしょう、いつから軍隊になったのかわからないが。この“あいまいな日本の私”に、「これでいいのか!」と思う人、「これでいいのだ!」と思う人と両方いるでしょうね。いや何も考えない人もいるか。それもいいのだ!?

ひー、自分の書いたコメント、誤字だらけやん。
舞っといてくれたとしたらさぞやおつかれさん。
赤い靴のおんなのこだ、休まず舞っていたら。

そうか、ひとのふりみてわがふりなおせ。
ってことばどおり、イランのやりかたみてると日本の国の原子力政策もはたからみればがば怪しい、いつでもげんしばくだんの100こや200こできそうな国として映るのだろうな。ということが客観的にみえるよね。
でも、射程距離をどこぞにあわせてミサイル発射実験なんてえげつないことだけはやらない国であろうというわが国民性への信頼だけはなぜかあります。それもこれも戦後民主主義で育ったから培われたこと。だがしかし、またこうもおもう。じぶんちがこうだからといって、どこのいえもそうかというとそれは違うってこと。日本国憲法にうたわれてることは理想であって、一軒一軒違うもの、立場も考え方もお財布事情も家庭内平和もね。いつかこのバランスが破られてしまうときがきたら、そのときはどうなるか。きれいごとなんていっていられなくなったら、そのときはどうするのか。ってのを、常にかんがえていなければならない、国としてあるためには。・・・とさくらさんはこないだ、いいたかったのではないでしょうか。それについてはだれもがしらないふりをきめこんでいることがはがゆかったのでは。

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