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2009年9月 3日 (木)

和田重雄著 『貞享版 黒木物語』

井筒屋古書部ネット販売で入手いたしました。

手にとってわかる。これは借りる本ではなく、もっているべき本。

写真は扉。右の山の上に猫尾城跡、中央奥に高牟礼城跡。

流れる川は矢部川です。

こんどの連句興行は、ここを左にみて矢部川の橋を渡り、猫尾城とは川を挟んだ山上にあるグリーンピア八女でやります。お楽しみに。

郷土の史話(一) 貞享版 黒木物語
 昭和58年(1983)11月3日発行
 福岡県郷土資料調査員
 黒木町文化財専門委員会会長
 編著者 和田重雄

 (資)東兄弟印刷所

「まえがき」にかえて  より幾つか引用いたします。

1 「黒木物語」は貞享五年1692年黒木住人 北川藤左衛門尉作(編)を再起。
 9メートル10センチの巻物一巻である。糊はずれのため、はじめと中ほど二箇所が欠落、それを「調城古談」と「黒木軍記」で補い、原本に近いものへと復元、再編集した。

2 「黒木物語」などの物語本の起源は主として中世(鎌倉以降戦国時代まで、1190~1600)ころの編纂。大衆にとっては読む文芸ではなく、琵琶法師や山伏の唱導する語りを耳で聞く文芸であった。

3 筑後国の「一の宮」久留米の高良大社は、筑後国中の僧侶、神官の総元締であった。
同時に盲僧の元締でもあった。多いときは、二、三千人を数える盲僧を擁し養っていた。
生活費や大社の維持費をまかなうため、芸を仕込んでいた。物語台本を与え、琵琶を持たせ弾じ語らせていた。そして村から村へ娯楽に乏しい山村をまわらせ、町部を渡り歩かせた。そのお布施は高良大社に納め、不自由な身を養ってもらっていた。
二、三千人の盲僧は、高良大社の管理化にあり、盲人座を作ってその監督を受けていました。

4 北川藤左衛門尉の作といわれる黒木物語は、盲僧の弾じる台本だった。が又黒木物語の編集は、紀州国高野山で行われたものとも考えられる。まず高良大社の社僧を黒木地方へ遣わし、鎌倉初期からの素材=話のもとになるものを集めさせ、それを紀州にもっていったと考えられる。
  高野山には、高野比丘尼(女僧)や高野聖(学僧)という唱導文芸家がいて、教祖的文学を創作して広めていた。弘法大使の伝説がそうしてひろまったものだし、ほかにも多い。

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コメント

これを読んでやっと腑に落ちた。
君が代を国歌とした乙骨太郎乙のエピソード中、それならおいどんの琵琶歌のなかにもごわす。といったことばが出てきた理由。
それとまだ全く調べていないけれど、水天宮に神として祀られている入水した安徳天皇の御付のあぜちの局関連の物語は平家物語として琵琶法師が伝えたものの中にあるんだろうなということに。
盲僧二、三千人とはまたすごい数。

守武と筑後が繋がった!
俳諧史は、荒木田守武の時代と松永貞徳の時代との間に半世紀強の開きがありますが、鑑実の俳諧興行は、その空白期に行われています。
仮説ですが、守武の俳諧は、その後、盲僧の世界で広まり、筑後の盲僧へ伝わったのでは。
空白期の俳談に「望一千句」「望一後千句」を著した伊勢山田の杉田望一(杉本望一?)という人(1548~1630)がおり、盲人だったらしい。

へえ、ここでつながったとはねえ。
かささぎと乙。
いや、あんたらすごいわ。
執念だねえ。
盲僧から盲僧へ。
その風景を想像すると、胸にしみるなあ。

おつしろう。せいこ。ぼん。それから古賀の音彦さん。らんちゃん。前田先生、私、調さん。これで予定の人数の8人になる。翌朝早くおとひこさんは仕事で帰る、でもエメさんがみえる。すみたからさんもきて、とまってくれないかな。部屋はまだ余裕がある。こういうときじゃないと、めったにゆっくり話もできない。おいでよ。だいたい、医家の妻なんてほうけんてきにもほどがある。
しゃいんりょこうにもつれていってもらえない。かわいそすぎる。だから、おいでよ。うそでもなんでもついて堂々とでておいでよ。夫や子は時にひとりにするべき。ほたるべき。
それから。この↑のコメントよんでおもった。
おつしろうもその場にいなければいかんとおもう。
星野一族の調さんが見えます。
さっきメールをよんだ。
失職中で英文の論文をひとつ抱えているだけの身とのこと。十日から朝倉(本籍地)、11日は星野、12,13は黒木(連句につきあうって)それから佐賀唐津方面へもいって15日ころに関東へかえるって予定らしく。
乙四郎もおってほしい、調さんにあってほしい。
きっと発見と展開があるような気がする。
なんだか、きもちはだんだん最強になってきた。
がるる!!でとろいとめたるしてぃの松山ケンイチみたく。

調さんが参加してくださるのはとても嬉しい事です。「かささぎの旗」おそるべし。
乙さんの参加もお願いします。
そらんさんが来られないのが残念です。

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