無料ブログはココログ

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月30日 (水)

政権交代と医療(29) 乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

来年度の各省概算要求はいったん白紙化され、10月15日までにマニフェストや連立合意を踏まえた組み替え予算があらためて各省から要求されることになりました。

厚生労働省から出される組み替え要求が最も注目されるところです。

たとえば政策的に診療報酬を平均4%アップさせるのに、どのくらいの増額要求が必要でしょうか。

医療の財源構成の25%(約8.4兆円)が国税なので、この4%、約3400億円を増額要求すればよいというものではありません。

健康保険料を上げずに実現するためには、制度改正が必要とはなりますが、保険の増額分を税金で肩代わりする必要があります。

保険料を上げることがままならなかったことが医療費抑制策の背景にあるのですから、政策だからといって、健康保険組合や被保険者へ簡単に保険料アップを強要できる問題ではありません。

医療の49%(約16.8兆円)が保険料なので、この4%、約6700億円をさらに増額要求する必要があります。

さらに患者負担も上がらないような配慮をしようと思えば、患者負担14%(4.8兆円)の4%、約1900億円も必要です。

これらを総計すると、診療報酬を4%あげるのに、厚生労働省予算だけでも1.2兆円をあらたに確保する必要がでてきます。

民主党政策集には、医療費を対GDP比でOECD平均まで大幅に引き上げることを目指し、そのために1.2兆円の予算を投入する、との記載がありますが、1.2兆円の投入では4%しか上がりません。

総務省予算にも着目する必要があります。

医療の財源の12%(4.1兆円)は地方税から支出されているからです。

地方税も伸び悩んでいますから、実現のためには地方交付税を手厚くする必要があります。

白紙化される前の総務省の来年度概算要求では、地方交付税はわずか0.4%の微増で1千億円にも満ちませんでした。

医療財源分だけでも4.1兆円の4%、1600億円の増額がほしいところです。

『学長のひとりごと』9月30日付

民主主義ってなに。談義  乙四郎元官僚語録  

コメント

この一週間、鳩山さん、岡田さんだけでなく、原口さんや小沢さんまでも外遊されていたようです。さぞかし国際社会への日本の貢献がアピールされたことと思いますが、この一週間の最大の国際問題についての日本の姿勢がまったくといっていいほど聞こえてきません。
その問題というのは、G20首脳会議(金融サミット)の直前、25日に米大統領、仏大統領、英首相が揃い踏みで緊急会見した、イランのウラン濃縮試験施設建設の発覚の件。
オバマ大統領:核不拡散体制に対する「真っ向からの挑戦」
ブラウン英首相:国際社会に衝撃と怒り
サルコジ仏大統領:イランが行動をとらなければ12月までに厳しい制裁を受けることになる
国連安全保障理事会常任理事国5カ国とドイツは、10月1日にジュネーブでイランと協議を行い、イランに「真剣な回答」を求めるのだそうです。
米英仏とドイツ:イランが懸念をぬぐい去ることができなければ厳しい制裁を実施
ロシア:制裁に前向きな姿勢を表明
中国:圧力と対話を並行で進めるべき
イランの核開発の陰には北朝鮮がありますので、日本が無縁であっていいはずがありませんが、日本は蚊帳の外です。
イランのアハマディネジャド大統領は25日、ウラン濃縮施設はあくまで平和目的だと主張し、将来的には「日本とともにアジアの非核化に取り組みたい」と述べた模様。
え~~~~~~~~っ!

イランの出方次第では、また地球がきな臭くなります。
27日、イランが2発の短距離ミサイルの発射実験を実施
28日、イランが中距離ミサイルの発射実験を実施
米大統領報道官:「挑発的な態度だ」と非難
中距離ミサイルはイスラエルが射程に入ります。

さすが乙四郎!
新聞もテレビも総与党体制のときに。恐ろしい時代になった。

岡田外務大臣は、9月22日にニューヨークでイラン外務大臣と約45分間、日・イラン外相会談を実施したようです。
岡田大臣:我が国はイランとの関係を重視しており、今後とも緊密に連絡していきたい。
モッタキ外相:日本の新政権とも両国関係の更なる拡大・深化に向け、首脳・外相間を含むハイレベルでの対話継続を希望する。
岡田大臣:核問題を巡り国際社会の懸念が払拭されていないことは非常に残念。イランの原子力の平和利用の権利は認める。国際社会の信頼確保は不可欠。米国・欧州諸国との間で、核活動に関する国際社会の懸念の払拭に向けた対話を行うべき。
モッタキ外相:イランは宗教上の理由からも大量破壊兵器に反対。核兵器開発の意図はなく、その必要もない。イランはIAEA との協力を続けている。自らの権利については交渉しない。核兵器廃絶に関し、この分野での日・イラン間の協力を希望する。
モッタキ外相:アフガニスタン復興支援やパキスタン問題における両国の協力を継続していきたい。
岡田大臣:我が国としてもアフガニスタン・パキスタン問題を重視しており、この地域において重要な役割を果たしているイランとも協力していきたい。

9月26日に岡田大臣談話が発表されていました。
   ↓

イランは世界第二位の石油埋蔵量で11.4%のシェア。
石油の輸出お得意様の筆頭国は日本で、年120億ドル以上の貿易額となっています。
石油に関しては、日本とイランは運命共同体みたいなもの。
10月1日の蚊帳の外会議で制裁が議決されたら、日本はどうする?
政権交代どころではなくなるような気がしますが、なぜ、メディアの扱いがこんなに小さいのだろう。

「ウラン濃縮施設は大量破壊兵器製造施設に違いなか。イラクんごとなろごたっとかぁ」
「平和利用たい。なし信じてもらえんとやろか」
「平和利用っちうたっちゃ当てにならんたい」
「ばってん日本は『原子力の平和利用の権利は認むっ』ち言わしゃったばい」
「被爆国の日本がそげん軽率かこつば言うはずんなか」
「アジアの非核化で協力すうごたっち、日本はアメリカよりアジアば信じとらすごたるよ」
「そりゃほんなこつかい?」

制裁が決議されようとする時、イラクの言い分を信じて制裁回避の立ち回りをするのか、それとも欧米諸国の言い分を信じて制裁に同調するのか。
二国間の信頼維持と石油の安定確保のためには前者でしょうが、回避できなかった場合は欧米と対立基調になります。
もしイスラエルが(制裁の大義名分を得てパレスチナ支援の)イラクへの軍事施設を攻撃するような事態となれば、一気に中東情勢が悪化し、第三次世界大戦の勃発です。
新政権の正念場です。

CNNニュースによると、イランが今度は長距離ミサイルを2種類試射したのだそうです。
射程は1300~2000キロで、モスクワ、アテネ、イタリア南部が射程圏内。
世界はかように激しく動いてるのに、日本の新聞、テレビではまったく流れていません。
このまま戦争に突入しても、我々には正しい情報は届かないのではないかと不安になります。
イランの危うさより、日本のメディアのほうが危うい。

んだべなあ。横並び一直線。

ところで乙四郎。
「被保険者保険料は、年金天引きではない普通徴収者に、保険料滞納が約1割あるそうです。
昨年9月の時点での統計ですが、福岡県の滞納率は14.5%(福岡市21%~星野村1%未満)でした。」(社会保障制度概論2)
天引きではなかったら、期限内におさめないとという義務感はまったくわいてこないものです。かささぎは身をもって知りました。税金、もう2期分滞納してる。理由。めんどい。支払いに出向く暇がない。その上、督促がゆるゆる。おらおら本気ださんかい!!くりからもんもんのおっちゃんたちをたくさんやとって、はけんする。そしたら速やかに滞納はなくなる。でもこわもてのおっさんたちもボランティアではなし、人件費高そうね。

sandclock12:42のコメを読んだ後、「第3次・・」と書こうとしてやめたのでした。。
tv>>バラエティもほどほどで(・・見てませんが・・)もっと社会情勢を取り上げる番組もあっていいのではないでしょうかね~pen今はジャーナリスト職業で気鋭の若い方はいらっしゃるのでしょうかしらん?

普通の国とは、国民が生命の危機にさらされそうになったとき、本気でどうするか国民もマスコミもいっしょになって考えることだと思います。
それは軍事はどうするのか?と言うことなのですが
、軍事という言葉を出しただけでけむたがられるのが普通の国じゃない日本だと思います。
保険より前に軍事が大事で、国が滅んだら保険もへったくれもないと思います。

TV番組に関してはエメさんと同じ意見です。お笑いの人と高学歴の人のクイズ番組、毎週同じことをやっていて、見るのは飽きた。

でも、麻木さんは知識もすごいが意見も持ってあるので少し見直した。
しんすけ、さんま、たもりあたりが番組をやれば、影響がすごいと思うけど、彼らはお金儲けの事しか考えていないように見受ける。また、そういう番組をしようとしてもスポンサーから嫌われるだろうし、その後を考えればお笑いに戻ることは出来にくいからしないんだろう。
昔たけしさんは嫌いだったけど、きちんと物が言える人だとわかったので、嫌い加減は少なくなりました。(笑)

戦前の雰囲気をしらないけど、これから戦前になっていくのは自明。
こんなていたらくでは、隙だらけ。
あわわ、あわわってなったとき、強大な軍事政権が樹立・・・。
そんなきがする。んで、かささぎはひとあしおさきにこころは戦時中。
新政権になってからの政策のいやらしさにむしずがはしりっぱなし。
だーれがぜいきんやらはらうか。ひこくみんになってくれるわ。かささぎは鳥だしな。
あ、それと。みんしゅしゅぎってことば。わからん。
原口って人、テレビにでてこびを売ってたときの顔と大臣のいすにすわったときの顔がまるでちがう。かがみみたほうがいいよ。かみげにねぐせついてた。

2009年9月29日 (火)

山本健吉『虚構の衰頽』 4

 4

 最後に一つ蛇足ながら附加えることをお許し下さい。

  病み呆けて泣けば卯の花腐しかな
  卯の花腐し根嵩うすれてゆくばかり
  緑なす松や金欲し命欲し
  夏ちかし髪膚の寝汗拭ひ得ず
  がゝんぼに熱の手をのべ埒もなし
   
かく衰へて
  梳る必死の指に梅雨晴間
  裸子をひとり得しのみ礼拝す
  西日照りいのち無惨にありにけり
   
七月二十一日入院
  蝉時雨子は担送車に追ひつけず

 これは御承知のように秀野の病中吟です。
如何にも命死にゆく者の予感にあふれた作品と言えましょう。これらの作品を見ても、肉親の欲目からと言おうか、どうせ俳句はこしらえ物だと思って強いて安心しようと致しました。本人も直るつもりでいたし医者も、死病とは言わなかった、だが看病人の希望よりも、近代科学の判断よりも、病人自身の気なぐさめの言葉よりも、何よりも作品自身が「死」の面前をはっきり語っているのではないでしょうか。この作品に現れている予感を何故僕は最高の病気診断書としなかったか、今になって悔やまれるのです。本人が生の希望を棄てなかった時、俳句が死を覚悟している。実生活よりも作品の方がいっそう真実を貫いている。生活は俳句に追いつけないのです。
 『蝉時雨』の句から永眠までの二ヶ月間彼女には作品がありません。作るよりも直す方が大事だといって、一途に病気の平癒を心がけました。俳句のことを思ったり、会話に波郷とか友二とか出たりするだけでも、彼女の心臓は動悸がして苦しくなるのでした。死の数日前珍しく今日は運座をやろうと言い出したことがありますが、もはや作る気力はなく、どういう句が彼女の胸に思い浮かんだのか想像するよすがもありません。だがあの「蝉時雨」の句は、今にして思えば彼女の絶筆として相応しく、その句生涯に見事に終止符を打っています。あのような句を作ったら、そのあとさらに作品が続く必要はないのです。洛西宇多野療養所に入院の日、僕たち親子三人はハイヤーで療養所に着き、僕が受付で手続きをすませている間に、看護婦たちはすばやく彼女を担送車に乗せて、長い廊下を病室へと運び去りました。そばに父親の姿も見えず、母親も何処かへ運び去られてしまうのに青くなった六つの安見子が、必死になって担送車のあとを追いかけました。担送車の上から母親はしきりにオイデオイデをします。あとで病室で彼女は僕にこのことを言い出し「私のような者も親だと思えばこそ追いかけてくる」と涙ぐみました。
 死にゆく者には誰も追いつけないのであります。
 僕にはこの句の担送車が葬送車とも、否幽明と現世をつないで天空を駆けゆく幻想の車ともきこえるのであります。そして木立の多い鳴瀧の病院の蝉時雨はあくまでも現実のものではありますが、同時に葬送曲めいた天上の言葉ともきこえるのであります。あまりに現実的な句でありますが、そのままで同時に荘厳なる虚構を現じ出しているのではありますまいか。それともこれは永遠に追いつけざる者の恣意なる幻想に過ぎないのでありましょうか。
 処女時代に虚子翁の手ほどきを受けた彼女は、始めから写生道の実行者であります。彼女は他の誰よりも虚子翁の大と抱擁力とに尊敬と感謝とを捧げていたのであります。唯彼女の生来の豊かさが、虚子翁を尊敬して低調な平明写生に至る道を選ばしめなかっただけなのです。波郷、友二君等「鶴」の連衆との出会いが、彼女の文学の可能性に実現の機会を与えます。彼女はそれまで馬酔木調や、新興俳句や、難解俳句の洗礼を一度も受けたことなく、その意味では「鶴」同人の中で一人違った句歴を持っています。彼女は「鶴」の生活者的鍛錬道の中に、古典と競わんとするささやかな同好の中に、ホトトギス的写生の実行者が投ぜられた時如何なる作品を生み出すかの実験を供します。手段がここでは高次の目標と理想とに結合します。波郷君の傍らに在って、彼女も「純粋俳句」の使徒たる光栄を担います。追悼句会の席上で三鬼君が言った「生きながら俳諧の鬼女と化した」という言葉をこの世からのこの上ない袂別言葉として、彼女も俳諧古典の系列の居並ぶ末座にささやかな座を占めます。それは友二君が「ひとつ余りけり」と嘆いた「くれなゐの座布団」でもありましょう。俳諧史上「くれなゐの座」は寥々として少いのであります。
 俳諧とはひっきょうつきあいであり、「伴侶芸術」(川口松太郎氏の言葉、万太郎氏からききました)であり、デイアレクテイクであるとすれば、俳句つくりの伴侶を失った俳句を作らぬ僕に、俳句とのつながりは切れたようなものです。俳句論をやる実生活的基礎を失ったも同然です。それはもはや相手のない独語のつぶやきに過ぎません。従って僕にとって、俳句は芭蕉に始まって秀野に終ったというのが偽らぬ実感であります。しめっぽい話になりました。これも虚構俳句結構論にとって何かの示唆になるでしょうか。実体のない俳句論に終ったことをおそれます。
(1947・12・4)

 『虚構の衰頽』 山本健吉 
  『現代俳句』昭和23年1月号掲載

2009年9月28日 (月)

山本健吉『虚構の衰頽』 3

 「曙や白魚白きこと一寸」「猶見たし花に明けゆく神の顔」の句解においても氏は事実を重視することによって同じ混乱に到達していますが、ここではくだくだしく申しますまい。とにかく芸術というものは作為の世界、虚構の世界、において成立するものであります。俳句には前書を句そのものと不可分の関係において成立しているものもありますが、それでもその作品の価値は一句として成じているかいないか、いわば如何にそれが実生活と袂別した場所に虚構の世界を現実しているか否かにかかっています。虚構とは事実に対する言葉であって、真実に対するものは虚偽です。虚構の中に真実を貫くのが芸術であります。こう言えば僕の言うのが、必ずしも「ミヤコ・ホテル」流のフィクション俳句ではないことがお判りでしょう。あれは新婚初夜の男女としてありそうなことを詠んだまでなのです。「おや、草城氏は最近結婚されたのですか?」とあわて者の俳人たちが目を丸くすればするほど、作者はにやりにやりと満足の笑みを浮かべるといった他愛ないいたずらなのです。誰にでもありそうなことと言うのは、取りも直さず特殊性を持たぬ無性格の作品ということで、言わば作者の真実は毫も貫かれていないということです。
 波郷君がよく「俳句は私小説だ」と言いますが、この言葉も誤解しないで頂きたいものです。氏は何も俳句は身辺雑誌だとも、事実を詠めとも言っているわけではありません。氏の言葉の裏には、少なくとも葛飾善蔵とか嘉村儀多とか、私小説に命を賭けた、倫理的とも言うべき激しい生き方をした作家たちが思い浮かべられています。だとすればこれも氏の俳句に打込もうとする覚悟が吐かせた言葉です。もちろん此処には生活と芸術との対立を一つの生き方で統一しようという意図が見えます。「俳句は文学じゃない」という言葉なぞも、極力作為と虚構とを排したはてに一つの倫理的な世界として俳句を打樹てようとする欲求が見えます。芸の世界、即ち虚構の世界を、生活とすっかりかぶさり合うような地点に打樹てようとしています。そしてそれは作品の世界が実生活とつながることによって存在を主張しようとするのとは全然別のことであります。それも生活とは別の高次の世界の実現であることに違いはありません。四十以後の芭蕉の行き方に、そのような世界の範例を見ているようです。それは一種の「絶対の要求」に外なりません。真摯な芸術家は、常に実現しがたい夢を胸に抱き己れの実現した芸術境地のはたてに「知られざる傑作」を思い描いているものであります。
 僕はこれは波郷君の覚悟であると共に、俳句という文学様式の固有の方法に対する洞察を含んでいると信ずるのであります。氏は誰よりも「純粋俳句」を打樹てようとする熱意に燃えているのです。かつて茅舎・たかし・草田男三氏の鼎談会をやり、編集子はそれを「純粋俳句について」と題しました。これも俳句が和歌でも散文でも絵画でもないその固有の方法を探究することを志したものなのでした。僕がフィクション俳句結構じゃないかなぞと放言するのも言わば波郷君のような「純粋俳句」の使徒がはっきり存在しているから安心して言えるわけなのです。芭蕉だって「冬の日」までは談林的俳諧とフィクション体の世界を長いことうろついていたのだ。否「冬の日」以後といえども連句においてフィクションの花やかな世界を現出しているではないか、現代にも一つぐらい「新談林派」を以って任ずる俳人のグループがあってもいいではないか、と思うのです。そして、俳諧とは自由体であるという本義から言っても、俳諧的世界を拡充しそれを現代に生かす上から言ってもそのことは望ましいと言うのです。

 Sさん、これで「フィクション俳句結構説」という御注文に満足の行くものとなったでしょうか、往年のフィクション俳句のチャンピオン西東三鬼を論ぜずして何のフィクション俳句論ぞやと言われるのですか。御尤もです。だが氏の近作にはいわゆるフィクション体はないようです。とは言っても

 穀象の群を天より見る如く
 雑炊や猫に孤独といふものなし
 限りなく降る雪何をもたらすや

これらの句の言葉の持つ金属的な響きは往年のフィクション体から脱化したものです。これらは作者の生活に取材されたものですが、作者の凝視する世界は生活を離れて、否、作者の体温すらも離れて、色彩のない冷い硬い感触を持った一つの虚構世界を現出しています。本当すらもフィクションめくところ、まさに波郷世界と対照をなします。これくらい情緒や陰翳を殺して言葉の物質性のみによって立っている俳句は外にありません。だから作者の実生活からこれほど袂別した場所に俳句の世界が組立てられていれば、それは完璧なフィクション世界と言ってもよいし、まずその典型的なサンプルと言うに躊躇しません。このことは作者が米の虫をふるいわけたり雑炊をすすったりしている私生活に形而下的にはつながると言うものの、そのような生活感慨をいささかも含まぬあるいは含まぬことを志していることを意味します。(あしたにつづく)。

山本健吉『虚構の衰頽』

『現代俳句』昭和23年1月号より引用

2009年9月27日 (日)

結婚式の案内状

おとなりのおばさんが、書いて頂戴といってもって見えた。
住所名前、メッセージを書く欄がありますが、おしゃれにも英語。
横文字はわからないとおっしゃいます。おばさんは一人暮らし。
かささぎはしみじみとかんがえさせられました。
戸畑の一人暮らしの母のもとに夫が帰ってよかったな。とも思いました。

山本健吉『虚構の衰頽』 2

 蝶が実際に飛んで来たから蝶の句を作ったということは、作者にとって少なくともこの句において嘘はいわれていないという安心を与えるものであります。だがこれが飛んでもない錯誤の基です。一体蝶の句に対して、その時実際に蝶が飛んで来たという事実が一体どのような価値を付与するものでしょうか。作品として十七字に定着せしめられた以上、それは一応作者を離れた存在であって、それが如何に作者の経験や見聞に基いていようとも、それはその句の価値に取って無縁であります。
「顔出せば鵙迸る野分かな」(波郷)という句の価値批判にとって、一体その時作者は本当に窓から顔を出したのだろうかと事実のせんさくをすることが無意味なことはわかり切っています。もっとも俳人たちといえども、時と場合に応じては飛んで来もしなかった蝶を一句の中に詠みこむことはざらにあるので、それで一句に成っていれば問題はないわけですが、その場合といえども、この句の中には嘘があるという心やましさを多かれ少なかれ感ずることでしょう。その心やましさを感ずることが写生道の影響なのです。だから写生道とは作品の事実性の尊重なのです。ところで先に挙げた波郷君の句にしても、句の価値は作者が本当に顔を出したかどうか、その時本当に野分が吹いたかどうかという事実に
毫も関係せぬとすれば、作品の事実性とは一体何の意味があるのか。と言うことは、作品のレアリテを支えるものは、外象がありのまま写されていることに在るのではない、そのようなことは痴呆の願望だということです。それは作者の真実を貫こうとする決意と実践とにかかわることです。作品の事実性とは作品の真実性とはまるで違ったものなのだ。だから蝶が飛んで来たから蝶の句が出来たということは、作品の真実性には無縁であるばかりか、かえって虚偽であることすら多いのです。あの「着ぶくれて」の無名子の作は、吉屋女史のその時の事実につながって存在を主張しているだけであって、そのことはこの作品の真実性の保証には絶対にならないばかりか、むしろこの句はその時の事実にしか保証を持たないという意味で真実からは遠いとさえ言えるのであります。

 ホトトギス流の写生論が嘱目俳句や吟行俳句の氾濫を来し、手段と目的との救うべからざる混乱に陥ったことは事実ですが、そのような弊は何もホトトギス派の人たちに限ったことでなく、ホトトギス流の低俗写生を断じて許容しようとしなかった志田素琴博士などの見解にもはっきり現れています。氏は『芭蕉俳句の解釈と鑑賞』の中で『卯辰紀行』の中に詠まれた日時・場所をあいまいにしたまま置かれてある「くたびれて宿かる頃や藤の花」の句を取上げ、この句が大和の八木で四月十一日頃に詠まれたものであることを考証し、従ってこれは初夏の句であり、初案は「ほととぎす宿かる頃の藤の花」とはっきり夏の季物を詠みこんであったのが、改作の結果春の句となり、紀行の中でもあいまいな書き方をするに至ったのだと言っています。そして、
「・・・事実の方から、時が藤の花の盛りの暮春ではなくて咲きすがれようとする初夏十一日頃であることが知られるので、これを頭に置いて句に対すると、眼前に現れた藤の花は、盛り頃のそれとは違って、花がもう余程散ってしまって花房がむらむらに痩せたものになって居り、そのためにそれの暮色をこめた様が一層たどたどしげなおぼつかなげな感を与え、けだるさを誘うことの一層強いことを感ぜしめるので、句の感味が一層強まって来るのである。」と句解をほどこしています。
 この時の藤の花が、よほど散ってしまった花房が痩せていただろうという推測のためには、卯辰紀行の時の陰暦四月十一日が、立夏後幾日目に相当するかを検べてみる必要がありますが、それはさて措き、僕等がこの句を理解するには「くたびれて宿かる頃や藤の花」という十七音をたよりとする外ないのであって、この句の背景をなす作者の経験した事実は差当り不必要なのであります。芭蕉はこの句ではただ「藤の花」とだけ言っており、藤の花の衰えは言っておりません。僕らはこの藤の花という言葉の重量感を受取り、動かないその語の位置を検分すれば充分なのであって、その藤の花が盛りであるか散り方であるか、どちらが事実に合うか、またはどちらが句の感味が強いかなどということは、解釈者の余計なおせっかいと言うものです。ここで芭蕉は十七音を完璧な表現として、一字一句の註釈も必要ないものとして、どうでもしてくれと投出しているのです。いわばそれは芭蕉という一個の生活者を離れて、独自の存在として結晶しているのです。その句は作者の生活とは別の作られた高次の世界を形作っているのであって、文学とは言葉によるそのような一つの虚構の実現であるということが言えるのです。従って素琴博士の、作品を一応作者の経験した事実に還元しなければその意味すら捕捉できないとする態度は、芸術の真義を誤ったものと言う外ありません。ゲーテが何かの折に、多分『親和力』についてだったと思いますが、自分は体験しなかったことは一つも書かなかったが、体験そのままのことも一度も書いていないと言ったのは、この場合も当てはまります。芭蕉の俳句が体験のままを描いてないからと言って、その句の真実性をうたがう必要がありましょうか。いわんやそれが「旅人芭蕉特に俳諧革新者たる芭蕉として意外に思われること」だなぞと言えましょうか。芭蕉の俳諧革新は、あくまでも忠実に事実によって作句することであったと誰も言う者はありますまい。(あしたにつづきます)。

『現代俳句』昭和23年1月号より山本健吉『虚構の衰頽』

政権交代と医療(28) 乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

民主党政策集には個別疾病対策にも言及があります。

がん対策については次の通りです。

○国内どこに住んでいても最善のがん検診・治療が受けられる体制を確立

○有効性が高いがん検診受診率を大幅に向上させるよう受診しやすい体制を整備

○がん予防に有効なワクチンの開発・接種の推進

○禁煙対策の徹底化

○がん患者への最新のがん関連情報の提供や相談支援体制などを充実

○がん患者や家族も加わった「がん対策推進協議会」の運営

○がん登録の法制化

○地域がん診療拠点病院は国立がんセンターと協力し、化学療法専門医・放射線治療専門医を養成(数値目標を明示)

ワクチンの開発は企業努力で行われていますが、政策としても関与するということです。

旧政権では、特定企業の利益誘導との批判を生みがちな政策は躊躇しがちでしたが、結果、新薬市場は外資系企業の独壇場となっています。

国策として、国産の医薬品、医療機器の開発をもっと推進すべきであったのかもしれません。

『学長のひとりごと』2009 年 9 月 27 日 日曜日 付

コメント

nosmoking「民主党政策集には予防医療の推進について次の記載があります。」
このような細かく専門的な知識は、誰が入れ知恵をしたのでしょうか。いずれにしても、予防医療は極めて重要であると思われる。

在日民主党さんの名前に貼り付けてあるHP.
随分過激な発言が多いですが、これって真実なのでしょうか。右翼街宣車に乗っておられた刈り込み頭のサングラス姿のお方から、まことに慇懃無礼なごあいさつ(国旗を掲げていなかった職場に対しての)を一度だけ受けたことがある身としては非常に興味をそそられる箇所がありました。

支援組織がどうのこうのということは問題の本質ではないと思います。
国民がしっかり監視して意見すればいい。
政党には必ず支援組織があり、政策にその色が出てくるものだ、ということを認識した上で、戦後の我が国が培ってきた民主主義の慣習を守れば、独断専行にもブレーキがかかります。
問題の本質は「国民がしっかり監視して意見する」手段が、政治主導の名の下に奪われてしまったら大変だ、というところにあります。
旧政権でも、独断専行でスピーディに支援組織へ利益誘導したい案件は山とあったかもしれませんが、あまりにも身勝手な政策判断は民主主義慣習が許しませんでした。
政府の審議会は政策判断にお墨付きを得るために開催している、との印象が強いかと思われがちですが、審議会メンバーは公開され、利益が相反する委員をバランスよく委嘱し、議事録も公開されますので、必ずしも官僚のシナリオ通りに事が進むわけではありません。患者団体代表、労働者代表、消費者代表などと丁寧に意見を交わしながら、妥当な結論へと導く作業が行われています。
官僚は、できることなら審議会やパブリックコメントなしで、ぐいぐいと政府方針を貫きたい、そのほうが楽できる、というのが本音のところですが、民主主義の慣習だけは守り通してきました。
母子加算の復活にせよ、子ども手当にせよ、ダム中止判断にせよ、25%削減にせよ、審議会やパブリックコメントの慣習が完全にないがしろにされています。
ひとつひとつの政策の是非はともかくとして、意志決定のプロセスに、問題ありとせざるを得ません。
「議会制民主主義」が、他の形の「民主主義」による牽制を排除するようになると、政党支持組織の思い通りに国家が運営されるようになってしまいます。
報道規制によって監視の手段が奪われ、意志決定過程で意見を述べる機会が奪われようとしています。

うわぉ。議会制民主主義なんて、ことば、久しぶりに耳にした。いやー、じつに4年ぶりの再会。笑

マニフェストに掲げてきたことの大方は、大衆の同意(失礼、国民の賛同ですね)を得ているものとお考えなのだと思います。それを実行にうつさなければ、投票した国民からはマニフェストと違うではないか、公約違反だとのお叱りをうけるでありましょうから。
議員さんって、けっこう議会制民主主義ってことば、お好きですよね。少数意見を排他する手段として、頻繁にお使いになります。

とりまきさんには、申し訳ないけど、そもそも、この国の政策決定のプロセスは、意識しないと国民には見えにくいようにできている気もします。だから、政策決定のあらすじは決まってんだけど、便宜上、カタチだけの審議会などを設けているのではないのかなどと国民に思われるのではないでしょうか。(少なくともわたしはそう受け取っていたフシがあります。)
国民目線での政策が唄い文句でもあった民主党。国民が目線をはずせないという意味だったのでしょうか。

元厚生官僚だった乙四郎の書いていることを読むと、じぶんらはまったくなーんも知らんでよくも堂々と選挙のときにはあーだこーだゆうて、投票に行ってたな。とこっぱずかしくなる。だけど、それが民主主義なんだべなあ。みなばくぜんとしたじぶんのなかの政党イメージへむけて、あるいは政治家本体へむけて清き一票を捧げているよね、いつだって。
あとは勝った負けたの世界ですが、勝ったからといって全員がその政策を支持していると思ったら大間違い、とんでもないっす。
ところで。うちの次男の先日の高速道無料化に対する民主党の声みたいな意見、どっから仕入れてきたのかな?学校の先生?と思って尋ねたら、いや、おれがじぶんで考えた。との返事でした。
むすこはへんにしっかりしている。それはおそらく病気がちなせいですが、それに加えて親たちが別々に暮らしていて心配させているからでもある。びみょうなところまでよくかんがえてくれて、わかっているらしいからおそれいる。ひとりでかりてきて、みている映画の題名をみて驚く、私でさえ借りないような深刻なのを沢山見ている。レナードの朝、とか、シンドラーのリストとか。わたし、みたことないもんね。
戸畑へひとりで時々いきますが、そのたびに借りてくるのは、世界の名作文学、父のこどものころの。
上ふたりも読んでいたと思うけど、末っ子が一番この本をたくさん読んだ。こいつを連句にさそいたい、というのがかささぎのひそかな願望なんですよね。こいつとよしのりくんとあとその仲間を数人。
ただ、受験があるから。再来年だけど。いつかは誘う。こどものころ、俳句を作らせていたように。

あたしは、一番上の民主党の手下さんの意見の意図するところがよくわからん。ついでに、この本文の乙四郎の意図したいところもよくわからん。(きっと腹の底までわかるのは、乙四郎とおなじ仕事をやっていた人たちだけだろう。)

ところで、ろいりーさん。おげんきでしょうか。
ふと思い出しました。さいきん、コメントないですが。
マラソンが近いので、だんだんきんちょうるですね。
十二日、かささぎは法事があります。オフ会もできませんが、マラソン応援はいけると思います。
底意地のひと、ろいりーさん。なにわのどこんじょう、みせたってやりなはれ。ありゃ、浪花の人じゃなかった、くるめ人の泥鰌骨ばみせちゃってんね。がんばってください。ひー!こっちがどきどきしてきた。なにしろ42・195キロ=死に行くゴーですもんね。んで、このこまかなはしたの数字は、女王陛下と握手するための距離だって、さくらさんから以前おしえてもらった。

2009年9月26日 (土)

山本健吉『虚構の衰頽』 1 

生国は大和くんなか秀野の忌  恭子

はたときづく、今日は俳人、石橋秀野の忌日でした。
昭和二十二年の今日午前十一時、肺結核と腎臓病のため、京都の宇多野療養所にて永眠。享年三十八歳。

なにかをやりたいとふとおもいました。
なんにもやってこなかったから。
資料をたくさん集めていたのですが、本をまとめてからは読むこともなくなっていました。

ネットをみまわしてみてもみあたらない文章で、でもかなり重要な、俳句評論家で秀野の夫でもあった山本健吉の文章をうちこみたいとふとおもいました。
なぜなら、妻に死なれたからこそ、健吉の文章にたましいが入ったともいえるからです。
山本健吉が今日の山本健吉として立つためには、妻の死がなくてはならなかった、ともいえるからです。その契機となった文章であると、かささぎは認識しています。
数日かけて全文を打ち込みます。

『虚構の衰頽』 

 山本健吉

 Sさん、「フィクション俳句結構説」なんて課題を僕のところに持って来るなんて、貴方もずいぶん人が悪いと思います。今でも時々俳人の口のはたに上る例の日野草城氏の「ミヤコ・ホテル」の連作以来、主として新興俳人の間に試みられたいわゆるフィクション俳句というものを、僕は面白いと思ったことがほとんどないのです。その僕にフィクション俳句の片棒を担がせようというような御注文は、いささか的外れの感がしないでもありません。だがそれも言ってみれば何時ぞや新興俳人はもっとフィクション体を試みたらどうかと言った言葉のたたりで、この言葉に責任を取れということでしょうから、顧みて自戒とするより仕方はないのですが、あのときの気持をもう一度言ってみれば、俳句も糞リアリズムの愚直な句ばかりを作っていないで、もっと様々の可能的な境地をさぐってもいいではないかと考えたまでなのです。
例えば東京三さんの獄中五十句、あの一句毎に「ゴク」という言葉がはいった連作を読んで、京三さんには気の毒だが実際の話うんざり致しました。何もそう「ゴク・ゴク・ゴク」と酔いざめの水じゃあるまいし、と皮肉の一つも言いたくなる気持でした。獄にいたのだという事実をあれほど一句一句の中に強調しなければならない作者の気持は、僕の到底理解しがたいところなのです。

 この間虚子翁が吉屋信子女史などを従えて琵琶湖上で大俳句会をやった折のこと、これは出席した人からきいたのですが、虚子翁の選句の中にたしか「見たかりし吉屋信子は着ぶくれて」というのがあったそうです。なるほどその場の情景を即興的に捕えてそのまま十七字に仕立てたところ、写生の本義に叶うのかどうか知りませんが、清濁賢愚あわせ呑む翁のことですから、挨拶として、一座の興として採ったのかもしれません。事実披講されるありきたりの句の前には何等の感興をも示さなかった参会者も、この句の前にはどっと吹き出し、オーバーなど厚く着込んで出ていた女史もてれ臭そうに笑ったそうです。即興をたっとび一座の興を眼目とする句会の席上で、どうせ低調なつまらない句ばかり多いとすれば、少しでも人を笑わせるような句が勝なわけですが、それにしてもこの句の滑稽は句自身にあるというよりも、こんな句をシャアシャアとして出句する作者自身の愚かさに在るといえましょう。ホトトギスの写生の道というのは、大多数の作者を愚にすることによって二三の傑出した作者を生み出す道なのでしょうか。何もこんな句などをことごとしく取立てて論ずる値打はないのですが、ただこんな句すらも、いわゆる写生道を忠実に実践することによって生まれたものであることが大切なのです。いつぞや風生氏の「退屈なガソリンガール柳の芽」その他ホトトギス流の俳句十句ばかりを挙げて、三好達治氏が疎懶風流であると断じていましたが、このような大家たちの低調な作品も、無名俳人の愚句も、根底は一つであるということなのです。高野素十・松本たかし・阿波野青畝などホトトギスの中で名人上手といわれる人たちの句も、その特異性をホトトギス的低調さがおおいかくす時があり、そういう時僕は写生道の愚劣な反面を見せられるような気がするのです。

 赤彦・茂吉等のアララギの写生道が作家の鍛錬道として成立しているのに対し、ホトトギスの写生道は大衆の易行道として成立するに到っているのではないかと思われます。子規の写生論自身にそのような萌芽は存在するのであって、言ってみれば「理想」に立脚するよりも「写生」に立脚する方が大衆は間違いがないということなのです。写生とは言わば創作にさいして事実の裏付けを要求する心です。「もの」に触れねば思想というものは結実するものではありませんし、僕は手ばなしで瞑想することの愚を痛感しているものであり、その意味で写生の方法を是認する者でありますが、その場合も言って置かねばならないのは、写生はあくまで手段であって目的ではないことなのです。目的たる思想を結実せしめない写生は、あだ花に過ぎません。ところで今日大多数の俳人たちは写生そのものが目的となってしまって、句帳をたずさえては吟行なんぞに出掛け、「思想のない風景」をやたらに描きちらします。蝶が目の前に飛んで来なければ蝶の句を作ろうとしないし、菫が目の前に咲いていなければ菫の句を作ろうとしません。写生のお説教もここまで愚直な創作態度を生み出すに至れば何もいうことはありません。そこから見て見て見抜くという態度が生れてくればそれは一種の鍛錬道となりますが、単に嘱目の風物と無造作な創作態度とが手軽に結びついたまでなのです。(あしたにつづく)。
(昭和23年1月号『現代俳句』)

※おことわり

時間の関係上、現代表記に改めています。
本来は旧漢字旧仮名表記でやりたいのですが。

政権交代と医療(27)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

民主党政策集には予防医療の推進について次の記載があります。

○ヒトパピローマウイルスワクチンの日本での開発を推進し、任意接種に対する助成制度を創設

○ヘモフィルスインフルエンザ菌b型ワクチンの定期接種化

○肺炎球菌ワクチン接種の対象年齢を拡大

○自治体の保健師採用基準の年齢要件の撤廃

○メタボリックシンドローム対策

○禁煙対策

ヒトパピローマウィルスワクチンは子宮頸がんの予防に有効ですが、承認申請中のものは外資系2社のみで、日本での開発承認ははるか未来のことになります。

ひとつ(グラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス」)が10月にも承認される見通しですので、当面は1社独占となります。

ヘモフィルスインフルエンザ菌b型ワクチンは細菌性髄膜炎の予防に有効ですが、サノフィパスツール第一三共「アクトヒブ」の1社独占です。

肺炎球菌ワクチンは万有製薬「ニューモバックスNP」の1社独占です。

これらのワクチンの公的予防接種プログラムへの組み入れは特定企業に莫大な利益をもたらします。

旧政権では何かにつけ特定企業との癒着が噂されるのがトラウマとなり、慎重に検討されていましたが、新政権にはそういう杞憂はなさそうです。

予防医療の観点から導入すべきものは、たとえ寡占製品であれ、導入すべきでしょう。

これらのワクチンは、欧米諸国では公的予防接種プログラムに組み込まれています。

『学長のひとりごと』2009 年 9 月 26 日 土曜日 付

▽きょうの難解用語かいせつ▽

寡占(かせん)と独占
独占は1社だけが市場に財を供給していて、競争状態よりも生産量が少なく価格が高い状態。
寡占は数社だけが市場に財を供給していて、競争状態よりも生産量が少なく価格が高い状態。

コメント:

せいこさん。

今日、っていうかきのうっていうか、は、アメリカで鳩山さんが重要な演説をいくつかなさいましたね。
さっきニュース番組でのそれ(国連演説)をみていたら、鳩山さんのとなりでオバマさんが熱心な顔で鳩山さんの話に耳を傾け、メモをとっている姿が映りました。その前はやはりアメリカの政治家たちが鳩山さんが日本の政策としての温室効果ガス25パーセント削減を提唱したとき、わたたたた・・っていうようなかんじでどよめいた。それほどセンセーショナルなことだったんだ。
国民がこれほどまでに心配するくらい、ええかっこしいだったってことですよね。
国民によびかけたかな、じぶんは世界にこういう提案をするけど、これはおおきな痛みをともなうことだから、死ぬ気で鋭意努力協力をおねがいしたい、と。・・・なにもなかったよね。
さくらさんのいうとおり、はじめに、ことばありき。ですね。
(ときに鳩山さんっていくつだ?団塊の世代だろうね、あの理想肌は。けっして三無主義世代ではない。)

>国民によびかけたかな、じぶんは世界にこういう提>案をするけど、これはおおきな痛みをともなうことだ>から、死ぬ気で鋭意努力協力をおねがいしたい、
>と。・・・なにもなかったよね。

これが国民に付託を受けた、選挙に勝ったということはそういうことじゃないの?

あーそうか。
選挙のときの公約の実現ってことなんですね。

あたらしい政権のことでこどもと話すと17才なりにおもしろいことをいいます。
たとえば高速の無料化。
ああおかあさん。それは今は過渡期だから混乱しているけど、先々完全無料になったら、うそのようにスムーズにいくって。心配要らないよ。(このこのこの)

>これが国民に付託を受けた、選挙に勝ったということはそういうことじゃないの

そうね、これが選挙に勝った、政権をとったってことなのよ。国民が全権委任をしたってことなのね。

ところで、ふたたび、高速道路無料化の話。
相互扶助の精神と受益者負担ってことばがあるでしょう?相互扶助の精神にのっとって、医療保険制度は保たれている。高い国民健康保険料をはらって、一年間無受診の人もいる。でも、人間、死ぬまで一度も病院にお世話にならないひとはいないでしょう。いつかはお世話になる。そのときのために払い続けるわけよ、保険料を、ずっと、文句も言わず。

じゃ、高速道路。無料化にしますよ。赤字の補填は国税でやりますよ。無駄な公共事業を見直せば浮いたお金でカバーができますよ。高速道路を使わない人の税金もがっぱがっぱ投与するからご心配なく。ってことなのね。
高速道路を無料化しますから、国民のみなさんどんどんお使いなさい。二酸化炭素をびゅんびゅん撒き散らしてお使いください。なーに、地球温暖化は心配入りません、地球温暖化税を設けますから。ってことよね。

地球は税金では救えない。
昨年だったか、地球温暖化は国際社会の最緊急課題で、世界レベルいや、宇宙レベルでの課題なんだと聞いた覚えがある。
青少年科学館で天文ボラをやってる後輩が言った。「太陽の寿命は50億か60億年か。その前に地球は消滅するでしょう」「えっ?じゃあ、人間はどこに住むの?」「いや、せーこさん、ご心配なく。地球が消滅する前に人類はとっくに滅亡しますから」

だから、地球のことは心配せんでもいいっちゅうこつったい。

政治というのは無意識のものなんだな。ということも最近わりとおもう。たとえばさっき話した今17のむすこだけど、ちょうどゆとり教育の弊害をまともにこうむって育った世代です。わたしたちが習ったことの半分以下しか学校では教えてもらえなかった。そのとき文部大臣は有馬朗人。ゆとり教育へたどりつくまでの世論というか風潮を記憶しているけど、とことんの思考の末に、とかでは断じてなく、ただなんとなくの現状否定がもたらした逃避型の政策だった。おかげで日本は理数系の学力ががたっと落ちた。

鳩山さんが国連総会で、世界各国に発信した温室効果ガス25パーセント減の話題。日本の企業にとって、これ、すごいハードルの高いリスクになるよね。中国なんか、環境保護なんて眼中にないけん、これでまた、差が付くね、とツレと会話していたばかり。

「夏の馬鹿は奥に座る」
そうたい、これが言いたかったんよ。

今朝の読売新聞のコラム欄「編集手帳」から抜粋。
ブン屋さんって本当に引用や言い回しがうまい。
ほれぼれするわ。

・・・賞賛の拍手をもらい、閣内は高揚感に包まれている。自民党政権のもとでこれまで、「どうぞ、主役は奥へ、奥へ」と上座に通されたことがあったか、と◆温暖化対策の旗手たらんとする首相の志やよし、いい気分に水を差すつもりはないが、<夏の馬鹿は奥に座る>の格言も頭の隅にしまっておいてもらおう。最大の排出国である米国と中国が同じ座敷に入らぬまま縁側で涼み、日本だけが床の間の前で経済悪化に歯を食いしばって一人ぼっちの我慢大会をするーーーーというのは願い下げである◆(後略)・・・

公共事業も激減するだろうと思われる昨今。
製造部門の企業も厳しい足かせがついてまわる。
劇的な政権交代の時代に、生き残れる企業がはたしてどれだけあるのだろう。これが、九州の片田舎に住む夫婦の、今朝の話題でもある。

2009年9月25日 (金)

東合川

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-c81c.html

ここの信号停止でよく写真をとりました。
でもこれが最後です。
以前つとめていた職場に挨拶かたがたお給料をうけとりにいきました。
こんどの職場の宣伝もしてきました。
帰宅後、顧問から電話、整骨院のあるじをよく御存知とおっしゃる。
私をよろしく頼むと先生に御挨拶してあげときましょう、とのこと、有難し。
さっすがじみんとういんのロビイスト、顔がひろくていらっしゃる。
かささぎはこのおかたに、政治の裏話を沢山聞かせてもらいました。
やめたのがちょうど選挙前、敗戦の話は聞きそびれたのが心残りです。

政権交代と医療(26) 乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

国家行政組織法第八条に「学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための合議制の機関を置くことができる」とあります。

国民各層の利益を代表する者と実務・学識経験者などにより組織される「審議会」のことで、議会制民主主義を補完する国民参加機関です。

審議会は、重要な政策方針を策定したり特定の処分を下す際に意見の答申を行います。

現行の行政施策のほとんどは、審議会の答申を重視して方針が決められています。

さらに近年は、行政手続法により、行政機関が命令等(政令、省令など)を制定する際、事前に命令等の案を示し、その案について広く国民から意見や情報を募集する「パブリックコメント」手続きを行うことも一般的になってきています。

審議会の答申やパブリックコメントを重視して決定された施策を中止・廃止する際には、相応の民主的な手続きが必要だと思います。

審議会やパブリックコメントは、政府・与党の暴走を制止する安全弁として機能するものです。

厚生労働省には社会保障審議会が置かれています。

法(厚生労働省設置法)により、社会保障に関する重要事項を調査審議する機関とされています。

社会保障は国民の生命を預かる重要な事項ばかりです。

新政権は矢継ぎ早に重要な政策方針を出していますが、社会保障審議会やパブリックコメントをないがしろにしない行政運営を願っています。

『学長のひとりごと』2009 年 9 月 25 日 金曜日付

整骨院の助手のしごと。

かささぎが警備会社の経理事務のしごとを失職したのは先月末のことでしたが、その日の帰りにはハローワークで仕事をみつけ、翌日には面接をうけて、九月の二日からあたらしい職場で働きはじめました。あたらしい職場=整骨院です。

ちょうど一回りかささぎよりも若い先生、それで独身。
だからなのかどうかわかりませんが、お年寄りより若い患者さんが多い。
ことに高校生の男子、そして三、四十代の女性。競輪選手も数人。

かささぎの仕事はこれまで通り経理、それに受付とカルテのパソコン入力、先生の助手としての仕事。あとは掃除と毎日のたくさんのタオルの洗濯など。
これまでの仕事とくらべ、何かがずいぶん楽になったなあ。と感じます。
たとえばパソコン。これまではボスが私には触らせてくれなかったんで。
パソコンがすきなのでとってもうれしいです、毎日触れるのが。笑。

助手というのは、患者さん一人一人に機械を設定するってことなんですけど。
四種の電動機械の扱いをマスターするのに戸惑ったのですが、もう大丈夫。
機械のくせもわかった。
患者さんのきもちを考え、その人にあわせた会話をするように心がけます。
なるべく明るい楽しい話題を。にこにことしたきもちで帰ってほしいから。
これも相手のなかに楽しいきもちを引き出す糸口となるものを探せば大丈夫。
患者さんのなまえを覚えるのがたのしいんです。
若いころの経験が生きているのがわかります。
ノートに似顔絵と一人一人の特徴をメモして覚えていました。

整骨院の先生について、これまで考えたことがありませんでした。
外科のお医者さまとはどう違うのか、とかを。
じっと仕事ぶりを観察していまして、だんだんわかってきました。

外科の先生はからだのなかを診るのにレントゲンを必要とします。
かれら(私の勤めているところの先生は柔道整体師)は触診がすべて。
痛みのわいてくるところをつきとめ、ゆがみがあればととのえ、右と左のずれを直す。
柔道っていうのは、すごいものなんだな。とかんしんします。
患者さんがおっしゃることには、外科にいけば沢山お金がかかる、ここだと安い上にちゃんとからだを直してもらえる。それがとってもありがたい、と。

毎日、泣いて感動される人がいます。手をあわせる人もいる。
患者さんの話では先生はとてもじょうずみたいです。
感心するのは、捻挫などの治療でするテーピング。
まるで芸術的ともいえる細やかな愛情のこもったテーピングなんです。

(いちどカメラでさつえいしたいとおもうほど。)
脱臼したり寝違えたり捻挫したり筋をいためたりしたら、かささぎ整骨院へどうぞ。


2009年9月24日 (木)

クレヨンしんちゃん、サヨナラはいうまい。

クレヨンしんちゃんの作者がなくなりました。
とてもこどもがしんちゃんを大好きでしたので、作者のことはほとんど知らないにもかかわらず、お悔やみ申し上げます。

今朝、き坊の棲みかの大江希望ブログにいきました。
以前チラッとよんだアメリカでは今オバマ大統領への抗議デモがすごい規模でおきているっていう件をもう少し詳しく知りたいと思って。そしたら、おもいがけずここで臼井さん追悼文をよみ、しみじみとした気分になり記事をいただいて帰りました。以下、引用文です。

「クレヨンしんちゃん」の臼井儀人の遭難のニュースで、わたしが最初に注目したのは、つぎのフランスのブログを紹介する「サーチナ」で、フランスで人気だったというもの。ただしこの「サーチナ」は、遭難者がまだ臼井儀人であると確認される前の段階。

19日朝、群馬・長野県境の荒船山で男性の遺体が発見された。この遺体は、11日から行方不明となっている『クレヨンしんちゃん』の作者、臼井儀人さんの可能性もあり、警察で調査が進められている。フランスでも『クレヨンしんちゃん』はフランス語版で約20巻が出版されており、人気となっている。
漫画に関するフランスのウェブサイトTAITEI NO KENでもこのニュースが取り上げられ「遺体の身元は明らかでないが、臼井さんである可能性がある」と報じられた。この記事のコメント欄には「最初に読んだ漫画の一冊が『クレヨンしんちゃん』だった。もし臼井さんが亡くなっていたとしたら大変悲しい」といったコメントが寄せられており、フランスの漫画ファンの間でも臼井さんの知名度が高いことがうかがえる。
また、遺体の身元がまだ判明されていないことから、「孤独に亡くなり、誰にも発見されなかったかもしれないことを思うと胸が痛む。もし遺体が臼井さんでなかったとしても、悲しい出来事だ」とこの事件自体を悲しむ声も挙がっている。(サーチナ9/20)

類似の臼井遭難を惜しむファンの声は、いまは中国や韓国からの報道にもある。

わたしは「クレヨンしんちゃん」は好きで、単行本を20冊近く持っていたと思う。06年春の転居の際、放棄した。わたしはアニメを見る習慣はなく、「クレヨンしんちゃん」のアニメはほとんど見たことがない。面白そうなマンガを知ると、古本屋に出かけていって一気に10冊程度買ってきて、それを繰り返し読む、という“何周遅れかのランナー”のようなファンである。

臼井儀人と確定したとき、“しんちゃんが丸い目に涙一杯溜めて泣いてるだろう”と、倒錯したイメージが湧いた。合掌。 (大江希望・文)http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/kinkyo0909.htm#saisin

▼ かささぎの追悼文

しんちゃんのどこが好きかといえば、下品なところでした。
おしりを出してはもちあげて、フリフリってしたり、おちんちんを出してはぞうさんをやったり。まことに男の子らしいやんちゃなところがかわいくて楽しかった。
とうちゃん、かあちゃん(ミサエと呼び捨て)もいっしょけんめい生きてるかんじがすきだった。みさえさんの九州弁がたまにでてくるのも親近感もてた。
春日部に住んでたしんちゃん。
二年前夏に東京の昭和館でアナウンスが春日部小学校のみなさん、お集まりの時間ですって聞こえてきたとき、あっしんちゃんがきているかもしれない!とかささぎはすぐに思ったくらい身近なアニメヒーローでした。

しんちゃんをエッチなこどもに仕立てた臼井さん。
どんな素顔の人だったのでしょう。
かささぎはクレヨンしんちゃんを読むと、欲は聖なるもの、ほとばしるものである。
というような密教の思想を思い、はればれと解放されるのでした。

政権交代と医療(25) 乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

旧政権では診療報酬請求書(レセプト)のオンライン請求を完全義務化することを閣議決定していました。

ITの活用は、医療の効率化の手段のひとつです。

しかし、すべての医療機関が同調して新しいシステムに統一した場合と、新旧のシステムが混在している場合とでは、効率化の度合いが格段に異なります。

旧政権が完全義務化を目指したのは、医療の効率化と透明化、平準化を推進したいがためでした。

この目的達成のため、インターネット未導入の医療機関にも頑張っていただくべきではないか。

十分な予告期間を設けたし、インターネットの普及状況からしても、そう無理な目標設定ではないのではないか。

旧政権はそのように考えて完全義務化を決めたのかもしれませんが、その後、完全義務化を契機に診療所を閉じると宣言するところがたくさんでてきました。

医療機関といえども、ITにまったく無縁で医業を行っていたところもあります。

それが過疎地の診療所だったりします。

民主党政策集では、オンライン請求を「完全義務化」から「原則化」に改めています。

オンライン請求の導入は、今日、そう難易度の高い技術ではありません。

導入コストが診療収入に見合うかどうかのレベルの問題であれば、過疎地の診療所などへ何らかの公的助成をすればよいだけのことかもしれません。

過疎地だからといって、医療の透明化や平準化をしなくてもよいということはないはずで、むしろ過疎地なればこそ、平準化が必要ともいえます。

政権交代で完全義務化は遠のきましたが、医療の効率化、透明化、平準化は急がなくてはなりません。

民主党の医療政策のスローガンは、「崖っぷち日本の医療、必ず救う!」です。

『学長のひとりごと』2009 年 9 月 24 日 木曜日付

コメント

総選挙後政権発足前、民主党から厚生労働省へ「子ども手当」の実現要請がなされた際、法案作成のための必須項目を民主党へ問い合わせたのだそうですが、回答がないようです。

・ 恒久的な財源確保の方策をどうするか
・ 手当の目的を法案にどう明記するか
・ 全額国費で賄う根拠をどう整理するか
・ 支給額や対象、所得制限なしの根拠は

大臣着任後は「指示待ち」に徹する構えだそうです。
従来であれば、これらの論点は官僚みずからが知恵を絞っていましたが、今回はお手上げの模様。

こういう情報は、週刊誌やその筋の月刊誌をよく読んでいないとわからない情報でした。それも時間が経過して。

リアルタイムで知ることが出来て、匿名希望元官僚さんの近くからの情報でしょうから、まるっきりうわさではないと思います。

その程度の準備段階で発表している、先に決定ありきなんですね。
ダム工事中止も先に中止発表して現場に行くという段取りだから、すべてまず言っちゃえという方法みたいですね。

今日はダムの建造中止のことで前原さんていう団十郎似大臣のじつに軽いあたまさげをなんどもテレビでみました。
それと、はとやまさんの鬼のくびをとったかのようなアメリカでの25パーセント削減温暖化対策宣言も。経済界から表立って強い非難の声があがらなかったのはなんという抑制力だろうと思ってみていました。前もって頼みこんでいたのかな?
何十年もかかって動いてきたプロジェクトを、関係者へなんのことわりも説明もなく、一夜にして翻す。それは選挙で民主党へいれた国民が望んでいた事になるのでしょうか。地元のことは地元にしかわからない。複雑な利害関係があるだろうし。
眺めているしかない国民は、あんな無責任なことでは決して長続きはすまいとおもえてきて、そぞろ不安になります。しごとがなくなるひとびとのことをおもわずにおれない。交通誘導員の会社に三年近くいたから余計そうおもう。

ふと思う。
住民の多くに2万6千円ずつ配って投票を依頼したら、悪質な選挙違反。
投票してくれたら2万6千円あげるよ、と約束して選挙に臨んだら不問。
どう違うんだろう。
子ども手当は恒常的に毎年5.3兆円かかるそうな。
すべてを消費税で賄うとすれば2%アップが必要。
いくらなんでも、単一施策にかける経費としては大きすぎ。
そのほんの一部でもいいから保育所の充実にまわしてください。
ついこの間まで、保育所の充実を訴えるのに「戦闘機○機分の予算をまわしてくれるだけでいい」と攻撃していたところが、防衛費(4.8兆円)を上回る額をばらまく約束をして選挙に臨みました。
選挙に大勝して当然だと思う。

ここ数日、この手の話題へのコメントを控えておりました。あまりに言いたいことが多すぎて。でも、やっぱ、これだけは言わせて、書かせて。

大判ぶるまいの財源確保は無駄遣いをなくすことでほんなこつ生まれるとですか?

財源確保は、同時にいくつもの手段をとっていかねばならぬと思うとります。ムダな出費を抑えることももちろん重要ですが、同時にあらたな収益を確保することも考慮せねばなりませぬ。公共事業は減る。国内企業への排出ガス規制は重くなる。地球温暖化税まで課税する。これじゃ大手の企業でも、倒産に追い込まれるところが増えるのではないの?
経済を立て直すことは税収入が増えることでもあるわけで、やってることに整合性がまったくといっていいほど、見えない。

2009年9月23日 (水)

政権交代と医療(24) 乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

民主党政策集の中で、医療関係者の期待が最も寄せられているのは、診療報酬の引き上げに関するところです。

OECD 諸国(先進30か国)の中で、我が国は医療費の対GDP比は22位で、1人あたりの医療費も17位と下位に位置しています。

政策集では、長期的に、対GDP 比を8.1%の現状からOECD 平均の8.9%程度まで引き上げることを目指すとしています。

現状の1割増しということになります。

長期的に、という形容がありますので、来年度の診療報酬改定でいきなりアップする公約とはなりませんが、少なくともマイナス改定とはならないでしょう。

なお、政策集には、医療従事者の大幅な増員も謳われていますので、人件費を中心に、国全体の医業支出も大幅に増えることになります。

診療報酬改定による増分より支出の増分のほうが大きくなれば、医療の経営環境はより悪化することになります。

なお、診療報酬の増額が政策集上に明記されているのは「地域医療を守る医療機関の入院」についてのみであり、他の診療については期待感を感じさせる表現に留まっています。

4疾病5事業(4疾病はがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病。5事業は救急医療、災害時医療、へき地医療、周産期医療、小児医療)を中核的に扱っていない病院や診療所には、かえって厳しい時代になるかもしれません。

地域全体で医療の効率化を一層推進しなければなりませんが、公的な病院(国立・公立病院、日赤病院、厚生年金病院等)の政策的削減はしないとも明記してあります。

『学長のひとりごと』2009 年 9 月 23 日 水曜日

水神への接近 4 八女の中島氏

真夜中に起き出して、気になっていることを整理してみる。

このところ戴いた縁のなかにそれはあった。

八女戦国百首和歌『夏日侍(なつひまち)』関連でコメントをいただいた倉敷の中島道夫氏からのお便りに、こう書かれていたことが突然気にかかってくる。

>うちの父も旧姓は中島です。高塚というところに住んでいました。
>中島って姓は八女には多いのかもしれませんね。(姫野)

懐かしい高塚という地名を拝見しました。
 吉田の私どもや、黒木町の田本の中島は高塚と深い関係があります。

中島両家とも、1615年に大坂夏の陣で豊臣家が滅亡したとき、旧知の
田中家(筑後柳河藩主、田中吉政)三男が領していた筑後福島に
逃れています。
 大坂城馬廻り七手組(要するに豊臣家の親衛隊、旗本衆)の組頭の一人、
中島式部少輔氏種一門の関係者です。
一部は、大阪の枚方に逃れ、江戸時代は紀州徳川藩の本陣庄屋として
知られています。
 筑後福島に逃れた後、私どもは吉田に定住して、旧吉田氏が管理していた
地域で生活することになっています。内蔵助という官職名を名乗れたのは
氏種の子供の一人であったからです。片田舎の単なる庄屋が名乗れる名前
ではありません。内蔵助といえば、普通、大石内蔵助などを思い出すように
家老クラス(会社でいえば、部長?)の官職名で朝廷から戴くものです。
 高塚には、夏の陣で移ってきた中島一門は多いはずです。私が高塚の
地名との関係を深く知ったのは、田本の典三郎おじが京都大学在籍時の
演習課題で取り上げた家系調査記録論文からです。

姫野さんとは、ご縁がありそうですね。 
ついでに、氏種の前の代は、中島豊後守で、織田家家臣です。犬山城主
織田信清に仕えた後、信長に従っています。現在の、尾張一ノ宮、岐阜
羽島(葉栗郡と中島郡)の木曽川あたりは、尾張中島郡と云われた地域です。
木曽川の氾濫の歴史が当時もあり、田中家や中島の先祖も水とは
格闘していたと容易に想像できます。田中吉政は、愛知県の岡崎城主時、
現在にも残る水路構築と深く関わっています。(中島)

ここで八女を流れる星野川(矢部川支流)の治水にからむ人柱伝説のあるじとなった八女市吉田の庄屋・中島くらのすけ(内蔵助)について、詳しく書かれた資料を貼り付けようと思い、なにか資料はないか。とネットで検索してみましたところ、自分のブログがヒットします。あれ?書いた記憶はないけど・・・。
なんのことはない、竹橋乙四郎が以前調べて書いてくれていたではありませんか。
灯台下暗しとはこのこと。これをよめば、筑後の人柱伝説だけでなく、全国のおなじころの似たような伝説がわかりますので、どうぞみなさま御一読ねがいます。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-e5c8.html

さて、気になっていることをまとめます。
以下の情報は戦国百首和歌の所有者である中島道夫氏(治水のため人柱にたたれた中島内蔵助本家14代当主)からのお便りから、引用して御紹介するものです。

メールでお答えできる部分は、少し書いておきます。

1)なぜ、私の家に百首和歌があるのか?
ご存知のように、この歌会は、戦国時代の筑後の武将が戦いの前に
行ったものと言われています。今伊勢は吉田大神宮として伝わっている
場所にあり、その神宮へ戦勝祈願のために奉納したことになっています。
 天文(後奈良天皇)時代は、各地で戦乱があり、当地でもいくつかの
勢力が互いに群雄割拠していたと思われます。
 吉田を領していた吉田氏(鎌倉地頭の系譜)は、大分を本拠とする
大友家と関係する系統でした。奉納後の詳しい経緯は分かりませんが、
ともかく、和歌は吉田氏の管理下にあったと思われます。
 我が家には、中島の家紋(長剣梅鉢)とともに、大友由来で良く用いられ
ている杏葉(ぎょうよう)紋も家紋(花抱杏葉)として残っています。
杏葉紋でよく知られているのは、京都知恩院の月影杏葉や、肥前鍋島、
柳川立花などです。
 ともかく、以前お話しました大坂夏の陣後、1615年に先祖が吉田に
住み着いた時に、受け継いだものと考えられます。東大の資料編纂所が
所有する筑後関連の資料では、吉田中島の家系についての記載中に、
「吉田氏から故あって中島氏に改名する」と書いてあります。
 我が家は4代続けて養子の家系です。幼児のころから伝え聴く機会が
親の代も余りなかったので、伝承で伝わる事項に不備があるのは仕方
ありません。
 父は、中島本家関連の伝承事項を、新宅の一之おじ(初代の八女市長)
や、その弟第三おじ(海軍少将)から聞いていました。
私も幼心に両おじから、分からないなりの受け留め方ですが何かと教えて
もらっています(私が長峰小学校の低学年の時亡くなりましたが)。

2)百歌存在の確認時期
 実は、我が家に巻物が存在したことは戦前は分かっていました。
戦後、一度父が吉田に戻った後(私共が小学校を過ごしたころ)、おじ達が
家の由来に関する資料を調査していたところ、なかなか見出せませんでした。
久留米の図書館に貸し出していた書類などは、1953年の筑後川大水害で
消失したので、一緒にだめになったのか?などと残念に思っていたようです。
 私がひとり立ちして1980年以降、両親は再度吉田に戻りました。その時、
資料の整理を本格的に行い、改めて百歌の存在が確認できました。
父は、やっと見つけられたと非常に喜んでいました。亡くなったおじ達に
見せてやりたかったと申していました。
 市の文化財にとの話には、当時八女市の文化財委員をされていた、杉町で
絵の教室をされている杉山洋先生(坂本繁二郎の弟子)が関係されています。
解読を松崎英一先生に依頼し、関連書類を作成してもらったようです。
100首というのに、99首しかないことや、文字の一部が解読困難なところも
あったようですが、ともかく和歌の存在と文言は明らかになりました。
 発見当時、巻物は無残な状況で、広げられない状態だったようです。
義理の父の趣味が高じて、表具の技術を身に付けていたことも幸いして、
百首和歌は上手に修復でき、全体を広げて見ることが可能になりました。
なお、資料登録時にカラーコピーがなされていますので、かささぎの旗では
その写しを利用されているものと推察します。(中島道夫)

▼かささぎのひとりごと

縁というのは奥深い。
中島道夫氏に教えていただいて知ったのですが、山本健吉も中島一族につながり、最近私の父のがんをみつけてもらった胃腸科の先生も中島一族らしく、そしていまネット検索で矢部川関連を調べていて出会ったサイト「筑後川水系ネット」ということばに思い出した筑後川水系事務所、ああそういえば、若いころここで半年近くバイトをしたっけな。父の実家である高塚の中島家の二女が嫁した人が今そこで所長を勤めていることも、もはや無関係だとは思えなくなってきたかささぎです。(ちなみに矢部川に関する史料は筑後川ほどは残っていないらしいのは、単に書き残す余裕がなかったんだろうか、文字を持っている階層が少なかったんだろうか。文化というのは、書き残されたかどうかによるところが大きいとつくづく思う)。

そういう縁を今しみじみおもうとき、かささぎの旗がこういうことをなんとなくやり始めたことも又、理由のあることなんだろうかと思わずにいられません。

この中島氏の返信のなかに、そして乙四郎のしらべたことのなかに、かささぎが百首和歌へ一歩でも近づきたいと今年せっせと打ち込んだ、鶴崎裕雄先生の『連歌師ー政治的な、あまりにも政治的な人たち』で取り上げてあった連歌師たちと武士の付き合いを想像します。織田一族。伊勢にも中島。人柱。

すこしずつ、すこしずつ。みえてくるもの。

2009年9月22日 (火)

山下家のバーベキュー

山下家のバーベキュー

昨夕、せいこさんちでのバーベキュー。

右が御主人、ヘヤードライヤーで火熾し中です。
かまどもベンチも御主人手ずから造られたもの。
ひだりは古賀の音彦さん。
母校の高校のミニ同窓会みたいな集まりでした。
おいしい佐賀牛を調達してくださったみやま市の獣医いけまつさん。
犬とねこにつく蚤の違いとか猫の去勢術とかあそうそう「あて馬」についてのレクチャーが真に迫っていてがばおもしろかった。高校時代まったく話したこともない人。
あと丸山消挙。せいことは幼稚園から墓場までの幼友達で互いにちゃんづけ。
奥さん孝行で平戸旅行の帰りとかで、高速がまるで動かなかったとぐったりして、さいしょは借りてきた猫のように死んでいましたが、だんだんとやっぱり酒飲みでした。
お湯割り焼酎をぐびぐびのんでいた。かわいい奥さんが迎えにくるころは、溶けたアイスのようにでんでれ状態になっていた。
らんちゃんものんでいた。ぐんぐんどんどんのんでいた、平常顔で。笑

一学年上の東京在住れいさんが八女弁にもどってにこにこと楽しそうにしておられたのが印象的でした。あかるい人です。
医者の奥さんのブン、あうたびいいおんなになっている。
息子さんが結婚したとかでとってもきれいな写真をみせてもらいました。
あと、高校のときからまったく変わらない山ちゃん(旧姓山科)、家はかささぎのところから近いのですよね。星野村出身。
ぼんは一人みんなより一時間半も早く帰りました。しっかり鮎三匹もって。

楽しかったです。おいしかったです。
せいこさんあーんどあきとっしゃん、それから山下家のおばあちゃんおじいちゃん。
お世話になりました。奈良漬がおいしかった、それと糯とうきびと冷凍干柿。



東妙寺家の猫 2

東妙寺家の猫 2

らんちゃんを迎えにいき、出迎えてくれた白猫を一枚。

こいつは、古代エジプトのブロンズ像の猫を思い出させます。

しらべたら、あれ、バステトっていうんだって。(なんと神像でした。)

http://www.nekolove.com/jitenn/06basuteto/basuteto.html

政権交代と医療(23)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

「子ども手当」に所得制限を設けるか否かが議論になっています。

子ども手当は医療の話題ではありませんが、個人給付施策(扶助費など)に所得制限を設けないという発想は社会保障哲学の大変更を意味しますので自立支援医療など公費負担医療制度の将来に影響する可能性があります。

定額給付金の導入の際も所得制限が議論になりましたが、社会保障施策ではなく単発的な景気浮揚策だと整理されました。

恒久的に実施される子ども手当は社会保障施策に位置づけられるものでしょう。

社会保障施策は、所得再分配を基本として構築されるものです。

あまりにも教科書的な、基本中の基本なので、子ども手当に所得制限を設けないという政権公約に社会保障関係者は混乱したと思います。

これまでの社会保障施策の基本が根底から覆されるとなると、新政権による社会保障施策の将来が予測しにくくなります。

給付額が比較的小さくて事務経費割合が大きくなる場合、国家補償的性格が大きい場合、対象者数が限定的で社会防衛や研究推進などの社会保障以外の目的が大きい場合など、例外的に所得制限なしで実施されている社会保障施策もありますが、子ども手当構想のように金額が大きく対象者数も多い施策に所得制限が設けられないというのは驚きです。

議論が大きくなっているのは、連立した社民党と国民新党が所得制限の設定を主張しているためです。

財政刷新会議には進行中の事業の見直しだけではなく、予定事業についても税金の有効利用を考えてほしく思います。

「学長のひとりごと」2009 年 9 月 22 日 火曜日付

コメント

(舞台裏)
憲法(第41条)に「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」とあり、国会答弁はそこらの茶飲み話とは違って、発言の重みが違います。
多くの大臣が、国会で官僚が作った答弁を棒読みしているのは、そのせい。
国民の多くは、国会は論戦の場なのだから、原稿なしで丁々発止、大臣の言葉で答弁すべきだ、と思っていますが、それは国政運営上、とても危なっかしいことです。
国会はショーではないので、質問も答弁も出たとこ勝負、みたいな見世物興行であってはならないのです。
大臣が発言したことは、たとえ間違いだとしても責任者の公式発言とみなされます。
一言一句に責任ある発言をするためには周到な準備作業が必要です。
質問する議員は、質問事項を前日までに通告することになっています。
たいてい、前日の夜に質問が出揃いますので、担当部局に割り振って、答弁作りを行います。
深夜、答弁案が出来上がったら、既存の法体系と抵触しないか精査し、他省庁に影響が及びそうな場合は、省庁間協議を行い、答弁案を修正します。
法体系への影響がある場合は、内閣法制局の了解を得ることが必要です。
予算に影響が及ぶ答弁の場合は、財務省の了解が必要です。
こうして、ひとつの大臣答弁を作るのに、深夜の霞ヶ関では数十~数百人の官僚が走り回っています。
こうやって作られた官僚作成の答弁書を無視して、当日、アドリブで自分の考えを披露してしまう大臣がいます。
答弁の直後、他省庁や内閣法制局や財務省から呼び付けられ、官僚たちは平謝りです。
ええかっこしいの大臣の任期中は行政施策に矛盾が重なってゆきます。
新政権は脱官僚依存ということですので、責任ある答弁を大臣自身が行わなければなりません。
国会中継が見ものです。
あ、ショーではなかった。

責任があるから答弁のいちごいちごがおもいのほか重いってわけですね。
たしかにみものです。
ほんとになんだかとってもおもしろくなってきた。
政治家のかおつきが以前とまるでちがってきたのがわかります。
おかげでみどころがよくわかります。ありがとう。

国会での発言とはそういうものなんですね。よくわかりました。
議員さんの発言にいよいよ興味がわきます。

マスコミでよく聞かれる言葉に「もっと議論を、もっと慎重に議論をしてから・・・」などというのがあります。
この議論をというのは、国会であーでもない、こうでもないと出たとこ勝負もありで国民の前で議論することかと思っていました。
じゃ、どこで議論を時間をかけてすればいいのでしょう。
事前に官僚の人達が組み上げる答弁のなかには世論ということも織り込みずみでなければなりませんよね。

2009年9月21日 (月)

政権交代と医療(22)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

民主党の政権政策は、医療に関しては多大な予算を要することばかりです。

それらが実現できるかどうかは、その予算が配分されるか否かにかかっています。

新大臣は厚生労働官僚へ矢継ぎ早に政権政策の実現を指示していますが、実現のためには予算を獲得できることが大前提です。

事務次官(官僚)同士の調整の機会が奪われるのであれば、必要な予算を確保してくるのは大臣の仕事です。

これまでのように、財務官僚と折衝を重ねて大きな予算を獲得してくることを官僚へ指示することはできません。

日本の行政機構では、財布の紐をしっかりと握っているのは財務省です。

国家戦略室(局)と行政刷新会議は政権公約の実現のために新設された組織ですが、政権公約のうち、主として支出を伴う施策を主導するのが前者、主として無駄の排除による財源捻出を主導するのが後者であり、いずれの組織も、財源と施策のバランスを調整する「財政」を担う組織ではありません。

現時点では水面下での綱引きが行われているようですが、予算編成の権限は相変わらず財務大臣に集中するものと思われます。

長妻厚生労働大臣は、官僚の助けなしに、藤井財務大臣と折衝して、政策実現に必要な予算を獲得しなければなりません。

他の大臣も同様の事情にありますので、閣内は限られた財源の争奪戦となります。

政治家歴が短い長妻大臣が争奪戦に勝てるかどうかはわかりません。

藤井大臣は、強硬な財政再建論者として知られています。

財源が安易に配分されるとは思えず、医療の無駄の徹底的な排除による自主財源捻出を迫られるものと予想されます。

閣内には医療費拡大論者である仙谷大臣がおられるので助けを得たいところですが、仙谷大臣は無駄の排除を担当する行政刷新大臣に任命されていますので、立場上、医療だけに甘い顔をするわけにはいきません。

国家戦略局の応援を期待したいところですが、国家戦略担当の菅大臣の厚生大臣時代は低医療費政策が基調でした。

「学長のひとりごと」2009 年 9 月 21 日 月曜日 記事

「政権交代と医療」 これまでの全文をまとめてよむ:
http://www.healthcare-m.ac.jp/app/gm/archives/category/health-m

2009年9月20日 (日)

政権交代と医療(21)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

民主党政策集では、医療機関の中でも国立の病院について、特別の措置を実施するとしています。

国立がんセンターはじめ国立高度専門医療センター(6施設)は平成22年度から独立行政法人となります。

しかし、これまでの投資が重い債務となっており、債務を背負ったままでは施設運用がままならなくなります。

政策集では、長期債務を切り離す、と言及しています。

国立大学病院についても、同様に債務を切り離し、また、国立大学病院運営費交付金を引き上げて十分な額を確保するとのことです。

債務返済が困難な理由のひとつには国立(いわゆる親方日の丸)施設ゆえの運営の非効率性もあったわけで、非効率性をそのままに債務だけを切り離すのは虫のいい話です。

債務を切り離せば、その債務はそのまま国民の負担に切り替わるわけですので、国公労連の皆さんには奮起していただかなければなりません。

「学長のひとりごと」9月20日付記事

2009年9月19日 (土)

政権交代と医療(20)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

民主党政策集には救急業務体制の整備について次のような言及があります。

○救急業務を市町村から原則的に都道府県に移管

○救急本部に救急医療の専門的知識・経験がある医師を24時間体制で配置

○救急本部は、通報内容から患者の緊急度・重症度を判断

軽症の場合は医療機関の紹介等

重症の場合は救急車や消防防災ヘリ、ドクターカー・ドクターヘリ等、最適な搬送手段により医療機関に搬送

○ドクターカーをすべての救命救急センターに配置

○消防防災ヘリをドクターヘリとしても活用できるよう高規格化し、救急本部ごとにドクターヘリ配備

○救急救命士の職能拡大

救急救命士も簡易な血糖値の測定ができるよう体制の整備

これまで消防と救急は(広域)市町村単位で一体的に行われてきましたが、これを分離するというものです。

確かに市町村単位で24時間体制で医師を配置することは困難なので、都道府県単位で体制整備をするという着想になるのでしょうが、救急医療の専門医は人材難ですので、貴重な人材を救命救急センターから引き抜くような制度設計は好ましくありません。

市町村単位で培われてきた救急車の運用ノウハウには誇るべきものがあり、時間との闘いが決め手の業務ゆえ、小地域ごとに臨機に運用されている利点には捨てがたいものがあります。

業務主管が分離したからといって、119番で浸透している電話番号を変えるとなれば、大混乱です。

政権政策集に明記してある事項ですのでこの方向で制度改革がなされるのでしょうが、生命にかかわる改革については、慎重に慎重を重ねて取り組んでいただきたく思います。

保健医療経営大学ホームページ:http://www.healthcare-m.ac.jp/

「学長のひとりごと」9月20日付記事

コメント

官僚と対決すれば人気者になれる、ということを証明したのは第74代厚生大臣。
薬害エイズ関連ファイル暴露の功績。
新政権は、何かとこのスタイルを踏襲しようとしているように思える。
社長が社員をボロくそにけなして拍手喝采。
責任は社員にあっても、組織責任は社長が負うのが世間の常識なので、褒められて得意がるようでは社長としての自覚に乏しい。
社員攻撃以外に、在任中に社長として行った業績を褒めてあげたいが、他の大臣と比較して、これといったものはない。
あった。
基礎年金番号制度の導入は、この大臣の業績。
新制度導入時には政策効果が出ているか否かを丁寧にフォローするべきだが、なぜか年金記録が消えていることにすら気付かなかった。
官僚の責任だが、大臣責任は免れない。
官僚が悪い、と主張するが、自分の責任だったという自覚がいまだにない。
もうひとつあった。
国保、介護保険の保険料の年金からの天引き。
後期高齢者医療制度の保険料の年金天引きを批判して天下を取った政党の人です。
失策がひとつ。
O-157対応でカイワレ風評被害。
カイワレ業者らによる損害賠償請求訴訟に敗訴したが、「裁判官の判断は疑問」と反論した。
情報が不確かな時に、鬼の首を取ったように「カイワレが犯人だ!」と得意げに発表するような勇み足では負けるでしょう。

最近のこの人たちの暴走に腹立ちモードです。
目覚めよ!日本国民!

2009年9月18日 (金)

竹と椿  night green

竹と椿

整骨院で毎日二時から七時まで働いています。
写真は駐車場にある竹林と椿の大木。
夜のみどり。

ナイトグリーンっていう色を知っていますか。
わたしは娘が置いていった三菱ウオーターカラーの色鉛筆によって知りえました。
とても微妙な色。あおとみどりとくろとのあわい。http://wiki.livedoor.jp/yamashita_so/d/%BF%A7%B1%F4%C9%AE#content_2_2

色鉛筆以外で、ナイトグリーンに言及している文章をさがしました。

ありました。さすがの大島弓子先生です。
「night green」という詩歌集があるようです。
読んでみたいなあ。

大島弓子の「グーグーだって猫である」は見ました。

プラタナス夜も緑なる夏は来ぬ  石田波郷

脳性疾患の後遺症リハビリでマッサージにみえている方のなみだをみました。
先生のことばと施療がうれしかったんだそうです。ありがたかったんだそうです。
かささぎよりひとつわかいおんなのひとでした。

政権交代と医療(19)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

長妻昭厚生労働大臣は初閣議後の記者会見で、後期高齢者医療制度を廃止すると明言しました。

民主党マニフェストでも明言してあり、連立三党の合意事項でもあるので当然でしょう。

記者会見では次のような発言でした。

大臣任命から記者会見までの間、官僚は大臣から遠ざけられていましたので、記者会見での発言には官僚サイドの意見は反映されていません。

○年齢で区分して一つの保険制度に入れるのは無理がある

○その時期、手法については現状把握をした上で詳細に制度設計をつくり上げていきたい

混乱を避けるために、現状把握をした上で、時期、手法を考えるというのは当然のことです。

医療現場にとって最も迷惑なのは、制度改革が招く混乱です。

後期高齢者医療制度の発足時も、制度の善し悪しの問題より、現場の混乱がクローズアップされての大ブーイングでした。

ただ、大臣発言が、これから制度設計するというようにも聞こえたので耳を疑いました。

制度設計も未然なままマニフェストに載せるのは、国民の生命に直結する事項であるだけに無責任です。

設計していた制度案にこれから若干の修正を加える、という意であるべきでしょう。

その制度案は、既に、世の中に示されています。

昨年2月に衆議院へ提出された「後期高齢者医療制度を廃止する等医療に係る高齢者の負担の増加を回避する等のための健康保険法等の一部を改正する法律の一部を改正する法律案」(後期高齢者医療制度廃止法案)です。

民主、共産、社民、国民新の4党による共同提案でしたので、連立協議も不要です。

基本的には、この制度案が、そのまま実施されると考えるのが順当でしょう。

この法案は廃案となっていますので現時点では幻ですが、ネット上で拾うことができます。

高齢者医療の未来図を新政権がどのように描いているかを知る手がかりになります。

法案の骨子は、制度を廃止してそれ以前の法体系に戻した上で、窓口自己負担額の軽減措置を追加するものでした。

「学長のひとりごと」9月18日付記事

追記)

新大臣の昨日の記者会見での後期高齢者医療制度廃止についてのコメントです。

「廃止して元に戻し、別の制度にすると混乱が起こる可能性がある」

「めどは早急に付けたいが、まずは現状把握とそれらの検討の結果を見ていきたい」

制度設計が未然であったことが判明しました。

8年ごしの議論の末にできた制度の見直しにこれから着手するというのでは、検討にかなりの時間を要すると思います。

いずれにせよ、拙速は避けてほしいと願っています。

コメント

新厚生労働大臣が、生活保護世帯の母子加算を10月中にも復活させると表明したそうです。
国土交通大臣も早々に二つのダムの中止を表明。
いくらマニフェストで宣言しているとはいえ、少しは関係者の意見を聞いてから判断してほしい。
政権公約は政権公約。民主主義のルールの免罪符ではないはずですが、これからすべてがこの調子でこの国が運営されてゆくのでしょうか。
政治主導=独裁制?

ほんなこつ。
試案と思案の、
その時間くらいとってほしい。
勢いでこの国を運営してもらっては困ります。

早速、母子加算、母子加算と言う言葉が出てきています。
でも一般人で母子加算とはどういうことか知ってる人は少ないのでは?
ここで、乙四郎さんて言う人から伺っていたので良くわかります。
中止が良いこととはどうしても思えません。
こういう風に具体的に凝視して政治を見ることはなかったので面白いです。

ただ官僚にくしの幼稚な一点からの対立劇であるなら、迷惑するのは国民です。
年金問題で攻撃だけをしてきた人がなんでかしらんが、コウロウ省の大臣ポストをゲットして、インスタントの勉強したくらいで、奇跡的なすばらしい制度がにわかに生まれるはずがない。それはどんなかささぎあたまで考えたってすぐわかることです。
おそろしいことがおきようとしているんだな。とあらためてかんじました。
名づけて、砂糖菓子独裁政治。

2009年9月17日 (木)

圭衛子師の大阪弁「いちびる」

前田圭衛子師から電話がありました。
俳号のことについてです。

「恭子さん、なんでこの調さんは“しらべ歌丸”なんていちびった名前にしはったん?」

「いちびる?うーん・・たしかにふざけた名前ですよね。半分お遊びが入っていますよね。でももしかしたら、いや、たぶん、自分の血の中には伝説の通り後鳥羽院と待宵の小侍従がいると思えば、歌を意識せざるを得ないし、それと星野調一族ってことで、星野に来たかもしれない柿本人麻呂も意識して人丸のむこうをはって歌丸にしたのかもしれません。」

「そうでっかー。あたしら歌丸いうたら、あの落語家のあたまつるんの歌丸しか思い浮かばんわ~。なんかもったいないわね。ぜんぜん歌丸ってかんじじゃない人なのにねえ。」

「そうですねえ。もう一度たしかめてみましょうか。」

「最初に俳号はよく考えてつけないとあとでたびたびは変えるものじゃないからね。ふつうは姓だけは自分の姓を残しておいて、名前だけを変える場合が俳人は多いです。ところで、この連衆のなかの乙四郎さんはどうして竹橋ですか?」

「ああそれは。うーん。もともと高校の先生だった高橋甲四郎先生の名前の向こうをはって乙四郎と名乗ったらしいですよ。で、竹橋はじぶんの本名に橋があるからなんじゃないですか」

「ははあ高橋をいちびったわけですか」

「先生さっきから、そのいちびるっていうのは何ですか」

「あら、知らんの。大阪と京都ではよおく使いますがな。いちびる。ひとりでうれしがるみたいな、おちょくるみたいな、そんなんですわ。これ、深いんですよ、語源。光田和伸先生がれぎおんに芭蕉の冬の日歌仙を連載されていたとき、書いてはったんですわ。ほら、昔は市で振り売りをして歩いたでしょう。天秤棒をもって。それから来たことばですねん。市で振る、いちふる、いちぶる、いちびる。ってなまってきたことばだということでっしゃ。

「へーえ。すごいもんですねえ。さっすが上方文化!でも、先生がいくら私たちを歯に衣着せず叱られても、あんまり応えないのはそのことばのおかしみのせいですよね。あとで考えたらかなりきついことをいっぱいいわれているのに、ちいとも腹がたたないっちゃん。これはみんなそう思っているんじゃないかなあ。

「そうですか。ちょっと言い過ぎたかなと反省してるとこですがな。でもあの山での二日間、まわりはみな特徴的な九州弁の嵐のなか、ほんまにおもろいなあ!と思うて過ごさせてもらいましたわ。」

「ありがとうございました。こんな山の中まできていただいて、手をとって教えていただいて」

政権交代と医療(18) 乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

医療を支える人たちは、事務系職員を除き、ほとんどが国家資格の持ち主です。

資格に許された業務範囲を超えて医療行為を行うことはできません。

民主党政策集では、この職能について、次のような大胆な政策が掲げられています。

○薬剤師、理学療法士、臨床検査技師などコメディカルスタッフの職能拡大と増員を図り、医療提供体制を充実させ、医療事故防止、患者とのコミュニケーション向上を図ります。

○専門的な臨床教育等を受けた看護師等の業務範囲を拡大し、医療行為の一部を分担します。

○医師の事務を分担する医療事務員(医療クラーク)の導入を支援します。

一番目のコメディカルスタッフも二番目の看護師も、医師の指示に基づいて医師の診療を補佐する職種です。

これらの職種と患者とのコミュニケーションが円滑になるのはいいことですが、日本の医療の基本軸は主治医-患者関係にあります。

患者は全生命を主治医に預けます。

看護師やコメディカルスタッフには預けません。

医療行為は、助産など一部の例外を除き、医師を頂点とした指揮命令系統となっており、責任の所在も医師に集約されています。

政策集記載の趣旨が、職能を拡大して医療行為の一部を医師以外の職種の判断で行うことができるようにするということであれば、法体系を変える必要があります。

看護師やコメディカルスタッフにも判断責任が課せられることになります。

養成カリキュラムも、技術の習得にとどまらず、判断能力育成を充実させなければなりません。

米国では、専門的な臨床教育修得を認定された看護師が医療行為の一部を主体的に行っていますが、訴訟社会にあって、彼らは医師と同様の責任を負って業務をこなしています。

職能拡大には、患者に対する責任をしっかりと受け止める覚悟が必要です。

三番目の医療クラークについては、既に旧政権で着手されています。

これから普及拡大する職種ということになります。

国家資格のない事務系職員に期待が寄せられるのは、本学としては嬉しい限りです。

「学長のひとりごと」9月17日付記事

保健医療経営大学ホームページ:http://www.healthcare-m.ac.jp/

2009年9月16日 (水)

山ノ井用水路ー水神への接近3

山ノ井用水路

家の裏を流れる山の井用水路、こども時代はもっと広い川でした。

八女市の山の井用水路は広く農の水をまかない星野川の治水も兼ね、水神のこころをなだめ鎮めてくれるものでした。

そのおおもとには、江戸時代の中島くらのすけという名前の吉田(岩戸山古墳がある地)の庄屋さんがいます。人柱にたたれた方です。有名な伝説の人であり、今なお、地元の人たちから尊崇の念を抱かれて祀られている郷土の偉人です。下にご当地ブログからの一節を引用させていただきます。

▼吉田の庄屋「中島内藏助翁」

 山の井堰の構築に尊い人柱として殉ぜられた、吉田の庄屋「中島内藏助翁」の感謝祭が、村の田んぼが一望に見える墓前で毎年開催されております。三百四十五年前、星野川に河口を開き、八女・筑後・三潴の三千余町歩に亘る水田を潤し、筑後川にそそぐ山の井堰の構築干拓事業。現在でも、水利委員会で田植えの日取りを決定し、その日程を山の井用水関係の町内にお知らせしておりますが、関係町内の協力により、「下流の吉田に田植えの水がかかるのが最優先される慣例が続いてきた」ということからも、翁の功績の偉大さが想像されます。
 賛同者で顕彰会を結成して、墓と隣接する土俵周りの手入れ清掃を定期的に行い、毎年十月十七日には、遺族及び多くの来賓と地元関係者が参集して、翁の遺徳を偲び、墓前祭を執り行っているところです。今年は長峰小学校四年生による紙芝居「左結びの緒の草履」と、子ども育成会主催、長峰小学校男子全生徒による「顕彰相撲大会」が開催されました。農業を取り巻く環境は変わっておりますが、河川の汚染、農地の荒廃など、先代から伝えられてきた「内藏助翁の精神」が風化しているようで、この大切な郷土の遺産は、いかに時世代が変わろうとも、孫子の代まで受け継いでいかなければならないと、あらためて思っております。そのことが、郷土の自然環境と、私たちの命を守ることにも繋がるからです。

引用は、

「わがまち自慢」http://www.wing8.com/dcity-yame/kurashinojiyoho/200401/con02.html

ところで。

かささぎは、この顕彰会のことを、八女戦国百首和歌のところで最近ご連絡くださった、中島くらのすけ直系の子孫のかたのお便りでつい先日知ることができました。
なんと百首和歌はこのくらのすけ翁の直系子孫である中島道夫というおかたが所蔵しておられました。
吉田山の古墳の丘の上にある伊勢宮(大神宮)の神官が所蔵しているとばかり思っていたのですが、そうではなくて、ずうっとこの中島本家が護持してきたものだということです。

そこで、かささぎ的ひとりよがりの感慨にふけりますと、

人柱は庄屋さんの自分の意思ではなく、周囲のなんとなくのそそのかしに人柱に祭り上げられたのである、なんていう無礼な想像をやって申し訳なかった。こんなことを思うから寺田がいちばん遅く水がかかるのかもしれない。長嶺小学校にはその昔、父の姉(若くして結核死)が先生として奉職していたそうです。わが家からは上妻小学校とほぼ同じ距離に長嶺小学校があることも最近知ったことです。校区がちがうと全く関心がむかないものですね。

水神への接近。

神津呂伊利さんが書かれていた久留米の五庄屋さんの伝説もおなじ時代のことでしょうか。

久留米の五庄屋さんの伝説:http://www5b.biglobe.ne.jp/~ms-koga/069goshouya.html

筑後川のほうは寛文年間、1660年ごろとありますね。
星野川の山の井用水のほうは、・・あれ。ほとんど同じ時代のようですよ。
うーん。なんでだろう。

政権交代と医療(17)   乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

橋爪 章

前に厚生労働大臣候補者のひとりとして発言を引用した民主党の仙谷由人衆院議員の入閣が内定したようです。

ネット上で拾える氏のその後の対外的なコメントをチェックしてみました。

組閣後は公人(大臣)としてのコメントとなりますので、総選挙後着任までのわずかな期間は、政権政党の立場もふまえた氏の本音を覗う数少ない機会です。

「急性期(病床)を減らすのは、人員を増やしてベッドを減らすという方法は有り得ると思う。そうなら次に行く慢性期のベッド数を保障して、どういう診療報酬を付けるかというのを一体化して考えないと」(ロハスメディア)

「子宮頸がんのように、エビデンスに基づいた予防措置がある。あるいは、検査を適宜繰り返すことによって、早期発見で治癒する方法があるのであれば、これは国家が本腰を入れるということが、労働力の再生産から言っても、医療費を適正化することにおいても甚だ合理的だ」(医療介護CBニュース)

「厚労省が言う話と我々が現場で聞く話が、あまりにも違い過ぎる。もうちょっと現場に怖がらずに話をさせることをやればいい。2か月ぐらい、現場の皆さんから言いたいことを今度の厚生労働大臣のところに手紙もしくはメールで出していただく。例えば、『これは保健局や医政局、健康局の医系技官が見ませんので出して下さい』と」(ロハスメディア)

最初のほうのコメントは厚生労働省内での医系技官たちの主張とさほど相違ないコメントですが、最後のコメントには医系技官不信が漲っています。

「保健局や医政局、健康局の医系技官」というのは、かつての私のポジションです。

医療現場の声を幅広に集め、省内に届けるのは医系技官の重要な役割のひとつなのですが、現場に怖がられているという意識はありませんでした。

事実なのか事実誤認なのか。

前者であれば、良い大臣を迎え、医療改革に期待が高まります。

後者であれば、省内の医系技官の発言力が弱まることにより、医療現場の幅広い声が省内に届きにくくなります。

「学長のひとりごと」9月16日付記事

参照:

エビデンス evidence (医学用語)検査に基づく確かな証拠。

追記)

入閣する仙谷由人氏は行政刷新相だそうです。

行政刷新相というのは、ムダ遣いに目を光らせる大臣です。

厚生労働大臣は年金問題に明るい長妻昭氏。

年金問題は社会保障の最重要課題なので、新内閣には年金担当相が特別に設けられて長妻氏が充てられるであろうという予想もあったのですが、年金担当相は設けられず、長妻氏は厚生労働大臣の立場で年金問題に取り組まれることになりました。

長妻氏は厚生労働委員会で、高齢救急患者の受け入れ拒否、介護療養病床廃止後の受け入れ先など医療問題の追及もなされています。

後期高齢者医療制度については、廃止して、あるべき高齢者医療について再検討することを要請しています。

その他、医療費の削減をやめるべきなど民主党マニフェストを踏襲した主張をされておられますが、その前提として、過剰診療の廃絶、薬価の適正化、医療機器価格の内外格差の是正など、医療のムダを削るべきだという考えを表明されています。

医療のムダを削る、というのはこれまでの医療費削減策のメインの考え方でした。

医療費削減をやめる前提が、医療費削減策の推進ということになりますが、「医療のムダ」の概念の捉え方の問題でしょう。

旧政権では、社会的入院を減らすのに躍起でした。

社会的入院に限りある医療資源を投入するのは「医療のムダ」だという捉え方だったのだと思います。

コメント

いよいよ、鳩山内閣が発足しました。
自民党結成以来の大事件ともいうべき政権交代であります。変えてくれるのか。閉塞感あふれる日本を。期待しましょう。

ところで。
さっきからずっと政権交代ニュースが流れていて、気になってしかたがないフレーズがあります。それは国民目線での政治を、ということばです。確かに、国民目線が大切ではあります。大切ではありますが、国民目線だけで国政をおこなえば、経済は伸び悩むことは必至。国民にやさしい政治はお金がかかることも忘れてはなりません。支払いが多くなると思われる国の財布。収入をどうやって増やすのか、国民目線での、末端国民にもわかりやすい説明を期待します。

今、官房長官が記者会見で、「今後、官僚の記者会見は禁ずる。記者会見は大臣がやる。」みたいなことを言って、記者クラブからの質問が集中していました。
ますます官僚が国民から見えにくくなりますが。

とってもとっても心配だね。
うちの80近い親でさえ、それから勤め先の先生(40くらいの方ですが)も、口をそろえていうことには、こどもの教育にあんなにお金をばらまいて、ただでさえお金がないときに、どこからお金をもってくるんだろう。いまの親に現金をあたえてはいけない。きっと遊びに使うのがおちだ。うんぬん。

上記の懸念、前田師もおんなじ心配をなさっていました。期せずして、みんなおんなじことおもってる。

「あん人に喋ったら、なんでんかんでんばらされるとよ」
「じゃ、大事な話んときは、あん人はかてんごつせにゃいかんね」
「そげなわけにはいかんめが」
「ばってん、ばらされてもよかこつしか言われんたい」
「あーさかつきあいになるたいね」

過去の「密約」は徹底的に調査して公開するらしい。
この人たちに外交を任せます。

今朝テレビの前で思わずつぶやいてしまったこと。

それをいまさら突っついて公開することに使命感をもって何になるとやろか?
結果的に無事60年平和であったんだからそれでいいじゃない。
何でもかんでも清廉潔白は良くない、大人の対応ってもんも必要ですよ。

さくらさん、そうですよね。それがあったからこそ、ここまで平和で、至らぬ心配もせず大過なくすごせた。
ありがたいことでした。

2009年9月15日 (火)

政権交代と医療(16)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

民主党政策集では勤務医の就業環境の改善策を列挙しています。

○医師の交代勤務制の導入を促進

○勤務医の不払い残業を是正

○当直を夜間勤務に

○大学病院などにおいて無給で働く医局員を常勤雇用に

○医療現場での労働基準法の遵守を徹底

○子育てや介護をしながら勤務する医療従事者のため

院内保育所の整備やオープン化

保育所への優先入所

病児保育の充実

育児支援などを拡充

○国立大学法人付属病院・ナショナルセンター運営費交付金および私学助成金の抜本拡充等により、これら病院の医員の待遇の改善

病院勤務医を労働者として位置づける、ある意味当たり前の主張ばかりです。

労働者として組織的に待遇改善を主張することが下手な医師たちの善意と熱意に甘え、勤務医の実質賃金は、この十数年、据え置かれています。

勤務医の労働を、その専門性や労働時間を正当に評価すれば、現在の数割増し、あるいは数倍の報酬を支払わねばなりません。

上記のどの項目についても、改善には、国公私立病院を問わず、多大なコストを要します。

たとえば最初の項目の「交代勤務制」ひとつをとっても、「主治医制」の利点を損なわずに実現するには医師数をかなり増やさなければなりません。

政権公約通りに、病院の診療報酬を大幅にアップしなければ実現できない項目ばかりです。

最後の項目では政党支持組織色が強い病院を特記して待遇改善を謳っていますが、その他の民間病院の勤務医も等しく過酷な就業環境に晒されています。

(保健医療経営大学「学長のひとりごと」9月15日付記事)

ほね

ほね

2009年9月14日 (月)

政権交代と医療(15)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

  橋爪 章

旧政権が着手した新卒医師の臨床研修制度は、大学医局の医師引き揚げによる医療崩壊を招いたと、評判が良くありません。

それまでの制度では、狭い専門分野しか診療できない医師を大量生産していました。

その主因は、大学医局による新卒医師の囲い込みにありました。

もちろん、医師らしい医師(専門分野にとらわれない幅広い診療ができる医師)を育てようと懸命に努力していた医局もたくさんありましたが、とうとう主流にはなれませんでした。

そんな医局主導の新卒医師研修に見切りをつけ、「幅広い実務的研修を提供」できる病院で2年間、アルバイトもさせずに研修に専念できるシステムにしたのが新しい臨床研修制度でした。

荒療治でした。

新卒医師の多くが大学医局と切り離されました。

大学では「幅広い実務的研修を提供」できなかったのです。

また、新卒医師を大学に引き留めても、彼らを指導医なしで関連病院へ「アルバイト」派遣することもできなくなりました。

結果、多くの大学医局では医師の絶対数が不足する事態となり、医師の引き揚げによる「医師不足」が社会問題化しています。

選挙を控え、旧政権では、義務年限の短縮化の方向での見直しに着手しました。

朝令暮改の感が否めません。

民主党政策集では、医師臨床研修制度について、次のように述べています。

具体性には欠きますが、現行制度を廃止して医局主導に逆戻りさせるような着眼ではないので安心できます。

○一貫性のある学部教育、前期・後期臨床研修を通じて質の高い専門医を養成し、専門医が研修医の指導医となる臨床研修システムの構築

○質の高い臨床医を養成する臨床研修制度には、専門医制度の確立が不可欠であり、総合医も専門医と位置づけ

○これまでの卒後臨床研修の成果を客観的に評価し、前期臨床研修の全国均てん化

○後期卒後臨床研修については、総合臨床医研修、へき地医療研修、産科・救急・小児・外科医療研修などの分野を中心にインセンティブを付与することによって、偏在を解消

「学長のひとりごと」9月14日付記事

コメント:

最後の行に、「政党支持組織の影響力」とあります。
民主党は、今年4月に導入された教員免許更新制度を廃止する教育職員免許法改正案を提出するらしい。

テレビでは言わないマニフェストの一つですね。

びっくり仰天するマニフェストがまだまだあるようですが・・・・・。

きょうは、地域の小学校へおはなし読み聞かせの出前に行ってきました。

「高校の授業料免除の前に、義務教育の完全無料化をはかってほしい。そして、義務教育を充実させ、みんなが同等の学力をつけるためのてこ入れをしてほしい」
学校現場からのレポートでした。

 「教員免許更新制度」についての批判その1~それより(人の命に直接関わるのだから)医者の免許更新のほうが優先されなければ。
 その2~教員経験のないペーパー・ティーチャーは更新の必要がなく、実際に現場で経験積んでいる者に、現場をほったらかしてでも、自費で更新を義務づけるというのは、話が逆ではないか。
 その3~何で管理職は例外で更新しなくていいのjか。

 以上の私なりの答~医師会は自民党の支持基盤だが、労働組合員にしろ非組合員にしろ、一般教員は支持基盤ではないどころか、むしろ自民党の政策に批判的な人が多いから(そう言えば、薬剤師・歯科衛生士・技工士にも、裁判官・弁護士などの司法試験合格者にも、栄養士・調理師にも、理容・美容師にもそんな話はでませんね、なんで教員免許だけ?)。そして免許更新の講習を義務づければ、少子化による定員不足で困っている大学の収入源になるから。

 私はこのブログで、政治や思想に関する話題にはなるべくコメントを避けるようにしてきたし、これからもそうするが、これだけは主張しておきます。ついでに、何があっても、政権交代なき政治はいずれどこかでおかしくなるということも。あと古賀誠という政治家の評価はおいといても、新幹線船小屋駅は明らかに、なんじゃらほい!

おお、ろいりさんが真剣だ。

政権交代はよかったのか。混乱することに意義がある。これまでの政治の総括ができる。なにが悪かったのか、何がよかったのか。いま、おきていることの説明は、あとにならないとわからない。
現場感覚はもっともたいせつだとおもう。
官僚乙四郎のかいているのを読むと、あることの反省のもとに制度の改革は図られているのがわかる。けれども実際にやってみると狙いとはべつの弊害があらたに発生してしまう。
その逆もあるかもしれず、この世界はなんでもやってみなければわからない。予想もつかない。予測できないのですね正確には。

新幹線ふなごや駅。
いいんじゃないでしょうか。ふなごやは温泉としてどのくらいかをよく知りませんが、もっと知られていいかも。でも駅と駅の間隔が近すぎるのはねえ。

羽犬塚駅にあったギロチン台の牛のような羽犬の像がなくなっていることに前田先生がきづかれました。どこへいってしまったのでしょう。
グリーンピア黒木のある山は、なんという山ですか、と前田先生から尋ねられましたけど、答えることができませんでした。ええとこれは黒木の山です。なまえはしりません。とこたえてしまいました。

cloudおはようございます。
船小屋温泉の話にかたらせて♪
子供時代(再び古い話で・・(^_^;))は親戚が旅館をしていたのでよく遊びに行ってました。
桜の春は温泉祭り。
桜並木の土手をゆく、仮装行列がなんとも賑やかでおもしろかったです。
夏は川での水浴と花火大会
格子戸の内側にいると、うちわに浴衣姿の老若男女がひっきりなしに通りました。
狭い路地や坂道の路地には小さな旅館が軒をつらねていました(あのころの賑わいは今の黒川温泉に近いかも)
鉱泉は、水脈のあるところは普通に庭先に井戸がありました。
雀地獄と呼ばれる鉱泉の味はわりと好きです。
鉄の味がしますよね。
最近は、新船小屋のほうの鉱泉が人気です☆
知人は長いこと九重まで水汲みに行ってましたが、こちらを薦めてからは、ここの鉱泉に切り替えました。
コーヒーがめちゃ旨くなりますよ^^cafe
では今日も安全で~car

良きリーダーのたとえ

最良:判断力にすぐれ、部下を統率
良:判断力にすぐれているがが、部下に任せる(統率できない)
可:判断力に劣るが、部下に任せる
最悪:判断力に劣るが、部下を統率

部下に任せっきりだった社長が、部下を統率しようと意気込む社長に交代しました。
判断力にすぐれた社長でないと困りますね。

   ↓

えめさんへ。船小屋温泉のむかしの賑わいの活写、さすがです。ほんとうにえめさんは、記憶力がいいんんですね。
うちの99で死んだばあちゃんが健在なりしころ、ということは昭和の時代ってことですが、温泉といえば、蒲原温泉(八女福島)と船小屋と山鹿とあとちょっと遠いところでは原鶴温泉、ひなく温泉、天瀬温泉くらいしかありませんでした。
船小屋は硬水で有名なのですね。こーひー用にですか。なまでのむのはまずいってきいた。

おつしろうせんせい。先日はおつかれさまでした。
合宿、前の日の午前中は下津浦医院で医者をしてきて、つぎの日は早朝から聖マリアで検診医をつとめてこられたとのこと。きつそうでしたね。それなのに、ちゃんときてくださったこと、みんな忘れないからね。前田先生が、あの乙四郎ってひとをくれぐれもだいじにするように、っておっしゃいました。(笑)

nightこんばんわ
船小屋の鉱泉水>>仏様が祀ってあるからお参りしてから頂いてくださいね。
私は飲みなれてるから不思議な旨みを思うけど、初めてだときっと飲めないかも。
九大調査の成分表と、効能が書いてあります。
すごくたくさんの内臓疾病に効くのよ☆
胃腸病にはきっと抜群の効果です(昔から言われていました^^)
路地に並んでいたたくさんの旅館は、ほとんど明治、大正、昭和初期の建物でした。
今はもうほとんど残ってはいないかも~☆彡☆
ではおやすみなさいzzzmoon3

 船小屋は私にとっても、小学生の時の思い出の地で、夏休みに父母姉弟と夏休みに河原で遊んだけど、たぶん温泉には行っとらん。その後は24歳の頃に、瀬高の女山神籠石見学のため船小屋までバスで行ったような記憶が…ちなみに神籠石は高良山にもあり、たぶん朝鮮式山城跡だろうと言われているものです。
 そうですね、新幹線の駅として知られるようになるかも知れんけど、それなら二日市も温泉はあるし太宰府(大宰府跡)も近いからここにも駅を作ったらよかろ。ありゃりゃ新鳥栖駅ちゃ何と不便なところに作ったもんたい。え?新大牟田に新玉名ち、あ~た、不便なところに幾つ駅ば作る気ね。それでたぶん赤字路線になって地元住民が負担?佐賀空港みたいに。その後、在来線の本数は減らされて、鹿児島本線を利用する通勤・通学客は困るじゃろ。
 長崎新幹線は佐賀県の反対が多いらしい。あまり佐賀県民の利益にはならんもんね。山形や秋田のように在来線規格の、いわゆる「ミニ新幹線」にすれば、長崎だけではなく鹿児島新幹線ももっと早く、地元の人にも便利なものができただろうに。

新幹線の乗り換えのため、もし船小屋駅に在来線の特急が止まるようになるなら、隣の羽犬塚には止まらなくなるのかなあと、ちと心配。
船小屋と言えば、この前うれしいことがありました。うちが8月に開院10周年を迎えるにあたり、スタッフが船小屋のホテルでサプライズ企画のお祝い会を開いてくれたの。聞けば1年前から準備していたとかで、驚きと感動の連続だったんだけど、極めつけは最後の打上げ花火。矢部川添いの窓を開けると、カウントダウンの合図とともに、目の前にどどどーんと。ありがたくて涙涙でした。まるで夢のような一生忘れられない光景となりました。

ろいりさん。
船小屋で川遊びですか。新聞で読んだのは、地元のこどもたちが橋の上からはるか眼下の川へむかって肝試しみたいにとびこんで遊んだ、という思い出話。これなら上妻の子達も矢部川で、あるいは星野川でおんなじことをやっていました。温泉はばあちゃんたちは行っていましたが、私はまだ一回しかいっていない。樋口軒ってところでは父母の習っていた大正琴の発表会があってた。あそこは「山太郎蟹」の料理で有名でした。・・こないだの連句でせいこだったか、山太郎蟹を出そうとして季語だったんで没になってしまったね。
あたらしい道やあたらしい駅ができるとき、ぐるりの住民はくわしいルートや事情についてはあまりなにも知らないですよね。どっかでさっさときまっていつのまにか出来上がっている。

まりさん、
特急、羽犬塚にはとまってくれないと困りますよね。
そうでしたか、もう開院10周年!おめでとうございます。
ついこないだでした、開院のごあいさつにあなたたちが時計を配ってくれたのは。
最初の年、高額納税者に晴れて名をあげ、「やりかたがわかっていなくて、たくさん税金にもっていかれた。来年はこんな失敗はしないから」と笑っていたことも思い出します。
このばたばたと病院がつぶれてゆくひどい時代に、きっちりと堅実に患者さんを増やして、着実に業績を伸ばして行ってるたからさんちの医院。すばらしいです。そんで、そこまで社員に、じゃなかったスタッフに尽くしてもらえるってのも、ボスがいかに大事にスタッフを扱ってきたかのあらわれですよね。以前ちらりと聞いた、慰安旅行は東南アジアにみんなをつれていったって。すごいなあ。とおもったよ。あのときも奥さんだけはお留守番だったのね。笑
そんなこんなで、まりさん、また連句会するときには、ぜったいきてよね。
すばらしいです、付け句。

えめさんへ。
「水」ですが、なんでか今わたしの周りでも水をあちらこちらから汲んでくる人が多いです。有名どころでは白水村、熊本の。私も一度たちよってみたことがあるけど、さほどきれいとも思わなかったけどなあ。
でも、船小屋温泉の少し瀬高よりのところのは、とてもいいって誰かにききました。いちどもいったことありません。場所もよく知りません。いつか教えてください。ぜひ。

diamondmoon3おはようございます
さっき夫を送っていったら、明けの東の空に金☆と月がセットで輝いていましたよ。
水の場所>>いつでも。 遠くの水もおいしいけど、近くにも名水ありですscissors^^aquarius

どうも、エメさんと生活時間帯がいっしょみたいだ。今朝の三日月と明けの明星、見ましたよ。
童話の中みたいなすてきな光景でした。

黒木2

黒木2

黒木の山では紅葉がはじまっていた。
スイッチョの蝉の声で目覚めた朝。

調うたまる(俳号)さんの句が胸にのこった。

課題「布」

いつの世も布に置きたるは心内   うたまる

ぬの、が課題で出て、こたえがこれ。こころうち。がひびくよね。

昼の句会では、歌丸さんはこんな印象深い景の句をだされた。

課題「箱」

星月夜積もりしままに朽ちる箱   うたまる
(原句:星月夜積もりてままに朽ちる箱)

積もるのは何。星月夜(月夜のように明るい星空)?あるいは箱?
もしかしたら、積まれしままに、のまちがい?

本人いわく。
古いダンボール箱の上にいろんな葉っぱやら何やらが積もっている、それがそのまま朽ちていっている上に、きれいな星空がひろがっている・・という景です。

これがはじめて俳句をつくった人の句って思える?

さすが後鳥羽院と待宵の小侍従を祖先にもつ人はちがう。

と、単純なかささぎはすっかり魅入られてしまった。

2009年9月13日 (日)

政権交代と医療(14)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

民主党政策集では、現役医師の有効活用策に言及しています。

○地域医療計画を抜本的に見直し、支援を行います。

医療機関の役割分担を考慮した連携の推進

短時間正規勤務制の導入

国公立病院などの定数増

地域医療の維持に資する兼業の解禁

○都道府県単位で「医療従事者等確保支援センター(仮称)」を設置

医療従事者の確保・あっせん

休職者の復職支援

医師の国内研修や国外研修の支援

地域学士入学生に対する奨学金の支給

開業医による地域中核病院の外来診療や夜間診療の分担などを促進

○「地域医療推進機構(仮称)」を設置

厚生年金病院及び社会保険病院の管理、運営

医師の地域流動性を高めて労働力を既存病院にシフトさせようというもので、「地域医療」と言いながら、既存病院の施設経営改善のための利益誘導の発想からは脱していません。

前政権では、国公立病院や公的病院の統廃合など、集約化方策がダイナミックに打ち出され、医療の地域経営の効率化の方向性が示されていました。

少し後退した印象です。

政党支持組織の影響力が強いのかもしれません。

保健医療経営大学「学長のひとりごと」9月13日付記事

黒木の旭  歌仙『ときにヘレナは』

黒木の旭

亜の会歌仙  『ときにヘレナは』

    捌・前田 圭衛子

満月や黒木に平家物語           姫野恭子
   紅葉且つ散る矢部のせゝらぎ    前田圭衛子
秋惜しむ歩道橋より手を振りて       山下整子
   手柄話と柚餅子みやげに       東妙寺らん
さりげなく百歳になるめでたさよ      澄 たから
   遠く近くに息寒々と           調 うたまる

いづこより跳ねて来しやら雪兎       竹橋乙四郎
   見える見えないそこが狙ひ目     八山呆夢
まったりと重く背を押し添ひ遂げな        呆夢
   恋しかるらんむかし翁も           乙四郎
釣忍・・・愛の終りを告げてゐた       古賀音彦
   軍艦島に降る夏の霜             たから
錫杖の影落したり峡の道              うたまる
   病も酒の肴ともなり               たから
急げども辿りつけない夢なりし           呆夢
   おほみたからと百姓を呼ぶ          恭子
いつの世も布に包みし花の魂           うたまる
  つちふるもよし雨降るもよし          整子


ままごとの皿に糸遊・わらべ唄        青翠えめ
   猫の品格天下とるなり             らん
哀しきを畳む新聞紙のゆがみ           整子
   ときにヘレナは元気でゐるかい?      整子
共寝して地平かなたの的を射る          乙四郎
   君のぬくもりこの腕の中            えめ
流れゆくものの速さと数へ日と           恭子
   初鶏出づる伊勢の玉垣            呆夢
しんしんとうすむらさきに山明けて         恭子
   孫に教はる鉄道模型              えめ
東京の映画館(シネマ)で知ったペーパームーン  
                              丸山消挙
   裂(きれ)縫ふ夜は鳥渡るころ         たから


新ちぢり落つる音する寓居なり          呆夢
  万屋で買ふマイルドセブン           恭子
いつみても二分遅れの水時計          整子
  潮騒聞くや砂のはまぐり            うたまる
花ふゞきお国の為に散りぬるを          えめ
   親展とどくてふてふの里            らん
   
      

平成21年9月12日~13日
於・八女郡黒木町・グリーンピア八女
   研修室「蹴洞(けほぎ)の間」

捌: 前田圭衛子師(神戸市在住)

連衆:

調 うたまる
丸山消挙(投句)
古賀音彦
竹橋乙四郎
青翠えめ
澄 たから
東妙寺らん
八山呆夢
山下整子
姫野恭子

「楽しくて充実した山の二日間、有り難うございました。満尾しました『ときにヘレナは』の巻、加筆はほんの少し、・・・皆様の御力のたまもので実に素晴らしい歌仙一巻となりました(「兵六玉」を超えたかも)。心からなる感謝を捧げます。また会いましょう!」
       前田圭衛子    

2009年9月12日 (土)

政権交代と医療(13)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 

 橋爪 章

民主党政策集には、医師養成数を1.5倍に増加させるとあります。

日本の医師数は人口千人あたり2人です。

これをOECD諸国並びの千人あたり3人にしようというものです。

昨今の勤務医の過酷な労働環境を鑑みると、医師数増は医療崩壊回避の解決策のひとつかもしれません。

医師は、その一挙手一投足(医療行為)が診療報酬を生み出すという、存在と経済とがダイレクトに結びつく特異な職種です。

医師が引き揚げた病院では経営がたちまち傾いてしまっていますので、わかりやすい構図です。

医師が増えれば増えただけ国民医療費が増えると考えて、まず間違いないでしょう。

医療費の大幅増は避けられません。

昔の医療は、もっと少ない医師数で運営されていました。

人口千人あたり3人という数が適正数なのか、過剰なのか、過少なのかはよくわかりません。

医療への欲求は際限なく、世界最高レベルの医療を全国民へ届けようと思えば千人あたり10人でも足りないかもしれません。

逆に、現在の医療水準くらいで良しとするのであれば、集約化など医療の効率化を推進するだけで、医師数を増やす必要はないのかもしれません。

なお、本学の半径100km以内には、久留米大学、佐賀大学、福岡大学、九州大学、熊本大学、長崎大学、産業医科大学と、7つもの医学部があり、医師養成数に関しては突出して恵まれていますが、それでも地域の中小病院は医師確保に頭を痛めています。

問題の本質は、医師の絶対数不足というより医師の偏在にあります。

医療の施設経営改善の発想では医師数を増やすという解決策しか見いだせないのかもしれませんが、医療を地域全体でとらえる地域経営の改善に本格的に取り組むことのほうが先決であると思います。

保健医療経営大学「学長のひとりごと」9月12日付記事

コメント

政権交代と医療シリーズは特にひとつひとつ言葉を理解しながら読んでいます。
今テレビでは民主党の政策を検証する番組が多いですが、ここまで細かく具体的な説明はありません。又こんな細かい部分を突っ込む記者もコメンティターもいません。(細かいけど一番大事な部分)
薬品の認可もあのとき早く認可されていたらとか、結果からの判断ですが、一億数千人の健康を守るためには相当の時間をかけて最大公約数の決断をされているんだなぁとわかりました。

乙さん解説で政治がますます面白くなります。

民主党は今までの密室政治を辞めて何でもオープンに・・・という感じがしますが、ブログなどでさらにこんな解説付きとなりますから、そういう時代なんだろうと思います。

社民党福島党首が、民主党との連立協議で、突っ張っています。
国民には「蟷螂の斧」のように見えますが、さすが護憲政党、入閣の意義を重く受け止めてのことと思われます。
憲法に基づき、内閣の意志決定機構は、多数決原理ではなく、全員一致が大原則。
すなわち、たった1人でも、反対してブレーキをかけることができるのです。
内閣総理大臣は、更迭という手段で拒否権発動を牽制することができますが、更迭イコール連立解消ということになりますので、入閣前にしっかり合意形成をしておかないと、ごたごたは必定でしょう。
日本国憲法は、この国を運営するための意志決定のルールを定めたものです。
新政権では、閣外に党主導の意志決定機構を設けるので閣内の少数意見は封じ込めれると本気で信じているのではないかと不安になります。
某民主党議員が、ある官僚が「国会議員なんて政策なんて作れないし予算書だってまともに読めない」と発言しているのをけしからんと憤慨していましたが、政策作りや予算書の読み方だけではなく、憲法も勉強してほしいと思います。
こういう基本を気付かせてくれた福島党首は「論功行賞」ものです。
(気付かないメディアは懲罰ものです。)

さくらさんのおっしゃるとおり。
ここのこのコメントの応酬が、なんとまあ、わたしたちに政治の本質的なところを語ってくれることか。かささぎさんちって、学習の館だわ。

福島党首。土井たかこさんと違って、なにかもうひとつぴりっとしたもんがない、と常々不満に感じていたのです。土井さんの時代ならもっと人をひきつけるものが、そのオーラがあったろうにと。でも、彼女、よくがんばってると思う。
彼女が入閣してなんのやくに立つのよと思っていたのですが、これを読んで、おっ、みずほちゃん、がんばれ!という気がしてきた。

ところで。また、質問。
首相補佐官を社民・国民新党の国会議員から選出して出すという、国民新党の案。まさか実現はすまいと思うのですが、これの思惑(亀井さんの思惑とするところ)についてと、首相補佐官こそ官僚でなくてはならないのではないかと思う、そんなわたくしの素朴な疑問について教えてください。

首相補佐官は、首相への政策アドバイサーというだけで特段の権限はありません。
補佐官に影響されるもされないも首相の度量次第ということになります。
官僚だろうが政治家だろうが民間人だろうが、常勤か非常勤かで登用されます。誰も登用しない、という選択も可。

首相補佐官に呼び出されて、イラクの復興援助に関する意見交換をしたことがあります。
イラク問題担当の岡本行夫さん。
外務官僚だったが、湾岸戦争時に外務省が自衛隊の海外派遣を見送ったことに抗議して辞職した伝説の人。
外務省に後ろ足で砂をかけて飛び出した人であるのに、首相は補佐官に登用したりします。
小泉首相の外交姿勢の影に、岡本イズムが垣間見えます。
   ↓

ははあ。結局、その人の個人的資質が買われるということなんですね。政策アドバイザーってことは、ひとつの分野を極めたエキスパートというだけでなく、、多角的な知識や先見の目ももとめられるってことでしょうか。エキスパート集団か。想像つかん世界だ。

おつしろうの解説をよんでいると、これまでへのつっぱりにもならんと思っていた政党にもちゃんと正当なる存在理由があったんだってきっちりとよくわかるよ。ありがとう。めがさめるようだわ。せいこがいうとおり、はじめて福島さんのよさがわかった。これまではずかしくうざいだけのひとでした。(むしろ、なんでだろ。)
とうろうのかまの訂正も産休縁まっち。

けっきょくさ。イメージだけでしかものをみていないのがよくわかるよね。人もものも。うわべだけ。

イメージだけでみている。
まさしく、おなじ。
うわべだけで、ほんしつをみていない。
めでぃあにまどわされる。
赤面ものだ。

ここで私が疑問に思うのは、社民党と民主党の議員数を比較した場合、雲泥の差ですよね。
全議席数からしても民社党は極端に少なく、国民の支持が少ないということでしょ?
それが入閣してひとりで突っ張ることが出来るってことは、国民の民意を反映していないことになりませんか?

まぎらわしい。民社と民主と社民と自民と。いまだにおぼえきれん。社会党が民社になったのだった?で、民主党は自民党の一派。まぎらわしいなまえつけんじゃねえ。
で、おつしろうの本意は、ただ揶揄していたんだ。

国民の少数しか支持していない政党が内閣の構成員になるというのは、民意の反映という意味では問題があるかもしれません。
圧倒的多数の支持を得た政党が主張の異なる党と連立するのは、有権者への裏切り行為だといえるかもしれません。
国会対策(多数派工作)の戦術としては「閣外協力」が無難なところですが、敢えて内閣に迎え入れた真意ははかりかねます。

なお、議席数は民意を素直に反映しているわけではありません。
小選挙区制は二大政党が議席を独り占めする仕組みなので、議席数は代表的な二つの価値観の反映だともいえます。ローカルな問題など世間の関心が乏しい課題の当事者の民意は反映していないかもしれません。
今回、社民党がこだわった沖縄問題は、沖縄県民が当事者です。沖縄県民の民意は、比例区の沖縄県内の政党別得票率に覗うことができます。
調べてみました。
1位 民主党 38.54%
2位 公明党 17.93%
3位 自民党 17.67%
4位 社民党 11.05%
5位 共産党  8.00%

社民党は、他都道府県より、大政党に肉薄しています。

ああ。
そういう見方をするわけ。
数字は雄弁だね。
ところで。かささぎのきがかり。
九州俳句になぜ沖縄が参加していないのだろう?沖縄があればいい。
理由。沖縄にいってみたいから。

次期首相、早々に世界にどんどん方針を発信してると思うんですけど、どんな意味があるんですか?

アメリカに対する方針とか、CO2削減の件なんか、なんでここで早々に宣言する必要があるのでしょう?
交渉の時に日本の主張をして、本領発揮すればいいだけで、はじめにばーんと宣言する必要はないと思ったんですが。

あっちのブログでは、学長が「医療」のメガネで新政権を論評していますが、こちらでは匿名とりまきが「戦争回避」のメガネで新政権の体制の危うさを感じるままに書いてます。
使い分け。
戦争回避以前に、現実の「戦争」とどう向き合うか。
連立合意で、インド洋で給油活動を行う海上自衛隊を来年1月に撤収させることになりました。
国際的に、はい撤収しますよ、で済まされる状況ではなく、代替策を打ち出さなければなりません。
給油活動そのものの憲法解釈上の疑義があるとはいえ、旧政権には、日本人(自衛隊員)の生命のリスクが最も小さくてすむ国際貢献策を落としどころとする外交手腕がありました。前線では幾千の欧米兵士が亡くなっています。
新政権では、「油から水へ」と、井戸や水路確保の民生支援の代替策を考えているようですが、「テロとの闘い」の現場へ民間人を派遣するということが何を意味するのか。
ペシャワール会の活動メンバーは、拳銃を常に携えています。それが現実です。
中東とのかかわりは、表向きの大義名分はともかくとして、石油利権を抜きに考えることはできません。
このほど、日系企業グループが、イラクの油田開発権を獲得し、日本へ大きな利益をもたらすことになりました。それを知っている国際社会は「油から水へ」の主張を理解してくれるでしょうか。

ただいま。
こんな夜分おそくまで主婦なのに何をやっているっていわれそうですが、埼玉から懐かしいすみちゃんが帰省。あさってには用事すませてあちらへ帰るので時間がないってんで、夜の九時半ころに動員がかかり、さっきまで八女のファミレスでたっことの三人でしゃべっていました。
たのしかった。
橋爪あきらさんの話題もでました。小学生のころ、半ズボンでおかっぱ頭で、たとえ人にわるくちをいわれたとてにこにこしていたそうですよ。

なんだ、心配して損した。
連句会に向けてなにかをやっているのかとおもいきや・・・である。
楽しかったでしょう?
私は引越ししたせいで幼なじみがいません。
ずっと仲の良かったNちゃんの実家から連絡先を聞いて会う約束をしていたけど、断られました。どうも変な宗教やいらない品物を売る人と間違えられたのではないかと思っています。
そうだよね、ずーっと会ってないのに突然「会おう」というんだもの。怪しむよね。

2009年9月11日 (金)

観音さまが左に

観音さまが左に

こないだは観音さまは右にみえていた。

それがパゴダと逆位置にいれかわっている。・・・うごく?まさかね。

選挙がおわったのに、ポスターがまだ撤収されていない。はとやまさーん。

あにじゃはそうりでありまするか。へえー。

かささぎは下品な鳥だからこんなことをおもった。

異母弟を兄とおなじ政治家に育てたはとやまけの家風というもの。
せけんいっぱんのながれですと、めかけの子にうまれた場合、たいがいどまぐれます。
それがそうはならなかった。いったいなにがどうはとやまけではちがっていたのでしょう。

(ちらりときいたはなしでは、せいさいのおくさまがすごかったのだそうです。
でも、たぶんそのおめかけさんもすごかったのでしょう。ははたちのちから。)

政権交代と医療(12)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

政権交代による医療の行方については、厚生労働大臣のポストに誰が任命されるかで流れが変わります。

民主党政策集の記載事項に方向性が示されていますので、個人プレイでそれらに逆らうことはできないでしょうが、政策の実現手順など子細については、大臣の匙加減の余地があります。

大臣自身の、医療についての見識や哲学に委ねられます。

また、大臣と官僚との距離の取り方のスタイルにもよります。

固有名詞の世界です。

厚生労働行政は、医療だけではなく年金、労働、福祉と幅広い課題を管轄していますので、それぞれの分野ごとに候補者がいます。

ここでは医療がテーマですので、民主党国会議員で特に医療政策に詳しいとされている2人をピックアップし、選挙後、業界ニュース(ロハスメディア取材)で流れた彼らの発言を拾ってみます。

仙谷由人:医療再建議員懇談会会長、がん治療の前進をめざす議員懇談会会長

(国立の)医療施設について、「減価償却も未来投資もないような貸借対照表でやっているのはおかしい。そんな状態で中期的にもプロフェッショナルとしての医師や看護師がどう育ち、どう継続していってくれるのか。そこから考えてもすぐ分かるようなでたらめな事が行われていた。ビジネスモデルを色々照らし合わせてモデルを提示し、医療と経営ができる人を育てていくことが必要」

中央社会保険医療協議会(中医協)について、「診療報酬の付け方として、ことここまで来させて、国民から怨嗟の声が上がって、民間病院の首が全部絞まって公的病院は赤字だらけ。国って何なのかと、中医協という存在はそういうことは考えなくてよかったのかと。公益委員の役割は何だったのかと。保険組合とか開業医、財務省との三者の綱の引き合いの中で祭り上げられてまとめ役をやっているような気になっていたけど、まとまった結果としてもそのことが医療現場をどういう状況にさせたのかという反省なしに、金があるかないかの話するだけなら、そういう中医協ならいらないのではないかと僕は思っている」

鈴木寛:医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟幹事長

国家戦略局がマニフェストの内容を体制整備していく際の方向性について、「トッププライオリティ*は医療であるのは間違いない」

中医協改革について、「12月まではいじらない。本格的には1月後半」

中医協改革というのは象徴であって、本来は診療報酬の決定プロセスをどうするかということ。それには実態がきちんと把握されていることが大事で、医療の手間ひま、あるいは技(わざ)の実態調査からまずやらなければいけない。その実態把握がフェアで納得のいくものでなければいけない」

国務大臣というのは民間人の登用も有り得ますし、過去の連立政権では、厚生労働大臣を連立党から登用したことが何度もありました。

現段階では予測がつきませんが、しっかりとした社会保障哲学を具有された方を登用してほしいと願います。

保健医療経営大学ホームページ:http://www.healthcare-m.ac.jp/
「学長のひとりごと」9月11日付記事より

かささぎのひとりごと:

とっぷぷらいおりてぃとは何。

top priority  最優先課題
first priority とどう違う。たぶんおなじ意味。
(こげな横文字つかってほしくない。)

コメント:

竹橋乙四郎という厚生官僚としてかつて医療行政の中枢にいた人から、じきじきに今まさに展開しつつある政治劇のみどころを毎朝ていねいに解説してもらっているわけで、連日かってに文章を引用しつつ思うことは、へえーやっぱりなんのかんの言っても官僚ってすごい沢山詳しく医療のことを知ってるし、普通に考えられる限りの分析はしつくしてたんだな。という驚嘆の思いであります。

で、かささぎあたまがおもうこと。

「はいはい、一見さんや素人さんはどいとくれ。
こっから先は長年やってきたもんじゃないとわかんないよ。
はい帰った帰った。」と境界を設けず堰をつくらず垣根を持たず、ふつうのことばでふつうの人とふつうに医療用語や行政用語を交えての話をしてほしいってことだけ。そうしない限り、必要性も緊急性もだれにも伝わらないから。そうしないといくらすばらしい保健医療を編み出しても、ありがたささえわからないから。

かささぎは全く乙四郎のえらさがこれまでわからなかったのですが、これをずうっとコピペしていくうちに、官僚ってすごいな。と思うようになりました。

さて連句的コメント、
「き坊の棲みか」大江希望さんのブログに最近載った欧米諸国のワクチン事情。ひいておきます。9月10日付記事です。http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/kinkyo0909.htm#saisin

なお、希望さんのブログでは、びっくりするような虫のアップ写真をみることができます。表情ゆたかで、とっても愛らしい。しっぽがまるでブラシみたいなコスカシバとか。

2009年9月10日 (木)

水神への接近  3  「黒木物語」

『黒木物語』についての疑問と考え方

  和田 重雄

(一) 黒木築地殿前霊社の生木焚き神事(12月18日)について

1 地元の説

「黒木物語」の記述のとおり、築地の瀬(窪)にうちあげられた城主の正室(奥方)春日局の蘇生を願って、生木を焚き身体を温めたとする説。

2 氏神と水神に感謝する行事説

11月18日(築地御前霊社でも、従来は11月18日であったが、一月遅らし12月18日となる)に行われる行事で、全国的な信仰行事です。平安時代から宮中の行事として冷泉家の座敷で行われていたのが、民間にまで伝わったものです。神への感謝を表す行事です。
 築地御前霊社の生木焚行事は、春日局入水物語と一体となり、永く実施されたものです。生命をもつ神聖な生木を焚き、矢部川の水神を迎え、感謝と祈願をこめた行事です。
 当日、築地の氏子、早朝より大木を伐り集め、山積にして火をつけます。上空へと立ち昇る白煙と、淡紅の火焔は水神を招きます。午後は氏子全員参拝し、残り火をかこんでの酒宴で、他所にみられない珍しい、美しい伝統神事です。

3 黒木大蔵太輔源助能(おおくらだゆうみなもとのすけよし)は、薩摩国大根占(おおねじめ)、高城城主で、源頼朝の命で黒木に移った。当時は平家の城であった猫尾の城を攻め、二年三ヶ月の後、これを落とした とあります。
 平家方の将兵をうち亡ぼして城主になった助能は、さっそくこの地の開発にかかったのです。ところが黒木、豊岡盆地を東西に流れる、急流矢部川の氾濫、旱魃、に何回も悩まされ失敗しました。  これを平家の怨霊のたたりとおそれた。

 この考え方が、「黒木物語」になり、待宵小侍従が語られ、黒木四郎定善の死となり、更に築地御前霊社の出現となったという説。
 「生木焚の行事」も春日局らの怨霊を鎮めるための行事だとも考えれます。この考え方から「黒木物語」を「筑後の平家物語」と呼ぶ研究者もあります。
 築地御前霊社の御本尊、木造春日局坐像は、三面宝冠を戴く観音さまですが、印は釈迦の定印です。蓮台でなく畳座です。
 左右の脇侍は、乳母の紅梅(老婆)と女房頭の濃君(こききみ)です。ともに神像です。当時は神仏混交の時代で、この姿でよいのです。
 春日局像の造立年月日は、赤外線撮影(九州歴史資料館)により、慶安三年1650、12月27日と判明しました。第二代目の仏像と思います。

 郷土の史話 『貞享版 黒木物語』和田重雄・著より引用しました。
 

水神への接近 談話 2

仕事から帰ってきて、ごはんの用意をしてたべて片付けて。・・・英語にはいけませんでした。当分言い出せない、月に二回早退させてくださいとは。整骨院って忙しい時間が午後五時から六時にかけてですものね。
佐藤哲三先生、すみません。ぺこぺこり。
欠席の連絡もついにとれませんでした。
ところでくるめでは、附設中と明善高は学校閉鎖になっているそうです。一週間くらいとおもうけど。
うらやましい。いやまちがった、可哀想ですね。

え?学校閉鎖って、新型インフルエンザ?
最近、連日のように呼吸がおかしくなるこのおばさん。季節の変わり目は喘息の頻度がたかい。新型インフル、喘息があるひとは要注意。お宅のむすこも、気をつけなきゃね。

 JRの前にも日吉神社があるというのは、うちの甥が城南中の時に修学旅行の集合場所がそこだったそうで、でも間違って日吉町の日吉神社に行ったのが多かったらしいというエピソードで知りました。
 で、小学校の時の遠足のことを篠山小出身の嫁に訊いたら、「鍛錬遠足」の名でやはり「放水路」に行ってきつかったらしいが、どこが放水路なのか今イチ不明。日吉小はどのあたりから筑後川の堤防に出たのだろうか?その記憶も「over the rainbow」、当時はまだ蓮根堀があったので、今のバイパスあたりの地形に全く覚えがない。調べたら筑後川の放水路は幾つかあって、そのうちの1つは1953年の大洪水の後に作られたらしい。そして、同じく大洪水対策としてその後に、反対運動を押し切って作られたのが『砦の拠る』の下筌ダム。姫野さん、話がつながりましたね。

英語に行って来ました。先生から、恭子さんに土曜日にぜひ来てくださいと伝言を頼まれました。尚9月19日、10月3日、24日はお休みだそうだです。
そしてかささぎの句の英訳

「かささぎの蒼き腕を想うべし」
Noisy poor magpies impress me
With their holy azure wings so much.

どういう気持ちを表しているのか、教えてほしかったそうです。

おはよう。
おとといの深夜、海軍の反省会で特攻隊を指示した上層部の軍人たちの戦後のおもいに迫った番組をたまたま見ました。かれらもずうっと苦しんでこられたんだな。とかんじた。ただいわないだけだ。とうぜんだろう。何十年もたってはじめてすこしいえることがあり、死のまぎわにいいのこすことばがあり、そのままあの世へもっていく人もいる。
ってことで昨夜は眠ってしまってました。
早く眠ったら早く目がさめた。りっぱなとしよりだわ。

せいこさん。新型インフルエンザ、ひそかにはやっているようですね。でもなんでエリート校だけだろう?せいこがぜんそくもちとは意外。都さんも持っていた。無理をしないように、かぜをひかないようにね。
子にはマスクの用意してはいるけど、あれはかかってしまった人用だよね?予防のためにつけるのは無意味なんだったよね。

まりさん。ありがとう。
かささぎの蒼き腕を想うべし。
そのままだよ。
黒と白とのうるさくて下品な鳥だと思っていた。カラスの一種だろうって。
ところがある日、間近におりてきたかささぎを観察していたら、羽のいろが黒ではないことをしる。night greenで、光線の具合では青にもなり藍色にもみどりいろにもなる。あれーおまいさんはそんなにきれいだったの。というおどろき。なにもしらなくてごめんね。ってそんなきもちの一句。

ろいりさん。
水神、あばれくるい手のつけられないものを、神と崇めて祀る。それは筑後川でも矢部川でもいっしょです。黒木物語をすこし引用したいなあ。とおもったのは、さいしょにその水神のまつりがかかれていたから。ちなみに、にごる。すいじん、ですね、水神は。
てづかおさむ、もにごったんだね。あたしはずうっとてつかおさむ。とよんでいた。

通勤路

藤山から祐誠高校の脇道へぬける。
まんなか左寄りに観音さまがマッチのあたまほど。

政権交代と医療(11)  乙四郎元官僚語録

 保健医療経営大学学長
   
  橋爪 章

民主党政策集では、旧政権の政策を踏襲し、後発医薬品の普及について述べていますが、無条件に推奨しているわけではありません。

○医薬品の銘柄情報が医師や医療機関にフィードバックされ、その情報が長期間保有されるようにします。後発医薬品はその効果において先発品と同等であるという評価を得ていますが、厳密な意味での比較対照試験は不充分であり、公的機関による評価のための情報収集を推進します。

後発医薬品とは、特許権が消滅した先発医薬品について、他の医薬品製造メーカーがその特許の内容を利用して製造した、同じ主成分を含んだ医薬品をいいます。

後発品の薬価には巨額な開発費用を反映する必要がなく、先発品よりはるかに安い薬価が設定されます。

また、数社が販売競争をしますので市場価格がさらに下落し、連動して薬価も安くなってゆきます。

先発品と後発品は、薬効が同じなのに薬価が大きく違います。

旧政権では、医療費抑制のために後発品の普及がほとんど無条件に進められています。

昨年4月より処方箋の書式が変更になり、「後発医薬品への変更不可」欄に署名がなければ後発品が処方されるようになりました。

生物学的同等性試験によって先発品と後発品の同等性は証明されています。

特許権が消滅するまでに開発費用の回収も終わっていると考えられますので先発メーカーを特段に保護する必要もありません。

後発品の普及推進は理に適っていると思われます。

では、民主党政策集が条件(銘柄情報のフィードバック)を求めているのはなぜでしょうか。

先発品と後発品は、添加物などの副成分にわずかな相違があったりします。

品質のばらつきも、メーカーによって微妙な違いがあります。

後発企業の多くは中小企業であり、医薬情報担当者の数が少なく、先発品で見られなかった副作用が出現した場合の対応に不安があります。

「学長のひとりごと」9月10日付記事

コメント

後期高齢者という言葉は、姥捨山などと言って年寄りいじめの政策として言葉が氾濫しました。
乙さんの解説だと若い世代を助けるための政策なんですね。
それは、お金を持った年寄りがお金も使わず何が楽しみで生きているんだろうと思うような人によくめぐり合う私もよく思うことです。

実際、金持ちでない国保の私たち夫婦が、年金から介護保険など引かれ始めて、いたい目には合ってるけど、それでいい。

共産党系の病院行くと「後期高齢者医療制度の廃止!!」とか大きなポスターはってある。

官僚用語を覚えていくのも面白い。
ねぇ、教えて、論功行賞ってどういう意味?

予防医学につて最近発見したこと
この6月から「ゆうゆう○○館」なんていう施設のスタッフとして働いています。
太極拳や碁や将棋や麻雀、フラダンスやビーズ刺繍講座などを開いて年寄りを遊ばせる施設です。
年寄りを税金使って至れり尽くせりのりっぱな施設で遊ばせてどういう意味があるんかな?と思ってた。
これも予防医学の一環で、医療費削減の国の方針なんですってね。
いっぺんに納得して私の意欲も出てきました。
確かに家に引きこもってるより病気にはならず痴呆症にもなりにくいだろうね。

いや、すばらしいお年寄りにいっぱい出会えて、刺激をもらえて、私の予防医学にもなってます。

ろんこうこうしょう。

とうろうのかま。
ということばを知らない新聞記者がいるって。
いや、多分ほんとはそうじゃなく、蟷螂の鎌って熟語を使いたくても大衆はどうせ知らんだろうと「値踏み」して、わざわざかみくだいて程度を落として記事にしてたっていう朝日新聞への批判記事を冬樹蛉ブログでよんできた。けっ。
われら衆愚、いきつくとこまでいきつけり。

次期首相、早々に世界にどんどん方針を発信してると思うんですけど、どんな意味があるんですか?

アメリカに対する方針とか、CO2削減の件なんか、なんでここで早々に宣言する必要があるのでしょう?
交渉の時に日本の主張をして、本領発揮すればいいだけで、はじめにばーんと宣言する必要はないと思ったんですが。

政権交代と医療シリーズは特にひとつひとつ言葉を理解しながら読んでいます。
今テレビでは民主党の政策を検証する番組が多いですが、ここまで細かく具体的な説明はありません。又こんな細かい部分を突っ込む記者もコメンティターもいません。(細かいけど一番大事な部分)
薬品の認可もあのとき早く認可されていたらとか、結果からの判断ですが、一億数千人の健康を守るためには相当の時間をかけて最大公約数の決断をされているんだなぁとわかりました。

乙さん解説で政治がますます面白くなります。

民主党は今までの密室政治を辞めて何でもオープンに・・・という感じがしますが、ブログなどでさらにこんな解説付きとなりますから、そういう時代なんだろうと思います。

社民党福島党首が、民主党との連立協議で、突っ張っています。
国民には「蟷螂の斧」のように見えますが、さすが護憲政党、入閣の意義を重く受け止めてのことと思われます。
憲法に基づき、内閣の意志決定機構は、多数決原理ではなく、全員一致が大原則。
すなわち、たった1人でも、反対してブレーキをかけることができるのです。
内閣総理大臣は、更迭という手段で拒否権発動を牽制することができますが、更迭イコール連立解消ということになりますので、入閣前にしっかり合意形成をしておかないと、ごたごたは必定でしょう。
日本国憲法は、この国を運営するための意志決定のルールを定めたものです。
新政権では、閣外に党主導の意志決定機構を設けるので閣内の少数意見は封じ込めれると本気で信じているのではないかと不安になります。
某民主党議員が、ある官僚が「国会議員なんて政策なんて作れないし予算書だってまともに読めない」と発言しているのをけしからんと憤慨していましたが、政策作りや予算書の読み方だけではなく、憲法も勉強してほしいと思います。
こういう基本を気付かせてくれた福島党首は「論功行賞」ものです。
(気付かないメディアは懲罰ものです。)

さくらさんのおっしゃるとおり。
ここのこのコメントの応酬が、なんとまあ、わたしたちに政治の本質的なところを語ってくれることか。かささぎさんちって、学習の館だわ。

福島党首。土井たかこさんと違って、なにかもうひとつぴりっとしたもんがない、と常々不満に感じていたのです。土井さんの時代ならもっと人をひきつけるものが、そのオーラがあったろうにと。でも、彼女、よくがんばってると思う。
彼女が入閣してなんのやくに立つのよと思っていたのですが、これを読んで、おっ、みずほちゃん、がんばれ!という気がしてきた。

ところで。また、質問。
首相補佐官を社民・国民新党の国会議員から選出して出すという、国民新党の案。まさか実現はすまいと思うのですが、これの思惑(亀井さんの思惑とするところ)についてと、首相補佐官こそ官僚でなくてはならないのではないかと思う、そんなわたくしの素朴な疑問について教えてください。

首相補佐官は、首相への政策アドバイサーというだけで特段の権限はありません。
補佐官に影響されるもされないも首相の度量次第ということになります。
官僚だろうが政治家だろうが民間人だろうが、常勤か非常勤かで登用されます。誰も登用しない、という選択も可。

首相補佐官に呼び出されて、イラクの復興援助に関する意見交換をしたことがあります。
イラク問題担当の岡本行夫さん。
外務官僚だったが、湾岸戦争時に外務省が自衛隊の海外派遣を見送ったことに抗議して辞職した伝説の人。
外務省に後ろ足で砂をかけて飛び出した人であるのに、首相は補佐官に登用したりします。
小泉首相の外交姿勢の影に、岡本イズムが垣間見えます。
   ↓

ははあ。結局、その人の個人的資質が買われるということなんですね。政策アドバイザーってことは、ひとつの分野を極めたエキスパートというだけでなく、、多角的な知識や先見の目ももとめられるってことでしょうか。エキスパート集団か。想像つかん世界だ。

おつしろうの解説をよんでいると、これまでへのつっぱりにもならんと思っていた政党にもちゃんと正当なる存在理由があったんだってきっちりとよくわかるよ。ありがとう。めがさめるようだわ。せいこがいうとおり、はじめて福島さんのよさがわかった。これまではずかしくうざいだけのひとでした。(むしろ、なんでだろ。)みずほちゃん、ごめんなさいね。
とうろうのかまの訂正も産休縁まっち。

けっきょくさ。イメージだけでしかものをみていないのがよくわかるよね。人もものも。うわべだけ。

2009年9月 9日 (水)

水神への接近  談話(えーどこが?)

pencilこんにちは。
句会の件で質問があります。
当日の為に、いくつか作っていくものですか?
それとも即興でその場で作るのですか?
流れの様子で作るのですよね?
今まで作っているものを引用するために持っていってもかまいませんか?
国語辞書や漢和辞典も必要でしょうか?
歳時記は用意しました^^tulipyachtmaplebottle

エメさん。
本当は流れに沿ってその場でつくるのがベストなんでしょうが、わたしたちは素人の域を出得ませんので、前もっていくつか句をつくっていくことをオススメします。
これを「孕み句」といいます。
575の句や、77の句。あるいはキーワードでもけっこうです。歳時記は不可欠ですが、国語辞典は自由です。あるいはお気に入りの小説でもいいかな?ことばをチョイスするために。これはけっこう助け舟をだしてくれます。
恋の句、たくさんつくっていきましょう。
わたしも、これから孕み句をつくるつもりです。

pencilseikoさんありがとうございます。
なかなかすぐには浮かばなくて、当日が心配ですが、、なるほど~、、小説ですか。
book今は寺山修司氏を読んでいますので、それを持っていこうかな。。ただし、湯船読書なので、かなり膨らんでおりますがspasweat01

slate東京日和>>好きな映画です。
叙情的でゆったりとした時の流れで、、。
アラーキー氏の名作だと思います。
竹中氏はこんな感じが普段に近いのではないでしょうか。そんな気がします。
美穂さんもいいですね。 
彼女出演>>岩井俊二監督の「Love Letter」は見られましたか?
こちらもなかなかいいですよshine

月の句を、と課題をだすときに、月そのものを詠んでくださいという一言を書き忘れてしまいました。
音彦さんの月の句をみていて、しまった!と思いました。
月々の引かれもの多し。という月句だったから。笑

これはこれですごい俳諧。
でも、月の座の句にはなれない。

えめさん。
ろいりさんもきてくださるとよかったんですが。
映画の話をもっとしたかったでしょう。こないだのオフ会のときに。そんな気がした。
マラソン大会が来月あるので、そうそう帰省もできないでしょうしね。
そのうち縁があれば連句へもきて下さるでしょう。

詩をかくとき、歌詞をかくとき、なにかひとつのことば、核になるもの、起爆剤としての、たくさんのイメージをわかせる、をみつけてきて、それを中心にふくらませていく。という書き方。普段からなにかを読んでいるときなどに、気になったことばを蔵っておく癖をつけるといいですよね。歌詞をかいたことはありませんが。むかし、杏子さんがなにかにそう書いていたのを立ち読みしたことがある。

sunおはようございます。
ろいりさんはお元気でしょうか。 マラソン頑張ってくださいmotorsports
今度は映画のお話をしていただきましょうね☆

bookなるほど、気になった言葉ですか。。
いいなと思ってもその場かぎりな場合が多かったです。反省。。
杏子さん>>土曜日のベストヒットサタデーはお気に入りです。 ヒロシ君もなかなかいい♪
10年ほど前に、杏子さん、山崎まさよしさん出演のFM公開ライブが当たって、見に行きました(ZEPP)
スガさんがいれば福耳だ~とか思いながら楽しみました。
杏子さんは、バリ!素敵なお姉さんでしたheart
ZEEPは舞台真下から並ぶので(立ち見)5列目だともうまん前です。
パワーがあってほんとにかっこよかったdiamondもち山崎さんも^^
先月の放送で、清志郎氏のことにふれてありましたが、聞いていて涙がでましたclover・・朝から関係ない話になってしまった・・すみません・・。

club↑ZEEPじゃなくてZEPPです。訂正sweat01

音彦句。傑作です。
笑っちゃいかんち思うばってん、爆笑した。

 ご無沙汰してますのでたまにはコメントを。
日曜朝刊の図書広告欄に帚木蓬生氏の『水神』という作品が出ていました。
江戸時代前期、筑後川の水利工事に貢献した五庄屋の物語とか。
この話は小学生の時に学校で何回か聞かされ、うろ覚えしていたものだと思うけど、御存じでしょうか。筑後川は日吉校の(そして篠山校や、たぶん金丸校でも)遠足の定番コースだったので、その時聞いたような気もするし。そして遠足の目的地だった「放水路」とはどの辺だったのか?郷土史には弱いけど、何となく気になっていた「五庄屋物語」について、以下のようなことだけ読んでみました。

ろいりさん、久しぶりですね。
仰せの通り金丸小でも、歓迎とお別れの遠足は必ず放水路でした。
うろおぼえですが、神社の横を通った記憶がありますので、JRの前の日吉神社かとおもいます。だから医大を過ぎたあたりの河川敷ではなかったかと思うのですが、小一年生でも歩けるでしょうか。かなりの距離なので、違っている可能性が高い。12回も行っているのに覚えていませんね。不思議です。

よみました。
高邁な精神です。
高邁な精神が庄屋さんに宿っていたというお話。
こういうはなしがあるのなら、やはり八女の吉田の中島庄屋さんの人柱伝説も実際にあったことなんだろうか?うたぐってもうしわけない。同郷人なのに。
今日連句の付け句で、こんなんだしました。

遠賀川から海までの距離  (雑・裏六句目)

前句は、
お隣の午後のピアノが鳴り始め

すると、句はすきだけど、意味がわからない。といわれました。わたしもなにがいいたいのかわからなかった。川から海までったって、川のどこらへんから?河口からとしたらすぐそこが海じゃろうが。
まあ、だけども、おんががわということばのひびきがとてもきれいで、その川の名をいれたかったわけで、意味はどうでもよかった。
山頭火が浮かんでいた。山頭火が遠賀川を通っていった日の天気とか季節とか。

その句は結局取ってもらえませんでしたが、ここに連句的に書くことができたので、いいか。
以上、ろいりーさん、投稿さんきゅ。
わすれてた。『砦に拠る』は借りてきて冒頭と巻末だけ目をとおして返却期限がきて返しました。方言がそのまんまに採録されていて、それがとても新鮮だった。じぶんたちが使っていることばとさほど変わらぬことばがそのまんま。ああ、堂々としたことばだなあ!と、感動した。

政権交代と医療(10)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長 

 

  橋爪 章

民主党政策集では、新しい医療技術、医薬品の保険適用の迅速化にも言及しています。

製造・輸入の承認や保険適用の判断基準を明確にして、審議や結果をオープンにし、その効果や安全性が確立されたものについて、速やかに保険適用します。

保険適用によって従来の医薬品の限界が突破できるのであれば、おおいに推進すべき政策でしょう。

旧政権からの政策そのもので、別に政策転換というわけではありません。

むしろ、民主党政策集に堂々と掲げられていることに、若干の違和感があります。

医薬品の承認審査については、過去の多くの薬害事件に関し、民主党のスタンスは相当に厳しかったはずです。

承認時点での知見では効果や安全性が確認されて迅速に承認されたのだが後になって薬害事件を引き起こした医薬品について、その承認プロセスを相当に問題視してきた政党です。

承認に時間を要している申請薬には、安全性や有効性において既承認薬との比較優位の証明が悩ましいものが少なくありません。

製薬メーカーも、開発コストの回収のため、優位性に乏しいからといって申請を取り下げたりはしません。

かろうじて、ごくわずかな優位性をもって承認に漕ぎ着けている医薬品がたくさんあります。

それらは、一旦承認されたら、高い薬価が付けられ、特許権が消滅するまでは後発医薬品に置き換わることもなく、医療費高騰の一因となるのです。

流通後に安全性の問題が浮上してきたものもたくさんあります。

すべての承認について迅速化を謳えば製薬メーカーは大喜びですが、我が国は、医薬品の承認と流通に関し、多くの苦い経験を重ねてきたことを忘れてはなりません。

国民への福音となる画期的新薬に限定して承認・保険適用の迅速化と流通後のモニターの充実を図り、他は承認を焦らない、というのが本来あるべき姿であろうと思います。

新政権の試金石は、新型インフルエンザワクチンの輸入承認です。

1万人に1人しか重篤な副作用をきたさないようなものであっても、1千万人へ接種すれば1千人が重篤となります。

安全性の確認には時間がかかります。

今シーズンは見送って既承認の国産ワクチンだけで乗り切るか、多少の安全性の不安には目を瞑って承認を急ぐか。

従来の民主党のスタンスだと前者でしょうが、新型インフルエンザ対策全般に責任を負う政権党の立場での決断はどうなるでしょう。

「学長のひとりごと」9月9日付記事

コメント:

やっと政治主導の危うさの報道が出てきました。
本日の読売オンラインより
----------------------
「官僚依存脱却」を掲げて政権に就く民主党は、議院内閣制の本家・英国の「政治主導」を参考にする姿勢を示している。
 だが、英国では、閣外相や大臣政務官など各省庁に配置している約120人の与党議員は「数が多過ぎ、行政の支障だ」と見直しを求める声があがっている。また、労働党政権下で進行した、首相への度を越した権力集中にも批判が集まっている。
 英国は19世紀以降に成熟した2大政党制で政権交代が当たり前になり、官僚に対する政治主導が定着した。
 ロンドン大学のジョージ・ジョーンズ名誉教授は「官僚はカメレオン。主人が替われば、新たな主人の色に身を染める」と話す。閣僚の打ち出そうとする政策が法律・規則に反していれば忠告するが、適法であれば政策転換を受け入れ、「主人に忠誠を尽くす」。だが、英国で今問われているのは、その政治主導そのものだ。
 「閣外相や政務官は不必要に多い。彼らは出世のために党幹部の目を引こうとし、ニュースの話題作りに躍起だ。官僚が巻き込まれ、行政が混乱している」
 下院行政特別委員会は今年6月、こうした証言を盛り込んだ報告書をまとめ、閣外相と政務官の削減が必要と指摘した。
 閣外相や政務官は、若き政治家の登竜門とされ、官僚を掌握しているか否かで出世が決まる。しかし、最近では、メディアで目立つために自分勝手な政策を口にする傾向が増した。とりわけ、18年も野党に甘んじた労働党が1997年に政権奪還してからは、論功行賞で起用された閣僚が実務に長じておらず、閣外相・政務官のスタンドプレーを抑えられなくなった。

国保と組合健保の差の理由。
半分だけ、ご名答です。
国保のほうが年齢分布が年配世代に偏っており、自由な時間があろうとなかろうと病気になりがち。
健診の受診状況も大きく違います。
企業で働いている人はほぼ全員、定期健診で血圧検査や尿検査の異常の有無を自覚していますが、自営業の人はそうとは限らない。病気で倒れてからわかることも多い。
人間、暇があってもなかなか受診しないよ、自覚症状がなければ。
むしろ、自覚症状があっても我慢したりする。
かささぎ仮説のようにせっせと受診してくれてさえおれば、早期発見、早期治療で医療費はかからなくなっていくはず。

そうか。しまった。
自営業の人たちは国保でありましたねえ。
その視点がまったく欠けていた。
予防医学ってそれほど大事なんだね。
自覚症状・・・父のがんですが、食欲がないってこととときにおなかが痛くなるという自覚が一月つづき、母のついでに検査したのでわかった。医者ぎらいで肋骨を折ってもひとりでなおしたくらいだから、あのまま放っていたら今頃はしんでいたかもしれない。

次の首相は、国連気候変動首脳級会合でCO2の25%削減目標を表明するのだそうです。
マニフェストにも、こう書かれています。

CO2等排出量について、2020 年までに25%減(1990 年比)、2050 年までに60%超減(同前)を目標とする。

地球の未来のためには、すばらしい英断です。
これが首相のリーダーシップというものでしょう。
景気が落ち込もうが、国民負担が増えようが、地球にやさしくあるべし。
そういう政治哲学があってもいいし、政権公約でもあるので閣内調整は不要だと判断されたのでしょう。
環境省は大喜びでしょうが、鉱工業や運輸など産業基盤の担当省は青ざめています。
旧政権だと、決して内閣で合意されることはなかったであろう方針です。
憲法第七十四条に、法律及び政令には、すべて主任の国務大臣の署名が必要だとされています。内閣総理大臣いえども独断専行できない暴走安全弁として内閣が機能するようになっています。

こういう人が総理になって、政治がこんらんしたとしても、みんなの責任。
えらんだのは国民です。
なんだか、うそざむい日々ですね。年配の患者さんはおなじことをおっしゃいます。かささぎの職場では、世間話をしなきゃいけないので。
きのう書いていた前期高齢者の再診料はなんと高貴高齢者とおなじく一割負担でした。でも、先生は来年から二割になるよ。といわれた。
それともうひとつ。
母子家庭とかささぎは書いていましたが、保険証には、ひとり親、と書かれています。ってことは、父子家庭でも保護費が支給されているのかな?どうも、知らないあいだに福祉てんこもり。過剰支援ではないのかなあ。増えるはずです、りこん。

きょう、高校時代の友人がふたり、わが家に来ました。おもな話題は、シュートメとしての心得について、そして、政権交代。
官僚批判も出た。

ねえ。乙さん。
事務次官ってだれが任命するの?
わたしはずっと各省庁の大臣が任命するんだと思ってた。総理大臣が任命するの?(新聞読め!っちゅうねん)

各省の事務次官の任命権者は各省大臣です。
でも、任免権を振り翳すと、某♀外務大臣のように大臣のほうが更迭されたりします。
内閣総理大臣の任命権者は天皇ですが、天皇は決して任免権を振り翳さないのと同じ。
任免に至るまでの意思決定ルールのほうが重んじられます。
各省の幹部職員は各省大臣の一存で自在に任免できる仕組みではなく、閣議による事前承認が必要です。人事案は閣議にかけられる前に、内閣官房長官(政治家)と官房副長官3名(衆議院議員1、参議院議員1、官僚OB1)で構成される人事検討会議による了承が必要です。その人事案は、各省(官僚)で調整済のものが提案されます。番狂わせは組織の和を乱すので、省提案が了承されないことはまずありません。
一般に、事務次官候補は、退任する事務次官がOBと相談して決めています。

>一般に、事務次官候補は、退任する事務次官がOBと相談して決めています。

はい、すこ~~んと納得しました。
任命権者はどうやって数多い官僚のなかから事務次官を選定するのだろうと、どうにも腑に落ちないところがあったのです。ありがとう。すっきりした。

2009年9月 8日 (火)

『デトロイトメタルシティ』の宮崎美子さん

博多に住む長女が面白いよというので見ました。

はなしのすじは簡単。
純朴ないなかの好青年が紆余曲折を経て「no music  no dream」という青雲のこころざしを貫く姿をえがく。(ぷ!ほんとかよ)

まあ、みておくんなさい。
あの松山ケンイチのおかっぱ頭になよなよした内股歩き、なぐりたくなるから。
そのすがたで、きみはぼくのてんしさ~とか歌われた日には、おえ===

でもま、そうは問屋がおろさん。

あ、時間がない。

いそぐよ、とばすよ。

宮崎美子が九州の大分(?)の母親役で出てる、いい味だしてる。

ほんとにね、なつかしいなあってほんわかなれる。
みどり一色のいなかの神社でのやりとり。
そこのシーンみるだけでも見た甲斐があります。
じいんときます。

あたしは弟とわかれた日のことをひさびさに思い出しました。
できそこないそうだった弟役の少年も、ナイス!

ではいってきます。

政権交代と医療(9)  乙四郎元官僚語録

保健医療経営大学学長  

    橋爪 章

民主党の政策集には「包括払い制度の推進」という項目があります。

「出来高払い方式」(医療行為ごとに医療機関が報酬を受ける方式)は過剰診療に傾きがちで、医療費高騰の一因だといわれています。

それに対し、包括払い方式は、診療行為に関係なく、病態ごとに定額の報酬が支払われる方式です。

包括払い方式であれば過剰診療が医療費に反映しませんので、医療費抑制策のひとつとして、旧政権から導入が推進されています。

新政権の推進方針は次の通りです。

○急性期病院において、より一層の包括払い制度の導入を推進します。

○療養病床においては食費・居住費を含めた包括払い制度を導入します。

○超急性期・回復期・維持期リハビリテーションについては、当面は出来高払い制度としますが、スタッフの充実度および成果を検証し、将来的には包括払い制度に組込みます。

包括払い方式は診療に手抜きをしても定額の報酬が得られるので、必要な検査や投薬が省略される危険性がありますが、手抜き診療で病気の回復が遅れると医療機関の出費がかえって増えてしまいます。

粗診療が行われにくいよう丁寧に制度を組み立てることができれば、包括払い方式は効率的な医療の推進に役立つ仕組みだといえるでしょう。

包括払い方式の難点は、報酬額を決定するメカニズムが複雑であることです。

病態ごとの実勢相場(出来高払い換算)が基本となりますが、全国の医療現場で効率化が進めば進むほど、評価報酬額は少なくなってゆきます。

効率化が進まない医療機関では収益性が悪化してゆきます。

なお、外来診療にも、後期高齢者について定額の「包括払い」が導入されています。

かかりつけ医が診療計画書を作成して生活全般にかかわる指導・診察を行えば定額請求できる診療報酬です。

この包括払いについては、医師へのフリーアクセスが制限され、必要な検査ができなくなる恐れがあることなどから、新政権は反対しています。

「学長のひとりごと」9月8日付

2009年9月 7日 (月)

政権交代と医療(8)  乙四郎元官僚語録

 保健医療経営大学学長  橋爪 章

民主党の政策集では「被用者保険と国民健康保険を順次統合し、将来、地域医療保険として、医療保険制度の一元的運用を図る」という方向性が示されています。

経済同友会報告でもそうでしたが、医療保険制度の一元化は、医療制度の改革を検討する人が必ずと言っていいほど囚われる夢です。

一元化して、最も保険料が少ない制度に揃えることができるのであれば改革への着手は容易ですが、それは叶わぬ夢です。

70歳未満の統計に限っても、加入者一人あたり医療費が23万円の国民健康保険と、加入者一人あたり医療費が13万円の被用者保険とが一元化されれば、被用者保険の保険料はかなり上げなければなりません。

健康保険組合の合意を得ることは困難でしょう。

税金を投入して運用している保険であれば政権の意のままにできるかもしれませんが、健康保険組合は、逆に、他の保険を支えるために多大な拠出をさせられています。

さらに加入者一人あたり医療費86万円の後期高齢者医療制度も廃止して一元化するとなれば、健康保険組合の多くは破綻し、国民皆保険の維持が困難となってしまいます。

制度統合によって増える負担分を税金で補填すれば一元化は可能かもしれませんが、24兆円の社会保障予算の財布の持ち主が34兆円の医療費の財布の持ち主を助けようとしても、限界は明白です。

「学長のひとりごと」9月7日付記事

コメント

おつしろう。
これ読んで気づいたのですが、なんで国保と被用者保険とは一人当たり医療費に十万円もの差があるんだろう。ありすぎ。いつかその理由を教えてください。
えーっと、かささぎあたまで考えるその理由。

国保に加入している人の層は年配世代が多く、どうしても医療費がかさむ。なぜなら、自由な時間を持つ人が多いから。
あまる時間は自分の健康に費やす。さほど切迫した健康悪化状態でないただの老化であっても「病気」として扱う。また、さびしい「こころのロージン」が多ければ、やはりそれもまたグレーゾーンのやまいを生み出す。病院が社交場化するから。と、そんな経費が国保の医療費を増大させるような気がする。・・・ちごうとったら、すんません。

こうして、学長のていねいな医療制度についての説明を読んでいますと、民社が選挙で廃止を唱えた制度をじっさいに見直すとしても、ことばを変える、呼称を変えるというやり方くらいしか残っていないような気がします。
後期高齢者医療を高貴高齢者医療にかえるくらいのね。(かささぎ)

連句的コメント

乙四郎が心配していることを読んで、なるほどと思うと同時に、あれを思い出しました。あれというのは、電話やネットの料金が今よりお安くなりますよ、と言っては自社のプランに乗り換えさせようとする通信競争のことです。
つい勧誘に乗って切り替える、しかしけっして前より安くならない。よく見るとどんどん別のものがくっついてきて、だんだん料金はたかくなっていく。
芥川龍之介の話に、欲をだせばだすほど取り上げられていく話があったね。

官僚主導から政治主導へというのが民意なので、政治主導が健全に発展するすることを願うばかり。
戦争だけは起こしてほしくない。
政治主導で一番怖いのがこれ。
イラク開戦の例があります。
情勢展開次第では、今頃は日本も泥沼だったかもしれない。
そんな大事な決断を政治主導に委ねてもいいのかという不安。
イラク戦争の開戦経緯はこうです。
民主党が政治主導の参考としたイギリスの対応に注目。

2003年3月7日、国際連合監視検証査察委員会がイラクの大量破壊兵器査察の中間報告を行った。その結果、国連安全保障理事会では攻撃に関する決議が否決される可能性が高まった。
アメリカとイギリスは決議無しでの攻撃に踏み切ることにし、3月19日、『イラクの自由作戦』と命名した作戦に則って、攻撃を開始した。
イギリス・ブレア政権の閣僚は相次いで辞任を表明し、この方針に反対した。

ブッシュ、ブレアともに、情報操作によって官邸主導型政策決定を行った疑惑がある。
開戦の際、仏独は反対したが、小泉首相は「アメリカの武力行使を理解し、支持いたします」と表明し、米英正当化の流れを作った。
小泉首相の声明文は官僚が周到に準備した文書では「理解する」までだったが、政治判断で「支持する」が加わった。

イラク開戦に関する世論は賛否こもごも。
日本の自衛隊員が一人でも戦死していたら、政治主導の危うさの世論も高まっていたことでしょう。
現実は、派遣任務に就いた2万人の自衛官のうち35人が派遣中・派遣後に何らかの原因で死亡している。海上自衛隊員が20人。陸上自衛隊員が14人、航空自衛隊員が1人。
死因は事故・死因不明が12人、自殺が16人、病死が7人。
あまり知られてはいないが、重要なことなので情報操作すべきではない。
情報操作がうまいキナ臭い人が政権の中心にいると不安が募る。

おつしろう。
十六人も自殺しているのか。
こいずみさんが攻撃を支持する、というのをきいたとき、いくらなんでも。と思ったことをわすれない。私は反戦へいわしゅぎしゃでは全くありませんが、だけど、だからこそ、これまで代々の政治家たちや世論がひっしでまもろうとしていたことをあっさりと一人で蹴落としたかんじがした。こんなもんか。と。

きのう、みんしゅのえらいポストについたひとたちの紹介をちらちら何かしながらみてたら、かんさんのときにうしろのほうでにたすにたすわらっている官僚がいた、ありゃあ。おつしろうだ。とおもった。

四半世紀前頃までは、官僚への風当たりは強くなかった。
当時は「族議員」なるものが跋扈しており、官僚の意思決定プロセスに、何かと与野党議員が介入していた。政治主導の時代だったと言えるかもしれない。
したたかな官僚は、その後、政治介入しづらいルールを次々に打ち出し、族議員の活躍の場が狭まった。
族議員の息の根を止めたのは「情報公開法」。
議員からの圧力の記録が、開示請求されれば公開されることになった。
利益誘導がこそこそとできなくなってしまった。
法施行以来、与野党議員からの圧力が激減した。
もはや行政を政治家の思うようには動かせない、官僚主導の時代の到来。
しかし、この頃より、与野党ともに、官僚支配の打破がスローガンとなった。
選挙区のあなたに利益が誘導できないのはすべて官僚が悪いのだ、と。
しかし今回の選挙後、民主党議員が、情報公開を恐れず堂々と役所に接触している。
たとえば母子加算の復活圧力。
族議員の時代が復活した。

朝顔のむらさき

朝顔

 筑後国の「一の宮」久留米の高良大社は、筑後国中の僧侶、神官の総元締であった。
同時に盲僧の元締でもあった。多いときは、二、三千人を数える盲僧を擁し養っていた。
生活費や大社の維持費をまかなうため、芸を仕込んでいた。物語台本を与え、琵琶を持たせ弾じ語らせていた。そして村から村へ娯楽に乏しい山村をまわらせ、町部を渡り歩かせた。そのお布施は高良大社に納め、不自由な身を養ってもらっていた。
二、三千人の盲僧は、高良大社の管理化にあり、盲人座を作ってその監督を受けていました。

 北川藤左衛門尉の作といわれる『黒木物語』は、盲僧の弾じる台本だった。
黒木物語の編集は、紀州国高野山で行われたものとも考えられる。
まず高良大社の社僧を黒木地方へ遣わし、鎌倉初期からの素材=話のもとになるものを集めさせ、それを紀州にもっていったと考えられる。
 高野山には、高野比丘尼(女僧)や高野聖(学僧)という唱導文芸家がいて、教祖的文学を創作して広めていた。弘法大使の伝説がそうしてひろまり、ほかにも数多い。

 以上『貞享版 黒木物語』(和田重雄著)の前書より抜粋

コメント

これを読んでやっと腑に落ちた。
君が代を国歌とした乙骨太郎乙のエピソード中、それならおいどんの琵琶歌のなかにもごわす。といったことばが出てきた理由。
それとまだ全く調べていないけれど、水天宮に神として祀られている入水した安徳天皇の御付のあぜちの局関連の物語は平家物語として琵琶法師が伝えたものの中にあるんだろうなということに。
盲僧二、三千人とはまたすごい数。

守武と筑後が繋がった!
俳諧史は、荒木田守武の時代と松永貞徳の時代との間に半世紀強の開きがありますが、鑑実の俳諧興行は、その空白期に行われています。
仮説ですが、守武の俳諧は、その後、盲僧の世界で広まり、筑後の盲僧へ伝わったのでは。
空白期の俳談に「望一千句」「望一後千句」を著した伊勢山田の杉田望一(杉本望一?)という人(1548~1630)がおり、盲人だったらしい。

へえ、ここでつながったとはねえ。
かささぎと乙。
いや、あんたらすごいわ。
執念だねえ。
盲僧から盲僧へ。
その風景を想像すると、胸にしみるなあ。

おつしろう。せいこ。ぼん。それから古賀の音彦さん。らんちゃん。前田先生、私、調さん。これで予定の人数の8人になる。翌朝早くおとひこさんは仕事で帰る、でもエメさんがみえる。すみたからさんもきて、とまってくれないかな。部屋はまだ余裕がある。こういうときじゃないと、めったにゆっくり話もできない。おいでよ。だいたい、医家の妻なんてほうけんてきにもほどがある。
しゃいんりょこうにもつれていってもらえない。かわいそすぎる。だから、おいでよ。うそでもなんでもついて堂々とでておいでよ。夫や子は時にひとりにするべき。ほたるべき。
それから。この↑のコメントよんでおもった。
おつしろうもその場にいなければいかんとおもう。
星野一族の調さんが見えます。
さっきメールをよんだ。
失職中で英文の論文をひとつ抱えているだけの身とのこと。十日から朝倉(本籍地)、11日は星野、12,13は黒木(連句につきあうって)それから佐賀唐津方面へもいって15日ころに関東へかえるって予定らしく。
乙四郎もおってほしい、調さんにあってほしい。
きっと発見と展開があるような気がする。
なんだか、きもちはだんだん最強になってきた。
がるる!!でとろいとめたるしてぃの松山ケンイチみたく。

調さんが参加してくださるのはとても嬉しい事です。「かささぎの旗」おそるべし。
乙さんの参加もお願いします。
そらんさんが来られないのが残念です。

2009年9月 6日 (日)

朝、メールが鳴る

きのう夜「東京日和」をみたあと、次男が借りてきた「20世紀少年」の1巻から4巻までを読んで寝る。

朝九時半、めったに鳴らない携帯メールが鳴る。
でも、発信者の名前がない。
連句の宿題とかかれた返信だし、連衆の誰かと思うけど。
長文だしパソコンに移そうと操作をしたら、間違ってここに送信してしまう。
あわてました。
いっぺんで目がさめた。
まだわかりません。あわてものさんお名前を教えてください。
沢山作品を送信する時はパソコンメールへお願いいたします。
携帯メールは「参加します」とか「すこし遅れる」とかの緊急用。

朝、寝坊しました。
父と母はざりがにおっちゃんが温泉につれていってくれた。ありがとう、おっちゃん。
昨夜「東京日和」をもう一度最初からみました。
ゆるい。ときのながれがゆるい。柳川の川くだりのスピード。
中山美穂、いいおんなになったね。
お花のおかみさん役の藤村志保、やっぱりきれいだった。
竹中直人、まじめな役ははじめてみた。
最後台所の流しでなく場面、それからどっかの森の中でピアノ状になった岩をみつけて雨のなか、ふたりで楽しげに弾く場面がよかった。
同じアパートの男の子を自分の好きな色をつけてかわいがろうとする、写真家の妻ようこ。わがままでエキセントリックで繊細で、ああ、いいなあ。
うそをつくところも。早く死ぬところも。理想的だ。
うつくしいものは早く死ぬわかくしぬ。

柳川のみどりの駅のホームをぺんぺん草と缶コーヒー二つもって駆けてくる姿。
主題歌が大貫妙子だった。

政権交代と医療(7) 乙四郎元官僚語録

政権交代と医療(7)

 保健医療経営大学学長 橋爪 章

民主党のマニフェストで最も強調された項目のひとつは、後期高齢者医療制度の廃止です。

もし廃止できなければ政権の信用が一気に失われるであろうくらいにクローズアップされた公約です。

制度廃止は新政権の生命線だといえるでしょう。

しかし、制定理由があって出来た制度ですので、廃止はそう容易ではありません。

廃止前の制度は、健康保険組合や国民健康保険が拠出金を出し合って高齢者の医療費に充てる仕組みでしたが、拠出金の増大に耐えられず、健康保険組合による拠出金不払い運動が起きました。

1999年のことです。

この年の秋から国会で高齢者の医療についての論議が始まっていますので、2008年の制度開始は8年越しの検討の集大成だということもできます。

この間、市町村国保は、拠出金負担の多寡により保険料格差が最大5倍に広がり、社会保障制度としては許容できないほどの不公平状態となりました。

保険料の高騰は保険料の不払いを招き、国民皆保険の根幹が揺らぐ事態となりました。

制度開始により、健保も国保も、負担がずいぶん緩和されています。

保険料の地域間格差も小さくなっています。

この制度を廃止してしまうと、高齢者を多くかかえる健保や国保がたちまち破綻してしまいますので、何らかの財政措置が必要となります。

民主党の政策集では次の措置が記載してあります。

○廃止に伴う国民健康保険の財政負担増は国が支援

○国民健康保険を運営する自治体への財政支援を強化し、地域間の格差を是正

○高齢者の保険料負担は現行水準の概ね維持または軽減、若年負担について現行水準の概ね維持

医療費を多く要する高齢者は、これからも急増します。

しかし、保険料は現状維持でということです。

そういう制度設計だと、高齢者の医療費の増分はすべて税金で賄われることになります。

税支出が際限なく増え続けます。

消費税率アップなど、増税策を次々に打ち出さなければ維持できない制度となります。

保健医療経営大学:学長のひとりごと9月6日付
http://www.healthcare-m.ac.jp/app/gm/archives/1080

▼ かささぎの独り言

保健医療について勉強したわけでもない、ふつうのおばちゃんが思うこと。
きっとみんなもおなじように、しくみなんかわからぬまま、後期高齢者医療反対を唱えている。その理由は高齢者自身が保険料をおさめなければならないからという単純な理由。
こんど、整骨院に就職して窓口で料金をいただく身になりますと、料金にはあんまり種類がないことに気づきました。四種類か五種類しかない。まだ三日しか勤めていないから間違っているかもしれませんが。
保険での初診料1350円。社保、国保、共済、組合などの再診料490円。そして後期高齢者再診料が190円。あとは生活保護者と母子家庭が無料。えーっと前期高齢者も確か490円だった、再診料。
かささぎの観察では、後期高齢者は豊かです。少々の負担は当然、その分たくさんの医療支出があるのだから。それに幾重にも救済してくれます。こないだ父が胃がん手術をしましたが、あとで高額医療費をはみ出した分の二万円余が還付されました。還付手続きをしなくても返してくれるのです。ありがたいことですよね。
すこしはしくみにも目を通さねばと、関連ページをみてみた。

広域連合ということばが目に付く。その広域連合に(なにからきりかわるのかしりませんが)一部拠出が切り替わるので、かささぎの所属する夫の社保の保険料率が少し高くなるという通知がきました。夫は失業中、任意継続保険。来年の三月までしか使えません。

うー。それからはどうしよう。
かささぎ一人なら保険なんか入らないのですが。
死んでも病気しないから。

2009年9月 5日 (土)

希望が丘星人と遠く目が合う柿日和

いつもの景色も風呂掃除の窓から眺めると少し違う。

きょうは久しぶりのお休みでした。
母に頼まれ、午後から母の里の長老伯母(上津の山林に一人で住んでいる)と母を乗せて、母の末妹宅へ火事見舞いにでかける。
恐ろしかった火事の話、昨日ようやく後片付けが済んだ。
火事の廃材は市にすべて無料でひきとってもらえたらしい。
それはどうもエメさんが助言してくれたからみたいです。
(えめさんちは自営のリサイクル業)

叔母は青い顔でやつれたかんじでした。
自分ちのせいでよそさまのお宅を少し焼いてしまったのだから。
(むしろ被害は水を大量に浴びせたせいで家として機能しなくなったことらしい)。
すうじつは家にこもりきりで、あわせる顔がなかったとのこと。
おとといやっとお詫びを言ってまわった、と。
これから莫大な金額の損害賠償が回ってくるだろうと心配してました。

そんな話を母たちはくどくどとはなしている。
そこへわたしが、「みょうな話だけど」と、火事のおかげで就職した話をする。

いつもなんでこう罰当たりなことしか言わないかな。と思いつつ。

だけどもさ、おばさん。
火事のおかげでおばさんちはすっきりと跡形もなく小屋がなくなって広い庭ができたんだし、若夫婦は別に所帯を構えたことだし、老夫婦だけの家なら小屋より庭のほうが絶対いいって。畑にしてなにか野菜でも植えたら退屈しないよ、たのしいよ。・・・

そういう問題じゃないでしょう。   はい。わかっているって。

参照

因縁について:

 「最後のさくらさん」コメント
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-4bde.html

政権交代と医療(6)  乙四郎元官僚語録

政権交代と医療(6)

 保健医療経営大学学長 橋爪 章 

民主党政策集では、医事紛争の解決策として無過失補償制度の創設を謳っています。

産科医療については既に実施されている仕組みですが、すべての診療科について訴訟提起権とは区別した公的な無過失補償制度を創設しようとするものです。

医療提供側に過失があった場合には医療提供側が賠償することになりますが、過失が明確でなくても、医療事故によって死亡したり高度の障害や後遺症が生じた患者が補償される仕組みです。

賠償の確証がないまま長期化することが嫌で訴訟を避けがちな国民性の日本人ですが、このような制度が創設されれば、かなりの適用申請が上ってくると予想されます。

医療は患者に100%の治癒を約束するものではなく、期待に反して死亡したり後遺症が生じたりすることもしばしばです。

そのような不幸な転帰をとった患者の一定割合が申請するとすれば、相当な数になります。

基金を設けて制度運営する構想ですが、かなりの額の基金が必要となるでしょう。

補償原資には保険料、健康保険料、公的支出を充てる構想です。

保険料というのは医療機関が拠出するのでしょうか。

残念ながら、昨今の医療機関には経営的にゆとりがありません。

健康保険は、ただでさえ医療支出を抑えるのに懸命なのに、医療支出以外にこのような支出が加われば破綻してしまいます。

公的支出に期待せざるを得ませんが、税収が伸び悩む昨今、安定財源が確保できるものかは疑問です。

「学長のひとりごと」9月5日付

コメント

連句的につけます。直接関係はありません。

つい最近までちいさな警備会社に勤務していました。
社員は隊員、職員(営業、指導員、事務など)あわせて、最大の時期で百名程度、最小の時期で五十名程度でした。

人数が伸び縮みするのは需要期が決まっているからで、建設作業員とおなじ季節労働者だからです。
さて、警備の現場では割合ひんぱんに事故が起きます。
警備員が被害に遭うこともあれば、警備員のうっかりした誘導で事故を起こすこともある。そうなったときのために、会社は保険会社と契約を結んで保障をしてもらう体制になっています。もちろん、高い保険料を払って。
かささぎが気になったのは、民間の保険会社(すばらしく有能で気がまわる営業員がいた、まるでサービスという言葉を体現したかのような)の保障ではなく、労災でした。

あるとき、A隊員が深夜勤務で足に大怪我を負いました。
全治四ヶ月ほどかかりました。こちらの不注意も少しはあったにしろ、全面的に向こうが悪い事故でありました。仕事中の事故だから、労災が適用になります。ところが、相手というのは受託先でした。仕事を発注したほうの作業員のせいでうちの警備員がけがをした。すると労災はあちらの会社の労災を使うのではなく、こちらの労災を使うというのです。
そのことにマイボスはとても立腹された。
労災を使うってことはとってもめんどうなんです。
事務量も半端じゃないし、いろいろと内部に立ち入られるのが面倒と。
この件もしかし、第三者の目でよくよく考えれば、労災という公的な保障であるがゆえに色々と厳しい認定作業を設けていなければ、保険事業事態がたちゆかなくなる。そういうことだったのですね。

それと似たことに社会保険のひとつ、雇用保険の加入があります。
隊員の賃金は日雇いでしたが、社会保険事務所からは必ず保険の加入をやんやと言われます。強制的につけねばならない、というようなニュアンスで。ところがそれをやりたくてもやれない事情がある。隊員はひんぱんに出入りします。次々に入ってきてはやめていく。会社ではある程度定着した隊員に、それも勤務状態がまじめで信用できる隊員には雇用保険もつけてあげますが、だれにもかれにも全員につけるわけにはいきません。
そして会社がつけられるのは、この雇用保険(賃金×0・004)だけでした。健康保険や年金などは手の届かないぜいたく品でした。

じばら、ということば。自腹。
ちいさな会社ではなんでもかんでも自腹でした。事故の補填も、本来ならば備品であるはずの制服の購入も。
だから、かささぎはこんど就職したところで、制服を二枚ずつも只で支給されたとき、ありがたいなあと心から思いました。(かささぎの旗)

2009年9月 4日 (金)

政権交代と医療(5)  乙四郎元官僚語録

政権交代と医療(5)

保健医療経営大学学長  橋爪 章

民主党の医療政策を具体的に掘り下げて見てゆきましょう。

まず、「医療」をどうとらえるかの立脚点です。

政策集では「医療は提供する側と受ける側の協働作業」であるという視点が大きく打ち出されています。

現代医療ではごく当たり前の視点ですが、現在の医療制度は、もっぱら提供側の論理が幅を利かせていた時代に設計されたものです。

新政権では、受ける側の論理がよりクローズアップされた制度に再構築されることになるでしょう。

政策集には『医療における患者の尊厳を保障し、安全・納得を得られるための法律』を成立させると明記してあります。

具体的施策として、

○「医療対話仲介者(メディエーター)」を一定規模以上の医療機関に配置

○医療事故発生時の調査委員会の設置を義務付け

○各都道府県に設置される医療安全支援センターが設ける調査チーム(第三者機関)による調査や裁判外紛争処理事業者の紹介

○事故情報については、指定分析機関への届出義務をすべての医療機関に拡大

などが列挙されています。

これらの施策は、医療事故の原因究明と再発防止に役立ちますので、理念的には歓迎すべきところですが、医療経営の視点では、コスト(医療対話仲介者人件費、調査経費など)の投入が必要な施策です。

また、患者側に医事紛争のための材料が入手しやすくなりますので、医療提供側では訴訟や賠償のための経費が大きく膨らむであろうことが予想されます。

医療費の支出構造の中に医事紛争対処費用が大きな割合を占めるような時代が到来します。

増大するコストの手当て策を講じなければ、医療提供側が破綻してしまい、協働作業どころではなくなってしまいます。

(学長ブログ九月四日付記事)

コメント:

>なぜ、脱官僚がもてはやされるのか。

こんな記事がありました。抜粋します。
【9月3日 AFP】米国のカート・キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)は2日、日本の官僚に対する風当たりが民主党の衆院選圧勝で高まっている風潮について、「衆院選後、最も懸念している問題の1つ」だと述べた。
「個人的経験から助言すると、わたしが日本でともに仕事をした中で最も素晴らしかった専門家の何人かは官僚だった」「官僚たちが敵視され追いやられる様は見たくない」
「新たに政権に就いた政治家たちの多くは、こうした官僚たちがどんなに有能で、過去数十年にわたって日本の国益のためにどれだけ尽くしてきたかに、やがて感謝するだろう」
 米シンクタンク「ニュー・アメリカ・ファウンデーション」のスティーブン・クレモンズ氏も、日本には「国際的に活躍する世界最高レベルの官僚がいる」と指摘する。

せいこ、そう。やどすじゃなきゃいかんちおもうた。うつすだと、てあかにまみれてるちおもうたとよ。
で、なんでやどすだと空が主体だとおもうわけ?
わからん。露がやどす、って書いてたのに。どうほかに読みようがあるのよ。
じぶんはとってもきのうは人に気をつかってばてていたんだけど、それでもあたまはくりあーだった。そのくりあーな明晰なずのうでいくら考えたとて、手をいれた人のあたまのなかはうかがい知れなかった。きっと、つかれとんしゃあとやろ。ち、おもうた。または嫉妬。とこんなふうにうぬぼれるのを、おめでたいかささぎあたまといいます。他人の足を踏んでいても気づかず、百年も踏んだままでいるタイプ。
乙四郎、官僚は嫉妬されてるだけじゃないの。

米国の高官と原爆放射線の影響調査協議を重ね、
非関税障壁の論理をかざして血液製剤の輸入を迫る米国の高官と応戦し、
途上国援助協議のために各国を飛び回り・・・
ひょっとして、本来は政治家がやるべき役割をでしゃばっていたのではないか。
海外からは日本の政治家の姿が見えない。
官僚が国を守っている、と思われても仕方ないかも。

20世紀少年に出てくる「ともだち」
乙四郎さんの顔が重なるのはなぜでしょう。
ごめんね、乙さん。
でも、乙さんにとってこのブログは精神安定剤。いっぱい書いてね。

お馬鹿なファンより。

おつしろう。
政治家→看板屋。
官僚→実務家。
ってことなんだろね。アメリカでもそうなのだろうか。

ぼん。ぼんがこないだ三潴図書館で言ってた20世紀少年のともだちが乙四郎に似てるのどうのいうの、わたしは見ていないから想像もつかん。
浦沢直樹の『pluto』は二巻まで読んだ。鉄化治虫のをかきたしたやつ。

立場上実名で主張しにくいことが、ここでは覆面を被って言えます。
精神安定剤ですね。

以前、自衛隊がイラクへ派兵された時に流れたニュース映像ですが、自衛官たちが拳を上げて「と・も・だ・ち!」と叫び、現地の群衆がそれに唱和して「と・も・だ・ち!」と拳を上げていました。
何年も前のことですが、当時、20世紀少年を愛読してたので、気色悪かった。
民主党のスローガンは「友愛」ですね。
友民党みたいにならなければいいのですが。
8月31日は血の夏晦日として語り継がれることになるかもしれない。
ブログで敢然と立ち向かった誰かさんは極悪人とされるかも。

ちょいとちょいと。おまいさんがた。
編集の身にもなっておくんなさい。笑
下から父はおらぶは、おーい、ゴミ一輪車につんどるぞおーはよう出してこい。
わかったわかった。いまいくって。
時間のリズムが前とかなりちがう。
20世紀少年はみなきゃいけないのだね。わかった。
きのうは『東京日和』をみていた、そのまま眠っていた。

コメント

sunおはようございます。 今日はもんぺスタイルで頑張ります♪
☆★☆
dollar消費税を払い始めてからかなりの金額をみんなで国に納めてきたけど、ちゃんと使われてきたのでしょうね?
介護保険料と毎日払う消費税、各種税金・・所得に対する%って全部あわせるとどのくらいあるんだろうね。
本来、介護保険と消費税はなかったものなのにね。。

税金の無駄遣いをなくして財源にする、という政権党には、その財源を別の無駄遣いに振り替えるようなことはやってほしくないですね。
母子加算の扱いが、まずはお手並み拝見の試金石。
今日のニュース。
マニフェストの目玉のひとつ、「子ども手当」は、関連法案を今秋の臨時国会で成立させる方針だそうです。
秋に成立すれば、制度を来年度当初から開始でき、来年度予算成立が年度明けにずれこんでも、来年4~6月分(子供1人当たり3万9千円)を来年6月にまとめて支給することができます。
参院選は、来年7月です。
なお、子ども手当の財源に充当するとしていた、配偶者・扶養控除の廃止については、来年の通常国会以降に提出する方針だそうです。
子供のいない専業主婦世帯への大打撃が実感できるのは7月以降。

>配偶者・扶養控除の廃止については

永年給与計算にはつきものだったこれが全廃になるとは、画期的な転換ですよね。
(こういうとき、パソコンシステム会社は改変の仕事が発生し、売り上げとなります。)
今までこういうのは、そっと税金から引いてあげるね・・・みたいなつつましい国のおもいやりみたいに感じていたけど、子供手当て3万9千円は露骨なプレゼントのようだ。
採算が合えばこれにこしたことはありませんが。

政治が右傾化しようが左傾化しようが、官僚は自らの意志を貫いてきました。政権党に迎合する人も多いですが、少なくとも意志を主張する自由だけは与えられていました。
政府(官僚)と与党が対立することもしばしばで、そのような場合、官僚は足繁く与党議員の説得に通い、理解を取り付けています(このような現状が「官僚支配」と揶揄されるゆえんです)。
官僚の中には、辞職して政治家に転身する人もいますが、その所属政党はまちまちです。これも官僚の精神的自由度のあらわれでしょう。

民主党の政権構想では、この官僚のありようが激変します。
政権構想の5原則のうちのひとつにこんなのがあります。

原則2 政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下の政策決定に一元化へ。

何のことかわかりにくいと思いますが、一元化ということは、政府(官僚)が与党に迎合するか、与党が政府に迎合するかです。後者ではないみたいなので、新政権では官僚は与党に迎合しなければなりません。

原則を実現するための5策は次の通りです。

第1策 政府に国会議員約100人を配置し、政治主導で政策を立案、調整、決定する。
第2策 事務次官会議は廃止し、意思決定は政治家が行う。
第3策 総理直属の「国家戦略局」を設置し、政治主導で予算の骨格を策定する。
第4策 政府の幹部職員の行動規範を定める。幹部人事は政治主導。
第5策 天下り、渡りの斡旋を全面的に禁止する。

第1策で、政府の立案、調整、決定する政策は、与党べったりのものとなります。
第2策で、省庁間の調整機能が政府から奪われます。
第3策で、政府予算づくりの主導権が政府から奪われます。
第4策で、与党に迎合しない官僚ははじかれます。
第5策で、有能な官僚は自力で再就職できますが、そうでない官僚が重要ポストに居座り、官僚組織が老齢化してゆきます。

こうまで右傾化や左傾化へのブレーキが利きにくい仕組みになってしまっていいものでしょうか。
このような仕組みの国が滅びなくてもすむ唯一の道は、政治家が有能であることです。

ここで閑話休題。
おつしろうが今も官僚だとして、どっちの政治家とくみたい。どっちがくみしやすい。またはどっちが得意なタイプですか。まことちゃん。or くによしさん。
くによしさんはああみえて、呑めば楽しいらしい。
よめさんがとびきり強い女性らしいけど。笑
そんなことより、乙四郎自身は、なぜ中途半端な時期に官僚をやめて学長になったの。天下りっていうのでしょう。官僚のあちらがわの政治家になりたくはなかったの。あーでもあれだな。想像したくない。おつしろうが政治家になった姿なんて。
かささぎは古賀のまことちゃんに興味がある。それは以前からあって、戦争体験などを聞いてみたいのだけど。父上の。

えめさん。消費税、半年分ずつ納めますか。ざっといかないですね。一年分ともなればかなりの金額になりますものね。
例年ボスがお金をかき集めて、にがいカオをして納めにいってました。
○○データシステムって名前の信用調査機関であちこちの受託先を調べてもらいましたが、幾社か消費税を納めていないところがありました。消費税を納めていなければ、入札の資格が得られません。だから必死でお金をかき集めて、ボスは支払っていました。りっぱな中小企業のボスでありましたね、専務は。(社長はじっさいは雇われ社長で、かげの社長はマイボスの専務でした。おんなながらも、度量の広いたいした人物でした。政治家を父にもつってことはすごいことだな。とかささぎは感じていた。)

有能な官僚は自力で再就職できますが


これか。

かささぎには一種のテレパシーが搭載されていて、ちょうどのときにボスに首をきってもらい、ちょうどのときに一つ空いたポストにつくことができました。

memo案内状はありがとうございます。

消費税>>個人もしっかり取られるけど、仕事の分もかなり大変です。
同じくかき集める感じ★ 
今はきっとどこの事業所も同じだと思います。
よっぽど上手にしてるか景気のいいところではない限り。
結局、経済対策(緊急融資)で得をしたところは、大きい会社か中小でもあるていど社員をやとっているところだけじゃないでしょうか。。
ま、、極小にはまったく縁のなかったお話で・・・(^_^;)
ええい!忘れようっとdollar
club
今日は映画を1本借りてきました。
見ようか、いずれにしようかと、迷っているところですslate

政党じゃなくて人物ですね。
仕事の説明で、数多くの政治家と協議した経験があります。
社会保障の見識において官僚を凌駕していたのは橋本総理(自)。
こんな若造役人へも、説得力ある丁寧な切り返し。
教育的配慮もしてくれていたのでしょう。
その後、消費税導入を主張して失脚されました。
社会保障の哲学が言葉の端々に滲み出していたのは村山総理(社)。
どこまでも気持ちよく議論を展開できたのは坂口大臣(公)。
やはり、上に立つ人は違います。
ほとんど説明を聞いてくれなかったNK氏(民・元大臣)。
上に立つ人でも尊敬できない人もいます。

>政党じゃなくて人物ですね

行き着くところは、そこですね。政治屋ではなく、政治家。この国は政治家が少ない。だから優秀な官僚ばかりがめだって、外の国から政治家がみえない。大臣はみえるでしょうけど、政治家の姿はみえない。

もともと、民主党に脱官僚をマニフェストにさせたのは、財務省の裏金事件やタクシーチケット事件、社会保険事務所の年金記録放置事件など、国民、いえ庶民の感情を逆撫でするような無神経ともいえる所業がつづいたことだったのではなかったでしょうか。
優秀であるはずの官僚の一部が、「われわれがこの国を主導しているのだから、こんくらいのことは許されていいはずだ」という、つまり驕りたかぶりにとりつかれ、ついには国民視線や生活感覚の違いを失念した結果、国民から信頼を失わざるをえなかった。結局ここも、官僚も「人物しだい」ってことになるのかな。

2009年9月 3日 (木)

和田重雄著 『貞享版 黒木物語』

井筒屋古書部ネット販売で入手いたしました。

手にとってわかる。これは借りる本ではなく、もっているべき本。

写真は扉。右の山の上に猫尾城跡、中央奥に高牟礼城跡。

流れる川は矢部川です。

こんどの連句興行は、ここを左にみて矢部川の橋を渡り、猫尾城とは川を挟んだ山上にあるグリーンピア八女でやります。お楽しみに。

郷土の史話(一) 貞享版 黒木物語
 昭和58年(1983)11月3日発行
 福岡県郷土資料調査員
 黒木町文化財専門委員会会長
 編著者 和田重雄

 (資)東兄弟印刷所

「まえがき」にかえて  より幾つか引用いたします。

1 「黒木物語」は貞享五年1692年黒木住人 北川藤左衛門尉作(編)を再起。
 9メートル10センチの巻物一巻である。糊はずれのため、はじめと中ほど二箇所が欠落、それを「調城古談」と「黒木軍記」で補い、原本に近いものへと復元、再編集した。

2 「黒木物語」などの物語本の起源は主として中世(鎌倉以降戦国時代まで、1190~1600)ころの編纂。大衆にとっては読む文芸ではなく、琵琶法師や山伏の唱導する語りを耳で聞く文芸であった。

3 筑後国の「一の宮」久留米の高良大社は、筑後国中の僧侶、神官の総元締であった。
同時に盲僧の元締でもあった。多いときは、二、三千人を数える盲僧を擁し養っていた。
生活費や大社の維持費をまかなうため、芸を仕込んでいた。物語台本を与え、琵琶を持たせ弾じ語らせていた。そして村から村へ娯楽に乏しい山村をまわらせ、町部を渡り歩かせた。そのお布施は高良大社に納め、不自由な身を養ってもらっていた。
二、三千人の盲僧は、高良大社の管理化にあり、盲人座を作ってその監督を受けていました。

4 北川藤左衛門尉の作といわれる黒木物語は、盲僧の弾じる台本だった。が又黒木物語の編集は、紀州国高野山で行われたものとも考えられる。まず高良大社の社僧を黒木地方へ遣わし、鎌倉初期からの素材=話のもとになるものを集めさせ、それを紀州にもっていったと考えられる。
  高野山には、高野比丘尼(女僧)や高野聖(学僧)という唱導文芸家がいて、教祖的文学を創作して広めていた。弘法大使の伝説がそうしてひろまったものだし、ほかにも多い。

通勤路からみえる観音

こんどの通勤は国道三号線がもっとも近い。
ラッシュに遭わねば十五分。これまでの半分の時間。
ちょうどこの聖母子観音像(っていう?キリスト教?笑。まさかね。左のパゴダはなんだろ。以前はなかったような記憶)が見えてくるあたりで車が渋滞し始める。

ごあいさつに一枚。

政権交代と医療(4)  乙四郎元官僚語録

政権交代と医療(4)

保健医療経営大学学長  橋爪 章 

政権公約(マニフェスト)は、これまでの政権でも100%実現できたわけではありません。

マニフェストに書かれている個々の公約については、これまでは、諸般の事情(たとえば野党の抵抗など)で実現できなかった、という言い訳も寛容されてきました。

法的拘束力はありません。

公約を実現するかしないかは政権の信用度のモノサシですので、実現率が低ければ次の選挙で信用してもらえないだけのことです。

医療については、マニフェストには何十項目もの記載があります。

実現可能性が疑われる項目もありますが、結果として実現できなかった場合、これまで同様、世間は寛容してくれるでしょうか。

新政権は、財源の不明確さからマニフェストの実現可能性が問われ、そのたびにマニフェストを必ず実現すると声高に応戦を続けた末、圧倒的多数の支持を勝ち得ています。

すなわち、「マニフェストを実現する」こと自体が、事実上、最も重要な政権公約となっています。

こういう経緯で誕生した新政権ですので、マニフェストに記載した項目のひとつひとつに重みがあります。

新政権は野党の抵抗を理由にできないくらいの議席数を確保しましたので、実現できなかった場合の言い訳も苦しくなることでしょう。

選挙のたびに、政権は誰がとっても同じ、という醒めた声が巷に囁かれてきましたが、新政権が提示した画期的なマニフェストが実現されるとなると、この選挙結果で国民生活には画期的な変化が訪れることになります。

首相直属機関として設置される「国家戦略局」も、財務省と他省庁との関係を根本から変えようというもので、日本で独自に発展してきた議院内閣制そのものが揺らぎかねない革命的要素を孕んでいます。

行政権の行使に責任を負う、行政権の最高機関は内閣です。

戦前の大日本帝国憲法下では内閣の地位は不安定でした。

外部(枢密院や軍部)の圧力に国政が導かれることもしばしばでした。

そのようなことにならないよう、内閣の地位を確固たるものにしたのが日本国憲法です。

戦後の日本においては、内閣を構成する国務大臣が調整を重ねながら国家戦略を練ってきました。

国家戦略の権限が内閣以外に設けられ、国務大臣間の調整が封じられるようなことがあってはなりません。

厚生労働大臣はしばしば財務大臣と対立します。

マニフェストの記載事項の中には、厚生労働大臣が財務大臣を論駁できなかったような事項も多々あります。

「国家戦略局」の圧力で、財源に責任を持つ財務大臣の発言が封じられ、そのような事項が実現できるようになれば厚生労働大臣としては願ったり叶ったりですが、内閣のありようとしては危険な道に踏み出すことになります。

「学長のひとりごと」九月三日付:

http://www.healthcare-m.ac.jp/app/gm/archives/category/health-m

コメント

>はたして、大臣が掌握できるものでありましょうか。

「大臣」というのはポストの名称で、個人の能力如何を問わず、省庁を代表した最高責任者です。
大臣自身が大臣としての職責を果たすのが理想ですが、個人の能力で大臣の重責を全うできるようなスーパーマンはいるはずがなく、大臣をとりまく補佐者集団の総合力が、その大臣の力量ということになります。
補佐者集団というのが、官僚です。
大臣の個人的資質があまりに頼りないと、ほぼ100%、官僚の言うなりに大臣が動くことになります。
これが、いわゆる官僚主導、官僚支配です。
官僚の言うなり大臣を無能呼ばわりする人もいますが、自分の能力のなさを自覚して官僚の言うことに謙虚に耳を傾ける大臣を無能であるとは思いません。
官僚が上げてきた起案書を、ろくに話も聞かずにゴミ箱へ投げ捨てた大臣がいましたが、このような大臣のほうが無能だと思います。この元大臣の所属政党が、今回、政権をとりました。
官僚主導は、制度上のものではなく、結果論だと思います。
制度上は、国会議員であるところの大臣、副大臣、政務官に各省庁の主導権限が与えられていますので、力量があれば政治主導となるはずです。
脱官僚、政治主導を唱える以上は、官僚と渡り合えるくらいの勉強が必要です。
行政の仕組みを勉強したような形跡もない新人議員を大量に抱えた政党が、官僚の力を借りずに行政権を掌握することができるとは思いませんが、圧倒的多数の国民が「官僚主導から政治主導へ」のスローガンに賛同している事実は受け入れなければなりません。
世の中の期待が失われゆく職は、職としての魅力も失われます。
将来有望とされていた中堅官僚が続々と退官しています。
彼らの退官は老練な政治家の落選よりも国家にとって損失かもしれませんが、報道されることもなく、霞ヶ関は崩壊への道を歩んでいます。
政治主導は民主主義社会が目指すべき理想だと思いますが、政治主導の意味をはき違えると、日本は崩壊します。
学長が、明日のブログに、国務大臣の地位に関する重大な警告を書くみたいです。
誰かが書くだろうと期待していたけど誰も書かないので痺れを切らしたようです。
政治だけではなく、この国の言論界もどうなっているのやら。

とりまきさん、とてもわかり易い解説ありがとうございます。一番知りたい部分でした。

要するに政治主導ということは自分たちが(政治家が)がんばるということなんですね。
がんばっていただきましょう。

それぞれが勉強して内容を掌握し官僚と政治家がともに切磋琢磨してより良い方向に進んでいただきたいものです。

>将来有望とされていた中堅官僚が続々と退官し>ています。

これはどうしてですか?
早期退職みたいな、自主退官ということですか?
素人集団みたいな人達にかき回されるのがいやでですか?
こわいことですね。
その隙に外国に占領されたりして。

こんばんは。
とりまきさん、ご多忙ななか、きちんとしたわかりやすい説明をしてくださってありがとうございました。わたしにも、すっと腑に落ちました。

新しい条例が制定されると、判で押したように聞かれるのが机上でしか物を考えたことがない役人がつくった血の通わないもの。といった批判です。わたしも長いことそう思っていました。でも、乙さんの役人現場報告を聞くと、ああ、役人も人の子、捨てたもんじゃない(ごめんなさい、失礼を承知で言わせていただきます)じゃないのと思うのでした。

ではなぜ、脱官僚がもてはやされるのか。
今度はこの点についてわたしなりに考えてみようと思います。
とりあえず、お礼まで。感謝しつつ。

おつしろう、さくらさん、せいこはん。
むずかしいおはなしをなさっておりますね。
去年乙四郎大学へ行ったとき、どなたかお偉いお役人さん(乙四郎は先輩だっていっていた)が現代の医療の問題点を詳しく説明なさいました。
ところが、かささぎはかささぎ頭であったので、さっぱり話が見えずわからず閉口しました。別の言葉でいいますと、そのときはまったく興味がわかなかった。
保健医療経営大学の開学の根幹に関わることであるのに、なんでこうも面白くないんだろうか。
と、かささぎはうんざりしたのをおぼえています。
(ごめん、正直にいわせてよ。)

かように、現代の医療制度の話も理屈もわからない者が巷にはあふれていて、わかる努力など何ひとつせずに、すべてやってくれている官僚の非難をしています。
なぜこんなふうになってしまったのだろうか。
それはきっと毎日みんな自分の生活を守ることに追われて、ほかのことを何もかえりみるゆとりがないからだろうと思います。
新聞もテレビも雑誌もみんないっしょ、わかっていないのに、紋切り型の非難の台詞をならべてはそれを連呼する。
楽ですからね、わが身はちっとも傷つかないし。
思考は浅いは、人への信頼は浅いは、ころころめざましく変わる総理や大臣、すこしくらいがたがたしたって辛抱して待ってくれるようだといいのですが、だれも待ってはくれないし、ただただ不平不満をいうだけ。
わかっていない。
かささぎはおつしろうブログをよむようになって、じぶんが何一つわかっていなかったな。ということがわかるようになりました。まいにち少しずつ、これがポイントです。

政治の話はそれまでにしよう。
今日、自分の脇句をわかってもらえませんでした。
それが悲しかった。
こんな句です。
発句
ゆうるりと神の旅路か今日の月
脇句 
露ひとつぶの宿す大空
いわく、大空に露が宿るのはちょっと無理、昼間の空を思わす語感ですし。と
露ひとつぶを宿す萩叢
と差し替えられました。
少々むかついた。
だれが空に露が宿ると書いた。ちがうでしょう。
露のひとつぶにも月の光の大空が宿っている、映っている。と書いたんです。
萩や草が露を宿すのは当たり前のことです。
わたしは、
雨だれは目を見開いて落ちるなり
と書いた折笠美秋をひびかせたつもりだった。

この無念のおもいを勝手に句をいじった俳人へいいたい。次に回ってきたとき、言うかもしれないけど、けっきょく感性は一人ひとり違うんだな。と思って断念するのでありましょう。
きっと乙四郎もせいこもぼんもばどさんも、あたしが自分勝手にばっさばっさとあなたたちのだいじな原句に手をいれたことをうらんでいたろうなあ。と、しみじみ思ったことでした。

あ、かささぎどん。
おかえりー。
新しい職場でのおしごと、おつかれさま。
気をつかって疲れたんじゃないかと案じておりました。(え?そんなことはねえ?)あ、そ。笑

>露ひとつぶの宿す大空
あやういところですなあ。
つゆのひとつぶがやどっているおおぞら
であるのか、
つゆのひとつぶがやどしている おおぞら
なのか。
宿すでなくてはならなかったのか?
映すにしたら、一挙解決なんだろうけどね。
>露ひとつぶの映す大空

>きっと乙四郎もせいこもぼんもばどさんも、あたしが自分勝手にばっさばっさとあなたたちのだいじな原句に手をいれたことをうらんでいたろうなあ。と、しみじみ思ったことでした。

そうね。数年前ならね、むかついたかも。わたしだって。
いま?
ふん。なれっこだわよ。そうやって、気を遣われるほうがよっぽど気色んわるか。

本日、三度目の投稿です。
たびたびお邪魔してもうしわけありません。
今回は乙さんにではなく、学長に。
あのブログ、完全に一方通行なので、言いたいことがあっても言えなくって、たまにストレスになるっちゃん。で、ここで、発散させてください、かささぎどん。

生活保護世帯への母子加算手当、民主政権は本気で復活させる気でしょうか。
子どもとふたり世帯で、210000円の生活費が支給されているとして、うちの息子の手取りをすでにこえています。来春、転職が確定した次女の夫、いまは基本給240000円ですが、転職後は前歴換算があったとしても200000円程度のものと見込まれます。妻子をかかえた三人暮らしです。

なにも、生活保護費が高すぎると申しているのではありません。ぎりぎりの生活を余儀なくされている世帯は、かくも多いのだということを申し上げたい。ぎりぎりの生活をしてる若者が身近にごろごろしてるいまだからこそ、たった10万人のためにではない、フラットに生きるお金を投入してほしいのです。敵対する政党が音頭を取った施策にも残すべき有効なものがあるということを念頭において改革に臨んでいただきたいと思います。

私もさっき母子加算とはなんぞや?と検索してみました。
seikoさん同様の感想を持ちました。
私の娘夫婦も孫を8ヶ月から保育園に預けて必死で働いています。
単純に言うなら、離婚して働らかないで子育てしたほうがいい暮らしということ。

生活保護を脱して就労したほうが所得が低くなる、という逆転現象。
それじゃ就労の動機付けができない。
母子加算はそのままににして、何百万、何千万の就労者の所得をぐぐーっと上げるのが理想でしょうが、そんな財源はさすがにないので、官僚たちが長年智恵を絞って各方面を調整してやっとの思いで出来上がった策が、母子加算の廃止と見返り制度の創設でした。
マニフェストに明記してあるので、新政権は母子加算を復活させるはずです。
これでまた、有能な官僚が退官するかも。
やってられんわ。

そうだった。弱者保護のジレンマってのがあって、それは就労意欲をなくさせてしまうことなんだと聞いたことがある。県のケースワーカーだったまきぐっちゃん女史に。

働けば保護費が減るので働かないのだと公言して憚らなかった夫婦がいた。彼らの子どもが成人して、年老いた両親への仕送りを助言したら、「俺達は生活保護に育てられたのであって、親に育ててもらってはいない。だから仕送りをする気持ちはない」と答えたんだと。昭和50年初めの頃の話だった。

でも、みんながみんなそうではなかった。
わたしの知人も母子家庭で生活保護を受けておられたが、彼女の口癖は「子どもが肩身の狭い思いをするので、はやくお上の世話にならなくていいようになりたい」だった。そして事実、子どもが高校生になるころには、辞退された。ケースワーカーが「まだ暮らしがきついからもう少し受けていなさい」というにもかかわらず。

そう。まったくあほらしくてやってられんわ。
なーにが母子家庭保護だろうか。偽装離婚組があふれているじゃないの。かれらははるかにかささぎたちより豊かだ。外車はのってる、習い事もたくさんさせてる。別れてなんかいないし、一緒に住んでいるのに、なんで母子家庭なんだよ。そんな夫婦をたくさん知っている。でもいわないだけだ。
二年間働かないから、と夫が言ったとき、離婚手続きして母子家庭したら楽になれるな。などとは少しも思わなかった。そんないやしい考えにだけはなるまい。とはがみしておもうよ。でも、でもね。税金、はらいたくなくなってきたよ。
去年はたくさん払った。七万近くを何回も。退職金があったから、なんとか払えた。
今年はゼロとおもいきや、やっぱり払えって請求書がきて、夫が一回につき1万五千円ほど、かささぎは一回につき四千円。夫の収入がゼロで、妻が十万以下でも、こんなに払わねばならないなんて。
ひどすぎる。国民をやめたい。

あーだから偽装離婚が多いのね。噂には聞いていたけど。
で、給食費払わないのね。たち悪いね。まじめに働きまじめに納税している事がばからしくなってくる。
いかんいかん、まじめを継続してこそ日本人だ。人が見ていようといまいと。12000円もらっても罰は当たらないんだ。
でも、あん人たちにはそれ以上の金額が行っているのよね。むなしくなるね。

モロヘイヤとブルーベリー

従姉(一回り年上)が選挙の当選御礼にと自家栽培のモロヘイヤを届けてくれた。
婚家がその政治家の妻の親の実家で、なおかつ政治家の妻の義妹が、この従姉の義弟と婚姻関係という複雑に重なるややこしい縁で、熱心に支援していた。
選挙支援運動そのものを心から楽しんでやっている、という風に。

このいとこから、先日はブルーベリーのジャムももらった。
どちらも新鮮でとってもおいしかった。ジャムはかささぎが独占してたべた。
自分で育てて収穫したのだそうです。

最近、母が草取りをしていた姿をよく思いだすんよ。

と従姉がいいます。

少女だったそのころ、遊びたいのに、ピアノだの習字だの母に習いに行かされてね。
でも友達からはうらやましがられていたってことに後で気づいた。
そのころはしんからいやだったけど、母のおかげで小学校教員になれたんだなってよく思うもの。(従姉のみちよちゃんの話)

この従姉の母は、やまなみ短歌会に所属していた。
従姉は色紙に母のうたの幾首かを清書して残している。

私も伯母の歌に好きな歌があるが、従姉の書いた中に見当たらない。
従姉にどこでよめるかきいてみた。

八女図書館の閉架にある所属当時の「やまなみ」を全部だしてもらって母の歌は全部よんだ。そこから好きな歌を選んだ。
・・・との返事。そうだったの。

引きたいのは「軒深き」一首。
それは従姉の母と私の父の生家を歌った叙景歌であった。

2009年9月 2日 (水)

政権交代と医療  乙四郎元官僚語録

政権交代と医療(3)

 保健医療経営大学学長  橋爪 章

「国会」は日本国憲法の第41条から第64条に、「内閣」は第65条から第75条に規定されています。

国会の役割は、法律案、予算、条約承認の審議と表決、国政に関する調査、裁判官の裁判です。

内閣の役割は、行政権の行使、議案の国会提出、一般国務及び外交関係についての国会報告、行政各部の指揮監督です。

法律の執行、外交関係の処理、条約の締結、官吏に関する事務の掌理、予算の作成と国会提出、政令の制定、大赦・特赦・減刑・刑の執行の免除及び復権の決定なども内閣の役割です。

これらの役割のうち、国(内政)を動かす大きな武器は、法律と予算です。

政権党は、これらの武器を手中に収めることになります。

国会が召集されたら、さっそくこれらの武器を行使することができます。

予算は、来年度予算案の審議を待たずとも、本年度補正予算案を編成して国会提出することができます。
民主党は、現政権下で成立した13兆9000億円の本年度第1次補正予算の執行を停止して不要な事業を廃止し、浮いた財源を2次補正と10年度予算へ振り向ける方針です。

さっそく、第2次補正予算案の項目が報道されはじめています。

たとえば民主党マニフェストで宣言されている「母子加算の復活」です。

一人親の生活保護世帯に対する手当について、母子加算が本年3月末に廃止され、就労支援制度(就労者あるいは職業訓練を受けている者への手当)に振り替わっています。

母子加算廃止の影響を受けた約10万世帯が対象で、10月からの半年で90億円の財源を必要としますが、第1次補正予算の組み替えや予備費で捻出できないほどの額ではありません。

高速道路無料化や後期高齢者医療制度の廃止に比べれば、マニフェスト実現は容易でしょう。

なぜ現政権は、選挙の年に、10万世帯もの票を失いかねないような施策を実施したのでしょうか。

第1次補正予算では、ひとり親家庭への支援強化のための「安心こども基金」が創設(500億円)されていますので、財源をケチることが目的ではなさそうです。

公明党厚生労働部会長の桝屋敬悟衆院議員が廃止の理由を丁寧に述べています。

http://www.iwoman-net.com/qa/masuya-boshikasan20090618.html

母子加算が復活するということは、ここに述べてある理由が全否定されるということになりますが、民意は理屈に勝るというのも民主主義社会を動かす確固たるルールですので、マニフェストの誠意ある実現に邁進してほしく思います。

理由はともあれ、10万世帯の生活は楽になります。

保健医療経営大学学長ブログ:九月二日付記事
http://www.healthcare-m.ac.jp/app/gm/archives/1056

コメント

財務大臣になって予算をつくろう!
   ↓

乙さんに聞きたいことがあります。
民主党は脱官僚支配をマニフェストに掲げておられますが、これって可能なの?
末端国民には想像しがたいほどの膨大な量であろうと思われる「各省庁の調整」という業務。
はたして、大臣が掌握できるものでありましょうか。

なんだなんだ、結構みんな同じようなこと考えてたんですね。

なんかさ、昔、年寄りをリヤカーに乗せて選挙へ連れて行ってた風景が焼きついていて、子供ごころに選挙は絶対行くものと思っていました。
かささぎさんの両親もそうなんだろうと思います。
しかし、誰に入れたか絶対言っちゃいけないという風潮もあった。
これおかしいね。
これはたぶん特高警察時代のなごりだと思う。

政治には結構関心あり、しっかり人物で選んでいます。
男は大体顔みりゃわかるってことで選ぶ場合もある。
今回人物で選べない状況にあたし怒ったのです。
これじゃ、あっちへどどーっと、こっちへどどーっとなりそうな気配ですね。
人物で選びたいので、同じ党の人が何人も居たほうが良かった。
1か0で選ぶのは日本人の精神になじまないはず。

日本人は行き着くところまで行かないと生まれ代われない、全滅しても思いとどまることなく突き進み、俺たちが死ぬことでしか日本は再生できない、その捨石になろうじゃないかと、そこに死生観を見出して死んでいった大和乗組員の言葉がよみがえり、今日本は、二度目の焼け野原になりつつあるんじゃないかとさえ思っています。
乙さんの情報のようなことが事前にわかっていれば・・・また違ってくると思うけど、都合の悪いマニフェストは出さないであおるマスコミ、戦時中とどこが違うのですか。

負けた自民党員の大物(私はかってた人物)のこと、なんで今回又選挙にでたのだろう、よく出てこれたわね・・・なんて言った女性コメンティターを私は許さない。
出るも出ないも自由、政治家には政治家の生き方あるんだよ。政治家で生きてるんだもの。
そのへん、かささぎさんのこがまこと評と同じきもち。

seikoさんの乙さんへの質問、私も是非知りたいです。
最近ブログずーっと読んでいます。


>今日本は、二度目の焼け野原になりつつあるんじゃないかとさえ思っています。

どどど~っと同じ方向へつきすすむその危険性も含めて、さくらさんのお気持ちこれで、よくわかりました。
さくらさんって、筋金入りですよね。
いやいや、変な意味でなく、どういうのでしょうか、ものの考え方捉え方にきちんとそれも太い大きな筋が通ってる。さくらさんの年代ってみなさんそうなのでしょうか。社会情勢を自分のものさしできちんと捉えられていることに脱帽します。のほほんと生きてる、ノホホン族の自分がなさけない。

 

少年

少年

最後のさくらさん

最後のさくらさん

さくら。げんきでね。

失職その2-就職面接

十二時からの面接と一時からの面接を終えて帰ってきました。

ハローワークで希望職種にふと思いついて医療事務と入力しました。
54歳、時給800円、と打ち込み四件ヒット、全件印刷する。
五件までは印刷して閲覧できるようになっています。
いずれも個人経営の院で、一件は「急募」と打たれた所でした。
そこへまずいきました。場所は荒木、オフ会をした地の近くでした。
院長は荒木で二つの院を経営しておられるらしい。
縁を感じるところがいくつかありました。
わたしの通った小倉の短大へ姉上が通われていて、自分もいちど付いていったことがある、あの坂道を歩いて・・と言われたとき、お。シオンの丘。とおもったです。
師恩の丘。

んがそれよりもあっと驚く因縁で、かささぎはそこと繋がっていた。
どうして急募ですか、なぜ前の方はやめられたのですか。
との問いに、何気なく院長が話された前任者の災難話。
彼女はそのせいでパート勤めができなくなり、やめざるをえなくなったとのこと。
そして、その受難は、よりにもよって最近わたしの親戚がもたらした受難に違いない!と思い至ったとき、一本のロープみたいな太いえにしの糸がありありとみえてきました。

もう今からでもきてほしいような口ぶりでしたが、もう一件面接の予約があった。
三時頃にはっきりとお返事をいたします、と申し上げて、次に久留米市役所近くの医院へ向かいました。

個人経営の内科医院でした。
こちらは整骨院と違って医療報酬請求事務という専門知識が絶対必要です。
しかし三十年も前にやっていたことで、忘却しています。
それでも行ったのは、電話応対がすごく感じがよかったので、どんな医院か見たいという好奇心です。はい、ずうずうしいです。

目指す医院はすぐわかりました。新築工事の警備を請け負った所でした。
隊員を送ってそこまでいったことが何回かあります。
迎えてくださったのは、七十台のやさしい奥様と老院長先生でした。
さっそく試験をするとのこと。
えっ!なんにも予習をしていない。
一人のカルテをみせて、この七月分の医療行為をすべてレセプトに書き出して、請求書を作成してごらんなさい。うちはすべて手書きですから。
・・とおっしゃいます。大きな計算機も貸してくださいました。

一人にされて、わかりませんともいえず、レセプトとカルテをじっと睨んでいました。
それにしても、なつかしい!!

でも感傷に浸っている暇はない。請求書を作成しなければ。
一応、カルテに覚書みたいにあちこち数字がかかれていたので、点数の計算だけは768点と出すことができました。再診料とか注射とか検査とか投薬料です。
768点は今も昔と同じく一点が十円ならば7680円です。
これの三割負担ならば、計算すればすぐでます。しかし自信がありません。
それに余白には何がいくらと詳細を書いていたと思うのですが、どの検査がいくらなのかがさっぱり見当がつかず、よってこの果敢な挑戦は断念とあいなりました。

ネットで最近の診療報酬点数を予習して行けばよかった。
さほど複雑な医療行為ではありませんでしたので、くやしかった。

「すぐに使える人がほしいので。残念ですねえ!」と奥様はおっしゃいました。
すみません、やはり忘れています。と私は苦しい言い訳をしました。
野次馬根性からご迷惑をおかけして、すみませんでした。

結局、因縁が黒々と手招きする最初の整骨院にいきます。
今日のお昼から。もう一人の人と午前、午後の交代制みたい。



2009年9月 1日 (火)

学長ブログと福岡七区の民度の高さ

政権交代と医療(1)

 保健医療経営大学学長 橋爪 章

政権が交代することになりました。

今日、8月31日は各省庁から財務省への平成22年度予算概算要求の締切日です。

現大臣が要求しますので、政権交代を前提としたものではありません。

概算要求は6月23日に閣議決定された「経済財政改革の基本方針2009」等を踏まえて7月1日に閣議了解された「平成22年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」に基づいて行われます。

現政権の閣議で決められたもので、政権交代は想定されていません。

年金・医療等の経費についての概算要求基準は「高齢化等に伴う自然増1兆900億円を認め」「無理のない範囲で節約に努め、節約できた分は社会保障に充当する」というものでした。

次に予定される政権政党のマニフェストは、社会保障への多大な税金投入を前提としていますので、1兆円程度の増額要求では到底足りません。

概算要求に対し、今後、財務省による査定作業が始まります。

査定は、新政権の財務大臣の指揮下で行われます。

マニフェストを実現するためには、厚生労働省予算については概算要求額を上回る査定増が必要となります。

すべての省庁について査定増をするわけにはいきません。

歳出予算は歳入(財源)の範囲内でしか組み立てられないからです。

公共事業を預かる省庁の予算が大幅に削られるかもしれません。

景気が後退すると保険料が伸び悩みますので、医療には打撃です。

(学長ブログ八月三十一日付記事)

(2)

現政権の下で作られた平成22年度予算概算要求は、どう処理されてゆくのでしょうか。

例年ですと、9月から12月まで、財務省と各省庁との間で具体的な協議が積み重ねられ、修正、査定を経て、12月末くらいに政府予算案が固まります。

政府予算案は内閣が国会に提出するものです。

年明けには、年度内の予算成立に向け、予算案が国会で審議されます。

年度内に予算が成立しなければ、たちまち景気が冷え込むことになります。

(93年の政権交代時には予算編成が越年し、予算成立が94年6月下旬までずれ込みました。)

内閣は政権党の議員を中心に構成されます。

国会審議では、予算案が政権公約に沿ったものになっているかどうか、厳しい視線に晒されることになります。

民主党は、予算編成を官僚主導から政治主導に切り替えることを政権公約に掲げています。

首相直属の「国家戦略局」を設置し、予算の骨格を作成する方針を示すのだそうです。

このような新組織を設置するためには法改正が必要なので、少し時間を要します。

仮に10月に国家戦略局が設置され、予算の骨格が示されたとしても、それから予算の組み直しをするとなると、さらに時間を要します。

歳出予算が歳入(財源)予算と整合しない限り予算編成は完了しませんので、年内に政府予算案を固めるのは難しいだろうと予想されます。

予算編成が越年したとしても、予算の成立は年度内を目指さなければなりません。

予算を成立させるためには、数多くの予算関連法案も平行して審議し、成立を目指さなければなりません。

たとえば後期高齢者医療制度を廃止するためには「高齢者の医療の確保に関する法律」の改正が必要です。

圧倒的多数の議席数による数の力で少数意見を封じ込めることで、予算案審議や法案審議の期間を短縮することは可能でしょう。

国家の将来を決めるのにそんなことでいいのか、という疑問は残ります。

(学長ブログ九月一日記事)

コメント

うひゃーです。
政権交代劇、
想像以上の民主の圧勝でした。

一時期は自民党100議席行かないかも、と思った。
自民党のベテラン勢大物代議士が小選挙区でぼろぼろにやられるのをみて、ああ、国民は本気でこれまでの政権にNOと言い出したんだなあと思った。
歴史に残る選挙です。

学長ブログで、すでに交代劇のことが書いてあったよ。すげえ。
学長、いつ書いたん?ちゃんとねむってる?

おはよう。
選挙にいかなかった非国民のかささぎです。
父母はちゃんといつも揃って朝一でいくのに。

やはりの福岡7区。接戦だった。
広川と八女市部では野田さんが勝っていた。
いとこたちもねむれなかったろう。
かささぎは安眠。もうしわけない。朝がはやいので。
いつも三時過ぎには届く朝刊が二時間遅れの五時二十分すぎに届いた。
選挙のたびに感じる、新聞社ってすごい。
あんな短い時間でどうやって。

現在はどうか知りませんが、30年ほど前は国鉄と地元のバス会社が連係プレーをしていて、路線バスで土橋に新聞を下ろし、そこに待っていた新聞店主がすばやく積み替えてそれぞれの地域に持って行ってました。
乗り合わせたバスで偶然それを見て、感動しました。
こうやって無駄の無い動きをする人たちがいるから、新聞が読めるんだと。
今はトラック輸送に変わっているかもしれませんが、本当のところを知るためには新聞社に社会科見学に行く必要がありそうです。

選挙棄権したことは一度もないのですが、今回は抵抗して行かないことにしていました。
自民がだめだからあっちへとはどうしてもしたくなかったから。
でもだめでした。8時ぎりぎりに行ってしまいました。
だって投票所が隣だから。
よくも悪くも「どどーっと行く」のだということを目の当たりにしました。
戦争中もどどーっと。

ぼん。ありがと。そういえばそういう風景いちどは目にしたことがあるような。
運輸業のひとたちは、もし高速代がすべて只になったらどうしようもないにちがいない。
結果、みんながこまる事態になるものね。

さくらさん。
さくらさんらしいはなしですね。おもわず、わらってしまいました。
失礼しました。いいはなしです。うちの親もぜったい必ずいく、きもち、わかる。
(きのうはどっちにいれたんだろう。絶対おしえてくれない。)
選挙にいかなかったことが結構あります。
大政奉還じゃないけど、もうおかみにすべてお返しします的心情になって。
おゆだねお委ね。
後悔する一票を投じたことが何度もある。
それでも一票を投げにいくべきなのだろう。国民の義務として。
わたしってなんでこうも選挙がきらいなんだろう。
あ。長男には国民の義務だ、と言い聞かせてます。
ちゃんと行ってきたようです。前回はいっしょにいった。

tv選挙の夜は開票速報しかないから、、
いっとかないと見るものがないので・・(^_^;)
行かなかった時に、この手の番組を見ても全然つまらなかったのよ(爆)

今回は6区と7区が激戦で、夜遅くまではらはらどきどきでしたね。
私適には某番組のいもとさんの結果が知りたかったけどね。

政権交代と医療の将来について、学長が金曜日に講演するらしい。
博多。聴衆はお医者様がた。
世の中、地方レベルでは、このようなことを深く分析する人がいないようで、医療があなたまかせであったことのあらわれ。
ところが、学長が頭をかかえてる。
民主党のマニフェストの実現を前提とすると、未来が描けない。
近未来も闇。
景気が健全だと、医療はどうにかこうにか維持できそう。
頼みの綱は景気だけ。
第1次補正予算(14兆円)の執行が凍結され、来年度予算編成が越年したりすると、空前の大失業時代の幕開けとなります。最低賃金が引き上げられても、企業はその賃金を払えない。職にありつけなければ、その賃金がもらえない。
マニフェストの実現を焦らず、じっくり腰を落ち着けて政権を司ってほしいと願うばかりです。

さくらさん。
国民の義務として、、、、なんて大仰なことは思いませんが、選挙はいかんといかんち思うとります。たかが一票ですが、わたしたち国民にはこの一票しかないんだもの、意思表示っつう手段が。
わたしも、行くには行った。
が、けっきょく、わたしの投じた一票は無効票だったはず(支持すべき候補者も政党もなかったので、その旨をかきしるしてきた。笑)なので、国政に反映されることはない。
それでも、行かねばならぬと思うとります。

乙四郎大学の学長ブログは硬くて難しいけれども、お役人用語がきっちりとわかる人を読者に想定して書かれているせいだろう。程度を落として内容を落とさずって言ったのに、こっちの乙四郎は妥協しないので、かささぎは読んでいるとあたまが痛くなるが、それでも固焼き乙四郎の言っていることも少しはわかるので、厚生官僚がどのような未来予想図を医療現場に描こうとしてるか、それが今度の選挙結果によってどうひん曲げられそうか、おかげでとってもとっても心配になってきた。

選挙にいかなかったのはいきたくなかったから。
与党のやり方にけちをつける野党は、大衆に迎合する現実にはありえない、あったらえらいことになると素人にもわかるような砂糖菓子を混ぜて、実現できない政策のあれこれをさしだしました。いつも選挙のたびに似たようなことの繰り返し、あほくさ!です。

かささぎの遠い親類でした、のだ元市長は。でも明確に支持したい気に今ひとつなれなかった。いとこたちの彼への信頼は絶大です。父方のいとこたちはかささぎに似ず堅物が多くて、石橋をたたいて渡る者ばかり、その彼らが野田さんを信頼して応援を惜しまなかった。
はらぐろなまことちゃんに比べて清潔だ、どことも癒着していないと。
なのにかささぎはちいとも応援しなかった。
結果誠ちゃんに負けたけど、接戦だったから比例区で代議士になれてよかったです。
福岡に住んでいた頃の亀井知事と奥田八二さんとの選挙が忘れがたく、みんなして清潔な奥田さんへたくさん票をいれたのに、結果はずいぶんな政治になってしまいました。
あれをいつもおもいだすんですよね。
清潔さとかお金にきれいとか、裏工作をしないとか。
そういうことは大事なことなのでしょうが、わからないよに、尻尾をつかまれないよに裏工作できる名人技も同じようにえらいなあとおもう。
古賀誠を当選させた七区の住民は愚民だとどっかのブログで糾弾されていました。
しかし、それはこちらの自由ではありますまいか。
よその選挙区のひとたちにあれこれ言われる筋合いはないんじゃないかな。
古賀誠は古賀誠で必死でたたかったんだし、野田くによしは野田くによしで必死でたたかった。それできっちりと結果がでた。たぶんそうなるだろうという結果。
古賀さんは見えていたんだなと思った。比例区はけっていたもの。
それでいいじゃありませんか。
七区の住民は現実的かつ理想肌、しかも民度が高くて賢い。笑。

もうしもーし。
別にわたしは
「選挙行くべし」と、他人に強制する気は毛頭ありまっせんので、その辺お間違いなく。
わが息子にも町議選以外は強いる気はなくってよ。
ただ、わたし自身は行かんといかんち思うとるってことよ。
わたしはたぶん死にかけてても行くち思う。
白紙投票するにしても、たぶん行く。意地でも行く。笑

わたしにはどちらの候補者も支持する気にはならんかった。
理由はあるが、ここには書けん。
どっちも市町村合併当時のわたしの個人的感情にすぎないんだけどね。
それでも、わたしはこのふたりが大嫌いであります。

ふうん。そうなの。
いつかじっくりせいこの話がききたい。
内部にくわしい人のはなしだと実感があります。
ほら、きょねん、ふっこうどうそうかいがあったやん。
あのときに、市役所づとめの○ちゃんに評判をきいたんだったよ、のだ市長の。
でも役場のみんなに嫌われているって返事だったので、えっとたいへん驚いてしまった。
で、それをいとこに言ったら、市長は改革派だから内部の人たちからは嫌われて当然、というへんじ。
でも、そうなのかな。わたしにはわからない。

われ、めでたく失職す。

きのう、仕事中にマイボスが厳しい顔でこういった。

「姫野さんと竹ちゃん、あしたからもう来なくていいから。」

えっ。(と驚くも、さっと冷静になり)わかりました。

事情はすぐ察知した。
この数ヶ月のかつてない赤字で給料日の度にぴりぴりしてたボス。
理由は手に取るようにわかる、私が経営者でもおなじことをする。
三年近くもパートとはいえ、この会社の経理をやってきたのだ。
交通誘導や施設警備などの一般隊員をある程度の数抱えるためには指導教官などの「職員」をそれに見合った人数確保していなければならず、かれらの固定給が経常利益を常に圧迫するのだった。だから普通の弱小警備会社には、事務要員はいないのである。隊員とか指導員とかと兼務で事務もこなすのが普通。ゆとりなどどこにもないのだ。

かなしいとかさびしいとかの感情は何もわかない。
これがパートのパートたるゆえんか。感傷がなにもない。
別れてつらい人も一人もいない。笑。
強いて言えば、すこし気がかりな隊員がひとりと犬が一匹。
よくボタンをつけてくださいともってきた気弱なこんちゃん。
医療保険もないのに体をこわして入院し、ある夜電話をかけてきた。
かささぎは出なかったよ。きっと一人ぼっちがさびしかったんだろうね。
みんなさみしいんだよ。こんちゃんだけじゃないよ。
そう言って励ましたかったけど、心の中でだけにした。
体をいたわりながら、借金に負けないで、どうか仕事頑張ってください。
それとさくらをいじめないでね。さくらというのは、社犬です。
今日は私の机の足元でお昼寝をしていました。あれがお別れだったのね。

いつも隣にいた竹ちゃん。お互い奉公の年季が明けたんだと思おうね。古。
もっと選んだほうがいい。きっと君に合う職業があるよ。

われながら貧乏性だと感心するのは、帰りにすぐさまハローワークに行き、職探しをしたこと。強迫神経症ぎみ。

なんだ、あるじゃん。しごと。前回みたいに一回で決めないようにしなきゃ。
だけどイキオイで、あした面接の約束をしてしまった。
そして、いま、うんと後悔している。

なんでもっとゆっくりできないかな。

すこし、やすもうか、じぶん。

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31