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2009年8月28日 (金)

朝の大豆畑

朝の大豆畑

一月でこんなに大きくなるなんて。母が植えたものです。

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コメント

父方のいとこは目下選挙運動に血道をあげている。
候補者の妻と親戚関係にあるから。
手弁当でビラ配りや講演会の手伝いをしている。
電話で候補者をお願いするのもやったらしい。
街頭で手を振り笑顔を振りまくのもやったらしい。
そのはなしをずっと佐世保までの道中きかされた。
きのうは大牟田方面を回ったそうです。その前は広川方面を戸別訪問したそうです。
そういうことをやって、はじめてその地域性がみえてくるのよ、と話してくれた。農家、種から苗を育てる家が多い、と感心していました、広川町のことです。

さて。かささぎはいずれに投票するんだろう。
仕事の目でえらべば、あのひと。
縁戚関係でえらべば、あのひと。
あすは一時にオザワさんがみえるんだって。
でんとうこうげいかんまえひろばにね。
あ、ほりえもんもきたってよ。しらなかったよね。
どっちのこうほしゃの事務所にかはひみつ。

こんばんわ。
いとこ様のご冥福をお祈り申し上げます。
叔母も膠原病です。 いとこ様は頑張られましたね。。
私も数日前に三船山を目にしました。

選挙>>7区は激しいですね。
さっき、大阪の友人から名前と住所を教えていい?って電話がありました(7区用のために)20年前に働いていた職場の先輩から7区に知り合いある?って頼まれたってことで。。
候補者ってそんなに遠くの人まで使うんだ~って思いました。。
あら、、生オザワさんを見たかったな。
明日1時はパーマ屋さんに予約してます

えめさん、ありがとうございます。
難病の膠原病、からだの自由を徐々に奪われながら、それと最後まで勇敢に闘った。ことばでまわりをはげましつづけた。幼稚園の先生時代の仲良しの同僚が心のこもった弔辞を贈ってくださいました。遺影に向かってのよびかけのことばが、ゆうちゃん、でした。
なぜ?くにこなのに。
と思っていたら、加山雄三の大ファンだったから。
だそうです。いとこは55と思っていたけど、ただしくは58歳でした。作家の村上龍と佐世保北高の同級生だったみたい。(りゅうちゃん、とよんでた。)
なかよしのともだちの弔辞って、かなしくて、愛情深くて、とってもこころにしみました。

選挙、いろいろとたいへんみたいです。
裏話をきけば、お金があるほうがなにごとにつけ、断然有利なんだとおもえてくるしねえ。ああ、お金!!

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