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2009年8月 4日 (火)

山下整子の留め書きをアップしました。

れぎおん夏号掲載の亜の会歌仙『兵六玉』、留書をアップロードしました。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-2.html

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コメント

かささぎどんの「石橋秀野ノート」出版お祝い句会で、seikoさんが風の形に咲く小菊を詠まれた事を思い出します。いったいどこからこの感性がわいてくるのか、羨望の思いとともに心に残っていました。
私はあの日、防災フェアーに行って遅れて参加し、ちゃんと自己紹介していませんでしたが、先生方の隣に座られていたのがseikoさんですよねえ。
まちがってたらごめんなさい。もう6年も前のことですね。

たからさん
そっか まだみんなに会ったことないのだ
来月座をやるからオットこどもはほっぽらかして是非参加してください

あら、ありがとう。
こうやって、活字になったものを改めて目にすると、へえ、けっこうまともな文章を書いていたんだなあとわれながら感心した。笑
日ごろ、ウケを狙った面白半分の文章ばかり書こう、書こうとしてるからね。


すみたからさん。
お名前はよ~くよく存じ上げているのですが、悲しいかなお顔は覚えていないのです。あのとき、たぶんたからさんと入れ違いにわたしは退席したのだったと思う。仕事中に時間休をもらってきてたんではなかったかなあ?
mariさん、育った原風景は違うものの、生きてきた時代の匂いがおんなじですよね。ぜひ一度お会いしたい方のおひとりです。

たからさんその句、

ののさまと風のかたちに咲く菊と

じゃなかった。山本伽具耶さんの句だけど、彼女もきてくれてたんだね。あのときみんなそろったところで記念写真を撮ればよかったと悔やまれます。
瀧春樹先生、鍬塚聰子先生、沢都、天野おとめ、山本伽具耶、山下整子(このとき、せいこをくどきおとして樹にひきいれたのは瀧先生の力でしたよね、ということはこのときはまだせいこは俳句を始めていなかったのよ)、。ここにすみたからさんもかけつけてくれたのよね。ありがとう。
なんだかきおくって、書留めないと薄れます。
おかげさんでひさびさに思い出しました。
わたしって、なんてしあわせなやつ。
しかもそのことにちいともきづいていなくて、いつも口とんがらかしてぶうぶういってる。たははなさけね。

注記:
ののさまとは?
のの:
神仏・日月など、尊ぶべきものをさしていう幼児語。ののさま。のんのんさん。
(かぐやさんは大分出身、錦帯橋のちかくに住んでいます。)

じつはね。たからさんがこのときにもきてくれてたこと、いまのいままでわすれていた。ぼんぼり連句のときは、遅れてかけつけてくれたのは、ちゃんと作品が記憶しているから覚えていましたが。ごめん。

そうそう、ののさまだ。やっぱり私おっちょこちょいだねえ。山違い。笑って許して。
あの時seikoさんに会ったように思っていたけど、入れ違いで会ってなかったのね。
ブログはよく訪問しています。パソコンの仕事の前に、ちょこっとよっていくのがこのごろの楽しみです。

たからさんは医療圭衛ありゃ、けいえいとかきたいのに、わたしの機械のばか。経営と管理のしごとをしてるのですよね。たからさんはご主人(おいしゃさまで、かささぎたちとは高校で同級生だった)とおなじ大学で経営学を学んだそうです。
防災フェアにいってたのか。そういう妙なものに(笑)出席しなきゃいけなかったりしますよね、人のいのちをあずかるひとたちは。警備業の場合は受託先の安全フェアに参加しなくちゃいけませんもの。笑

そういえば、きのうの朝久留米市長が倒れたそうですがだいじょうぶだったのかな。時期が時期ですからきになりますね。
ぼんぼりまつりの座をやったとき、八女市長だった野田国義氏がごあいさつをしてくださったのを忘れません。ついでに連句も参加してほしかったのですが、それはありませんでした。市長は当時胃がん手術をうけたばかりでした。

久留米市長、かなりの激務であったと聞いています。自分が決済すべき書類にはきちんと目を通してあったとも。責任感の強い方でもあられたのでしょう。お元気に公務の席にもどっていただくことを祈ります。

昨夜、15年ぶりくらいに久留米ん花火大会に行ってきたばい。オットとふたりで。と言いたいところだが、チビをふたり引き連れて。笑
やっぱ、生は迫力が違うね。
頭上に落ちてくる花火。
われを射る花火。
短歌が出来そうでできんかった。

肝心なことをかき忘れた。
昨日、れぎおんが届きました。

せいこ。
らんちゃんからメールがきてた。
くそうてなかんじですが、にこにこしていなきゃね。
おとひこうじがきをつかってくれてるみたいだから。お。こんなことやってる場合じゃない。
はなび大会ってあとがたいへんなのだよねえ。
すごいごみの量!かたづけるのは。
ではいってきます。

れぎおん66号が届きました。
裏表紙は今回も「芭蕉めざめる」の広告。
芭蕉は、なぜ「奥の細道」という149日もの大旅行に出たのか?
という大見出しが目を引きます。
149日の旅行って長いです。
若田さんは138日の大旅行。
これも長い。

遅刻坂連句会が歌仙を二巻上梓しています。
一つは前田師の捌で5人。
もう一つは「衆議判」で14人。
どちらも1月に起首で3月に満尾。
併せて140日の大旅行。


遠の罪無辜一つ墓焼け衣流布
   ↓

たのしまる出身の有井諸九尼の芭蕉をたどる旅もそのくらいの長さだったんじゃないかなとおもいます。まだよんでいないけど。

おつしろう紹介の土屋北彦氏のその文章は、私が暦論を書く契機になったものです。大山巌って書いてあるでしょう。そこのところまで行き着きながら、なんで乙骨太郎乙にはたどり着けなかったのだろう?というのが、かささぎの疑問でした。

家柳速雄氏(仏文学者)がずいぶん長いこと連載されていた芭蕉忍者説の連載を終えられましたが、今号にはその動機とかが詳しく書かれています。
ぐうぜん芭蕉とルーツをおなじにする祖先をもっていた、というのがすごいシンクロです。やはりなにかがあるから人はやむにやまれず穴をほるのでしょう。

九月の座はいつになるか、まだわかりません。
第二土日が星野にとれず、どうしても合宿にこだわるかささぎは、黒木のグリーンピアで第二にやるか、それとも星野で第四にやるかを思案中です。まだ黒木へはきいてもいない。

前田師の連句文音に入りたいかたは、どうぞおっしゃってください。ただし、ファクスです。こういうふうにやります。五人の座、前田師が順番を決められて、その順番に付け句をだします。前の人の三句から一つ選句をして、批評をします。そして自分の付け句を三句出す。おなじ素材を少しかえて三つではだめ、それぞれ趣向をかえて三句。
清書し、ファクスで全員へ二日以内に送信します。
はじめてのころから、こうしてかささぎは前田先生にじっくりさしで連句を教えていただきました。
なにもわからず、へたくそでも、だからこそ生かせるってときが必ずあるから、いつだって出番はあります。それに気づかせてもらえる。きびしくもやさしい前田さばき。一度参加されることをおすすめします。

連句がおもしろいのは、つまんない句だな。とおもうようなときこそがチャンスだってことです。そういう意味では、ほんとに救いのたくさんある文芸ですよね。ささえあってこの世があると教えてもらえる。
座の合間に文韻をするのがいいのですが、ネットで公開のなかでやるのはほんとにきついっすねえ。
なんといいますか、いろんなみえざる手にはだかにされているようなきぶんになってくる、だんだん。それがこわいのよ。こんなやくざなかささぎでもね。
でも、またエネルギーをためて、こんどは衆議判でやりますか。文音ならやはり歌仙だと思いますね。

希望休を申し出る時が来ました。第2週だったら、今回出さねばなりません。第4週だったら来月出せばいいんですけど。明日朝までに結論出ますか。

うわ、まってまって。
あしたあさまで。うひゃーどうすべな。
ちょっときいてみるから。

九月十二日土曜予約とれました。グリーンピア八女。

13日のスケジュールがわかればもっといいのですが。
お昼で帰れますか?二晩続けてごはんのしたくしないと、なんかいわれそう。思い切って土日連休を取るか・・・どうしよう。

ぼん心配かけますね。
でも大丈夫です、だれも主婦はみな、ご飯の用意をしてなんぼです、ちゃんと帰れますからね。笑。三時には巻き終えて解散できるようにしたいと思っている。先生の帰りの便もありますから。羽犬塚まで黒木から小一時間くらいですよね。

お。花火あがってる。うるさい。(笑)

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