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2009年8月31日 (月)

落日と旭日とにんげんの火と

にんげんの火がまだ八月の樹にのこる 

  大分  河野 泉

第56回長崎原爆忌平和祈念俳句大会大賞句。

大会長の柳原天風子師、実行委員長の前川弘明氏はじめ俳句大会事務局のみなさまへ深い敬意をささげます。
このような真心のこもった俳句大会が戦後56年間も続いてきたことに、被爆国日本のたましひの核にふれたような慄きさえも感じて、わたしはあやうく涙ぐみそうになります。りっぱな作品集を送付いただきまして、ありがとうございました。

まるで選挙の翌日の新聞のようなといいますか、わずかの時間にこれだけの数の(785)句を束ね、選者50名近くに送付し、集計し、それぞれの選評をつけて誤植なく掲載する。そして全投句者あてに八月半ばまでにまちがいなく送る。
それはなんと奇跡みたいな作業なのでしょう。

今年はオバマ大統領が米国大統領としては初めてプラハ演説で核廃絶を唱えた記念すべき年でした。
かささぎのようなひねくれ者でも、この時代の節目の大きなうねりに気づくことができたのは、ここを訪問してくれる小学校時代の友・竹橋乙四郎のおかげです。

「オバマ大統領のプラハ演説、乙四郎官僚篇」:
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-ac94.html

かれはこんな句を大会へ手向けてくれました。

散りぬれどプラハ便りに青葉吹く   竹橋乙四郎

オバマ大統領の演説がよほどうれしかったのでしょう。
わたしはこの年まで生きて、政治の裏側にあるものの醜悪さばかりをおもう癖がついておりましたので、オバマ大統領のかような演説をきいたとて、ああ、アメリカの戦略がかわるのだな。というかんじの感慨しかうけとりませんでした。ですから、元厚生官僚の同級生がこのような、まるで純朴な小学生のような反応をみせることに、却ってはげしく胸をうたれ、居ずまいを正した次第です。

居ずまいを正すといえば、かささぎはこんな句を奉納しました。

雪に焚く牡丹の如き業火かな     姫野恭子

もっとも美しい火はどんな火だろうか。
最も崇高で気高き火は、雪に焚く牡丹のような火であるかもしれない。
このような火があることをかささぎは、さる俳人の書かれた文章のなかのさりげない一節から知りました*。(澁谷道氏の『紫薇』での文章)

落日は旭日と似ています。
写真に撮ればどちらがどちらかまるでわからないほどに。
というより相は全くおなじ、このことがかささぎの目をみはらせます。
これはいったいなぜなんでありましょうか。
星野村でまだ燃えている醜悪なにんげんの宿業がおとしてしまった核の火も、もっとも美しい火とまるでかわらない貌をしている。*
これはいったいなぜなんでありましょうか。

長崎市長の田上富久氏の「長崎平和宣言」、長崎県知事金子原二郎氏の「慰霊の詞」、それにノーベル平和賞を受賞した17名の世界の有志が署名した、「ヒロシマ・ナガサキ宣言」が今回の作品集には採られています。これまでにない何かを感じさせる、あたらしい時代の原爆忌平和祈念俳句大会でありました。

ノーベル平和賞受賞者による「ヒロシマ・ナガサキ宣言」http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter_d/jp/hiroshima-nagasaki/index.html

新聞報道によれば、76年受賞のメイリード・マグアイア氏(北アイルランド)とともに田城明氏(中国新聞特別編集委員)が構想を練った。
ただ、賛同者には名簿をみればわかるように、米・ロの受賞者は少なかった。

*:ヒロシマ・ナガサキ両方の核の火を守り続けているのが八女郡星野村のひとたちであることに、ふしぎな感慨を覚える。http://plaza.rakuten.co.jp/rumesan55/diary/?ctgy=0

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