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2009年8月19日 (水)

きのう、ガストでオフ会

かささぎはガスト上津店に十五分前についた。
テーブルを予約していた。係に頼んで二つをくっつける。
ファミレスだし、ざわついてもいるのですが、気のはらないところがいい。
なんにしろ、高校生気分で入れる。しかも安い。
でも、あんまりお酒好きには向かない。

まず、ぼんが到着。そうこうするうち、仕事帰りのぼんのご主人、彦山さんがオートバイで到着された。いま玄関で呂伊利さんにあったよ、といわれる。そして本当に呂伊利さんがひょうひょうと入って見える。初夏に会ったときより、さらに細いかんじ。
ちょっとしてセイコが着き、最後にみんなより三十分遅れてエメさんご到着。
(ここで、うわーきれいねえ!!の声があがる。)

さすがにじいばあなため(笑)、和食系を食べつつ、話があっちこっちへ。
うーん。なにをはなしたんだべな。
覚えているのは・・・彦山さんの趣味、謡曲のはなし。四つか五つだかの団体に所属しておられて、年に十回の公演があるそうです。では月に一回?と聞けば、そうではない、春と秋に偏っている。とのこと。へーえ。それはいつか見学にいかなきゃね。
で、呂伊利さんは筑後川マラソンに十月十一日(日曜日です)出て、フルマラソンの四十六キロ余りを走るんだって。ひえ~!!
「けさも十二㌔走ってきた」と何気なさげにおっしゃった。
だからこのひとは余分なお肉がないんだな。
体重をきくと、57キロって。わたしが今56㌔、ほぼおんなじ。げげ。
ちなみに呂伊利さんは背が高いよ。

せいこが畑を作るときにご主人とやり方でもめた話をしてくれた。
ご主人は苗か種かを植えるとき、きっちりと間隔をとるため、採寸をしてやる。
せいこは目分量でてえげまんげでやる。どうせ採れるのはおんなじではないか。
といって喧嘩した、という話。

それにエメさんやぼんや彦山さんが入って、「いや、畑が道のそばなら、それなりにきっちりと植えなければいかんよ。隣近所の目があるから」なんていうのです。

はーあ、そういうものなの。そこまで気をつかうの。

やっぱりあたしはぜったい農業はせんめ。と固く心に誓う。
(せんめ=すまい。打ち消しの意志をあらわす)

ほんとは、うらやましかったのかもしれんのやけどね。

ほかに呂伊利さんの欧州旅行のことや欧州へ初めていくならどこがいいかなど、盛り上がった。(ろいりさんおすすめはぽるとがるだったよ。カステラがたべれるからね。うそうそ)

えめさん得意の安くてお得な旅のしかた。ってのもレクチャーしてもらった。
壱岐の島のふつうのおうちの神棚は、こちらの家の床の間くらい大きいって話も。
ぼんが昇給試験に合格したはなしも。時給で五十円もあがるって。

十時になり、デザートのあんみつまでたべて解散しました。
また会いましょうね。

写真は今回ありません。撮る暇なかった。
おつかれさまでした!








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コメント

彦さん、ひょうひょうとしておもしろかった。
ぼんがことあるごとにだんなをけなすので、いったいどんな非常識なオトコかと思いきや、なんじゃん、とてもえ~らしかオトコし(ごめんなさいまし)でした。
それと壱岐の話も興味深かった。
一度は行ってみたいところ。

それにしても、エメさんのギャップぶりは魅力的。エレガントで正統派美人なのに、まったく気取りがない。というより、ハードな肉体労働をなさってるのがどうしても、信じられん。やっぱり、こそっと彼女の事務所ばのぞきにいかやこて。

そうそう、主役を忘れちゃいかん。
ろいりーさん。さすがに、博学でしたね。
ポルトガルに行かねばなりませんぞ。やはり。

おはようっす。
オフ会お疲れ様でした。
彦さんはおもしろいのですが、子供と同じ目線なので、わたしはいつも大人でなくてはなりません。(笑)わたしは彦さんのお母さんに甘えています。我が家はこれで上手くいっています。
気になったのはひめどんの髪の毛。
ちゃんと梳いてきたとね?毛さきの塊がずーっときになっていた。
いつか秘めドンの旦那様と会いたい。
声だけは聞いたことあるけど。
いつかね。

いつも母からいわれることをいわれた。こんなとこでまで。
ぼんおかあちゃん。いつかのおつしろうとおんなじだよ、わかってはいたんだけどめんどくてほっぽってた。帰ってきて、はさみできったよ。なんなんだろうね、この性格。

おはようございます。
髪>>シャンプーのあと洗面器にお湯を湯呑みくらい入れる。
そこに椿油かオリーブオイルをたらり。
軽くかき混ぜて髪を浸す。 最後はかけましょう。
そのあとはゆすがないでこのままタオルで拭き取ってね。
しばらく続けてみて。
きっとひめさんの髪の毛は変化します
リンスは不要^^♪

言い忘れた(^^ゞ
みなさんおつかれさまでした。
6人6様それぞれに個性的でしたね♪
seikoさん、いつでもおいでください。
各種飲み物もありますし
肉体労働はたまにです^^力はないので手作業がおおいです^^それにしても今日も暑いですね~

レポートが愉快!!

エメさん、最近私も髪の毛がぱさぱさです。
長崎県五島からもらた椿油がありますが、どうやって使うか、じかにつけたらべたべただしと思っていました。仰せの通りやって見ます。

もうひとつ言い忘れてました。
NHK地域ドラマの今年は黒木町ですね。
しかも鰐八地区の人形浄瑠璃がベースのようです。
柳川のもよかったし去年の博多織りのもよかったので、今年のも期待大です
今日からロケって言ってましたよね♪

さくらさんこんにちは。
椿油はたしかに直接だとべったりになりますね。
この方法は思いつきですが30年やっています。
櫛の通りがよくなるので枝毛も出来ません^^☆
洗ったあと濡れている髪につけるところがポイントです。
まんべんなく染みわたります。 
水分を含んだ状態でオイルコーティングするのでしっとりになります。
柔らかい髪の方には少なめがいいかと思います。
枕に油がつくのがいやなときは、朝、髪を濡らして実行されるといいかと思います。

黒木町の地域ドラマ、楽しみです。
昨年の「博多はたおと」は感動しました。
   ↓

えめさん、さっきはお茶もさしあげず、玄関先で失礼しました。
郵便局の保険屋さんがみえていて、相手をしていましたもので、すみませんでした。
グリーンコープの椿油とビデオ『昔男ありけり』と「八女福島灯篭人形」、ありがとうございました。椿油はエーコープで買った黄緑色の「本島椿」を一応持ってるんですが使い方を知らないのでした。えめさんから教えてもらったので、今度からそうします。

髪、はじめて長くしてますが、母親がぼんと全くおんなじことをいうのです。
あんた、かみげはけずったとね?(うわあああ・・)
だーれが削るか、かつおぶしじゃあるまいし!
目のあらいブラシで解いてるんだよ。でもあの日、髪をといたら毛先に毛玉ができたので、うわっどうしよう、あとでゆっくり考えようとおもって、温存した、あとでほぐせると思って。でも、もつれていてだめだった、切り捨てた。とっても惜しかった。身をきられるおもい。
あの毛玉は、むかし母たちの時代にはやっていた、「かもじ」を連想させました。アップに結ってふくらした髪がはやっていたことがあり、たしか母が三十代のころ、その髷の中に入っていました。覚えてませんか、たとえば、新珠美千代さんの髪型。↓

わたしゃあんたのかあちゃんじゃなかばい。うちのかあちゃんは毎日髪ば洗いよったら、「毎日洗うと油が抜けるけん、そげんあらわんでよか」といっておりました。
エメさんの椿油の使い方。やってみますね。髪が多くて荒いのでしまつにおえません。

テープ>>まだお帰りじゃないと思っていましたので、お家の方に預けるつもりでした^^
むかし男ありけりはドキュメンタリーです。
高倉健氏がナビゲーターでとてもすばらしい作品です☆
心に残っていたので手元に持っていました。
とうろう人形は見物に出かけたら出くわして、、知人の撮影中についうっかり声をかけたためチラと映ってしまったようです

髪のダマっておしいぐらい大きかったの?全然気づきませんでしたが・・

うん、えめさんとは反対側の右側のみえるところにあったので、手のひらでかばっていた。
逆毛みたいで、ほどけばほどけると思ったのに。

えめさん、よくいろんなマスコミ情報ごぞんじですね。わたしはそんなドラマのことなんかこれっぽちもしらないよ。わにばちぃ?こないだ、いったとこやん。かささぎは予知能力、ダウジングに優れている。
地震があるときもわかる。(こどものころ)
でも人間性はゼロに近い。もうしわけない。はくじょうもんやんね。

椿油ですけど。本島油、とはどこぞ。本島、このいいかたは、いかにも正統派ってかんじだよね。小豆島?それは24の瞳。相島?それはスイカ。五島列島?かもね!

 遅まきながら、私のために?お集まりいただきありがとうございました。また数日間インターネット使えない日々が続いたもんで。その間の皆様のコメントを読むだけでも時間かかります。オフ会につては、語れば尽きぬことばかりですね。
 かささぎさん、ぃやさ、ひめのさん、イチジクおいしゅうございました。と言いながら、うちの父が帰宅後から翌日にかけてバクバク食ったので2個しか食えなかった。昔、うちの裏庭にイチジクとミカンの木が植わっていて、好きなミカンは全く実がならず、当時はそう好きでもなかったイチジクばかりたくさん実ったこと(子どもの頃は好き嫌いが多かったもんで~今はほとんど何でも大丈夫)、大人がその実を、隣の映画館裏にあった看板描き小屋のトタン屋根に乗って取っていたことなどを思い出しました。その映画館の名は当然ロイリーです。
 父に聞いたら、ロイリーは最初、近くの化粧品屋さんが経営していたけど、その後光華楼の経営者翁さんが買い取ったのだそうで、光華楼はその頃ボーリング場経営したりなんたりした果てに3代目で潰れてしまった。と、こんな話を聞いた後に両親らと元光華楼の一角にある「日月華」という中華料理屋に行ったら、ここはその3代目の甥が始めた店で、数カ月後には「光華楼」と改名し、復活させたいという意欲に燃えていました。うちの父は初代から知ってるので、その4代目に長々と昔話をして、商売を邪魔していた。
 しかしこの広川町出身の爺さん、久留米の戦後庶民社会の生き字引みたいな奴や。ヤクザ社会やパチンコ業界にも知り合いがいるし。まあ、すべて昔のお得意さんだったということですが。小学生までに両親ともなくし、哀れみなし児どこへ行く、台湾へ行く、と波瀾万丈の前半生も聞かされる一方、母はますます認知度(というのだろうか?)が高くなってるし、でもそれぞれの家庭にそれぞれ固有の問題があってそれが当たり前、「そのうち何とかなるだろう」。

追伸(1)
フルマラソンは42.195㎞です。福祉施設で働いている、去年2人目の子どもが生まれた甥は、ハーフマラソンに初挑戦。私はそれを知り、ふだん一番うちの母のためにいろいろやってくれているこの甥をはげますためと、口実つけて母の様子を見に帰るという目的で、わざわざこの時期に帰省することにしたというわけです。
追伸(2)
彦さんが大黒湯(風呂屋)を知っとらしゃったのでビックリ。はっきり聞かなかったけど知り合いがいたとかどうとか…ここの娘は中学の時に私と同級生で、たまに番台に座っていて、恥ずかしかった。向こうもそうだったろうけど。

ろいりーさん。おかいりー。
そうですよ。みんながみんないつもたのしうれしであるわけがねえずら。さみしくてもつらくてもたのしくてもおかしくてもかなしくても、毎日をやっつけながらしぬまでは生きていかなきゃいかーんとですけに。ほんにのう。

大事なのは、翻ること。へんぽんと。べこべこと。
ろいりさんのマラソンに敬意を表して、かささぎも毎朝二階からトイレまでダッシュで走ろうと思います。

追伸にひびきづけ。
おととひ、社長のはだかをみてしまった。
カーテンをぱっとあけたら。
でも、なんもかんじなかった。一応きゃーとはいっておいた。
じぶんがこわい。笑

はずかしいときって十台後半が一番恥ずかしかった。父親がわけもなくにくくなるころでもあった。

呂伊利さんおひさしぶり。
今思い出したんだけど、小頭町の時右となりは床屋でした。左隣は溝田文具店で、ここのことはよく覚えているのに、床屋の事は名前すら覚えていない。小学校低学年まで行っていたにもかかわらず、です。
前に「ばか安食堂」のこと、書いてましたっけ。広又側の右隣がばか安食堂でした。
皆変わってしまいました。

 右隣の床屋さんというのは、以前コメントに書いておられた平井床屋さんでしょうか、元理容組合長の父に聞いたら、後継がいなくて床屋はなくなった~ということを前にもコメントした覚えがあるが。うちもそうなる運命です。でも今の理容業界の現状を見たら、あんたどんな床屋にならんでよかったばい、と言われました。それから「ばか安」は「べら安」のことではないでしょうか。こないだあのへん通ったら、まだありました。30年前に家庭教師に行ってた子が、今は後継してるのか、それともあの時の父親がまだやっているのか?今度帰省したら行ってみようかな。ところで「べら安」って、べらり安かという意味かなと、ふと思いました。八女では「べらり」という方言使うでしょうか?

べらりは、そういう強調の意味では使いません。
アイスまんじゅうのとけてべらりしとらす。そげんなったらもうだれもたべん。という風に使います。

せいこさん、どこで書いたか忘れたのでここに書きます、ほら、花火大会のとき出店の警備を請け負った相手、領収書をみたら、南部移動商店組合、こんな名前だったよ。ってことはせいこさんが相手したところとおんなじかもよ。うん、きっとそうに違いない。

ここから、また連句的になるけどもさ。
理容組合ってのがあるんんですねえ。
うちの父はもう長いこと同じ町内のあまもりさんじゃなかったあめもりさんって床屋さんにあたまつんでもらいます。ひげもきれいにしてくれる。最近は安いところがたくさんできて、押されてるみたい。千円のとことか増えてるから。でももう長いこと行っているのでそこがいいって。
で、かささぎは俳句協会に入っていない。現代俳句協会とか俳人協会ってのがありまして、たいがい俳句をする人は加入してる。会費もそんなに高いわけではない。年間三千円くらいかな?しらない。
連句協会にはしばらく入っていました。五年前くらいまではきちんと会費も納めていた。
この協会ができたころの目的というのは、プロの俳人を育てるためだったのだとかささぎは理解してる。
つまり、一部のエリート俳人がたべるための協会だった。いまは誰でも入れるようになって、全員の名簿がもらえるから、自分が句集をだしたときなど、配布先を確保できるための組織になっている。ような気がしています。・・・ちがうかな。
妄言多謝。

べら安のべらは、べらぼうに安いよのべらでしょう。
べむべらべろのべらは口がみみまでさけていた。

 私もコメント書いた後、いや「べらぼう」かなと考え直していました。「べらり」という言葉ははあまり使ったことなかったが、昔(結婚前)ヨメが、去年亡くなった義父の車を借りて一緒に出かけて帰ってきたら、「アンテナ(?)んとこばべらりひん曲げてから」と文句言ってたのが印象的で、その後わが夫婦の間で「べらり」が our boom になってました。つまり、言い意味では使わない、常態にあったものが悪化した時使う言葉だから、「べら安」はやはり「べらぼうに安い」か。確かに安かったようだし、家庭教師してる時の食事の量も多かった~チャンポンといなり寿司6個ぐらいとか。そして家族みんな肥えてござった~ご主人を除いて。こりゃ、ますます行かないかん。

ろいりろいりさん。
床屋さんのお父上の話を伺っていると、あたしはあのひとをおもいだすんでさ。石橋秀野の仲のいい友人だった石川敬老、じゃなかった桂郎。けいろう。ってよみます。江戸弁の帰ろうから来た俳号らしい。
この人の父上が代々続く床屋さん。桂郎には『剃刀日記』という名随筆があります。そのなかのはなしをおもいだす。
裏返る亀おもふなり泣けるなり  桂郎
たしかこんな句がある最晩年。うろおぼえ。

平井床屋は弥永外科の近くで、わたしは小頭町3丁目。食堂も「ばか安」子供の名はゆきこで、私と同級生。
その先のみやもとさんのお庭にイチジクが植えられていました。ホテル日興の前のところです。

>南部移動商店組合
そうそう、その名前でした。
11月に行なわれる古墳まつりに出店されるのも、その方たちです。ご芳志をいただいた記憶がある。礼儀をおもんじる流れ者のイメージ。

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