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2009年8月26日 (水)

丘の上の建物

丘の上の建物

たとえば、こんなこと。
ビルの最上階の角部屋に住んでいるのは過去からきた宇宙人で、アンドロメダ星人。
ときどきうちの窓をのぞきこんでいる。
わたしもときどきのぞきこんでいる。
目があう、と、すべてがみえる。

(そうだよ、くうそうだよ。)でも、そんな雰囲気しない?
こないだ、この裏側を通った、偶然。
おなじ建物を反対側から仰いだ。
写真を一枚撮ろうと思ったけど、信号が青になった。

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コメント

これは古墳の多い丘陵にたつ老健施設でしょうか?きぼうがおかとかいうなまえの。この施設と隣り合わせに古墳公園がある。ぜんぞうづかこふん。前方後円墳。わたしがへびをふんでねつをだしたこふん。あたりまえだが、古墳は墓だとあらためて認識したところ。

あーそうだったの。おしえてくれてありがとう。
もう一つ知りたいことがある、大至急。
せいこ、星野でいつも観月会をしているお寺ってなんというお寺か教えてよ。
これ、調さん関連とエメさん関連。
いや、偶然かさなっていることにきづいた。もういちいち説明してる間もない、ブログ記事かきたいことがありすぎです。英語教室のことも書きたいし、原爆忌俳句のことも書きたいし。あれ応募してほんとによかったね。なにか、いきるスタンスみたいなものが、かわってきますでしょ。おおげさなんだけども。

(あした、お葬式、佐世保にいってきます。)

ちなみに、いまおもいだしました。
そのへびを踏んで熱出したはなし、古墳の入り口には○が描かれていた、ということも、せいこから聞いて、星野(!なんで今まで気づかなかった、ほしの!)石雀師の『摩天楼』誌に連載させてもらっていた『影ふみあそび』に書いたことを覚えています。

えっと、しからしかけん、ざざっと説明しますと、星野一族のお墓があるんだって。まとまっているらしい、一箇所に。ということを調さんからのメールで知った。そのあと、今朝、エメさんからきたメールで、ろいりさんが同じ年の同じ月生まれで似たものがあるということとともに、星野の入り口を手前に左へいったところにあるお寺に星野一族のお墓がまとめてあったように記憶している、みたいなことが頼まれもしないのに書いてあったのです。それであっ!と思って。もしかしたら、せいこの観月会のお寺までが重なっていたらいやだな。と思ってね。

昨日、聖マリア関連のイベントで、アグネス・チャンの講演を聴きに行きました。
ご自身の乳がんの発見から、手術、放射線治療、薬の副作用との闘いの体験談など。
なにより話術の巧みさに畏れ入りました。ハイレベルでたやすくは盗めない。テレビでは一時間以上にわたる講演の構成力を味わうことはできないのですが、別の才を知ることができました。これまでに聴いたことがある講演の中でも俊逸。

星野のお寺。
大円寺さんっていうんじゃなかったっけなあ。
つねこの中学んときの先輩んち。


古墳の大岩に○のカタチが穿たれてたのは、また別な古墳よ。善蔵塚ではない。下広校区のいがさこ古墳のはなし。猪ケ迫古墳。発掘調査がすんでから、いまは、開発されて住宅地が売りに出されてる。複雑な気持ちだ。

大円寺さんの資料を持ってたはずだが、探すけどでてこんっちゃん。ぶらっくほーるにあるごたる。さがしてみるたい。

以下は星野村HPから。
>懐良親王は、第96代後醍醐天皇の皇子であります。御年8歳で、征西将軍の命を受けられました。
 正平3年(1348年)、菊池氏の本拠地隈部城に入られ、正平14年(1358年)8月には、九州をほぼ統率されましたが、文中元年(1372年)、太宰府の陥落により零落の一途をたどられました。天授3年(1377年)星野村の大円寺に入られ、この地で九州にある南朝方の統率にあたられましたが、弘和3年(1383年)3月27日、御年55歳で死去されました。

大円寺さんは懐良親王の終焉の地。
懐良親王を偲ぶ観月会でもあるよ。
 

観月会に行く気があるなら、チケットゲットするけど、どう?乙さんやらんちゃん、ぼん、えめさん。期日はまだ不明。たぶん10月なかば。1500円くらい。

行きたいけれど、私はパス。理由は、日時がはっきりしてないけど、もしかしたらお宮のカラオケと重なりそうな予感がする。お宮のカラオケは10月17日で動かない。

おはようございます。
そう、大円寺さんでした。
20年以上前に蔵を見学しました。
そうですか、かねなが親王の終焉地でしたか。
数年前の秋分の日に黒木町の五条家を見学しました。
金烏の御旗>>すばらしかったです。
御旗祭りは今年ももうすぐですね☆

seikoさんお誘いありがとうございます。
今はまだちょっとわかりません。 すみません


こんばんは。
ってことは、やっぱりそうなの?
うわーなんでこうもかさなるんだろう!!

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