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2009年7月10日 (金)

狂いと信仰

五木寛之の『親鸞』、読んでいますが、少しもわくわくしない。
同郷人で母校がおなじひとだし、応援もしていますが、。

これまで、いくどかの「見せ場」がでてきました。

だけども、どうもいまひとつ迫力に欠ける。
予定調和の世界に安住している気がするのです。

かささぎとしては、お行儀がよすぎる気がして面白くない。
もっとあの時代は物狂おしい時代だったはずなんだ。
もっと野性的でもっと野蛮でもっと無常でもっと無情な。

ここぞというときに、主役の救援に奉仕する筆。
もっとよごせ。
きよらかなものはうそっぽい。
ぞくっぽいではないか。

・・・とそんなことをおもっていたら、足元に一冊の本が落ちていた。
手に取れば『〈狂い〉と信仰』町田宗鳳著(PHP新書、1999)。

ぱらぱらとめくれば、こんなことばが目にとまった。

「此道の、第一の面白尽くの芸能なり。物狂の品々多ければ、この一道に得たらん者達は、十方へ渡るべし。繰り返し公案の入るべき嗜みなり。仮令、憑き物の品々、神・仏・生霊・死霊の咎めなどは、その憑き物の体(てい)を学べば、易く、便りあるべし。親に別れ、子を尋ね、夫に捨てられ、妻に後るる、かやうの思ひに狂乱する物狂、一大事なり。」
 
 能の謡曲には、さまざまなストーリーがあるのだが、世阿弥は〈物狂い〉の舞いをマスターすれば、あらゆる能を演じることができるといっている。あの世からの怨霊にせよ、この世での深い執念に燃える人間にせよ、その人物の情念が凝縮し〈物狂い〉となるのだが、この世とあの世を貫く掛け橋となっている〈狂い〉の世界にこそ、能の「花」を見ていた世阿弥の眼は深い。

なんでこの本を買っていたのだろうねえ。

と尚もめくれば、おしまいのほうに聖アウグスチヌスの悟りにいたるまでの蛮行が書かれていた。

(これをよみたくてこの本を買ったんだった。わずか数行のために。)

聖なるものへの道へいたるには、ひとたび狂わねばならない。

では、。

親鸞は、なにに狂うのだろう。

まだまだつづく、五木寛之の『親鸞』。
「しんらんのくるひ」に、期待している。

連句的:

聖アウグスティヌスの生涯:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8C%E3%82%B9

此れを読みますと、アウグスティヌスはアルジェリア生まれ。
(ところで、このなかにでてくる「マニ教」とは、こないだポタラ宮展にいったとき、チベット密教の祭祀備品の一つ、マニ車と関連するものだろうか?あのマニぐるまってやつは、なんともいえず、ものぐさでおもしろいものでありますよね。一回まわせば、経文を一回唱えたことになる。と決めたことがすでにかっとんでいる。おもしろいなあ。とおもいました。)

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コメント

私が読みたいのは、親鸞の苦悩。
それにつきる。

山頭火の本を読みよるけど、私が嫌いなタイプのひとんごとあるね。
なんかがっくり。あいだみつおのときもそうだった。
生活人としての道をふまえた人でないと私はうけいれきらんとやろうとおもう。そばに居ったら蹴飛ばしてやりたくなる。

おお。ぼん、てきびしいなあ。
いろんな人がいて、いろんな理由で人からは眉根をひそめられることをしたり、おもったりしている。それはある人にとってはたえがたいことかもしれないけど、その人にとってはとってもだいじな息をするための必需品だったりする。


仮にね、三等かがサラリーマンみたいにネクタイして行コツじゃなく行商やってたらどうする。そんでぼんのとこにきて、あーらおくさま、これおにあいですわよ、おほほのほ。とかいうわきゃないが、かりにそんなこといって物をうりつけ、ちゃっかり稼いでいったとするやん。そうしたら彼はいちお、プロの営業マンになるっちゃないと。そしたら三等かは生活人としての地位をたちまち獲得はしますが、そんなんじゃきっと川柳しかかけんじゃろ。(おおっと川柳家ごめん)三等かが山頭火になるためには、やはり
あのようなスタイルの暮らしが必要だったろう。そこのところで、芭蕉とも通じるわけで。役立たずの思想。これ、俳人としての理想。

 私も、ぼんさんは山頭火に対して意外と手厳しいと思った。相田みつおとは、だいぶ違うと思いますよ、相田みつおもせんだみつおも好かんけど、山頭火にはなぜか惹かれるところがある。でも、それは私が家族も捨て世間も捨てた放浪生活をしきらんけん、ただ憧れるだけだろう。
 ちなみに山頭火を初めて知ったのは、70年代初頭に「少年マガジン」か「サンデー」に短期連載された漫画でだった。3月まで同僚で隣の住宅に住んでいた、立花町出身の人も、山頭火のような生活をできたらな、ち言いござった。でも、やっぱりしきらんじゃろ。

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