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2009年7月 3日 (金)

俳句誌『麦』から

  地熱集探渉

      橋爪鶴麿・評

迎え火を焚けば見知らぬ佛来る  成清 正之

迎え火を焚きながら祖先の霊を思うのですが、自らが弔った身近なひと以外には、どうも霊としても馴染みが無く、この「見知らぬ」の語は、見事にその思いを詠っています。
しかし、この佛様をあたたかく迎えることが、お盆の門火の大事なことで、作者はやや戸惑いながらも祖先の霊の安らかな成佛を念じているのです。
この思いの奥の大らかさに共鳴しつつ、発想の特異さに驚くのです。

   俳誌『麦』平成二十年十二月号より引用

春に連句会を保健医療経営大学で興行したとき、中山宙虫さんから俳誌「麦」をいただいておりました。
机の上に積み上げておりますが、事務所での昼休みに目を通し始めました。
と、いきなり出遇った気になる一句、およびその読み。

かささぎはなぜこの句が、こうもきになるのかを自問してみる。
奥八女の六地蔵さんを尋ねお参りにいったとき、霊的なことがみえるおばあさんがいて、聞いた話がある。それとどこかでつながっている気がした。

(この文章のカテゴリー、『九州俳句』にいれておきたく。)

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コメント

俳誌 麦
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俳誌ー麦


佐賀ぎんこうくかいにいけず、残念です
銀行でなく吟行

麦という俳句結社の名のよけれ


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