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2009年7月31日 (金)

詩 『蕪村の俳諧』 鈴木漠


  
『蕪村の俳諧』

   鈴木 漠

蓮の香や水をはなるる茎二寸 蕪村

蕪村七部集の一「此(この)ほとり一夜四歌仙」
  秋雨の一日 篤い病に臥せる門人嵐山の元へ
  蕪村、樗良、几菫の三人が見舞いに携える詩箋
病人にせがまれ枕頭での歌仙行は幽界と紙一重
  同時進行の連句四巻こそは文字通り
  嵐山今生の名残となる 無常の喩え
夜半三更までに満尾した四巻八枚の折
  ただちに版元橘仙堂で板行にかかった
  嵐山は上梓を待たずに身罷るア・ポステリオリ
白菊に梅雨置き得たり とは嵐山の発句だった
  俳諧は言語遊戯というより命懸けの方程式
  必死の文芸だったと知り感銘が深かった
明治期に蕪村俳諧を称揚したのは正岡子規
  蕪村の号は陶淵明「帰去来兮辞」がポイント
  帰りなんいざ田園将に蕪(あ)れんとす を意識
然るに 蕪村とは天王寺蕪(かぶら)の村の意ならんと
  これは子規の珍解釈 蕪村は陶淵明に傾倒済み
  菜の花や月は東に日は西に の蕪村発句も何と
陶淵明「雑詩」の 白日は西の阿(おか)に淪(しず)み
  素月は東嶺に出づ の捩りらしい
  東嶺を東山に見立てる文人画の青墨(あおずみ)
晩婚の蕪村はひとり娘が無性に愛おしい
  にも拘らず足繁く伏見の茶屋通い
  若い芸妓いとに入れ揚げたとは悩ましい
見兼ねた年嵩の門人道立(どうりゅう)に諌められた心迷い
  今日限り青楼の件は断念 その代わり
  妹(いも)が垣根三味線草の花咲きぬ の佳吟に余意
泥中で玉(ぎょく)を拾うたる心地に候(そろ) と断り
  自画自賛した蕪村書簡の熱いセンテンス
  芭蕉に帰れと蕉風を慕った蕪村のこだわり
その理念はいうなれば俳諧の文芸復興(ルネッサンス)
  不惑に至る愛弟子几董に呼び掛けたプロパガンダ
  推敲重ねた「俳諧もゝすもゝ」は師弟の交感(コレスポンダンス)
芭蕉の不易流行説を敷衍した連句作品だ

  〈詩誌『びーぐる』2号からの転載〉

* 自由律によるテルツァ・リーマ(三韻詩)。
* テルツァ・リーマは中世イタリアに起源を持つ脚韻定型詩。
  三の倍数行プラス一行で構成される。
 十四世紀初頭の壮大な叙事詩、ダンテの『神曲』はその代表。
 『地獄篇』『煉獄篇』『天堂篇』の全百曲がこの形式で書かれている。
 形式はaba/bcb/cdc/ded/efe/fgf/ghg/hih/iji/jkj/klk/l 

引用は、『連句誌 OTAKSA』 XX (20号)終刊号
2009.7.31
   おたくさの会 NHK神戸文化センター

かささぎの旗、ひめのの感想

鈴木漠先生、おたくさ、毎号お送りくださって、まことに有難うございました。
号を重ねるごとに、誌面から迸るものが段々熱くなっていきました。
日本にうまれたことの至福をしみじみと実感する次第です。
さまざまな韻のかたちを駆使した実験的な連句作品の数々。
わたしが最初に連句の毒にやられたのが、窪田薫師による尻取りや頭韻冠字などの言語遊戯における「偶然性」だったこともあり、鈴木漠ほどのおかたが、なぜ今またこんな遊びにより戻ったのか。といぶかしむ気には全くならず、ひたすら、芭蕉へ帰るための遊び、かみさまにお委ねスタイルに戻られたのだな、と思ってみておりました。マンネリを打破する力をもっていると思います、こういう試みは。
最初のころの号で、先生が取り上げておられた九鬼周造の『偶然性の問題』は私も読みました、すごい本でした。人との出会いもですが、連句をやっておりますと、常に選択を強いられる場に立たされる、常に岐路に立つ羽目になります。そうすると、自然とおもうことではあります、いつもおもっています、ぐうぜんというもののおおきさを。

『遊びといのち』という対談集を書いたのは、山本健吉でした。
真剣に遊ぶ。
いのちをかけてあそぶ。
俳とはそむくことである。
健吉は連句については何も書いてはいませんが、「俳とはそむくことである」といった時点で、俳句にそれが望めそうもない今、おのずと俳諧の連歌こと連句にそれを求めるしかないのでは・・・。と思うようになりました。

とりあえず、ネット上でお礼まで。
(英語講座でちょうどのときに蕪村の句をとりあげていたこともすごい偶然でした)。

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コメント

詩のなかの「ア・ポステリオリ」がどうにも気になる。
哲学用語みたいですが、意味がつかめません。
韻をふむために持ってきてあてがったことばなんですが、その偶然が必然であるためには理由があるはず。それがわかればなあ。わからん!

はじめからわかっている、のア・プリオリ (a priori)に対するア・ポステリオリ (a posteriori)だろうから、あとになってわかる、という意味合いで使われているのかも。
嵐山の発句の「白菊に梅雨置き得たり」は、嵐山が身罷ったあとになって、その寓意がよくわかる。

ああなるほど!そういう意味でしたか。
ありがとう、おしえてくれて。
産休産休。

此のほとり 歌仙
でこちらへおいでです。
ありがとうございます。

鈴木漠 連句
検索でこちらへみえています
ありがとうございます

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