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2009年7月 2日 (木)

花前句

歌仙『ややこ生る』

1目に青葉やま時鳥ややこ生る      恭子  
2  夏霧はれて現(あ)るる玉石     ぼん  
3蚤の市自転車こいでTシャツで     さくら 
4  学生街の行きつけのカフェ   乙四郎  
5望の夜の甍に波のさやぐらん     らん  
6  田畦豆(たのくろまめ)を小筵に入れ  整子

裏 

1秋扇追ひ払ふものと救ふもの   ぼん
2 鳥栖に栄えし久光製薬      恭子
3切れっぱしばかり溢れる抽斗に  さくら
4 心の宝こはしてごめん       乙四郎
5なみだ雨素知らぬふりの六地蔵   たから
6  寒月ゆれて刹那きらめく   えめ
7モスリンのジャケツが脱げぬ昼日向  整子 
8  グランドゴルフ赤白黄色      ぼん
9俳諧は卑俗で俳句は高尚で      恭
10 ゆったり下る野辺の春川      らん
11花の雲流れ流れてどこの空   彦山
12  陽炎の芯犯しだす午後    bud
ナオ

1静まらぬ鼓動に百千鳥響む     整子
2   恋文一つ渡せないまま     兼坊
3やさしさの沁みこまぬよに拳分    たから
4   激情愛情そして平常       ぼん
5地球よりおおきなものの居座りて 乙四郎
6   キュウリの方が多いポテサラ  えめ   
7展示会臨時雇ひも客にされ      恭子
8   昔の蔵の賑はひいづこ   乙四郎
9ほつほつと白き稜線描く風      らん
10  ポーズつくりし父の写真よ    ぼん
11十六夜の向ふにケニアありにけり  整子
12  
提灯燈り盆踊り舞ふ       えめ
ナウ

1稲架くぐる黄色い帽子田に転び     bud
2  秘密の基地にみんな埋めた     恭
3レクイエム開いたままの大蛇腹     らん
4  戊(つちのえ)の日のつばくろの羽  整

選句

☆ 蜂の巣つつき童かけだす  えめ

☆ 貝湧き出でて干潟賑わふ  〃

1、春挽糸が描く地上絵          整子
2、戊(つちのえ)の日のつばくろの羽   〃
3、お社日さんに赤飯そなふ        〃

選句します。

えめさん出してくださってありがとうございました。
蜂の巣つつき童かけだす。
情景が目に浮かぶ。動きがあり生き生きとしてます。
が。
ナオ1のbud句に小学生か園児の黄色い帽子があります。
はざをくぐって、刈田を倒れ転びしながら駆けてくる子。
そこへもどってしまいそう。
童のことばこそ出ていませんが、ばどさんの句に出ています。
貝掘りの句もうちこしにあたる2に基地、埋めたとあり、語感が近いか。
整子句は、はるびき糸=おかいこさんの春蚕(はるご)の糸の句も明るくて、前句の移りもよかったのですが、春ということばが出ているのと、戊の句のつばくろの羽があまりにもよかった。
といいますのは、素材がめずらしいのと、社日という日をきめるのは、春分にもっとも近い戊の日だそうで、ということは、このつばくろは今着いたばかりのつばめ。
レクイエム句とあわせると、大蛇腹がつばめの羽を思わせます。
これはすばらしい句だと感心しました。
こういう句がでると、さばき冥利につきます。
戊は己と同じく土にからむことばですが、打越の基地とは差し合わない。
ありがとうございました。

なお、ぼんの申し出どおり、グランドゴルフの句を黄色が二箇所にあるからとという理由で差し替えてみましたが、リズムが最初の句におよばなかった。
かようにダダダダと連打する感じで、色ではない何かほかのものがありますれば、さらに差し替えたい。
なんの屈託もなく、自然にあふれ出ることば。
それはあとでさしかえようとしても、うまくいかないものですね。

それでは、においの花をお願いいたします。
いよいよあと二句。

ろいりさんに出してほしいのですけど。
どなたでも、どうぞ。
場の句が続いてくれましたので、思い切り人情のこもった花を出してくださってかまいません。ってか、そっちのほうがいいとおもう。



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コメント

こんにちは
花で人情句

☆ 旅芝居 壁の桜が泣き誘ふ

☆ 花見上げ 人生のきび語る祖父

☆ 花吹雪 お国の為に散りし方 または 英霊に命の深さ学ぶ花

1句目 神社の境内や取り入れの終わった田んぼに立つ小屋で芝居を見ていた最後の世代かも~☆彡
2句目 20歳のころの祖父との思い出
3句目 あの時代は、「咲いた花なら散るのは覚悟・・」と・・・。

おつかれさまです。
1句目の壁の桜を、幕の桜ではどうでしょうか・・

なんどもすみません
やっぱり「壁」にします。 壁や後ろの幕に描かれた桜
英霊って花の意味があったのですね。季語二つかも

ただいま。
えめさん、いつも投句ありがとうございます。
花の句ですが、。
月の座もおなじなんですけど虚の花では正花にはなれません。造花は花とはなれないのです。
花嫁や花婿と花を組み合わせてみたり、とうとうまだ出ない酒とくみあわせてみたりしてはどうでしょうか。人名も出ていませんので、歴史上の人物をだして下さっても。音楽も出ていません。
英霊と花とのくみあわせは、よほど慎重にやらないと類型に陥ってしまうおそれがあります。

こんばんわ
はぁ~なるほど。。わかりました。
それと、最後の前で、しかもお祝いの歌仙なので、
明るくおめでたいほうがいいのでしょうね☆
また考えてみます^^

1 花ひとつネバーランドに咲いた頃
2 バルコニー届くワインの似合う花
3 君はなぜかくも美し花へ問ふ

おつしろう。
花句をありがとう。
危険区域から無事帰還されましたようで、安心しました。


誕生日の夜ネバーランドの映画を子がみていた。
句だけを見たら、これが一番すきだ。
あっさり詠まれていて、詩があるから。
ただナウを見渡せばこれ、秘密基地へもどる。

ケニヤとかインドシナとかのにおい。
ちなみに、かささぎは、カトリーヌドヌーヴのインドシナって映画がみたくて、探している。


連句的。事務所の梅雨風景。
どしゃぶりの日、非番の隊員さんが事務所にきて、雨衣とかいてなんと読むかわからない係長に、それはウイだと教えた。彼はいちばん学のある隊員さんでかささぎと同い年。ついでにボスのつくえに隊員備品の「シェルブール雨合羽」というのがあるのをみて、「ドヌーヴの映画にあったね。あれはアルジェリア独立戦争のころを描いたものだから、相当古い。ったってだれもしらんやろなあ」
とひとりごと。その人、京大のふらんす語課を出た人で教員免状ももっているのに、みんなとおなじ部屋で雑魚寝暮らしの隊員をしている。毎晩ワインを一本のみ、おなかがワイン樽。一度出て行ってまた寮に帰ってきた人です。かささぎは入ったばかりのころ、この人に「軽車両を除く」の意味をおしえてもらったことがある。
この会社にかささぎはこの冬で丸三年もいますが、隊員さんにも社員にも上司にも圧倒的共感と信頼とをもっているのは、なんでだろうかとずっと考えていた。
ある日とつぜん、わかった。
みんなひとりものだからです。笑
自分には夫婦概念恐怖症と名づけた病があるのですが、ここにいるととても楽です。なにもだれも「かくあるべし」なんていわないからです。
以上、ながながともののついでに書かせてもらいました。

これが、いいか。
一度は思うことながら、こんなにぬけぬけと句にしたことはないし、みたこともなかったな。
花よおまえはなんでそんなにきれいなんだ。
赤ん坊よおまえはなんでそんなにかわいいんだ。

くるめ人ろいりーさん。
花。とうとう出してくださらんかった。

カトリーヌドヌーヴの時代。
について、なにか語ることはございませぬか。
ろいりさんはきっと何か語りたいのでは。とかささぎは思っているのですが。
句を出してとはもういいませぬ(笑)から、どうぞなんぞかたってくださんせ。
ついでに、夏の合宿にはどうぞ外野参加をおねがいいたします。みんな喜びます。ききたいはなしもあることですし。彦山、きてくださるでしょうか。学長はその日、入試があるので参加できないとのこと。でも、つぎの日はなんとか都合をつけて来てくださいね。前田師がまたお会いになりたいとのことです、学長やそらんさんや、八女のみんなに。「兵六玉」歌仙をとってもほめてもらいました。圭衛子師に「捌き冥利につきる作品」、とまで言っていただけるなんて、めったにないことです。

ここでかささぎは、はたとあたまをかかえてしまう。
そらんさん。そらんさーん。
かごしまでもかささぎはわびることができなかった。写真だけはどさくさまぎれにとらせてもらいましたが・・・

今からたのみに行って来ます。
挙句をだしてもらいに。


そらんさん。
トラックバックつけた記事を読んでください。
ありあけ学をみんなでやりましょう。
なぜ有明海はありあけかいなの?
そらんさん、しってる。
しっとるならおしえてくれ。
大陸にいちばん近い海。
なのに古代の歌のきおくが、すべて中央にしかないのが、かささぎは不満だ。
どんな時代も距離は不動。中央より九州が先。
じぶんたちの歴史はじぶんたちで発見する。
という気概をむねに確かなものをつかもう。
ということで、とんでも説でもなんでも、ひとつのスターターとして端緒として発火点として、使えるものはなんでも使う。
いろいろ書いてすまんが、「あお」ということばをきいたことがありませんか。
あお=有明海の水が川の水とまじる流域でみられる、とてもきれいなまみずをよぶらしい。これをある時間帯に汲んで、それをあかとした。
あおがあかになる!なんておもしろいんだろうね。
かささぎの旗
2009/01/16 06:01
気概に反する。
有明海の由来。
考えたこともない。
誰かから聞いたことあることだったら覚えている。
けれど誰も語ったことはない。
実際有明海に僕は興味がない。
海ではないのだ。
山育ちの僕にとって。
というより大分の山育ちの僕にとって海はいつも日豊海岸や別府湾だった。
波はざっぱんと音をたてる海なのだ。
波打ち際でちゃぷちゃぷとしか音をたてない海ではないのだ。
そう思っている。
だからどうしても有明海は海だとは思えない。
海じゃないと思って眺めているとあんとなくしっくりくる。
有明という穏やかな呼び方。 宙虫
2009/01/18 23:06
そらんさん。うわかった。
ほらね。ちゃんときっちり大分県人としてのコメントを出せるじゃない。そんなら協力してくれたって罰はあたらんとおもうけど。
今やってる戦国時代の資料よみこみ、登場人物は豊後から来てる武将もいると思う。まだこの人はこの人に間違いない。という断定はほとんど出来ていない。今日出てきた「宗右」だって、姓はわからない。百首和歌の99首のうち、7首も出している。歌人だったろう。そんなら他のところにも歌を残している可能性もある。
そらんさんはせっかく大分へそげん何回も足を運ぶのなら、古文書館へ出向き、天文年間の史料をあたってみてはくれまいか。
そうすることがそらんさんの今の軽いうつをシャキーンと払拭してくれると思うから。なにより、かささぎがよろこぶ。にこにこ。 かささぎの旗
2009/01/21 20:47
昨夜空手の帰り、セブンイレブンからメール壜でれぎおん送りました。こんどの連句会は四月初めとしてたのですが、今朝前田師からの電話で四月は私用がありますとのこと、できれば三月七日か八日にしてほしいと。
土、日のいずれなら空いていますか。
教えてください。場所は未定です。堺屋使えない。乙四郎の大学を使わせてくれると有難いのですが。きいてみようか。景色は広々してる、建物もストーンサークルみたいなドーム形。なんかすごく気持ちが高揚する。ここで連句したらいいのが巻けそうな気がする。カンだけど。
目下、乙四郎大学はスキャンダルのさなか。
ただの報告義務違反なのに、もう一件の大学の悪質な教員数ごまかしとおなじペナルティが課された。報道のしかたもひどいとおもう。でも、かささぎは信じているから。そらんさん。かささぎをしんじてください。 かささぎ
2009/01/31 12:01
だんな。きまりましたで。
3月7日土曜。
場所はおつしろう大学。あーこのなまえ。おぼえきれんっちゃ。保健医療けいえい・・かたすぎてかささぎあたまじゃ消化不良をおこすので、勝手にかえました。楽。
理事長室を、つかわしてくださるそうです。
位置は・・一言ではいえない。むずかしい。大学のホームページを開いて検索してください。わかりやすい地図がのっています。

いうてみるもんやなあ。しみじみともだちはありがたいなあ。
そらんさん。万難を廃してご参加のほどお願い申し上げます。
▼この頁を読まれているかたで、連句という前近代的であるがゆえに現代の尖端をゆく衆の文芸に興味をお持ちのかたは、かささぎへ、またはそらんさんを通じて、見学を申し込まれてください。
神戸から連句連歌誌『れぎおん』編集長で当代きっての名さばき、前田圭衛子師がおいでになり、捌かれます。俳諧師芭蕉の背景が以前よりすこしみえる、そんな体験をしてみませんか。(お弁当の準備関係がございますので、参加なさるかたはお早めにお報せくださいませ。) かささぎの旗
2009/02/07 09:00
突然のコメント失礼します。
2010年度から赤崎小学校は津奈木小学校に統合される事になりました。
赤崎小学校は私の母校です。
弟が通う頃には複式学級になっており、いつかはこんな日が来るとは思っていましたが
”海の上の学校”という特殊な環境だからこそ、その危機は何とか逃れる事が出来るんじゃないかという安易な期待をどこかに持っていたので、正直複雑な心境です。
統合が決まってしまった今、取り壊したりなんかしないで、どうにか別の形で残ってくれるのを今は祈るばかりです。
とも
2009/06/30 14:25
「とも」さん。
ブログマスターより先にコメント返したら罰があたりそうですが。たまたま久しぶりに訪問したら、このページにかような心ゆすぶられるコメントがのっていたのですから、何もかかずに立ち去ることはできません。
赤崎小学校は文字通り海の上にあるのですね。
このページの写真ではじめて知りました。
それがなくなるのですか。
かささぎの旗
2009/07/01 07:19
そらんさん。ごぶさたしました。
お元気そうです。
ぼんさんところのややこめでたや歌仙がじきあがりますが、挙句をだしてくださいませんか。
ふしてお願いしておきます。

ひさしぶりにきて、「とも」さんのコメントのおかげでここを読みましたら、自分の書いていたことにすっかり胸を打たれてしまいました。笑
そうなんです。ずっとなぞ。有明海。
しらぬひということばも。青木繁も。なぜか数珠つなぎでぞろぞろとでてくる。
それとはまた別個に、反対側の、大分湾のほうの海も。竹田とか高田とか。
きのう、筑後川の上を車で通りました。
土砂降りで真っ黒な渦がまいてふだんとは別人の顔でした。
阿蘇のこまかな土砂を有明海に運ぶ川。
ところで。それとはべつのはなしですが、仕事では緊急のしごとが入りました。午後から三つ。筑後川の土手に車がおちたのでレッカーで引き上げるのに交通誘導。あとはあちこちで道路が冠水、それの交通誘導。 姫野恭子
2009/07/01 07:35
ともさん、コメントありがとうございます。
このページで初めて、記事に沿ったコメントとなりました。
そうですか。
廃校なんですか。
母校がなくなるというさみしさは確かにありますね。
僕の母校ももうすぐそういう事態になりそうです。
赤崎小学校は潮騒も大波も何もかも子供たちの歓声とともにあったと思うと学んだことがないのに、なんだかどきどきしました。
カメラを持ってうろついたりして怪しまれなかったかな?
宙虫
2009/07/02 19:37
挙句ねー。

自由の旗を仰ぎ青空

空がどっかにあったような。

自由の旗がなびく尖塔

宙虫
2009/07/03 00:59
そらんさん
ありがとう。
これでややこも大空を羽ばたけます。 ぼん
2009/07/03 08:40
青空でおさまりそうだけど。
前に空は出てるのが気になるな。
尖搭は教会などをイメージしてくれたらいいけど。
語感からあげ句にはふむきかなと悩む。

自由の旗にやわらかき雨

これも。
形容詞まずいか。
かんらからー 宙虫
2009/07/03 09:55
自由の旗が帰る青空

自由の旗がゆるがぬ大地

自由の旗にやわらかき土

自由の旗が大地へ帰る

宙虫
2009/07/03 12:27
ちょいまってくれ。
おつしろうの花がついたので、それをみて、もう一度つけなおしてください。
わたしは今回、とってもきつかったけど、
いろいろと勉強になりました。その一、函館の古典研究室の杉浦教授に句を依頼したとき、前句だけを書いて、つけてください。と頼んだ夜があったのですが、すぐ先生は「打越がないと句がだせない」とおっしゃいました。
これですよ、そらんさん。
うちこしがないと、付け句はだせないものなのです。だって、うちこしにさわらないようにとまず、それを考えて、句をよみますもんね。
ということで、以下の頁をどうぞご面倒でもご覧ください。(自由自由うるさいわい。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-20c1.html?cid=57621909#comment-57621909 かささぎの旗
2009/07/04 06:02
追伸。
こないだの九州俳句誌の冒頭、自由自由と連呼するような文章をかいておられた俳人にあってみたいと思っていたのですが、あえませんでした。宮崎の宇田蓋男て人です。そらんさん、ご存知ですか。あの人はきっとろいりさんやエメさんとおなじ年ではなかろうか。とかささぎは踏んでいる。それを確かめたかった。だっておなじにおいがするからです。文章や俳句のたたずまいが。独特の「自由への信仰」がある世代。 かささぎの旗ひめの
2009/07/04 06:11
いまやっと気づいた。
ここの場所が芦北ですか。
あしきた。
ではここが。 かささぎの旗
2009/07/04 06:17
もっともだいじなことをわすれていました。
挙句には春の季語が必要です。 かささぎ
2009/07/04 09:50

メールを教えて欲しいといったのはあなたでしょ。
いったいなんのためにメールを聞いてきたのかな?


自由の旗が揺れる末黒野

穀雨の糸で夢を縫う午後

前後の流れがわかりにくいコメントなので、一応ここが一番いいかと貼り付けてみました。
間にはさまっているコメントの方々ごめんなさい。
削除がめんどくさくて。

もう2時半。
深夜。

僕のやってることも異常です。

これから九月いっぱい忙しい。
連句はできそうもありません。
「いつ連句へ復帰できるか」と聞かれて、そう、メールで返事しておいたのですが。

ぼんさんのお祝い。
これだけはなんとかやりあげます。

お願い。
連句に関することは、ひめのさんの申し出どおりこれからはメールでやりとりするということでお願いできませんか?
これだけ長いコメントをいつまでも古いブログに貼りついてくるのも変なんで。
僕が理解すればいいことなんでしょうがね。
読者にはなんの関係もない話がだらだらするのも面倒でしょうから。

そらんさん。
ありがとう。いそがしいのは存じ上げていますとも。
今回は特別です。付き合ってくださってありがとう。
挙句や花や月はその性格からいっても、前もって用意しておくことが可能だし、じっさいよくそうそういうことがなされる付け句ですから、一日、あらかじめ頼んでおこう。と思って訪ねました。すると「とも」さんとおっしゃる読者のかたが、あの頁に「母校がなくなってしまう」寂しさを投稿されていました。

はっとして、思わずつい長々とかいてしまいました。
わたしはそらんさんとは連句でのおつきあいをしております。俳句でのおつきあいはしていません。
とこう書いたら、そらんさん、どう思いますか。
そらんんさんと知り合ったのは、ブログ上でです。
メールアドレスいただいたのは座での連絡用で、こういう連句の付け句依頼にメールをつかうことなど思ったこともありませんでした。かささぎの旗はそういうブログですので。
そらんさんが嫌がられている私の長文コメントは、そらんさんのその時々の日記をよんで、よんだことに対する反応を咄嗟に返した日々の記録です。どうか、削除なさらないでいただきたいと切にお願い申し上げます。それをされると、人格を全否定されたようなきぶんになります。

中山そらんさん。
読者にはなんの関係もない話。
そう思うのであれば、書かなかったとおもいます。
わたしはそうはおもわないのです。
連句と俳句、どうしてそれをわけようとなさるのですか。
それはたとえていえば、一人のにんげんを、ここからここまでは公的な部分、ここだけは私的な部分だときりわけることが可能であるとする言質とおなじではありませんか。
じっさいには、そういうことは不可能です。

私が九州俳句という珍しい超結社の俳句誌にものを書かせていただいてることの意味づけを考えています。
それは俳句だけに偏らず、全体から俳句をみることの必要性をだれよりも感じているからだとじぶんでは思いたいし、そうありたいのです。

一方で、上記のそらんさんのコメントの真意もよくわかります。
かささぎがこらえきれず、そらんさんを攻撃してしまったとき、あとでみっともない謝罪文をかきましたが、痛い人の、めちゃくちゃ感情的な次元のはなしにしかみえない文章でした。
しかもそれ、かささぎはトラックバックしたのです。削除されましたが。あれ、とってもありがたかった。お礼こそいいませんが、なかやまそらん、ありがとう。と心からおもった。
ではあるのですが、かささぎの旗では自分がこれまでに書いた文章は何一つ削除していません。
このブログのはじめで、「風のなかにはだかでたつ」と決意したことをまもるためです。
しかし。
自分ひとりではだかでたつぶんにはどうぞご勝手にですが。
これははた迷惑な話です。妙齢のおじさんにとってはことに。そらんさんだけではなく、乙四郎もめちゃくちゃ迷惑こうむっているに違いない。わびないし、変えないのですけど。

おわびいたします。ごめんなさい。

葦北。芦北。
この地がかように海の近くにあるとは。
むいしきというものは真実おそろしいもので、すべてをつなぎあわせている。(ここは大石政則日記の読者へむけて書いたことばです。)

勘違いなきよう、ブログからは削除しませんよ。
ここに貼り付けるとき、間にはさまったともさんやぼんさんのコメントを削除しそこねたから書いたコメント。

もう長い付き合いだから、僕からのお願いです。
連句に関することは、メールで。
使い分けてください。

あしきたの話はあしきたの話で切り離してコメントしてくれたら。
ご協力のほどを。

 はい、また1週間のご無沙汰でした。「シェルブールの雨傘」とカトリーヌ・ドヌーブについてですね。最初に見たのは大学生時代、京都の祇園会館という3本立ての名画座で~作られて10年後ぐらい。当時はまだ人生経験も恋愛経験も浅かったので、何で女は男を待てなかったのだろうか?と思ったけど、1964年という時代背景を考えず、ついでにいうとアルジェ独立戦争についてもよく知らなかった。 
 2回目見たのが10年以上前、最初のシーンから感銘を受け、なぜ1回目見た時たいして良い映画と思わなかったのかと、自分の鑑賞力のなさをしみじみと感じました。実は私、大学時代は月に30本前後見ていたほどの映画ファン(を通り越してマニア、今ならおたくと呼ばれるところ)で、ここ数年は月に4本ぐらいしか見ていないけど、神津島に行く前は最低10本以上(しかもほとんど映画館で)見ていたぐらいです。だから映画関係の仕事につきたいと思ったこともあり、でも、この名画を見抜く才能のなさを考えたら、仕事にしないで良かったのかも。カトリーヌ・ドヌーブは若い時もいいけど、中年以降の、いや60過ぎてからの映画もいいですね。特に大ファンというほどではないけど。
 最近見た映画で良かったものね~、映画ファンと言うと、よく聞かれて困る質問です。なんせあれもこれもと浮かんでくるので。でもこの1年間ぐらいに見たもので、みんなが知っていそうなものを除くと、次のような映画かな。
 「闇の子供たち」…今話題になってる臓器移植問題もふくむ、梁石日(ヤン・ソギル)の原作に迫る力作。梁石日作品の映画化にはなぜか傑作ばかり。
 「ミリキタニの猫」…路上(ホームレス)画家だった、強制収容所体験もある日系人を主人公とするドキュメンタリー。
 とりあえずこの2本だけにしときます。映画について語り出したらきりがないのでこのへんで。
 ここで余計なおせっかいかもしれないし、素人判断になるけど、連句と俳句(俳諧)の違いとは、駅伝とマラソンの違いみたいなもんではないでしょうか。私はマラソンやるけど、マラソン仲間に駅伝に誘われてもあまり乗り気にはなれない、そういう人もいる、それは性格・個性の問題です。

 さっき「俳句(俳諧)」と表現したけど、正しくは「俳句(俳諧の発句の独立化したもの)」ですね。「俳句」とは明治以降に出来た言葉だから、日本史用語では江戸時代の俳句を「俳諧」と表現するので、つい先ほどのような書き方をしたけど、紛らわしい。個人的にはある程度理解しているつもりだけど、「連歌」「連句」「俳諧」「俳句」という用語を誰か一度整理していただけるといいのではと思います~たぶん誤解している人もいるだろうから。

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