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2009年7月11日 (土)

雨籠りに昔の映画ばなしをしよう。

 『冒険者たち』はけっこうファンが多い。これをパクった日本映画もいくつかあって、1981年の『冒険者カミカゼ』は軍艦島(端島)でロケしてます。そして偶然ながら、最近近くの図書館から『軍艦島1975 模型の国』というドキュメントDVDを借りてきたばかり。
 『ゲッタ・ウェイ』もよかったですね、サム・ペキンパー監督作品は好きなのが多かった。大学に下駄履きで行った時、友達が言った「下駄・ウェイ」という下らないダジャレまで思い出してしまった。
 好きな日本の女優さん、書き忘れてました。八千草薫や小津安二郎作品に出てくる若い頃の香川京子~でも決してマザコンではありません、為念。そして60年代末から70年代前半にかけての梶芽衣子が最高の好みかも。クエンティン・タランティーノにまで影響を与え、「キル・ビル」シリーズではクライマックスで「怨み節」が流れるし。あ、「キル・ビル」って御存じでしょうか、千葉真一や栗山千明などが出ているバイオレンス映画だけど、日本人が馬鹿にしやすい日本映画が、映画の本場ハリウッドなどでいかに評価されているか、日本人よ、もっとわが国の文化を見直せ!と、またこんな時だけ民族主義者になる私であった。

ででで。ではろいりさん。こんど「冒険者たち」と「下駄ウェイ」と「きる・びる」かりてみる。おどろくほどなにもみとらん。おれたちにあすはない。もしらんし、あれもこれもなんもみとらん。ああそういや、「ある愛の詩(うた)」ってのは唯一みにいった気がするが、たいくつなえいがだったよね。

恥ずかしながら、中学生の頃松原智恵子のファンでした。。。。。なーるほど。以下、連句的。
隊員さんに舟木一夫の大ファンがいて、千曲ちかく歌えるといばっていた。そんなに曲があるのかな。
小学六年のころ?五年?バスのなかで、くにこちゃんが舟木一夫の歌「絶唱」をながながと歌っていたのをわすれない。かなしいうたですからしんみりとして、ああいうときにうたううたではないなあとおもった。(→絶唱は、かささぎの旗がときにリンクする大江希望さんのお父上の作品みたいです。よく存じ上げませんが。)
いま、いくらなんでも失礼だと思って、ちゃんと調べてみました。ウィキにあります。はりつけました。
それをよんでいましたら、大江賢次は、ナップに所属してたことがあるようです。はっとしました。石橋貞吉も入っていたからです。(若かりしころの山本健吉のことですが。)
縁というのはほんとに円になっていますねえ。

>「ある愛の詩(うた)」ってのは唯一みにいった気>がするが、たいくつなえいがだったよね

あたしも美しい映画、美しい歌、これはすきくないよ。以外やろ?

たとえば「シクラメンの香り」みたいな歌がきらいでねぇ、退屈でふうたらぬるかつがすかん。

びじゅある的に美しかとは好き。
先日のドヌーブのあの場面すっかりはまっとる。

映画はあまり見たことがなほう。でも、ゲットアウェイやひまわり、ゴッドファザー、ダラスの暑い日、戦場のピアニストは見に行った。

小6の頃かな、兄に無理を行って、若大将シリーズの3本立てを見に連れて行ってもらった。今は1回の入場で1本しか見られないから損したような気分だよね。

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コメント

さくらさん、ふうたぬるかつはすかん。同感!
おぐらけい、「さらば青春」(ぼくはよびかけはしない・・)はすきですが、「潮騒の詩」になるとふうたぬるい。
シクラメンのかほり。は、布施明がうたうとびしっとしてよかった。

ぼん。いま三本たてばみらんね。ちいうたら地獄だとおもうよね。時間と金銭感覚がむかしと全く違う。

こんにちは
絶唱>>これ映画館で叔母と見ました。
花嫁姿(亡くなっている)の松原さんはほんとにきれいでした☆
ある愛の詩>>これもアリ・マックグロウさんでしたね。。見ていませんが、あらすじは読みました。
俺達に明日なない>>高校生の頃、ウッドストックと2本立てで見ました。
ウッドストックが本命で行ったのに、こっちのほうに衝撃を受けて帰ってきました(・・名ラストシーン☆)
少女時代のベストワンです。
フェイ・ダナウエイがすばらしかったですこれがきっかけで大ファンになりました。あこがれの大人の女性☆・・最近はもう見かけませんが、70代でしょうか・・。
夜の大走査線>>京座の3本立ての中にありました。
3本の中でゆいいつ覚えているのがこの映画。緊迫感がありました。
シドニー・ポワチェ☆が印象的。
中3か高1の頃です。調べましたらなんと音楽はクインシージョーンズ。歌はレイチャールズ。
あの曲は有名ですね^^♪
あと、別で香港島を舞台にした恋愛映画を見たのですが、題名が思い出せません(中学生のころ)☆彡

↑思い出しました
「慕情」です。 でもかなり昔の映画です。
なぜ中学生なんでしょう? 再映だったのでしょうかね。。
きれいな映画でした☆☆☆

すみません。記憶がごっちゃになっています。
絶唱の小雪は松原さんではありませんでした。
調べていたら和泉雅子さんか、浅丘るり子さん。
どっちなんだろう。。小林旭氏の映画はほとんど見てます(6、7歳のころ、叔父、叔母に連れられて)男の人の印象からすると小林旭かも。 あのシーンはとても覚えています☆

えめさん。松原智恵子じゃないよ、いずみまさこだよって書こうとしてバッテリーがきれてねむってしまいました。あと山口ももえ版もあるようですね。
というわたしはどれもみていない。(きぼうさん、すみません。)
で、じぶんはなんであの修学旅行のバスのなかでの一場面を忘れずに記憶しているんだろう。と振り返ってみますと、絶唱を一曲まるごと歌った友達は3人姉妹のまんなかで、いつもなにかを演じているようなタイプのひとで、じぶんらとはまるで毛色の違うものをかんじて、じいっと観察していたからなのかもしれない。あれほど意識的なひとをみたことがなかったから。
小学生で「絶唱」をそらで歌うことができた彼女。いっぽうのかささぎは、歌はしっていたけど、はずかしくて人前でうたをうたうことさえできなかった。この友達とはその後高1のころ、交換日記をした。三冊くらいまでいったかな。じぶんの幼さばかりが眼についた、あとで振り返ると。彼女はつきあってくれてたのです。あるとき、ある瞬間それがみえて、だめになってしまった。こういう関係、とってもデリケートでなんというのだろう、男女の愛とはまるで別個でありつつ、その予習みたいな、一対一のかんけい。

 あ、ぼんさんの3本立て体験へのコメント、こっちのほうがよかった。というわけでコピーしておきます。

 ぼんさんが若大将シリーズ3本立て見たというのは、今の文化街の地名の由来となった、「文化会堂」ではないでようか?ちなみに、封切り後ちょっと間をおいて安い値段で上映するのが2番館、ぼんさんが小6の頃なら、「文化会堂」は更にそれより後に上映する邦画の3番館で、3本立てだった。これと同じ場所にあった「名画座」(だったかな?)が2番館、わが「ロイリー」が洋画の2番館だった(時々試行錯誤して邦画や成人映画を上映した時期もある)けど、どちらも通常は2本立てでした。
 若大将シリーズは封切りの時、怪獣映画と2本立てのこともあり、私が最初に見たのは小5の時の「ハワイの若大将」で、お目当ては怪獣映画「マタンゴ」だったが、普通の怪獣映画と違ってあまりに気色悪く、悪夢を見るほど。大学生の頃に、星新一らSF作家が原案を書いており、今で言うカルト映画化してると知りました。で、この時は姉弟3人で見に行ったけど、帰ってきた私が「若大将のほうが面白かったね」というと、姉が「いやらしか」と言って笑ったのを覚えてます。青大将がスミちゃんを襲うシーンがあったからでしょう。子供が素直に楽しんでるのに~姉はその頃中2だったから、あーいうシーンの意味がわかったつか。

 「ある愛の詩」や小椋佳のごつふーたらぬるかつは好かん、という点では奇しくも3人意見が一致、でも「さらば青春」は例外という点ではかささぎさんと意見が一致、高校卒業した頃流行ったので、よくギター弾いて歌ってました、自分の家で一人、聴く者もいないのに。あ~、暗い青春の1ページじゃった。
 恥ずかしながら舟木一夫もファンでした。それも紅白で「絶唱」を聴いてから(作詞は西条八十、この人もいろいろやっとるのお↓)。映画は文化会堂で見逃し(数年前、名画座最後の砦、池袋文芸坐でやっと見た)、高1の時、古本屋で原作見つけて読んだら、何か印象が違う。寄生地主制度に疑問を持ち、「アカ」の思想にかぶれたと勘当される息子、アプレゲール(戦後派)なんて言葉もこれで覚えたし。ここで正しい日本語について、戦後生まれは戦後派ではないのに、最近は間違って使われてることが多いようですね。あ、それで原作者大江賢次とは、かささぎさんとそういうところで縁があるのか。私が買ったのは初版本のようで、今は希少価値あり?しかし当時の高校生で、大江健三郎より先に大江賢次を読んだとは、イヤハヤ何とも言えん。
 エメさんが勘違いしたのも無理はない、「絶唱」では和泉雅子が相手役だったのに、悲恋もの第2弾の「夕笛」では松原智恵子に変わったからでしょう。「絶唱」の最初の映画化は、マイトガイ・渡り鳥以前の小林旭・浅丘ルリ子が主演で、モノクロ映画です。これも20年以上前に文芸坐で見ました。百恵ちゃんのは見とらん。テレビドラマ化も何回かされてます。「慕情」は、手元にあるキネマ旬報社刊の「アメリカ映画作品全集」によると1955年に初公開、その10年後ぐらいに再公開しています。これも東京のどっかの名画座で見た。そして香港行った時、慕情のシーンに出てくる海辺にも行きました。映画公開後にナット・キング・コールが主題歌を歌いヒット、私も1度カラオケで歌ったことあり。
 あ~、またなごなった、

ろいりさん、情報ありがとうございます。
絶唱>>モノクロだったような・・☆・・また見たいものです。
慕情>>こっちも見たいです。 最近はワンコイン(¥500)で昔の映画DVDが並んでいるので、ちょっと探してきます。
映画や書籍は不思議なもので、年齢が変わってみるとまた感想が違いますね。
お姉さんは思春期のど真ん中だったのですね^^

映画や書籍は不思議なもので、年齢が変わってみるとまた感想が違いますね。(えめ)

そうですよね。
ときに無性によみたくなる「春にして君を離れ」(これを栗本薫は「春にして君を離れ病」と名づけていた)。ひさびさに読んで、やっと今日さいごまでいきついて、はじめて栗本薫の解説をよみました。恐ろしい、哀しい話である、じぶんはこの話にのめりこんでいた時代があった、せりふまできっちり暗記してたほどに・・と書かれていました。おおあんたもか!とついいいたくなった。(今年なくなったのでしたよね。)
だけども、しかし。
さめた視点もでてきました。
これまでは主人公の主婦の自省に加担して、夫や子供たちが(妻に母に管理されるという意味で)気の毒でたまらなく思えたものですが(それはそう思えるようにクリスティが書いているからなのですが)、今回は、待てよ。っていうか、そうは浜名の焼き蛤的心境。
ことに今回はじめてきづいた、最後ちかく、列車のなかで同室になるロシア貴族のサーシャって女性とのやりとり。ここに丸ごと引用したいほど魅力的な会話です。イギリス人を日本人とおきかえてもいいような。
人の見方が多層的であり、個に執着してない。
やっと読めたのかもしれない。

 「そうは浜名の焼き蛤」ちゃ、「その手は桑名の焼き蛤」じゃなかと?それとも何か一ひねりしたギャグ?だとしたら、恐れ入谷の鬼子母神!
 エメさん同様、私もアメリカン・ニューシネマ衰退後の70年代洋画では、フランス映画のユーモア感覚ととイタリア映画の猥雑さが好きだった。それから小林旭の映画をほとんど(リアルタイムで)見ているとはうらやましい。
 数日前の新聞に、「ドヌーヴ×ドゥミ×ルグラン」DVD4作品セットが紹介されていて、「シェルブールの雨傘」がそのうちの1枚に入ってます~買おうとは思わんけど。

うわ、まちがえてた。なんかへんとはおもったんだけど。↑だれ?
こばやしあきら。石原ゆうじろ。そのた。そのた。
一回もみたことない。やくざ映画もとらさんも成人映画もとうとう一回もみなかった。映画の広告で、なんとかの顔役、ってのがあって、なんだろうか、この顔役というのは。とずいぶんかんがえたものです。聞く人もいないし、あとで考えようと思ってるうちに大人になった。顔の役。すんげおもそ。親分かいな。

こんばんわ
当方の子供時代に、叔父叔母達は青春の真っ只中で、映画はその中でもゆいいつの娯楽だったのでしょう。 
叔父叔母が面倒をみてくれていたので、私はいつもオマケで連れて行ってくれてました。
小林旭氏の映画は本当におもしろかったです。
あの渡り鳥シリーズです。
宍戸錠が拳銃をくるくる回す場面、荒野に立つ旭さん、今思うと、荒唐無稽なお話だったのでしょうね。
今調べてみましたら、監督=斉藤武市、助監督=神代辰巳の両巨匠でした。
裕次郎氏のも同時期に見ていたはずですが、旭氏の映画のほうに強く印象を残しています。
シリーズとは別かもだけど、サーカスの場面で球体の中でオートバイが縦横してハラハラするものがありました☆

 名無しは当然私、呂伊利です。エメさんの見たサーカスもの、私はTVで見た覚えがある。そしてアキラが歌う主題歌「サーカスの歌」は何と1933(S8)年のヒット曲のリメイク、ついでのうんちくで、ビックカメラのCMソングの元歌は、1937(S12)年のヒット曲「煙草屋の娘」の替え歌で、1961年に佐川ミツオ(満男)・渡辺マリ(ドドンパ娘)がリメイク、ついでに言うと、佐川ミツオは同じ1937年のヒット曲「無情の夢」もリメイク。1960年代初期は他にも、フランク永井の「君恋し」、井上ひろしの「雨に咲く花」など、戦前のヒット曲のリバイバル・ブーム時代だった。今で言うと、「亜麻色の髪の乙女」とか「明日がある」がリバイバル・ヒットしたようなもんか。
 話戻って、小林旭vs宍戸錠、いいでしょう!赤木圭一郎vs宍戸錠もよかったし。1970年代末の子供向け番組で「怪傑ズバット」というのがあり、主人公が1人で旭とジョーのパロディをやっていたカルト番組。いかん、昔の映画と歌謡曲を語っていたら、またうんちくが長くなり、ヨメの目が険しくなる。でも最後に神代という名字、九州人しか読みきらん。「かみよ」じゃろか「じんだい」じゃろかち思とる。神代辰巳は佐賀出身です。

赤木圭一郎、気づいた時はすでに亡くなっておられました。作品も1度も見ていませんが。
裕次郎さんは西部警察で、やたら煙草をふかす場面ばかり思い出されます。後は歌ですね。
黒木けんが出てきたとき、裕次郎と間違われたそうです。声が似てます。私は黒木けんのほうが上手いなあと思っていました。

 石原裕次郎は昔歌が下手だった、それは間違いない~小学校低学年の頃、素人物まねのようなTV番組で裕次郎のまねをした人が、審査員から「歌の下手なところがそっくりでした」と言われていたのを覚えてるし。
 赤木圭一郎は私も名前を知ってただけ(映画は東映チャンバラ専門だったので)。でも死んだというのを聞いてビックリしたのは記憶に残っている。「赤木圭一郎を偲ぶ会」というのが今でもあるようです。
 黒木憲も死んだね、彼が歌った「おもいやり」という歌は、もともと、「エイトマン」などを歌い後に殺人犯となった克美しげるの、幻の再起作だったらしい。

くましろばし。くましろたつみかんとく。
くましろばしはちかいうちに建て換わるそうですが、くましろかんとくは、連句仲間だった故貞永まことの口から何度か聞いたことがある映画監督の名前だったなとハッとしました。だけどわたしは注意深く聞いていなかったので、それをきちんと筋道立ててお伝えすることができません。ただその監督のお名前のクマシロというひびきだけが残っています。
7月末がまこと忌、ことし七年目。

おはようございます
神代辰巳監督>>日活ロマンポルノ時代の作品はさすがに縁がなかったけど、テレビドラマではよく見聞きしましたね(脚本や監督に)
2時間ものとかたしか色々あったと記憶しています。
あとショーケンの「傷だらけの天使」とか。。
テレビドラマにはほかにもたくさん映画界からの監督さんの名前がありましたね。
神代監督の名前を見つけると「ラッキー」を見つけたようにうれしかったです^^♪

 「傷だらけの天使」を見ていたというエメさん、昨年出版された矢作俊彦の「傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを」という小説、時間があったら読んでみて下さい。ショーケン演じた主人公が今はホームレスになり、でも事件に巻き込まれてというストーリーで、私はこのドラマ見てなかったけど面白かった。日活ロマンポルノも思い切って見て下さい。今時のAVに比べればH度はたいしたことはない、映画としては素晴らしい。
 神代橋~M高校マラソン大会の折り返し地点?だった。小学校1年の時の担任が神代先生だった。あ、10月にある筑後川マラソン大会に参加するかもしれません。もちろんその前、8月にも帰省するけど。

姪の一人が「神代」さんに嫁いでいます。

おはようございます。最後の梅雨の雨でしょうか~ひめさん元気ですか~?
ろいりさん、この小説は気になっていました。
さっそく読んでみます。ありがとうございます
映画界が斜陽になっていた頃、たくさんの監督さん、カメラマン、脚本家がテレビで活躍をされていました。
2時間ものやサスペンス、、ほんとにドラマチックで、とてもはまっていました。
最近は名所めぐりが主体だったりであまり関心がむきません。
神代橋は昔仕事でよく通りました。
マラソンに参加されるのですか!頑張ってください

筑後川マラソン。マラソン大会の交通警備、よく請け負ってます。それ入ってなかったかな。あれは冬のだったかな。ろいりさんが走るならみんなで応援にいきますよ。
眼のまえをマラソンの列がぜんぶ通り過ぎた時点で警備の仕事はおわり。なんだそうです。

(きょうは、しごとやすんでる。)じぶんはげんきですが、おやが体調をくずして、検査中。そのつきそい要員。
おもいだした!九州俳句に熊本の翁がいらして、そのひとの俳句、すきなんですが、こんな句をこないだ出しておられました。

マラソンの最後はひょうひょういつもの彼  
          熊本   宮部 鱒太

わたしはこの句をよんで、なみだでそうになった。宮部氏はいくつになられるだろう。九十をこされたろうか。いつまでもお元気でとお声かけしたいような句です。

 小説を薦めておきながら何ですが、矢作俊彦らしい、段々と毒を持った異世界に近づいていくストーリーなので、一応心の準備をして読んで下さい。この人は「高校紛争」世代の人だけど、数年に1冊ぐらい、奇想天外な着想の作品を出してます。
 かささぎさん、マラソンには今日エントリーしたので、その節はよろしく。ところで宮部鱒太という人の句、季語は何になるのでしょう?
 明日から10日ほど休み取って欧州珍道中に行ってきます、いったい何が起きるやら?そういうわけで、コメントのほうはしばらくお休み。

8月の私の休み

2,4,8,10,11,13,14,18,20、一応ここまで。22,23は来月申請する事になる。(20日締めなので)
13,14はお盆でお客になったり迎えたりでうごけないかも。皆さんも同じでしょう。
オフ会出来ますかね。呂伊利さんもいそがしかごたるね。

よーろっぱ。いってらっさい。

やはぎとしひこ。よんだこともない。

みやべますたのまらそん句は冬かなあ。
でも季語として確立しているわけではない。
いろんなマラソン大会がありますから。
もっとっも有名なマラソン句は、金子兜太が長崎の日銀にいたころ詠んだ被爆者への追悼句でもある、

湾曲し火傷し爆心地のマラソン  兜太

なぜか晩夏というかんじが付きまとうのは、長崎原爆忌を思い出させるからだとおもいます。
わんきょくしかしょうしばくしんちのまらそん。
くれぐれも、わんきょくしやけどし。とよまないこと。
こういうリズム、たたみかけるような。が、海程調と呼ばれています。金子の影響をうけた俳人に多くみられるリズムです。
金子兜太は九州俳句誌と縁の深い俳人であります。

おぼんはぼんもみんなもいそがしかろうおもうて。
で、22,23なわけでした。
あつまれるといいなあ。とおもっています。
ろいりさんもそらんさんもおつしろうもばどさんもおとひこさんもさがらさんも、いらっしゃるとうれしいけど。
ひとのいのちははかない無常なものだから。
えめさんも、ぜひおいでくださいまし。
前田先生にご紹介したく。

いかん、わすれていました!
彦山、それから丸山しょうきょ!!
どうか、連句会にきてください。笑

わが胸の燃ゆる思いに比ぶれば
煙は薄き桜島山   福岡藩士  平野國臣

合言葉は、これです。ちなみにこれは恋歌ではありません。

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