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2009年7月 7日 (火)

ドヌーヴ映画と六つ門とつくしの地名とハイカイ談義

こんにちは
ろいりさんこんにちは。
シェルブールの雨傘と昼顔は見たことがあります。
映画談義をこれからもちょくちょくお願いします^^

筑波・筑紫・筑豊・筑後・・・ルン♪

下記でちょっと見てきた。
ドヌーブの美しさ、ヘヤーリボンにシンプルな赤いセーターに部屋の赤い壁紙、おっかさんの服も赤いスーツスタイル、おお、これがパリって風景がふんだん。
ちょうどビビットな色に挽かれる今日この頃なので、タイミングよくこの映画を話題にしてくだすった。

http://www.youtube.com/watch?v=LH2s0Uur0nM&feature=related

割と最近、深夜番組で見ました。
何度目かでした。
こんな調子だからファッション本位でしか見れなかったけど、やっぱり印象に残っているシーンは、好き同士で結婚できないでお互い子供持って再会する最後の大雪の場面だけだった。
何度見てもジンとくるわ。

 「連歌」「連句」「俳諧」「俳句」の違い、私的には一応わかっとるつもりです~この中で「連句」という言葉だけがこのブログで初めて知った、何しろ学校で習っとらんし、日本史用語でもないけんね。連歌とヤマトタケル(古事記では倭建命、『日本書紀』では日本武尊と書くが後者はいかにも後世の当て字っぽい)の関係も日本史用語辞典に載っていて、だから連歌集には『莵玖波集』新撰莵玖波集』『犬筑波集』と、やたら「つくば」がついているのだそうです。ちなみに「筑紫」を九州では普通「ちくし」と読むが、関東人は「つくし」と読み、地図帳でも「筑紫平野」のルビを「つくしへいや」と書いてある。こら、ほんなら筑後川は「つくごがわ」か!筑前煮は「つくぜんに」か!と、急に筑後国・筑紫国ナショナリストになってしまう。
 日本史と映画のこつになったら、これまたきりがないけど、カトリーヌ・ドヌーブについて、そうそう巨匠ルイス・ブニュエルの『昼顔』も忘れちゃいかん、あとロマン・ポランスキー監督の『反撥』も。どっちも女の恐さを描いた…と言ったら女性陣に怒られるだろうか。あと中年時代?の『終電車』、初老期の『インドシナ』、アラ還時代の『8人の女たち』『輝ける女たち』も良かったし。男も女も、50代はまだまだこれから、若いもんに負けちゃおられん。

笑。

えめさん、筑前ばわすれとる。
と書こうとしたら、ろいりさんが筑前煮(がめ煮)をだしてくれらしゃった。

ちくしへいやはちくしへいや。ろいりさん。六つ門の名の由来。
久留米の文化財担当のおかたにたずねてみたら、六つ門には門があったからだそうです。むつの鐘が鳴るとしまる門。六角堂とは関係ないそうです。(桜島へいったとき、古賀音彦さんにどさくさまぎれにたずねたらそうこたえてくださりました)

 「六ツ門」の由来については、なぜか1年ぐらい前にうちの父親がそう言ってました。
久留米藩領内の中心部に入るための門だったのでしょうか、ちなみに池町川は久留米城(これが篠山城の正式名)の外堀の名残というのも昔誰からか聞いた覚えがある。
「六角堂」はあけぼの通りと明治通りの間に、まさに六角形の広場(放射状に広がる小路の中心)に御堂があったからだけど、いつ頃どういう事情で作られたものか、その由来は調べたことありません。一帯はアーケードのようになっていて天井があり、夜の電気も暗かった記憶がある。
 筑紫平野は「ちくしへいや」私もそう主張したい、しかし現に地図帳では「つくしへいや」となっている=共通語になっている。
私はたぶん、「筑紫」「筑後」と「筑波」はもともと無関係だと思います。
たまたまヤマト言葉、ならぬチクシ言葉に「チクシ」という地名があり、ケヌ(毛野)言葉に「ツクバ」という地名がもともとあり、後からこれにヤマト人が、それぞれ「筑紫」「筑波」という漢字を当て字したのではないだろうか、なお前者の当て字はチクシ人自らがやったのかもしれない~漢字文化はかなり早く入ってきてるはずだから。以上が私の推量で、学問的裏付けは全くありません。
 確認ですが、連句=俳諧連歌と思っていいのでしょうか(辞書にはそう書いてある)?あと、数日前に病身の野坂昭如が一人連句を巻き上げたという新聞記事を見たけど、そういうのもあり?それと、井原西鶴は一昼夜に2万3500句の「矢数俳諧」を詠んだと言われるが、この場合の俳諧は今で言う俳句のことなんでしょうね。

ろいりさん。ありがとうございます。
連句は、「俳諧の連歌」です。連歌と連句は雰囲気も使われることばもうんとちがいます。
それはたとえはあんまり適切ではありませんが、伝統俳句と現代俳句くらいの違いがあります。

その前に、さくらさん。きのう書き込みで「シェルブールの雨傘」の一場面を出してくださって、ありがとうございました。お礼をいってなかった。あれをみて、どうして女は男をまたずに結婚したのかが少し予想がつきました。それにしても、どぴんくとあか。どひゃーな色彩。一番ピンクがにあわなさげな女優さんなので驚きます。母親役の人より雰囲気がずっとオトナに感じられますので、むりくりピンク着せたってかんじです。ドヌーヴさん。

野坂昭如、連句、独吟。
井原西鶴は、れぎおんでも研究者が何人かいらっしゃいました。あさぬま・はくさんとか、まえだ・あやさんとか。私は前田亜弥さんが調べて書かれていた妻の命日に詠んだ作品群というものに心うたれたことがある。さがせばどこかにある。いくつか句をひきたいくらい、まことのこころのこもった句たちでした。
あと、矢数俳諧については大野鵠士さんの研究書がかなりへんでおもしろい。へんといういいかたはへんなんですが霊的というのかな。33間堂。
かささぎはきになっていてですね。
33間堂棟木の由来。松延かんらん。いつきひろゆきの祖先の一人かもしれない人物ですが。八女福島の灯篭人形の祖。
あれ。話が別方向へいってしまう。
ぜんぶつながっている。わたしのなかでは。

俳諧と普通にいったら、俳句もふくめた連句のことですけど、矢数俳諧は即興の数でかぶく句のことなんだとおもう、きっと連句的な句だったんじゃなかろうか。

安西均の詩につくし恋しやつくつくほうし。みたいなんがあったなあ。このひとのふるさとは、筑紫字筑紫。

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コメント

 以下はこっちに入れといたほうが良かったでしょうか、「カトリーヌ・ドヌーヴと連句、連歌、俳諧、和歌。」の記事にコメントしたばかりのものを再掲します。

 すいませんが話がワープします。今『朝日新聞』夕刊、「人生の贈りもの」というコーナーに帚木蓬生氏の連載があり、それによると、一度就職したTBSをやめた後、九大医学部に入り直すため、M高校付属?時習館予備校に模試を受けにきてたんだそうな。で、今のペンネームもこの時に、昔習った教員に気づかれないよう、『源氏物語』にあやかって考え出したとか、そんなことが書いてあります。それがちょうど私の浪人生時代、ということは、どっかですれ違っているのだろうか、当時相手は24歳、当時の6歳違いはええおっちゃんに見えたはずだが。で、そのころ弟の光章氏はどうしていたのだろう?
 ここで、話を「筑紫」の読み方に戻すと、私の祖母がファンだった、佐賀にわかの筑紫美主子の名字は「ちくし」と読むらしい(これを調べるため昔読んだ本を探して時間食った、ネットで調べりゃ早かったのに)。でもどの地図帳見ても「つくし平野」「つくし山地」と書いてある。更にまた日本史関係で調べたら、これにも「筑紫(ツクシ)国造磐井の乱」とルビがふってあるし、これはチクシ族に対するヤマト族の陰謀だ!だから私はヤマト(大和)=日本という考え方は好かん。日本民族という表現なら許せるが大和民族と言うのも好かん。大和魂もまやかしじゃ(本居宣長の「やまと心」にはまだ共鳴できるところがあるが)。私見だが、磐井(八女のみなさんは誰でも御存じですよね)は国造などではなく、大和国の大王に敵対していた筑紫国の大王ではなかろうか、根拠薄弱だが~そう考える歴史家も実際にいる。

ろいりさん。いわれてみれば、つくしとちくしの使い分け、本場者はむいしきにしているようです。
ちくしがおかこうこう。ってのもありますしね。
ははきぎさんの筆名は源氏物語のははきぎからとったんですか。そうですか。
おとうとさんの詩集はどこへも開かれてはいない。
この意味、わかりますか。かれの文学はだれにもひらかれてはいないのです。なのに、かれの詩に対するこころは、だれにむかってもひらかれている。
わたしは、森山光章さんにいただいた数冊の詩集や句集からは(それがあまりにも異質であるがために)軽微な影響しかうけませんでした。
でも、森山さんがすすめてくださった歌人の本や歌集からは、とてもおおきなものをうけとりました。
ことに、山中智恵子のつぎの一首わすれがたく、いまでもこの歌を思い出すと、なんともいえずどきどきするし、くるしくなるし、切なくなります。

夢ごころいかなるものぞ夕暮れは
藻伏し丘伏し獅子狂ひゆく  山中智恵子

(うた、きおくです、ちがってるかもしれません)

あ。それと。ちくしのいわいは、くにのみやつこではなく、九州の王だったと思っているのが八女人です。

事務所ちかくのレンタルやさんにひとつだけあったドヌーヴ映画『昼顔』をかりてきて、みました。
エロスについて。
かささぎがおもう「色気」とは、悪とか罪とかの要素がないとすこしもえろくない。ってことです。健全な精神はちっとも色気がありません。で、
それがあるものがたりであり映画でした。
わかいときにみてたら、はなぢでたかも。
おお神よ。健全なかささぎをあわれみたまへ。

こんばんわ
大分出身だけど☆筑紫哲也さんはちくしてつやさんでよかった♪

昔から、色んな戦いがあってきて、負けたほうは反逆者としてあつかわれ、歴史の年表には1行で終わりますね。
たとえば「528年・磐井の反乱」とだけ★
九州の王の墓がなぜ「八女」にあるのか☆☆☆ 
それはこの地でなければならない「必然性」があったから?
さあみんなで空想してみましょう~(^_-)-☆

映画談義>>昔の女優さんたちはほんとにきれいで個性的でしたね
当時、ドミニク・サンダ、フェイ・ダナウエイが好きであこがれました。
最近ではレニー・ゼルウィガーさん♪
男優はダニエルクレイグ氏、ケビンスペイシー氏。
みなさんたちはどんな俳優さんが好きですか~

 フェイ・ダナウェイ、そういやそういうエロっぽい女優さんもいましたね、で、同じ頃活躍した外国人女優として、キャサリン・ロスとかキャンディス・バーゲンとかを連想し、カトリーヌ・ドヌーブのほうがもっと年上かと思ってたら、そうでもなかった。ちなみに、カトリーヌの英語読みがキャサリンなんですね。あと意外と好きなのがジェーン・バーキン~シャルロット・ゲンズブールの母親。いや、映画ってホントにいいですね。
 男優はどげんでんよか?でも、アラン・ドロンよりジャン・ポール・ベルモント、もちょっと年上のマルチェロ・マストロヤンニ、これじゃ古すぎる?もっと古いぞジャン・ギャバン。最近ではケビン・スペイシーやニコラス・ケイジもいいですね。
 日本では、これまた古くて若い皆さんにはピンとこないでしょうが、宍戸錠・赤木圭一郎といった日活アクション系、その残り香的な原田芳雄に藤竜也。女優は恥ずかしながら、中学生の頃松原智恵子のファンでした。今は風吹ジュンとキョンキョンがいい!若い頃はただのアイドルに過ぎなかったけど、女優としては今が旬という感じ。桃井かおりは無名時代からのファンです。う~ん、若い世代にもいいのはいるが、今イチ決め手に欠ける。これも年のせいじゃろか。おっと田中麗奈がいた。久留米出身だからというわけではなく、映画中心に活動しているところが好感持てる。
 話変わって磐井氏について。九州の王と言いたい八女の人たちの気持ちはわかるけど、クマソ・ハヤト族まで支配していたとは思えんし、せいぜい北九州の大王ということで妥協してください。

 帚木蓬生のペンネームの由来について忘れてました、本人曰く、『源氏物語』の五十四帖を見ていて、雨夜の品定めの「帚木」の巻と、末摘花が出てくる「蓬生」の巻から取ったとのこと、本名は森山成アキラ(外字なので変換できん)と言わっしゃるとですね。

こんばんわ
70年代前後はフランス映画やイタリア映画などヨーロッパ映画がすてきでした。
アラン・ドロンやジャン・ギャバン全盛の頃私は彼らと共演していたリノ・ヴァンチュラの大ファンでした(渋~☆)
彼らのシシリアン、冒険者たち、、すてきな大人の映画でした。
アメリカ映画ではやっぱりスティーブ・マックイーンが印象的でした。
アリ・マックグロウと共演のゲッタウエイはかなり良かったです☆

蓬生。よもぎふ。うつくしいことばです。

えめさんもろいりさんもいっぱい俳優さんのおなまえをごぞんじであります。ちゃんとそれで一家言的文章がかけるのもすごいです。
じぶんは人さまがみている映画を見ていなかったことに気づき、いま、むかしの映画を拾って学習中。
きのうはとても大変だ状態であったのにもかかわらず、ひとり深夜に「昼顔」をみました。
いちばん印象にのこるのは、ドヌーヴ演ずる不感症の昼顔ではなく、夫やチンピラでした。夫はさいごに昼顔に夢中になったチンピラに撃たれて車椅子に座るのですが、ドラマの中盤、車椅子が気になる、なぜだろう。と独り言をいう場面がさりげなくはさまれています。
そういう伏線は確実に印象にのこります。
んで、これと似た味わいのを去年みました。
「グッド・ガール」という映画。
昼顔とおなじく女の性のこわさを描いて出色。
わたしはスパイダーマンがとっても大好きで、その主役とこの映画の主役をまちがえておりました。
雰囲気がにています。
ジェイク・ギレンホールとトビー・マクガイヤー。

ところで。
西日本新聞朝刊のデスク日記。
ある夏、新製品のビールを社に宣伝にきたキャンペーンガール。新聞社というおとこ所帯にうら若き女性が単身のりこみ一通りの宣伝をおえたあと、さいごに立ち上がりぱっと服をぬいで、水着一枚になった。おとこたちは絶句し気おされた、女性の覚悟を感じ取って。その女性とはデヴュー当時の藤原紀香。・・てな記事。
(物を書くとはこういうことだよね。ウッとうなった。)

こんなことをなんで書いたかといいますと。
連句を公衆の面前でまくことの難しさと恥ずかしさについて書きたかった。
覚悟がたりないといつもかんじているから。
上記のむすめさんのような覚悟です。
つまり、
人前ではだかになる覚悟。

帚木蓬生 筆名の由来

で、こちらへお見えです。
しかして、わかりなはったでっしょか?

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