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2009年7月 6日 (月)

カトリーヌ・ドヌーヴと連句、連歌、俳諧、和歌。

  元久留米人・梶原呂伊利(神津呂伊利)

 はい、また1週間のご無沙汰でした。「シェルブールの雨傘」とカトリーヌ・ドヌーブについてですね。
 
 最初に見たのは大学生時代、京都の祇園会館という3本立ての名画座で~作られて10年後ぐらい。当時はまだ人生経験も恋愛経験も浅かったので、何で女は男を待てなかったのだろうか?と思ったけど、1964年という時代背景を考えず、ついでにいうとアルジェ独立戦争についてもよく知らなかった。 
 
 2回目見たのが10年以上前、最初のシーンから感銘を受け、なぜ1回目見た時たいして良い映画と思わなかったのかと、自分の鑑賞力のなさをしみじみと感じました。実は私、大学時代は月に30本前後見ていたほどの映画ファン(を通り越してマニア、今ならおたくと呼ばれるところ)で、ここ数年は月に4本ぐらいしか見ていないけど、神津島に行く前は最低10本以上(しかもほとんど映画館で)見ていたぐらいです。だから映画関係の仕事につきたいと思ったこともあり、でも、この名画を見抜く才能のなさを考えたら、仕事にしないで良かったのかも。カトリーヌ・ドヌーブは若い時もいいけど、中年以降の、いや60過ぎてからの映画もいいですね。特に大ファンというほどではないけど。
 
 最近見た映画で良かったものね~、映画ファンと言うと、よく聞かれて困る質問です。なんせあれもこれもと浮かんでくるので。でもこの1年間ぐらいに見たもので、みんなが知っていそうなものを除くと、次のような映画かな。
 
  「闇の子供たち」…今話題になってる臓器移植問題もふくむ、梁石日(ヤン・ソギル)の原作に迫る力作。梁石日作品の映画化にはなぜか傑作ばかり。
 「ミリキタニの猫」…路上(ホームレス)画家だった、強制収容所体験もある日系人を主人公とするドキュメンタリー。
  

 とりあえずこの2本だけにしときます。映画について語り出したらきりがないのでこのへんで。
 ここで余計なおせっかいかもしれないし、素人判断になるけど、連句と俳句(俳諧)の違いとは、駅伝とマラソンの違いみたいなもんではないでしょうか。私はマラソンやるけど、マラソン仲間に駅伝に誘われてもあまり乗り気にはなれない、そういう人もいる、それは性格・個性の問題です。

 さっき「俳句(俳諧)」と表現したけど、正しくは「俳句(俳諧の発句の独立化したもの)」ですね。「俳句」とは明治以降に出来た言葉だから、日本史用語では江戸時代の俳句を「俳諧」と表現するので、つい先ほどのような書き方をしたけど、紛らわしい。個人的にはある程度理解しているつもりだけど、「連歌」「連句」「俳諧」「俳句」という用語を誰か一度整理していただけるといいのではと思います~たぶん誤解している人もいるだろうから。

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コメント

こんにちは
ろいりさんこんにちは。
シェルブールの雨傘と昼顔は見たことがあります。
映画談義をこれからもちょくちょくお願いします^^

筑波・筑紫・筑豊・筑後・・・ルン♪

下記でちょっと見てきた。
ドヌーブの美しさ、ヘヤーリボンにシンプルな赤いセーターに部屋の赤い壁紙、おっかさんの服も赤いスーツスタイル、おお、これがパリって風景がふんだん。
ちょうどビビットな色に挽かれる今日この頃なので、タイミングよくこの映画を話題にしてくだすった。

http://www.youtube.com/watch?v=LH2s0Uur0nM&feature=related

割と最近、深夜番組で見ました。
何度目かでした。
こんな調子だからファッション本位でしか見れなかったけど、やっぱり印象に残っているシーンは、好き同士で結婚できないでお互い子供持って再会する最後の大雪の場面だけだった。
何度見てもジンとくるわ。


 「連歌」「連句」「俳諧」「俳句」の違い、私的には一応わかっとるつもりです~この中で「連句」という言葉だけがこのブログで初めて知った、何しろ学校で習っとらんし、日本史用語でもないけんね。連歌とヤマトタケル(古事記では倭建命、『日本書紀』では日本武尊と書くが後者はいかにも後世の当て字っぽい)の関係も日本史用語辞典に載っていて、だから連歌集には『莵玖波集』新撰莵玖波集』『犬筑波集』と、やたら「つくば」がついているのだそうです。ちなみに「筑紫」を九州では普通「ちくし」と読むが、関東人は「つくし」と読み、地図帳でも「筑紫平野」のルビを「つくしへいや」と書いてある。こら、ほんなら筑後川は「つくごがわ」か!筑前煮は「つくぜんに」か!と、急に筑後国・筑紫国ナショナリストになってしまう。
 日本史と映画のこつになったら、これまたきりがないけど、カトリーヌ・ドヌーブについて、そうそう巨匠ルイス・ブニュエルの『昼顔』も忘れちゃいかん、あとロマン・ポランスキー監督の『反撥』も。どっちも女の恐さを描いた…と言ったら女性陣に怒られるだろうか。あと中年時代?の『終電車』、初老期の『インドシナ』、アラ還時代の『8人の女たち』『輝ける女たち』も良かったし。男も女も、50代はまだまだこれから、若いもんに負けちゃおられん。

笑。

えめさん、筑前ばわすれとる。と書こうとしたら、ろいりさんが筑前煮(がめ煮)をだしてくれらしゃった。

ちくしへいやはちくしへいや。ろいりさん。六つ門の名の由来。久留米の文化財担当のおかたにたずねてみたら、六つ門には門があったからだそうです。むつの鐘が鳴るとしまる門。六角堂とは関係ないそうです。

 「六ツ門」の由来については、なぜか1年ぐらい前にうちの父親がそう言ってました。久留米藩領内の中心部に入るための門だったのでしょうか、ちなみに池町川は久留米城(これが篠山城の正式名)の外堀の名残というのも昔誰からか聞いた覚えがある。「六角堂」はあけぼの通りと明治通りの間に、まさに六角形の広場(放射状に広がる小路の中心)に御堂があったからだけど、いつ頃どういう事情で作られたものか、その由来は調べたことありません。一帯はアーケードのようになっていて天井があり、夜の電気も暗かった記憶がある。
 筑紫平野は「ちくしへいや」私もそう主張したい、しかし現に地図帳では「つくしへいや」となっている=共通語になっている。私はたぶん、「筑紫」「筑後」と「筑波」はもともと無関係だと思います。たまたまヤマト言葉、ならぬチクシ言葉に「チクシ」という地名があり、ケヌ(毛野)言葉に「ツクバ」という地名がもともとあり、後からこれにヤマト人が、それぞれ「筑紫」「筑波」という漢字を当て字したのではないだろうか、なお前者の当て字はチクシ人自らがやったのかもしれない~漢字文化はかなり早く入ってきてるはずだから。以上が私の推量で、学問的裏付けは全くありません。
 確認ですが、連句=俳諧連歌と思っていいのでしょうか(辞書にはそう書いてある)?あと、数日前に病身の野坂昭如が一人連句を巻き上げたという新聞記事を見たけど、そういうのもあり?それと、井原西鶴は一昼夜に2万3500句の「矢数俳諧」を詠んだと言われるが、この場合の俳諧は今で言う俳句のことなんでしょうね。

ろいりさん。ありがとうございます。

その前に、さくらさん。きのう書き込みで「シェルブールの雨傘」の一場面を出してくださって、ありがとうございました。お礼をいってなかった。あれをみて、どうして女は男をまたずに結婚したのかが少し予想がつきました。それにしても、どぴんくとあか。どひゃーな色彩。一番ピンクがにあわなさげな女優さんなので驚きます。母親役の人より雰囲気がずっとオトナに感じられますので、むりくりピンク着せたってかんじです。ドヌーヴさん。

野坂昭如、連句、独吟。
井原西鶴は、れぎおんでも研究者が何人かいらっしゃいました。あさぬま・はくさんとか、まえだ・あやさんとか。私は前田亜弥さんが調べて書かれていた妻の命日に詠んだ作品群というものに心うたれたことがある。さがせばどこかにある。いくつか句をひきたいくらい、まことのこころのこもった句たちでした。
あと、矢数俳諧については大野鵠士さんの研究書がかなりへんでおもしろい。へんといういいかたはへんなんですが霊的というのかな。33間堂。
かささぎはきになっていてですね。
33間堂棟木の由来。松延かんらん。いつきひろゆきの祖先の一人かもしれない人物ですが。八女福島の灯篭人形の祖。
あれ。話が別方向へいってしまう。
ぜんぶつながっている。わたしのなかでは。

俳諧と普通にいったら、俳句もふくめた連句のことですけど、矢数俳諧は即興の数でかぶく句のことなんだとおもう、きっと連句的な句だったんじゃなかろうか。

安西均の詩につくし恋しやつくつくほうし。みたいなんがあったなあ。このひとのふるさとは、筑紫字筑紫。

 すいませんが話がワープします。今『朝日新聞』夕刊、「人生の贈りもの」というコーナーに帚木蓬生氏の連載があり、それによると、一度就職したTBSをやめた後、九大医学部に入り直すため、M高校付属?時習館予備校に模試を受けにきてたんだそうな。で、今のペンネームもこの時に、昔習った教員に気づかれないよう、『源氏物語』にあやかって考え出したとか、そんなことが書いてあります。それがちょうど私の浪人生時代、ということは、どっかですれ違っているのだろうか、当時相手は24歳、当時の6歳違いはええおっちゃんに見えたはずだが。で、そのころ弟の光章氏はどうしていたのだろう?
 ここで、話を「筑紫」の読み方に戻すと、私の祖母がファンだった、佐賀にわかの筑紫美主子の名字は「ちくし」と読むらしい(これを調べるため昔読んだ本を探して時間食った、ネットで調べりゃ早かったのに)。でもどの地図帳見ても「つくし平野」「つくし山地」と書いてある。更にまた日本史関係で調べたら、これにも「筑紫(ツクシ)国造磐井の乱」とルビがふってあるし、これはチクシ族に対するヤマト族の陰謀だ!だから私はヤマト(大和)=日本という考え方は好かん。日本民族という表現なら許せるが大和民族と言うのも好かん。大和魂もまやかしじゃ(本居宣長の「やまと心」にはまだ共鳴できるところがあるが)。私見だが、磐井(八女のみなさんは誰でも御存じですよね)は国造などではなく、大和国の大王に敵対していた筑紫国の大王ではなかろうか、根拠薄弱だが~そう考える歴史家も実際にいる。

「やまとたけるは、景行天皇の子。」

と、上記を読んでいたら、書いている。だれのコメントだろうと思えば、自分なのかな。えー・・
三潴にある由緒ただしい「高良さんよりも格が上だ」、と古老がいった墓所は、それじゃやまとたけるの墓所なのでしょうか?ぼん、どうなの。

おおっとわたしにおはちがまわってきとる。調べますね、しばしお時間を。

ぼん
あした ではお待ちしています だけど昨日イチジク畑消毒したので しばらくは収穫できない またそのうちにあげるからね
たからさんにもね

ここよみなおして
筑紫と筑波の地名 他のところで 竹橋さんが書いてたのをかすかに記憶していますつなぎ合わせたらなんか見えないだろうか

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