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2009年6月 2日 (火)

中山宙虫への詫び状

そらんさん。

こういうふうにおもうことはできないでしょうか。
ここに引きつったひとがいます。
そのひとは荷物が重過ぎて疲れ果てている。
ここへくる。
あ、いまそういえば思い出した、北原志摩子の句、うろおぼえ。
秋灯窓から見える砂糖壷 
こんなふうな一句でした。記憶ですから間違っています。
秋ともしは秋羨し。
おとなりの窓からみえる砂糖壷がうらやましい作者がいます。

昨日、新聞でこういう文章をよみました。
「自ら社会変える意志を」西日本新聞朝刊、内山節(哲学者)
「失いはじめた持続性や継続性」。

内容は半分がそらんの随想にあらわれていた現代の問題。
あとの半分はどうしたら継続可能な社会ができるかの考察。
「信頼」の回復がまず必要で、それがなければ、この世のすべては砂漠にうもれる薔薇みないなものだ。というのです。

かささぎのもっとも痛い所におちた中山宙虫の随想。

それは裏を返せば、本当は今もっとも必要な、
「真っ当な人生の価値」
について書かれていたのかもしれない。

ごめんなさい。ここに正式にお詫びいたします。

かささぎの旗
2009/06/02 17:43

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コメント

僕は別にわびて欲しいわけではないのですよ。
こんだけ丁寧に文章を書けるのですから、ちゃんと書けば済むだけのことです。
かささぎさんは、僕の妻のことを知りもしないのに、僕らが幸福だと言う。
それもブログを読んだだけで。
初めて会ったときも、その次も。
別に僕ら夫婦が不幸だとは言いませんが、あのブログに不幸話は書きません。
不幸は書かない。そういうブログなのです。
僕はかささぎさんたちに言いました。
「あなたたちがうらやましい。同級生たちでこんな文芸でつながれるなんて。」
僕にはそんな関係なんて全くないんです。
まさに「となりの芝生」。
僕とかささぎさんとは別にブログでつながっていたわけではないと思っていたのに。
僕のブログにこだわっていたのには驚きました。
もし、また会うときは、僕をちゃんと見ること。
インターネットの僕を信用してはいけない。
これはもう何度も目の前で言ってますよ。
これ以上は書きませんが。

せっかくの詫び状。
こんなの欲しくもないです。
いらない。

せっかくのトラックバックありがとうですが、僕には必要ない。

今度は、ネットのうえではなくリアルな再会を。
そのほうがすっきりします。
そのときまで、すべてお預けということで。
お願いします。

ながながとかささぎさんだけに返事しました。

ぎょ。

なかやまそらん。
ことばでないぞ。

ぎょ。

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