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2009年6月28日 (日)

長谷川櫂の『俳句の宇宙』と無意識について

桜島であった俳句超結社誌『九州俳句』の大会に参加した日、東京での「やまなみ短歌会」全国大会から帰ってきたばかりの歌人・山下整子氏より、おみやげに本を一冊「古本だけど恭子ちゃんに買ってきた」 といってもらった。

長谷川櫂著、『俳句の宇宙』(1993サントリー学芸賞受賞)。

なつかしい本!
俳句を始めたばかりのころ、平成四年夏生まれの次男がおなかにいたころ、沖縄の詩人・岸本マチ子先生が送ってくださった。戸畑・天籟寺の俳人・穴井太師が主宰されていた俳句誌『天籟通信』誌。*
その中で、穴井太師が推薦されていた俳句評論である。
師の声にしたがい、わたしは買って読んでいたのである。
著者が自分と同年であることが目をひいた理由であった。
いまも探せば家のどこかにきっとあるはずだ。

私の印象に残っていたのは、忌日を詠む俳句の特殊性について書かれた文章であった。
このぶぶんの文章だけが、自分にはことにまばゆく強い光を放った。
正確に言うと、もう一箇所、いや数箇所、いいやほぼ全部、その後出合うことになる先学の俳句のよみについて教示を与えてくれたのだが、自分にはそれほどだいじな本ではあった。すっかり忘れていたけれども。

あらためて読み返しながら、わたしは様々なことをかんがえた。

この拙いブログを読んでくださっている読者のかたがたに、ヒメノはなんで先般俳人の中山宙虫に対してあのような理不尽ともいえる怒りをぶちまけたのだろう。と不審に思われていることと察する次第であるけれども、それにはこの本でも述べられている無意識が絡んでいる。今回読み返してみて、あらためて気づいた。

第六章『都市について』。このなかで述べられたことばの数々が、かささぎの旗での中山そらん事件をよみとく鍵となっている。

それを陽光のもとに晒して書ければと少し思うが、こういうことは書かないものなのだろう。
だがいつか、書いてみたい。

*

現在の天籟通信誌主宰は九州俳句誌代表も兼任なさっている福本弘明氏。
福本氏にも桜島ではじめてお目にかかる。ご挨拶が遅れて大変失礼しました。
ほぼ同世代であります。


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コメント

長谷川櫂のプロフィールをみて、昭和29年2月20日熊本生まれとあるのを知り、えっと思った。せいこさん、らんちゃん。おたんじょうびがいっしょ、ここにもひとり。

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