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2009年6月 1日 (月)

サンダルとトランペット 3  鬼の救済

連句での仲間だった中山宙虫さんが本年度の九州俳句賞を受賞されるそうです。
かささぎの旗では真っ先に、熊本の俳人中山宙虫さんの新しい門出を祝って、心からのお祝いを申し上げたいと思います。

かささぎはつい最近そらんさんへとても失礼なことを書いて、やさしく誠実な人をひどく落胆させてしまいました。それどころか、ここに集ってくださるとても気持ちのいい仲間たちまで、ひどく混乱させ、失望の底までおとしてしまうということをやらかしてしまいました。二日間も眠れないで心配してくださった、前橋のばどさん。ぼん、乙四郎、せいこ。そのほか、なにもいわずに見守ってくださったみなさまへ、心からのお詫びを申し上げます。

その理由はかささぎのみょうにねじけたまっすぐな性格にあります。

と一筆書いて、はい、それではさようなら。
と断念できることではないから、ここにきちんとかささぎなりの理由を書いておきたいと誰よりも願いました、姫野は。

そらんさんへ。

あなたのブログへいくのは、ひめのはホントいうと、とても辛かった。
そこにはいつもとても仲むつまじいご夫婦の姿がありました。
中山宙虫ブログを訪問なさったかたなら、どなたでも真っ先に気づかれることが、それであろうと思います。

一方のひめのはどうかといえば、それはそれは悲惨の一言。
しかも、それをブログに書いて、配偶者への思いやりのかけらもありませんでした。(夫よ、ゆるせ。きみはしらないだろ、こんなことを妻がかいてるなんて。だけど、それも運命だと思ってあきらめてくれ。かささぎがほんとに書きたかったのは、「時代の家族」なのだから。)


中山宙虫、こういう人と知り合えたことを身に余る幸福だと思わず、「なんてめめしい男だろう、妻が妻がばっかりで。」と、そんなふうにずっと思っていたかささぎでした。

神様は、いつでもひめのに「救いの手」をさしのべて下さっていたのに、それに全く気づけないかささぎがいた。

中山宙虫の随想『時代の家族』は、とりたてていうべき新鮮さも何もない、ごく普通の平凡なおやじの感慨を、そのまんま述べたものでありました。
それには、俳句のことも連句のことも何一つ触れられず、それでも堂々と立っていた。

かささぎが鬼になってしまったのは、自分との対比においてだったのでしょう。

このような、本来のあるべき平静な自分に帰れたのは、心いためて泣いてくださった、ありがたい有縁のかたがたのおかげです。
そしてえめさん、きのうはありがとう。思いがけず「加川良コンサート」にいけました。
フォークソング、を聞いてるうちに、かささぎは忘れていたものを思い出しました。
加川良の歌は、最初に師事した俳句の師・穴井太をなぜか思い出させ、また、そのあとで聞いた沖縄は八重山と宮古島の出身という二人のシンガーの歌は、俳句への道へといざなってくださった、沖縄の詩人で俳人の岸本マチ子師を思い出させました。ずっと昨日は一日、それをおもっていた。

私の博多での子育て時代を支えてくれた懐かしい友と三人で、太宰府天満宮に真っ先に参拝し、プタラ宮の秘宝展を観覧し、さいごに菖蒲園よこの文書館でのコンサートをきいてる間中、ずうっと一日、かささぎは心の奥深くで反省していました。

中山宙虫さん、おめでとう。
かささぎは先をこされてしまいました。
けれども、これだけはいっておく。
俳句の賞をとったからってえばるなよ!
けっ。

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