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2009年6月14日 (日)

バスガイドさん中島照美さんの思い出

うんだもこうりゃ いけなもんだ
あたいがどんな ちゃわんなんだ
日に日に三度も あらもんせば きれいなもんがんさ
ちゃわんにつけた 虫じゃろかい
めごなど きゃあろぐ むしじゃろかい
まこっちげなこちゃ わっはっは

これ、熊本民謡(鹿児島民謡かも)の『ちゃわんむしのうた』です。
いまでも歌えるし、歌詞もきっちりあたまに入ってた。
中学時代南九州への修学旅行で出会った観光バスのガイドさん、中島照美さん(だったと思います)が教えてくださいました。
あまりにもすばらしいガイドさんだったので、旅行がおわってから、しばらくして、みんなで学校へ来てくださるように頼んで、ほんとうにきてもらいました。
かささぎが覚えているのは、「相談室」(という小さな部屋が当時の学校にはありました。高校にもあった。笑)でバスガイドの照美さんに歌を歌ってもらってテープに吹き込んだ思い出です。私のよこにだれか男子が一人いたような。
でもおもいだせません。それがだれだったのか。
接待役だったということは一緒にクラス委員をしていたのでしょうか。

なんで急にこういう記憶が蘇ったのかといいますと、乙四郎のこども時代の世間体とこどもらしい本音のあいだで書かれた日記を読んだからという理由のほかに、こないだ行った太宰府文書館での加川良と新良幸人、下地勇の三人のコンサートで、シンラとシモジ、二人のユニークな沖縄のシンガーが二人とも数年ずれてどうも同じバスガイドさんに惚れていたようだって話をしていたからです。
沖縄の子たちは修学旅行で九州に来るのですね。


それと、きのうのオフ会(八女市福島「すずめ」にて)で、えめさんが最近行かれたバス旅行(破格の二万円余で京都からくらしきからこうべからとにかく昔のアンノン族なら必ずきっちりマークして行ってたという観光地をひたすら回る疾風怒濤のてんこもり旅)の話をなさったのですが、その中で、すばらしかったガイドさんの話というのがすごく面白かったので、忘れていたことをひょっこり思い出したという次第です。

ところで忙しいせいこさん、昨日一時間ほど遅れてきましたが、レディスセットを注文するや、しゃかしゃかとあっというまに食べ終わりました。しかもきれい!感心してしまいました。梅の砂糖煮を箸休めに作ってきてくれて、それをみんなでいただきました。

ぼんはおまごちゃんをお宮参りにつれていった写真をみせてくれた。
久留米の水天宮さんです。
あかんぼうの額に炭でマーキングするのですねえ。
これはびっくりの習慣です。
大という字をかくところもあるようです。
うちの子たちもお宮参りはしましたが、うぶすなのお宮に行って他に成田山、福島の八幡さんと三社参り、そのあとまっすぐ帰ったらいけないというので、親戚の家に立ち寄って用意してくださった祝い膳を戴いてからかえった思い出があります。

さくらさん。
オフ会でさくらさんのこと、東京のはなし、せいこさんから聞きました。
びっくりするくらいお若くて、きれいなひとだったって。
かささぎも甲四郎先生から見せていただいた写真でえっと想ったもの。
いつか八女においでくださいましね。オフ会、しましょうね。
ほんとは連句会がしたいかささぎでした。

ところで、ろいりさんはなしのつぶてじゃのう。
連句する気がないのはよおくわかりましたとも。
あの祝句はとってもおもしろいものでしたのに、残念だなあ!
きっとこのひとは、歌詞の才能があるとおもうのね、かささぎは。
でも、こういうのは無理じいするものじゃなし、気長にいきましょう。


葵くんのややこ歌仙はまたみんなに句をだしてもらって再開しませう。
おらおら、しっかり句をだせや~!!

晩春または三春の季語入り俳句的五七五。
いくつでも、なんでも。少し格調を意識して。
恋句でもいいですよ。折端が折端でしたので、。

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コメント

新良=アラです。

あら、そうでしたか。ごめんください。
まちがえてしまいました。

新良と書いて、あらさんですね。
もうわすれません。あらゆきと。あたしは、しんらこうじん、とおもっていた。とほほ。こっちもかっこええでがしょ。

∇新良幸人(あらゆきと)
1967年12月16日石垣市白保生まれ。11歳から八重山民謡を父親(新良幸栄)に師事。17歳で県立八重山高等学校在籍中、八重山古典音楽コンクールで最高賞を受賞。18歳より大学進学のため石垣を離れ現在も那覇在住である。現在はパーシャクラブのボーカル&三線奏者として活動中。バンドとは別 に、同じパーシャクラブの仲宗根哲(サンデー)と2人でのライブ活動も平行して行っている。

おーおー、この歌は聴いたことがありますぞい。あっしらの中学も、修学旅行は鹿児島・宮崎だったので、鹿児島の民謡でごわすじゃろう。
あと「いもがらぼくと」の歌というのもガイドさんから聴いた覚えがあり、これは宮崎の民謡らしい。

おお、それです。いもがらぼくと。
もう一曲うたったんだけど、なんだったか思い出せなかった。いもがらぼくとでした。以下、サビの部分。

もろったもろたよいもがらぼくと
ひゅうがかぼちゃのよかよめじょ
じゃがじゃがまこっちえれこっちゃ

十三、四才のころの記憶力のすばらしさ。

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