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2009年6月27日 (土)

十六夜の月

静まらぬ鼓動に百千鳥響む     整子
2   恋文一つ渡せないまま     兼坊(シサン訂正申し出あり)
3やさしさの沁みこまぬよに拳分    たから
4   激情愛情そして平常       ぼん
5地球よりおおきなものの居座りて 乙四郎
6   キュウリの方が多いポテサラ  えめ   
7展示会臨時雇ひも客にされ      恭子
8   昔の蔵の賑はひいづこ   乙四郎(シサンですがこのまま)
9ほつほつと白き稜線描く風      らん
10  ポーズつくりし父の写真よ    ぼん
11十六夜の向ふにケニアありにけり  整子
12  秋

山下整子の選句と付句(秋の月)

ポーズつくりし父の写真よ    ぼん

付け句案(秋月)
1、てらてらと輝く湖(うみ)に上る月
2、十六夜の向こふにケニアありにけり
3、ディスカバリー号から月はだう見える

旧仮名、むづかしい。

だう、はたしか、どう、でよくはなかったかな。
調べて確認しておいてください。旧仮名は一つひとつ確認してゆく以外ない。
そう、は、さう。なのですが、どうはだうではなかったような記憶がある。

乙四郎句で選句ミスをしていました。
外国人をとらず、場の句で懐旧の句をとるべきでした。
やりかえます。
昔の写真の賑わいいずこ   (乙四郎元句)
むかしの写真には展示会に関係するものが華やかに写っている。
というのです。
これをとるべきでした。
あとさきになってしまい、写真がぼんのところで出、つかえなくなりました。
そこで、何をここに置けばと考えましたが、。
乙四郎。蔵はもし他にあれば差し替えますので申し出てください。
べたつきがなくなり、らんさんの景気の句も、生きてくる気がします。

どうでしょうか。名さばきだとこうはいかんです。
へたっぴだからこそ、選句をまちがい、まちがうことで、違いがみえる。

えっへん。

せいこからきっちりとつっこまれましたが、月の前では高いものや光りものは避けるように、と、普通、さばきは助言します。月のうちこしであるここでは、気をつかわなければならないとされるからですが、そこへ世界最高クラスの名峰をだしてました。笑。いくらなんでもそれは控えるとして、。

稜線ということばに山のかたちが既にこめられています。
それをおりおりに吹く風が描くというのです。

東妙寺らんは、ただものではない。あれは「大家」です。
(おおやではない。たいか。)

らんさんにはあとで、上五になにをおけばこの句が完成するか、たずねるとして。

せいこさんの出してくださった月.

1は湖上の月。
2はいざよひ月にケニヤ。前句とあわせよむと、父の面影句になります。
3は月がここに上るための必須要件をこぼしてしまうような按配で宇宙船がでている(ような気がする)。月をディスカバリーがころしている。

月を中心にして、ほかをおもうってことなんですが。
まぎれもなく、この面のいちばん重心はこの月ですから。

前句にある、父の写真。

どこまでもなつかしい記憶のなかの父と、写真にいる緊張してぎこちない笑みを浮かべる父。

いざよひの月がこの中で確かな位置をしめている。
ケニヤは、私たちがひと世代ふるかったら、マニラとかビルマとかが出るのだろうとおもう。
たまたま連衆にジャイカの仕事でケニヤに派遣された友達がいたおかげでケニヤがでましたが、これは私たちの世代には、ずいぶん郷愁をもたらす国名です。じっさいの国をよく知らないのですが、こういう偶然をだいじにしたいとおもいます。

おお。やっと折端までたどりつきました。

秋の季語入りでおねがいします。
どうかみなさまだしてください。

追伸:せいこさん。ケニヤの句ですが。
ありにけり。とするのと、あるといふ。とするのではどっちがよくひびくか。
目からの効果と音としての効果。
それをにらみあわせて、だいぶ考えました。
いざよひに、むかふがあるし。
ケニアもケニヤとどっちがいいだろう。


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コメント

早いねえ、もうアップしたん。
それも手直しつきで。笑

旧かな、むつかしい。
辞書ひきます、師匠に聞きます。
「だう」はどうだったか。
などと、駄洒落てるばあいじゃなか。
さ、田植えばい、きょうは。
苗運びするだけばってんね。

おつかれさまです。
うちはおわりました。
てっちゃんにたのんで毎年やってもらいます。
てっちゃんは弟の同級生。
では、がんばってください。
水、やっとかかりましたか。

おはようございます
秋の句 月つながり。

☆ 深閑と池鎮まりて芒ある

☆ ススキ揺れ湖面に映る吾も揺れ

同じ言葉を二度繰り返すのはダメと?
それにしても、秋=ススキ としか発想できないこの単純さ(^_^;) しかもまだ季語調べをしとらんとよ・・・・

十六夜の月のむこうからです。
ここナイロビは朝夕涼しく、春に舞い戻った気分です。
ただ、日本の春秋とは異なり、花木は原色の世界です。
明日から4日間、ナイロビを下ってちょっと奥地へ行って参ります。
いちおう赤道直下の国なので油断は禁物。

おつしろうとよびすてするのも段々と顰蹙物になってきた今日このごろ、いかがおすごしですか。
・・・やっぱきしょくわり。よびすてでいいことにしてくれ。
ナイロビをくだって奥地へいくということは、探検隊ってことだろうか?へびやとらやらいおんにかまれないようにね。

あれ。えめさん。句がごしちごになってますよ。
しちしちですからね。

>ケニアありにけり
これは、安直な着地だと自分でも思いながら出した。ほかに思いつかんかったのよ。でも、あるといふ、では、あやふやな感じ。それよりもっと断定したい気はするね。語呂のいいやつ、なんかないかな。

ディスカバリーの句。まさしく、ご指摘のとおり。主役が入れ替わってる。これも、そう思いながら出した。笑

ケニアはケニアだろ。ケニヤっていうと、少年ケニヤってなかったっけ?あれを思い出すね。

ケニアもジャパンも輪ぁ~になって踊どろ
で、2句。

☆ わたあめヨーヨー八朔の夜

☆ 提灯燈り盆踊り舞ふ

エメさんのこのコメント、
味わい深い短句がかくれてる。笑

ケニアもジャパンも輪になって踊ろう

ふむふむ。しこしこ。
メモっとこ。

そう。えめさんのは無意識にきちんと句になってる。
この
ケニアもジャパンも輪になって踊ろう。
は、お盆の語がなくても、連句では盆踊りのことだとされます。「踊り」が季語だからです。
というふうに、ことばのきまりごとの世界なんです。
それをわかることが第一歩。
なぜ、どうして。と疑問がわいても、しばらく答えは保留にしたまま。あ。そうだったのか。と必ず見える日がきます。先人たちのみえない励ましについていく。そんな、お能のような世界。お能のような。(とは、俳句の宇宙のなかの長谷川櫂のことばです。

月。まいつき月はあがるけど、むかしのひとたちは、一年でもっとも美しい月を中秋の名月ときめた。その翌日のかけはじめの月がいざよいのつきです。いざよいの月もまいつきあがるけど、季語での十六夜の月は中秋のものということになります。
中秋のあとで、初秋の句をだすのは季節がもどる。

ではありますが。
かささぎはここで、だいぶ考えた。
盆踊りは念仏踊りから来ている。と説明にありました。ずっとさかのぼっていけば、歌垣にまでいきつく。とも。
これは中国伝来のもので、月のかがやく満月の夜に、男女が踊る。歌垣の原型です。
それが原型であれば、季節がもどるのどうのは、むしろ二次的なことで、もともと
本家的な思想へ帰っていく。とはいえないだろうか。
えめさんが盆踊りをだされた思いがどこにあったか、想像するだけですが、祖霊が家郷にもどりきて、いきみたまとともに踊っている・・・と、そんな思いをもってよまれたのでは。という気がしています。
えめさん。思いをきかせてください。
なんだか、そういうおもいで出した句に、きもどりのどうのといわれた日には、野暮天でくそったれでどうしようもなくかなしいものです。
あたしは単純な人間で、式目はあたまにあっても、どうしても腑に落ちずに、前田師に食ってかかったことがこれまで一回だけあります。
だけど。
恭子さん。ほかになんぼでも季語はありますやんか。と、鷹揚にあの関西弁でたしなめられたら、なんとなくそれですうっとして、別のみちをさぐりました。

質問!(はるばるケニアから)

「踊り」(名詞)が盆踊りを指す季語だというのはわからんでもないのですが、「踊る」(動詞)まで季語の解釈は広がるものでしょうか?
本当にそうなら、窮屈で仕様がありません。

あーせからし。しらんわ。
そげなこつはるばるケニヤくんだりからきいてくんじゃねー!っていうか、人みてきいてよね。かささぎはカラス科です。(だったっけねえめさん。すずめ科かも。

おもいだしました。
一人で踊るときの淋しさ
という恋句をだしたことがあります。
とってくださったので、これは無季扱いです。
前田圭衛子捌きのソネット歌仙の三吟、もうひとりは少し有名なひとでした。なまえわすれたけど。
臨機応変であろうと思います。
そう窮屈にかんがえまい。やはり、盆踊りの句をいただきましょう。屋上屋がすてきです。

五月蝿くてああせからしか連句かな

うるさい、は季語?
   ↓

さてと、そろそろ出かけます。
ここナイロビは南緯1度ちょいの南半球ですが、これから4日間、赤道直下の北緯0度と南緯0度付近をうろうろします。
赤道直下では月の満ち欠けは斜めではなく横です。丸いワイングラスにワインを注いだような感じ。

↑のコメントの写真がほしい。よろしく。

五月蝿いは季語ではないようです。

乙さんお仕事おつかれさまです。
ひめさん、なんで盆踊りが浮かんだかといいますと、
ケニアつながりです♪
マリンバ、筒の太鼓、木の笛、、じゃらんじゃらんの音楽の中でみんなで輪ぁ~になって踊るでしょう。
日本の踊りも昔は太鼓や三味線、木笛などなど、、なんか似てますよね。
そして大勢で踊るおどりはなぜか輪になって踊ります。炭坑節だって♪
で、盆踊りはの季語だと思ってしまったのでした(^_^;)

おおお、やっぱえめさんは直感のひとだ。
えめさんとろいりさんは、かささぎのなかでは、ワンセットになっておさまっている宝物みたいなかんじなんです。笑
なんとなくね、おかお、スタイル、にていらっしゃる。
ど派手ともいえるはなやかなかお。
だけど、精神的なふかまりがそれを抑えている。
それで、やせている。背、たかい。
にているんだよねえ。あわせてあげたい。

こんばんわ
ひめさん、×ろいりさんと私はそんなにどっか似てますか?
あ、、わかった! どっちもニッパチ水瓶座だからでしょうか(笑)
ではお盆にでもお会いしましょう^^

乙さん、お気をつけて。
ナイロビって位置さえ想像がつきませんが、時差はどのくらいのものなのでしょう。21日の学長講演会で、土産話をお聞かせください。

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