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2009年5月27日 (水)

『芭蕉七部集』にあるすりつけの例

では、実際の「すりつけ」(同属の物をすりつけ)の例をひきます。

出典 『芭蕉七部集』


花に植物をすりつけ例:または花前に雨とか花前に植物

▼一巻にふたつもある例

一里の炭売はいつ冬篭 一井(発句)
   中略
若者のさし矢射てお(を)る花の陰 一井         
  韮(にら)くらふ香に遠ざかりけり 鼠弾 
   中略
ぬくぬくと日足のしれぬ花曇  長虹
   見わたすほどはみなツツジ也  胡及 

これはすりつけじゃないけど、うちこしが植物同士のさしあい。
すごい生き生きとした歌仙。
いろいろの名もむつかしや春の草 珍碩(発句)
   中略
  また泣きいだす酒のさめぎは  人
ながめやる秋の夕(ゆふべ)ぞだだびろき かけい
  蕎麦真白に山の胴中(どうなか) 人
うどんうつ里のはずれの月の影  かけい
  すもももつ子のみな裸むし   人
    中略
  しきりに雨はうちあげてふる   人
花ざかり又百人の膳立(ぜんだて)に かけい
  春は旅とも思はざる旅    かけい


石橋秀野が随想に引用していた「四十は老のうつくしき」

看経(かんきん)の漱(せき)にまぎるる咳気声
  四十は老のうつくしき際(きは) 珍碩
髪くせに枕の跡を寝直して      乙州
  酔を細めにあけて吹(ふか)るる  野径
杉村の花は若葉に雨気づき     怒誰
  田の片隅に苗のとりさし     泥土



畦道や苗代時の角大師  正秀(発句)
  中略
 やしおの楓木の芽萌立(もえたつ)秀
散(ちる)花に雪踏(せった)挽(ひき)づる音ありて 碩
 北野の馬場にもゆるかげろふ   秀


有名な『鳶の羽も』(スイゼンジノリが出る巻)にも。

鳶の羽も刷(かひつくろひ)ぬはつしぐれ 去来
  中略
 芙蓉の花のはらはらとちる   邦
吸物はまづ出来されしすいぜんじ  芭蕉
 三里あまりの道かかえける  去来
この春も慮同(ろどう)が男居なりにて  邦
 さし木つきたる月の朧夜   凡兆
苔ながら花に並ぶる手水鉢  芭蕉
 ひとり直りし今朝の腹だち  去来
    中略
 たたらの雲のまだ赤き空  去来
一構(ひとかまへ)鞦(しりがい)つくる窓のはな 兆
 枇杷の古葉に木芽もえたつ  邦

これまた高名な『市中は』の巻にも。

市中はもののにほひや夏の月       凡兆
  あつしあつしと門門(かどかど)の声  芭蕉
二番草取りも果さず穂に出(いで)て    去来
  灰うちたたくうるめ一枚          兆
此筋は銀(かね)も見しらず不自由さよ   芭蕉
  ただとひやうしに(突拍子に)長き脇指 去来
草村(くさむら)に蛙こはがる夕まぐれ    兆
  蕗の芽とりに行燈(あんどん)ゆりけす  芭蕉
道心のおこりは花のつぼむ時        去来
  能登の七尾の冬は住うき         兆


灰汁桶(あくおけ)の巻


灰汁桶の雫やみけりきりぎりす 凡兆
  あぶらかすりて宵寝する秋 芭蕉
新畳(あらだたみ)敷きならしたる月かげに  野水
  中略
すさまじき女の智恵もはかなくて  去来
  何おもひ草狼のなく    水
夕月夜岡の萱ねの御廟守る  芭蕉
  人もわすれしあかそぶの水  兆
(思い草と萱は縁語のすりつけ)
(あかそぶの水はかなけみず)

実にたくさんありますね、すりつけ。
それに、作品がとっても面白いし、情がふかい。
じぶんたちのやっている今の連句の不自由さは、いったいナンなんだよ。
って半ば怒りすら感じてきた作業でした。
なにかわたしら、式目を大きく誤解してないだろうか。

と、ほんと、めちゃくちゃむかついて自己嫌悪する孤独な作業でした。

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コメント

字余り、字足らずの俳句がつまらないのと同じで、あるいは自由な川柳より季語に縛られた俳句のほうが鑑賞して心地よいのと同じで、式目は先人の知の結晶として尊重したほうがいいのでしょう。
一度、式目にまったく縛られない歌仙(もどき)をやってみて、文芸としての豊かさが生まれるかどうかを検証してみたら面白いのではと思います。もちろん一直もなしで。
式目がないと、あまりにも世界が拡散しすぎて、巻き上がったときに全体像がぼやけてしまうのではないかと思います。一人で作り上げるのであれば、あるいは捌きが一直しまくれば、文芸作品として読後感あるものを仕立て上げることができるかもしれませんが、そうでなければ、ただの価値観の寄せ集めにしかならないでしょうね。

今日あたり、アクセス解析を。と思ったけど、あさってが休みですので、あさってにします。
ちょっとみてみたら、「つつじのさし木の仕方」でここへ見えたかたがいらっしゃいました。え、どこどこ?そんなの、かいていたかな?
おお、みごとな例が連句のなかに!
すげえなあ。やっぱり芭蕉たちの付け合いは。
 さし木つきたる月の朧夜   凡兆
苔ながら花に並ぶる手水鉢  芭蕉
 ひとり直りし今朝の腹だち  去来

おぼろの夜、挿し木が根付いている。
苔むすちょうずばちが咲き誇る花のそばに。
気づけば今朝の立腹もしぜんと治まって。

私はここで何をしていたかといえば、式目でおなじ属性のものを続けて出さないというきまりはなく、その検証をやっている。連句でのよくないとされるほとんどのさわりが、三つ並べたときに、隣り合う句同士がおなじカテゴリーのものであることよりは、ひとつ間をおいた打越句同士の重複をさけること、を避けよといっています。すりつけはかまわない。植物に植物をつけたとて。たべものにのみものをつけたとて。
芭蕉のユニークな花にコケのついた手水鉢句(これは枝折れの花句ですね)の前句がさし木がついた、という句ですから、前句をまっすぐうけて、なんの花が咲いたか、おそらくつつじか何かだと思えますが、花としたことで花句の位置を獲得してます。
さらに三句目のここは裏の折端ですけど、二つ場の句がつづいたのを、人の機嫌の句に転じています。

あらためて、凡兆のこの一句に注目しました。
さし木つきたる月の朧夜
ふしぎな具合に、句の作り方と内容が合致している。つきたるのつき、月の月、さらにもうひとつ、朧の中の月。くどい。けど効果的。幻想的。ふしぎなんだよね、挿し木って。接木もふしぎ、骨接ぎもふしぎ。笑。朧夜はそれにぴったりです。ああそうだ、これ、前に月、すぐ次に花をつけている。ってことは、月の定座をこぼしたのですね。こぼすというのは、いつもこのへんで月がでるというだいたいの位置がありますが、それを譲り合っているうち、こぼれていった、出るのが遅くなった、という意味の連句用語。月はこぼせますが、花はこぼせない。月は早めにひきあげてよめます、花も引き上げて早めによむことができますが、花はこぼすことはできません。芭蕉の句の前の凡兆の朧月はこぼした例ですよね。
で、よくよくみれば、前の方にはおなじ面に芙蓉の花のちる句もあります。へーえ。芭蕉っていろいろやっているなあ。
これが絶対ただしい、まちがいってのは、ないんだな。ただ、つけのよしあしがあるだけで。
かささぎは、だんだんみえてきたきがします。
今後、ひとの句に手をいれるのはやめたい。

(文音で連句がまきたくなりましたね。)

>じぶんたちのやっている今の連句の不自由さは、いった>いナンなんだよ。って半ば怒りすら感じてきた作業でし>た。なにかわたしら、式目を大きく誤解してないだろうか。
爆笑。全く同じ思いをしたことがあります。それですべてを疑い、誰がいつそういう式目を言い出したのか、芭蕉さんはどうだったのか、私も作品を当たったり俳書をあたりまくりました。芭蕉さん在世当時の式目はもっと緩い寛容なものだったということがわかりました。そして芭蕉さん没後に不安な弟子らが芭蕉さんが排除した古式を再び持ち出したらしいことはつきとめました。現代連句はその末流にあり変なやたらにきつい式目でジタバタしているということだと思います。芭蕉さんが従っていたであろう式目は、曲斎「貞享式海印録」に載っています。ご一読そして座右に。

私さん、どうも御助言ありがとうございます。
あれもだめこれもだめ。ということばかりだと、フンガあっといきり立ちますよね。いらいらしてくる。
でも、そういうことがなにかしら、後でまたかたちをかえて問いかけてくる。

自由になればいいのか。というのと、縛りがきつければいいのか。という問いは、別個ではない。
全部がすばらしにこしたことはなけれど、深く印象にきざまれるのはただニ句の付けあいだったり。
いろいろありますが。いろいろが面白いですね。

私さん。よかったら、どうぞ今やっているのに、句をだされてください。

>深く印象にきざまれるのはただニ句の付けあいだったり。

そう思いますが、3句の転じ、2句の転じ、変化こそ醍醐味のような気がします。変化不自在ゆえの式目依存から、芭蕉さんのように、変化自在の式目フリーな句境に入りたいですね。

>どうぞ今やっているのに、句をだされてください。

どこで興行されているのですか、URLを教えて下さい。ちょっと適当にクリックしたら、自由律とか自他場という言葉がみえてちょっと引いています(^^)

ちょっとまってくださいね。
取り込み中です。
うわ。
いまから打ち込みしなくちゃなりませぬ。
ワードに保存していた文書、喪失。
ヤフーメールの文書をコピペしようとすると、ヤフー画面が出ます。困った困ったコマドリ姉妹。

今夜中にできるのか。今年中に!

おまたせしました。
ここです。↓

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