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2009年5月 9日 (土)

おめでた歌仙『ややこ生る』

歌仙『ややこ生る』

 起首 21・5・9

目に青葉やま時鳥ややこ生(あ)る  恭子

ぼん、脇をつけてください。夏、三句。
上の句、本歌取りもいいとこだね。
(この歌仙に、ばどさんやエメさんやさくらさん、みーんな入ってもらいますからね。)
なにしろ、お祝いだから。

葵と書いて、まもる。
きっと誰もよめないよね。
葵祭りと関係あるのかな?

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コメント

ぶはっ!また別に始めてやんの!
それも、歌仙だって。び~っくり!だよ。
やれやれ。
お祝いしたい気持ちはわかるけどさー、
ますますこんがらがるばい。笑

なんのこにしき。

二週間も帰休休暇があった。
たいくつだったよー!!
やっとあしたでおわる。うれし泣き。
こういう慶弔歌仙、最初のおっしょさんの窪田薫師がよくやっておられました最期まで。
だれかが句集を上梓したといってはおめでた歌仙、死んだといっては追悼歌仙。たくさんたくさん回ってきました。尻取りで。
遊びながら、自然と式目を覚えさせられた。
有難い先生でありました。その札幌の怪人は灰燼と帰し、恩を忘れぬかささぎは影ふみあそびをしようかと。

ぼんのばば就任に敬意を表して。

抱きかかえよろける仕草ばばの照れ
さわやかな風が落とした孫ひとり
孫生まれカラオケ歌い涙溜め
喜びに月がやさしく見つめてる
命名し帰らぬ思い独り占め

駄句もこれだけそろえば壮観やな。
バナナの叩き売りや、持ってけどろぼう!

あらあら、もう始まってましたね。夏ですね。しばらくお待ちを。風呂で考えてくる。

みんな、早いねえ。
よっしゃ、気合入れよっと。
ばくち打ちのばどしゃんに、負けとられん!

ぼんの後の、三句目ば考えてくる、風呂場で。笑

>なんのこにしき
ふたつでもこんがらがってるのに、みっつも並べてややこしや、ややこしや

やいこにしき、まめまきしにこいや (回文)

1  時を選びて五月の朝に

2  新茶を入れて襁褓(むつき)縫う日々

3  夏霧けぶるいつか来た道

4  立夏の夕べワイン飲みほす

発句に季語が入りすぎ。なんかいまいちですけど、とりあえず

うわびっくりした。
ごめんきのうがくんとねてしもうた。
ばどさん。よう来たねえ。ええくれもん!笑
抱きかかえよろける仕草ばばの照れ 良一
名句。生き生きしてる、情景が目に浮かぶ。
どっかで使います。ここにこれ置いたら三句絡みになるけんね。以下おなじ。
ひろえるのは、次くらいまで。
さわやかな風が落とした孫ひとり  (初夏)
あとは駄句、言い過ぎてる語呂が悪い。いらん。
いや、まて。
よう見たら、それぞれどの句も思いの深い、いい句やん。語尾の韻にまでちゃんと気を遣っとらっしゃる、ラッパーがリリックかくときみたいに。ありがとう。ありがとう。おっさんありがとう。(ベストフレンドの節でうたうこと)

またきてくれ。ちゃんとおざぶとん用意しとく。博徒ばどおんじいの禿頭席。うわごめん。わざとじゃないよ。

目に青葉やま時鳥ややこ生(あ)る  恭子
  いつか来た道夏霧(じり)けぶる道 ぼん

ぼん、新茶にむつき、ご苦労さん。
夏霧の句、思わずハッとする付けだった。
あとは凡。
いつか来た道、って。だれが?
と考えた時に、一句の主体が、母であるわたしが、というまっとうな答えのほかに、あかんぼうが。ともおもえる広がりをもつのは、夏霧があるからです。ほら、ドラマがそんなしたてするじゃろう。あれ、わかる。
つぎの第三は、そんならせいこさん。たのんます。
雑の第三です。とめは、
て、に、にて、らん、もなし。のどれか。
せいこさんは知っているけど、初心の方のために。

おつしろう。
窪田薫師のあそびの一つにも回文はあったな。
豆ちぎりにこいや。
きのう、高宮のいとこ(俳人田中恵)がちぎっていった。でもまだなっているよ。豌豆と空豆。空豆は産気入り。いやまちがえた。三ケ。ぼんも暇ならおいでよ。おさんぽしよう。いい季節にうまれたものですね。

良かった、いいたいことが伝わって。私もこれかなと思っていた。上下の入れ替え。味が一段と濃ゆくなりました。

ぼん、本当は、っていうか普通のさばきは、こんな選句はしないとおもいます。
というのは、五句目までに月をださなければいかんので、霧などの天象をだしたら按配わるいからです。
だけど、これは歌仙だし、ほかにきっちりと秋月をよむ場面がある。だからいいとおもった。

さっきいちばん暑いときに、豆ちぎりした。
乙四郎とぼんにあとでもっていく。
次男が手伝ってくれた。
らんちゃんは夕方ちぎりにくる。

こんにちは
よく晴れたさわやかな日曜日ですね~。
ぼんさん、毎日うれしい忙しさでしょう~^^
かささぎさんからのご命令なので2句作ってみました。
ビギナーばればれの句ですがよろしくどうぞ

祝い膳 ややこめでたや 豆ごはん

おずおずと おっぱい含ませ 初夏の風

わ~
えめさん、
すばらしいものですね。
なにが感激するって、こういうことばのおくりものが一番です。
最初のばどさんのたくさんのおめでたの歌といっしょに綴じておきましょうね。

それと。
書き方がまずかった。
エメさん、歌の出し方にきまりがありまして、ちょっと待ってくださいね。
発句(ほっく)というのが、さいしょのある句です。これは始まり始まり~ってほどのご挨拶の句です。
それはぼんさんちのお孫ちゃんがうまれたことへの祝辞でしたので、脇(わき)の句もそれとおなじことを詠んだ句であります。
では、第三も同じテーマで詠むのか?というと、まったく違うのです。
題はどうあれ、発句はどうあれ、第三(三句目のことをこういう慣習がある、だいさんって)からは全くちがうものを詠まなければならないのです。
もし第三でまた同じ主題、つまりあかんぼちゃんおめでとさん、という内容の句を出したら、三句おなじ
ものが並び、それは式目違反です。
連句とは、レンガもだけども、前句とはどこかでつながりながら、ぜったいに前前句からは切れなければいかんとです。
だから、ぜんぜん違うことを出してください。
あかんぼではなく、イワイでもなく、なにか別のことをうたうこと。
夏の句がふたつ続きましたので、第三の句は、雑(ぞう)です。ぞうというのは、季語がない句です。
もっとも俳句をやったことがあればわかりますが、ほとんどの自然物には季節がある。だから難しいです雑句って。
おもいつくことを出してみてくださって結構です。
ただ、少々きどって出してください。品よくって意味。

ごめん。今帰宅した。
もうちょっと待ってや、三句目。
晩ご飯つくりながら、ひねります。

明日から桃包み。
消毒を終えて、らっきょうも漬けて
いささかしんどい。
気持ちは30代のつもりじゃったけど、
肉体はやっぱり50代じゃったごたる。

 昨日コメント送信したはずが、間違ってパソコン操作して消してしまったらしい。「きょうは、葵ちゃん誕生日、おめでとう~オメデトー!」と、なぜか「きょうは哲ちゃん誕生日」のメロディが思い浮かびました。
 私は5/5に孫のような子(甥の子=姉の孫)2人と、その両親と、私の両親という、変な4世代7人で文化センターに行きましたが、上の4歳児が元気もんで、走り回るのに相手して疲れた、年には勝てん、東京には昨日朝帰り着き、体力よりも脳天壊了状態。
 かささぎさん、パソコンのアドレス入れておきました。

3句目案

1、未来とふふた文字の見え隠れして
2、ひかり降る安寧の旗揺るるらん
3、きつとまた逢へるだらうと声かけて

べたつき、ですかねえ。

Tシャツに自転車こいでフリマーに

フリマーでねぶた囃子の響くらん

ぜんぜん関係ないなんでもいいっていうことで、
はよう出しとかんとむづかしゅうなるごたるけん。
今日めちゃくちゃ暑いです。

>祝い膳 ややこめでたや 豆ごはん

エメさん。ビギナーにしてはごっつええ句ですね。
連句のこの場所には適当ではなかったにしても、句一体としては、ばさらかよかデキだと思いますよ。

おずおずとおっぱい含ませ初夏の風  エメ

せいこさんナイスフォロー。
エメさん。
これ読んで、上がり段(上がりかまち)に腰掛けて絣の作業着を着た母が授乳してくれてた記憶、蘇りました。わたしにしていたんじゃなく、弟にしていたのを見て記憶してるんだろうと思います。かすりの匂いも。夏の肌の匂いも。
とっても実感こもってるいい句でしたね。
さいしょの子を授かって、はじめて授乳したときのことを覚えてる。はじめて赤ん坊と離れて、おちちが張って泣きたくなったころ、赤ん坊も泣き出していたこと。そのことははっとするような、言葉にできないふしぎな感覚で、それは絶対おとこにはわからないことで。

離れていてもことばがなくても、通じていた時期があったこと。
そういう感覚をなんと呼ぶのか知らないけど、あなたたちの母親にならせてくれてありがとう。って子たちに感謝している。

ところで、ばどさんとエメさんが出してくださった祝辞の句を読んで、あらためて、連句を説明することのむずかしさを思いました。
だからいいたくなかったんだよねえ。
式目。
説明すればするほどわからない顔されるから。
それに。
なんでもいいよ。
っていいつつも、あとで「それだめ、これだめ」
っていう自分もいやだ。どうしたもんだかなあ。
座でやろうっていうのは、そこなんです。

呂伊利さん、無事帰京なさったようで、安心しました。お疲れだったことでしょう。
今日、ぼんのとこに先日の写真を届けに行ったのですが、あかんぼの器量のいい写真を逆に見せてもらってきました。笑
パソコンに携帯写真を送信して、それをA4に焼き付けたら、すごい色になりました。心霊写真のような青みがかった色。あの霧の降りていた風景といいこの現像といい、妙なものでした。それより不思議だったのは、あのあとすぐ赤ん坊が生まれたことですよね。
ロイリさんもこの歌仙のどこかで入ってください。

ほんとだね。
私も初めはちーっともわからんやった。3~4回経験してすこーしわかってきた。まだ式目を暗記してないので、プリントを見たり捌きの指図を待たないと作れない。
私が編み図を直ぐ理解して編み始めるように、かささぎさんは出してもらった句をああでもないこうでもないと、意味を教えながら捌いていく。初心者に教えるのはとても難しい。難しいけど避けては通れない。
きつかろうけど、教えてね。皆協力的だから良いのが巻けるよ。エメさんの句、両方とも素敵です。ノートにちゃんとメモしました。

第三句目
目に青葉やま時鳥ややこ生(あ)る  恭子
  いつか来た道夏霧(じり)けぶる道 ぼん
フリマーにねぷた囃子の響くらん   さくら

ねぷた、夏のおわりを飾る青森の祭りですね。
夏と冬の句は一句で捨てることもありますが、たいがい二句どまり。ですが、三句のこともある。
このさくらさんの句が最も発句脇の根を絶つ付けでした。せいこ、なぜかどれもあかんぼとの関係性がきれていないよ。
さくらさんて、ふしぎ。きっちり場の句を出してくださいました。参りました。私の目に狂いはない。
四句目。せいこ、エメさん、ばどさん、ロイリさん。
つけてみる?
ヒント。季語は絶対だしてはだめ。雑。
つぎに月の句がきますので、そのおつもりで。
次に出る月へ配慮して目立たない句を。さらりと。

ところで。祭りは夏の季語です。たいがい神社仏閣へ奉納するためのものなので、宗教句とみなしそうですが、わたしはオモテに出してもいいと思います。

みなさん、「フリマー」ってご存知ですか。
フリーマーケットの略語です。
こういう現代用語の略語は歌仙のおもてぶりとは相容れません。
では、以前からある蚤の市ではどうでしょうか。
同じ、ならばフリマーを蚤の市に置き換えます。
ご了承ください。

ずっと一日考えていました。
フリマ、フリマーってことばをどのくらいの人がしっているだろうか?と。
40台、男性、知っていた。
逆に、蚤の市とか知らないそうです。
上の資料では、日本のフリマはフリーマーケット=自由市場の意味でつかうので、蚤の市ではない。と書かれています。

こっちはフリーマーケットが日常化しています。

私は30年前にまだフリーマーケットはしりのころから参加しました(売るほう)
近年は着るものはほとんどフリマーで調達。

とにかく人が集まるんです。
かささぎさんの好きなうじゃうじゃ感がみんなも楽しいのでしょう。

久留米管内ではあまり開かれていないフリマーではありますが、福岡市や北九州、熊本市ではここ数年、定例的にフリマーが開かれています。うちのいとこたちは出すほうで、おとなりのおばちゃんは買う方で、せっせと通ってますよ。フリーマーケットをフリマーと呼ぶのも、久留米管内でもすでに市民権を得ていることばであろうと思いますが。若い子はフリマと呼んでる。蚤の市とはニュアンスが違うよね。

30年前からフリマに通うさくらさん。

ありがとございました。よくわかりました。
文化は都会から明けてくる。
博多で一人暮らしの貧乏娘もよく行くみたい。

目に青葉やま時鳥ややこ生(あ)る  恭子
  いつか来た道夏霧(じり)けぶる道 ぼん
フリマーにねぷた囃子の響くらん   さくら

どなたか四句目、おねがいします。

かささぎさま、

「じり」をしらべたところ「海霧」とでるのですが、これでいいのでしょうか?

1 日展の作破格で買うた
2 行きつけのカフェいつものコーヒー
3 通せんぼする缶蹴りの子ら

おずおず>>好きな言葉です。
不安やおそれや逆にうれしさ、、色んな気持ちがないまぜになっていて、なれないままで赤ちゃんを抱き授乳をしたことが思い出されました(*^_^*)
赤ちゃんってほんとに幸せを運んできますね。
まもる君、すくすく育ってくださいね。
まもる君のママも滋養をとってゆっくり体をやすませてくださいね~

ぼん、間違いを指摘してくれて、ありがとう。
じりは、海霧のことしか指さないようです。
あのとき、↓で検索、夏霧にもじりってかいてあったので早とちりしました。
霧自体は秋の季語だし、五月の霧には夏をつけないといけない。

目に青葉やまホトトギスややこ生る

「目には青葉山ほととぎす初鰹」山口素堂(1642〜1716)の引用句、初鰹と初孫とがいいかんじで響きあってるとおもったのですが。
その脇、意外とむずかしかったのよね。
軽く、
時を選びて五月の朝に
でもよかったのかなあとあとで思った。
ホトトギスを時鳥って書いていたので、時がうるさいと思ったのでしたが、いくらでも表記法はあった。
「夏霧けぶるいつか来た道」
これがとっても感慨深くて、だけども句のはらむものは、述懐になるぎりぎりの線だなって思いました。
あのとき、ちょうど行ったつつじ公園の霧が印象深くて、この句をとりたくてたまらなかったのよねえ。
もうちょっとかんがえてみようね。

きょうだったんだ!
英語。わあ・・なんの用意もしてないよ・・・
たからさんが今電話してくれたんで思い出した。あしたとおもってました。
ではいってきます。とほほ   

  

四句目付け句案

目に青葉やま時鳥ややこ生(あ)る  恭子
  いつか来た道夏霧(じり)けぶる道 ぼん
フリマーにねぷた囃子の響くらん   さくら

1、とてちんとてちんブリキの玩具
2、バス停に並(な)む百本の木々
3、雑草といふ名の草はなく


先日、短歌仲間の音さんに「今年は写実路線で勝負する」と公言したが、すでに挫折気味のわたくし。国東半島でできた歌といえば、「ひとやまに百のみどりがあるならば百のことばで歌は詠むべし」という言い訳じみた歌しかできんかった。原点は写実。しかし、写実の歌はほんまにむつかしい。「半ばすでに写実路線を放棄しつつあるあしひきのやましたせいこ」です。

目に青葉やま時鳥ややこ生る  恭子
  夏霧けぶるいつか来た道   ぼん
フリマーにねぷた囃子の響くらん さくら
  行き付け店のコーヒーの味  乙四郎

4句目、乙四郎とせいこ、それぞれにありがとう。
素材として前句とのつき具合、うちこしとのきれ具合、カフェのが一番よかった。
せいこ句の2と3は植物、発句の青葉、山がしたたるような緑っぽさ、みどりご・・へ通じる。

乙四郎句をすこし変えたのは、語呂と重複をさけるため。
カフェとコーヒーどっちか一つに。
シサンは五二にした。
句ができたとき、口のなかでなんどか唱えてみて、すわりがわるいときはこなれがわるいってことだから、どうにかしてきれいなリズムに整えます。
小さな努力って意外とだいじです。
やっと月にきました。
五句目。
秋の月をおねがいします。
長句です。

追伸:
せいこさんへ。
文語高田へいったんだね。
あの句はよかったね。
みどりなす六郷満山蕗の寺 せいこ
こういうさらりとした挨拶句ができるようになったらたいしたものです。
それと、ばどさんへいいわけしてくれてありがとう。
さけのみでばくちうちで、給料もらったらたちまちすってしまって。って暮らししてたら、そりゃ自分はきもちいいかもしれないけど、年も年だし、一人ぼっちでヨイヨイ(中風)でもでたらどうやってしのぐのだろう。と、それを人事ながら案じていました、
なんとか依存からぬけでるためには、連句をやればどうかなあと思っただけなんですが。連句依存になったらもっとこわいかもしれんのやけどね。笑

日帰りの強行軍で宿泊費を浮かし、やっと最終電車で家へ戻った。疲れたが深夜はなぜか心を開放してくれる。あなたの気持ちはせいちゃんが言ってくれたように嬉しく受け止めているつもりだが、言葉が強くて、ついこの野郎と思ってしまう(笑)

だけど、こんな私にそんな接し方をしてくれるのは、あなたを始め、せいちゃん、ぼん、それにれいちゃんやさくらさんだけだ。今、涙が自然に出てきよる。皆さんには心から感謝しとる。いつもありがとう。

うわ。きしょくわる。そげーんいわんちゃ。
ばどさん。ご人徳ですね。みなから心配してもらえて。そんなひとはめったにいませんよ。
では、ご老体をいたわってあげてください。

ほれほれ。
いわんこっちゃない。
ご老体なんて言われっちゃってるよ、ばどさん。
なれんことすっから。笑

脇に霧がでていて、二句をはさんでの月。
式目上では霧とか雲とかの天にからむものは月がすぐあとに控えているときには出してはいけないのがきまりです。しかし、ときについうっかりでてしまうときがある。
こういうとき、どういう月をあげるべきなのだろうか。
式目での月は花とともにとても大切に扱われていて、気をつかわなければなりません。なのに、ついうっかり脇で霧をだしてしまった。

かささぎ最近の事例にもありました。

発つ駅と帰る駅あり麦の秋 圭衛子師
  浮巣のやうな雲を抱く峰   拙

五句目の月は「良宵」ということばで出されました。月が背景にあるいい夜である。という意味です。
月そのものを愛でるのではなく、意識は月にありつつも、脇の雲に気をつかった結果ひかえめな扱いです。ということは、第一面では月より発句脇が優先される、ということを意味します。つまりそれはどういうことかと野暮を承知でいってしまえば、脇に雲なんか出すから月がちゃんと出なくなったじゃないの。っていうようなニュアンスがあるわけです。笑。
歌仙では、
おもて五句目までに一回、
裏へまわって八句目あたりまでに一回、
なごりのおもてでは、十一句目に月、
と計三回の月の座があります。
連句が、いかに人へ自然へ気をめぐらせることができるかの修行であるとおもえば、月へ寄せる思いを三回も吐露できるチャンスがある。
つけかたによって想いがみえる。
なんと奥のふかい文芸形式ではありませんか。

で、さきほどの答えですけども、ぶしつけに月そのものを歌うよりは、さりげなく意識を月へずらすよみぶりで脇句の霧に席をゆずるのが好ましいかも。たとえば、良夜、とか十三夜とか十六夜とか更待とかがそういう類の季語です。
もちろん、月ということばをはっきりだしたからと行って死刑になるわけではないですが、。笑

この月は、らんちゃんにたのんできます。

よかった。
やや子にたどり着けないでいたから。らんちゃん、よろしく。

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