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2009年5月29日 (金)

最近の連句文音で学んだこと

椿紀子と書いて、「つばき・みちこ」と読む。

能面を刻む仕事をなさっておられると以前、師に伺った。
そういえば、いつぞや留書で『裏の景色』と題する椿さんの文章を拝読した記憶が蘇る。
たしか、鬼女の面の裏は荒削りであり、それをつけると気が波打つ。
と、そんなことどもを綴っておられた。

前田圭衛子師の文音の座に加えていただき、この方と十年ぶりくらいでご一緒する機会を得た。
猫蓑のベテランの連句人であり、この世界では名のあるお方なのである。
緊張した。
五人での付回し歌仙、付回しとは、前の人の三句から一句を選句して、それに三句をつけて次の人へパス。という捌き不在の連句である。

何度か椿さんが私の句を選句なさるときがあったが、目のつけどころが非凡であった。
また、私が選した句を、差し替えされた箇所がある。
それを今、忘れぬうちに書いておきたい。

戦争はもうしませんと冷素麺  紀子
   疎開の子らの覗く節穴   安芸
望の月ただ青々と清清と     恭子

紀子さんのひやそうめんの句、深い諦念が隠されている。
それにつけるに、安芸さんの疎開のこどもたちの遊びの句。
横から、紀子さんがこうおっしゃっいました。

「戦争に疎開の句は付きすぎ感があります。
疎開体験者としても、四六時中覗かれることはあっても、覗いてまわる自由はなかった記憶があります。どうか他の句にさしかえてくださいませんか。(秋の「天竺まもり」などどうでしょう)。」

ハッとした。
そうだった。石橋秀野にも疎開中の苦しいわびしい暮らしを詠んだ句がたくさんあり、通りすがりの人たちに家の中を覗かれる辛さを詠んだ句が一つあったのを思い出した。

昭和21年、京都鳴滝時代

 戸障子さへととのはぬに
ひとの家のぞきこみゆく墓参  石橋秀野

そういうことを思っていると、なぜか次のような句が思い出された。

戦争を面白さうに泥鰌鍋  

はて。
これは一体、だれの句だったろう。
と思案するうち、はたと思い出す。
忘れもしない、あれは黛まどかの一句だった。
なまじ美しい女は軽くみられがちだが、かような俳諧的な一句が書ける俳人である。

   


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