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2009年4月 4日 (土)

キューピーさん

かささぎの旗では、日々ふりかかってくる出来事や日々遭遇するモノが連句的に響き合うとき、それをできるだけ取り上げてゆきたいと思っています。常時いくつかこころにあたためているモノがございますが、。
例えば、テレビシリーズの『タイムレンジャー』がみたい。
全50巻もあってざっといかない。
どうやってレンタルしようかを目下思案中。←これ、八手三郎原案。
ね。鏡五郎じゃなかった錦三郎と繋がった。なまえがにてる。笑
主演、永井大ながい・まさる。
調べたら東京農大出身のかっこいい俳優さん。
東京農大は俳句誌『樹』の瀧春樹が出た大学であり、かささぎが以前とりあげた漫画『もやしもん』の舞台でもあるなあ。
ちなみにこの俳号のタキハルキは海程の金子兜太師が付けてくださったものらしいですよ。
姫野は「樹」に十五年おせわになりました。
去年私的な事情のため、やむを得ず退会しました。
でもまだぼんやらんちゃんや田中恵はお世話になっています。
先生は毎号「樹」を送ってくださいます。
本当にありがたいことです。
これからは外から応援していきます。

さて、本題。
さくらさんのブログでかわいらしいキューピーさんをみた。
http://blog.goo.ne.jp/cameragurasi/e/5d97928e1ac7ac2cf236174f19400665

目がすばらしくきれいで、あっとたまげた。

その後、方言でなんじゃかんじゃと昭和時代の遊びをしゃべっているとき、ぼんの次のコメントにであいました。

遊び歌にはちょいと興味があって、八女出身の川崎洋さんのご本を借りた事があります。
「いちれつらんぱんはれつして
 日露戦争はじまった」という歌がリフレインするのです。これは載っていました。でも
「キューピーよ、かいどうよ、もうすぐ十二時よ」というのは載っていませんでした。縄跳びする時の歌です。
ご存知ありませんか?(ご先祖は福井出身の八山呆夢より)

歌はしりませんが、キューピーを調べたら、次の話に目が止まる。

ローズオニールのキューピー人形製作過程で幾つかのエピソードが残っています。
キューピー人形は、当時人形の生産が盛んであったドイツで製造されることになりました。工場から最初におくられてきた人形の原型は、あまりにもローズのイメージとはかけ離れていたためローズは自らドイツに行き、しばらくドイツに留まり9種のサイズの原型をつくりあげました。これらの原型が全てのキューピー人形の基本となりました。
また、あるドイツ工場を訪れたおり、一番小さな安価なキューピーが職人たちによって雑に扱われているのを目にし、「この一番小さな安いキューピーを買うのは、貧しい子供たち。だからこそ、大きなキューピーにまけないぐらい心をこめてつくってください」
これを聞いた職人たちは大変感動し、その後は小さなキューピーもていねいに製造したということです。
ローズオニールの手と愛から誕生したキューピー人形は、キューピーブームにさらに拍車をかけ、アメリカ中を大キューピーブームにしました。

引用は、http://www.kewpie-jp.com/rokiword/roki.html

どなたか、ぼんの問いかけに答えてくれる人が現れんことを願って、この記事を書きました。

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コメント

深夜におじゃまします。
最近、キューピーセルロイド生産は日本がシェアを占めていたって記事を読んでいました。
☆この手まり歌は「一列談判破裂して」を検索すると「一番はじめは」と項目が出ます。
そこにすべての歌詞と音曲が流れるけどキューピーさんは書いてありませんでした。(もし検索済みだったらごめんなさい^^)

エメさんおはよっす!
日曜の朝もはよからごくろなこっちゃですが、。
そのまりつきうた、せいじてき。こわ。のどかのせいはんたい。いまならばさしずめ、、、、
「半島の北のほうからとんでくる
ブツはなんだろまだ見えぬ
なにをするやらわからぬ国の
お山のたいしょう人還せ」
みたいなもんかいなねえ
とはいえど。
いまの日本の姿をみたら、むかしの人たちは、腰をぬかすにちがいない。なんたる腰抜けどもだといって。

キューピーは日本製ですか。先々月だったかな、久留米の三桃印のシュウマイを写真で紹介したとき、八個入りで98円、この値段なのに一個に一粒のグリーンピースがのっかってるのをみて、きっとパートのおばちゃんがひとつずつのっけてるんだろうかなあ。と想像した。
キューピーさんのちさいお人形も、手作業でどこかのシュフが心を傾けてきれいな青を入れてるのでしょうか。

おはようございます
歌詞>>ほんとにね~、、こわいこわい・・。
♪アメリカ生まれのセ~ルロイド>>はこの青い目をしたキューピーがモデルとか・・

うわ、あの私の持ってる小さなキューピーの目が異常に青く澄んでる理由がわかりました。
とにかく異様。

小郡の叔母の家には大小取り混ぜてキュウピーがいっぱいある。
(今度その他のキューピー写真もお見せします)
叔母はみんなに服を作って着せている。
異常な子供好きな叔母には子供が居ない。
どっかの子授けの神様に拝みに行っては、人形を預かって家に連れてきて、ふとんやら着物やら作って飾っていた。
そうやって祈り、幸い子供が出来たら、その人形を返しに行くのだといっていた。
ついに82歳で倒れる。

ああ、ああ、特幹のぉ~太刀洗・・・と昨日軍歌を歌ってきました。
ルバング島の生き残り小野田夫妻も着ておられました。

さくらさん。その小野田ひろおさんに一度お会いしてお話を伺ってみたい。むかしの日本兵のこころそのままで今を批評できるおかたとおもいます。

こどもをもてなかったおんなは、今よりも昔のほうが、ずっとずっとつらかっただろう。さくらさんの叔母様のはなし、せつないですね。人形に命が宿るはずです。
私を育ててくれた祖母は私とは年齢差が六十近かった(けいさんしてみた)。こどもがうまれなかったことについて以前一度だけどんなふうだったかと聞いてしまった。迷信のたぐいはすべてやってみたふうだった。でも授からなかったそうです。
おなじ悩みを抱えたいとこがいまして、親戚中のちっちゃい子たちをとてもかわいがってくれますし、くれました。過去形であり、現在進行形。有難いです。

小野田さんとはお話したことがあります。
・・・といっても、電話の取次ぎだけですが。
小野田さんの義兄(?:奥様になられた方のお兄さん、だったかな?)が同じ課におられたので。

はひふへほ。

 お久しぶりでございます。引っ越し騒動でやっとネットつながりました。取りあえずキューピーについて…みなさんビリケンは御存じでしょうか、キューピーとほぼ同時に作られ、日本に入ってきて大人気だったのに、今や大阪ミナミのほうでしか知られていない幸福の神様(10年ぐらい前「ビリケン」という映画あり)。でも見かけは今見ると確かに不気味!ビリケン宰相というあだ名があったのが、米騒動の時の首相寺内正毅で、これは頭のとんがってる所が似ているから。でも、最近の政治家は、歴史に残るようなあだ名さえつけられない、情けない。 
 あ、何が言いたいかというと、このビリケンとキューピーは兄弟のように人気がありながら、なぜかキューピーだけが生き残った、これはマヨネーズのせい(おかげ?)かな、ということです。
 この10日間ぐらいの記事、今から見てみるので、また後でね!

おおろいりさん。いきてござった。
ひとをかってにころしたらいかん。
あ。
いまむすこが一人、かえってきました。おさんどんします。只今運動会の応援団の練習でおそい。とびきりおそい。

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